ツインズ
『 聡君、お体の方は大丈夫ですか。
もうすぐ夏休みですね。
私はこのところ、毎日のようにおじいちゃまから聡はいつ帰って来るんだ≠ニ、訊ねられています。
あなたの復学が決まった時、私とお母さんは家から通える学校への転入を勧めたのに、あなたは全く聞き入れてくれませんでしたね。
お父さんはお前たちは聡に構い過ぎる≠ニあなたの味方をしていましたが、あなたがなかなか連絡してこないことに一番文句を言っているのはお父さんです。
近頃お父さんの御機嫌が悪いのは、聡君のせいです。
唯一眉間の皺が取れていらっしゃるのは、お庭のお手入れをなさっている時だけです。
春先にお父さんご自慢の木瓜が、白い八重の花を咲かせていたのは聡君もご覧になっていたと思います。
その後、あなたがそちらへ行ってからの我が家の庭は、春の草花が順々に開花し、夏の今は最盛期のアリッサムやデージーが色とりどりに咲き乱れています。
聡君、誰よりもお父さんがあなたの帰りを心待ちにしています。
そろそろ帰って来る日にちをご連絡下さい。
恵梨 』
学期期末考査が終ると、翌日から夏休みに入るまでの二週間は午前中のみの短縮授業に切り替わる。
午後からは期末考査の答え合わせをしたり、学校に提出する帰省予定表を作成したり休み前の準備等でけっこう忙しい。
「さーとーしー、居る?晩メシー、食堂行こうぜー」
ノックの音と同時にドアが開いた。
「和泉?・・・ほんとだ、もうそんな時間だね。ちょっと待って」
読んでいた手紙を仕舞って、乱雑に散らかった教科書や本を手早く片付ける。
「えーっ!?聡、試験終ったのにまだ勉強してんの?」
和泉は驚いたような素振りで部屋に入って来ると、机を覗き込んだ。
「期末試験の答え合わせだよ。和泉は、気にならないの?」
試験が終ると翌日には、全科目の解答がオフィスセンター運営のWeb上に公開される。
僕たちはパスワードを使い、いち早く確認する。
「気にしたって仕方ないじゃん。そんなのは答案用紙が返ってきてから、間違ってたところだけ見直せばいいことだろ」
「僕は気になるよ。和泉はその分なら、手応えあったみたいだね」
「充分さ!赤点は絶対無い!オレ、それだけは自信あるんだ」
・・・勉強は出来るのに、和泉の成績が上がらない理由がわかる気がした。
でも、そうだね。
きっと和泉なら、例えテストで100点を取ったとしても、逆転のスリーポイントシュートを決めた時の喜びには勝らないだろう。
一人の喜びよりも、皆で分かち合う喜び。
立ち直るきっかけとなったバスケットボールと友人たち。
自分にとって何が一番大切かを、君は知っている。
「ふふっ、和泉はやっぱり凄いよ。カッコイイ」
「何だよそれ、バカにしてるだろ。ふん、別にいいけどさ・・・・・・なぁ、それラブレター!?今時手紙なんて、すっげアナログじゃん」
例によってプンと尖った和泉の口が、机の上の封筒に気付いてニンマリと引っ込んだ。
「これ?ほんとうだ、ラブレターに見えなくもないね。乙女チックな柄だろ?姉さんからだよ。もう大学生だっていうのにね」
「何だ、お姉さんからか・・・。ふ〜ん、PCや携帯メールの方が早いのに?」
「メールも来るよ、それもしょっちゅう。でもメールばかりじゃ、便箋の手触りを忘れてしまうからって」
「便箋の手触り?」
「手ずから綴られた文字は、より近くに相手を感じるそうだよ。ごめんね、待たせて」
乙女チックな柄の封筒の割には端整な文字で書かれた手紙を引き出しに仕舞って、部屋を出た。
「ふ〜ん・・・聡のお姉さんらしいね。そう言えば、確か二人姉弟だって言ってたよな。
年ひとつしか違わないんだろ、オレ羨ましいって思ったもん」
和泉が年の離れた自分の兄と比較して言っているのは、わかっている。
しかもその兄は自分と同じ学校の先生で、弟としてはいろいろ損を感じているらしい。
「そう?じゃあ、今度紹介するよ。僕は姉さんほど筆マメじゃないから、相手するの大変だったんだ」
「え゛!?・・・やっ、おれ手紙なんて書けないって!字だって下手だしさ!」
和泉の顔が赤い。
額の汗は冷房の効いた館内を出たから・・・でもなさそうだ。
たぶん和泉が恋をしたら、僕はすぐ気が付くだろうな。
「和泉は、こういうことには冗談通じないんだから」
「・・・ちぇっ。聡だって姉さんが相手じゃ、おれとあんまり変わらないじゃん」
「あはは、ほんとだね」
僕も和泉も、どちらもお互い様くらいの異性談義を交わしながら食堂へ向かった。
食堂は別館としてオフィスセンターに隣接しており、高等部・中等部・職員とスペースが分かれている。
コンビニ規模の購買部もあるので、食事時間以外でも別館入り口は職員生徒の出入りが多い。
食事時は尚のこと、肩が触れ合うくらいに行き来する。
「あ・・・」
和泉の視線が微かな声とともに、一点で止まった。
その視線は僕の肩越し・・・。
御幸―――!
名前を呼ぶよりも先に、走り寄って腕を掴んでいた。
「・・・聡。驚くだろ、いきなり。どうしたの?」
御幸は腕を掴まれて、気が付いたようだった。
「いきなりじゃないよ!ちゃんと食べたの?御幸、顔色すごく悪いよ。風邪まだ治ってないんじゃないの」
いまにも倒れそうな足取りで、血の気の全くない青白い顔だった。
「何だ、そんなことか・・・大丈夫だって。それより聡、手を離してよ。君の友達に叱られる・・・」
御幸は青白い顔に笑みを浮かべて僕から離れると、冷たく光る眼差しで和泉に向かって言葉を発した。
「僕は汚いからね」
挑発以外の何ものでもなかった。それも和泉が反論出来ないであろう言葉で。
案の定和泉の口元が、大きく歪んだ。
・・・僕の知っている御幸は、こんなふうに人を挑発するようなことはしない。
御幸・・・どこで僕は、君のことがわからなくなってしまったんだろう。
僕の知っている御幸と知らない御幸。
僕の中で二人の御幸が交差する。
「あ、いた!・・・おっ、聡」
「真幸!」
駆け寄って来る真幸を救世主のように呼ぶ僕に反して、御幸は小さく舌打ちをした。
真幸が現れたことで御幸の注意が逸れた和泉も、一呼吸置くように噛締めていた唇を弛めた。
しかし険悪な雰囲気を回避出来たのも束の間、今度は兄弟喧嘩が始まってしまった。
「御幸!お前・・・黙って帰んなよ!」
「真幸、いい加減ウザイんだけど。僕はひとりで食事がしたいんだ」
「お前ひとりだと、食堂で食わねぇからだろうがっ!!」
「相変わらずバカの大声だ。その大声が僕の食欲を失くしているって気付かないところが、やっぱり真幸だね」
「何だと・・・!!」
御幸に掴み掛かろうと伸ばした真幸の手が、横を通る生徒に当たってしまった。
「痛っ・・・おいっ、何やってんだよ。通路の真ん中で騒ぐなよ」
他の生徒たちも迷惑そうな顔で、僕たちの横を通り抜けて行く。
こんなところで騒いでいれば罰則の対象になってしまうし、とにかく具合の悪い御幸が心配だった。
「真幸、声を落として!御幸本当に顔色悪いよ。いまにも倒れそうなくらいに足元ふら付いていたんだから」
「・・・スナック菓子みたいな物ばっかり食ってるから、栄養がつかねぇんだよ。青っ白い顔しやがって・・・」
真幸は頭に上った血を収めるように、ふうっーと大きく息を吐いた。
「聡、おれ先に行ってるね」
「うん・・・」
「いいって、いいって。聡の友達も足止めさせて悪かったな。ほら、つかまれ。全くお前は・・・聡の方がよっぽど元気だぞ」
真幸は慌てて僕を和泉の方へ促すと、御幸の腕を自分の肩に回した。
あれだけ言い合いになっても最終的にはやはり兄弟なのか、御幸も嫌がる素振りはなく黙って真幸に従っていた。
「じゃ聡、またな。とりあえず御幸を医務室に連れて行く」
「そう言えば御幸とはあまり食堂で会わないけど、そんなに行かないの?御幸、食事はちゃんと食堂で食べなきゃだめだよ」
「ちゃんと行ってるって、真幸がオーバーに言ってるだけさ。・・・僕はよく聡を見かけていたよ」
「御幸・・・」
「またそんな顔をする。友達といたら声も掛けにくいだろ、それだけのことだよ」
御幸は小さく口元を綻ばしながらそう言うと、真幸に支えられてその場を後にした。
僕に違和感を与えながら、それを打ち消す御幸。
いつかの密やかな笑みを浮かべていた時も、図書室でマスク越しに見つめていた時も・・・。
何故かしっくりこない、鈍い痛みだけが残った。
ねぇ、御幸
もしその違和感が僕に対する警告だとしたら
僕は何か大事なことを、忘れているのかな
ねぇ、御幸
君には見えているんだろう
一年の間で、変わってしまった僕たちの景色が
―それだけのことだよ―
なんて言わずに、教えてよ
僕が見えなくなっている、僕たちの景色を
僕が忘れてしまっている・・・
君の心の景色を
高等部、食堂―――。
6人掛け、8人掛け、10人掛けのテーブルが配置良く並ぶ。
ピーク時を想定しての席数が設けられているので、混雑していても待つことはない。
メニューは各テーブルに設置されたタッチ式のパネル表示から選ぶ。
僕たちの注文がそのまま厨房に流れ、料理の出来上がりはテーブルの席番号に表示ランプが点く。
料理を取りに行くのと食べた後の食器を戻すのは、当然ながら各自が行う。
今日の夕食は和食の中から、和泉と同じ肉じゃがを選んだ。
「食事遅れちゃって、ごめんね」
「そんなのは別にいいけどさ・・・」
と言いつつ、和泉はひとくちめからご飯をかき込んだ。
暫く黙々と食べてお腹具合も落ち着いたのか、ややベースを落としたところで言葉を続けた。
「聡には悪いけど・・・あいつ、渡瀬よりももっと嫌だ。あ、でも、もうひとりの三年はいい奴だよな。
いくら友達でもあんな迷惑そうに言われたら、おれなら放っぽって行くけどね」
二人の関係を知らない和泉が、そう思うのは無理からぬことだった。
「あの二人、双子なんだ」
「へっ?」
「驚くよね、全然似てないだろ。二卵性なんだ」
「へぇーっ!?」
「昔からあんな感じなんだ。兄弟だから、お互い遠慮が無いんだね。真幸が兄で、おおらかそうだっただろ。・・・和泉、お箸」
食べようとしていた寸前だったのか、和泉の箸が肉じゃがのじゃがいもに突き刺さったままだった。
「御幸は・・・少し神経質になってるかな。体の調子があまり良くないと、何事にも鬱陶しくなってしまうんだよね。
僕もそうだったし・・・根はとても優しいんだよ」
「・・・・・・・」
和泉は無言のまま、じゃがいもを口に放り込んだ。
「こらっ!本条!行儀悪い食い方すんな!俺、村上さんの隣〜っ、と」
「こんにちは、村上さん」
「北沢君たち、まだだったの?もうこの時間だから、夕食済んでいるかと思ってたよ」
「渡辺と試験の答え合わせしてたんです。こいつ、徹底的にする方だから時間掛かっちゃって。あ〜あ、腹減った。何にしょうかな・・・」
考えている北沢の斜め前からすっと手が伸びて、表示部分をタッチした。
「あーっ!本条、勝手に決めんなよ!」
「へへっ、今日は肉じゃがって決まってんだよ」
「うるさいなぁ。二人揃うといつもこんななんです・・・すみません、村上さん」
言葉ほど迷惑そうにしていない顔が、彼らの仲の良さを窺わせていた。
「仲の良い証拠だよ。和泉、さっきの彼らも、和泉と北沢君のようなものだよ」
和泉は「ん〜・・・」と首を捻りながらも、その後は彼らの話をすることはなかった。
夕食が済むと和泉たちは体育館へ行くというので、そこで別れることにした。
薬が届いているはずなので、医務室に寄って帰るにはちょうど良かった。
別館の外に出ると夏の花シモツケが、萌える緑の葉の中で白やピンクあるいは白地に赤など美しい色を競い合うように咲いていた。
最新の設備で統制された近代的な建物に融合する自然の美、漂う芳香。
各館内の随所にも、季節毎の生花が香りを絶やさない。
マスクをしている僕には、少し香りに制限があることが残念だけれど。
医務室に着いて、受付で学年・クラス・名前の記入をして薬のみの申告をする。
診察が無いのがわかっているので、すぐ調剤室の窓口が開き名前が呼ばれた。
「村上君、今日は薬だけだね。用意出来てるよ。それから・・・加藤君いるかい?加藤御幸君?
・・・おかしいなぁ、薬出てるのに・・・」
御幸は真幸が連れて来ているはずだったが、あれからけっこう時間が経っている。
診察も終って、帰ったとばっかり思っていたけど・・・。
しかし待合室を見渡しても、御幸を待っている真幸の姿もなかった。
「あの・・・僕が、渡しておきましょうか?加藤御幸とは、友達なんです」
「そう?お願いしたいところなんだけど、薬の受け取りは本人か身内もしくは職員って決まってるんだよ。ありがとう。
ええっと、これが君の薬。いいかい、薬袋の中を改めるよ」
毎月同じ薬なのに、その都度きちんと説明と確認が為される。
それは当たり前のことで、薬はひとつ間違えば毒になる。
処方薬を渡す側には厳しい責任が伴うのだ。
迂闊な僕の申し出にも、薬剤師の人は細やかな心遣いで対応してくれた。
そして薬を受け取り、帰ろうとしたときだった。
診察室から大きな声がして、真幸が出て来た。
「はい!ちゃんと言っておきます。ありがとうございました。失礼します!」
「え、真幸?」
「あ、聡!ちょっと待って!」
真幸は慌てて調剤室の窓口に駆けて込んで行くと、薬袋を抱えて戻って来た。
「や・・・もうまいったよ。川上の説教の長いこと長いこと・・・」
僕の腕を引っ張りながら、小声で耳打ちするよう言った。
「真幸も具合悪いの?でもその薬は御幸のだろ・・・」
「御幸が医務室へ行くのを嫌がってさ。仕方ないから薬だけもらいに来たら、川上に呼ばれて・・・」
うんざりした顔でため息を吐く真幸に少々同情しながらも、やはり御幸のことが気に掛かった。
「そうだったの。・・・試験前から調子悪そうだったから、終わって一気に疲れが出たのかも知れないね」
「へっ、あいつに試験疲れなんてないね。俺たちって双子なのに、背も見てくれも全然違うだろ。けど、一番違うのは頭の中身だな」
真幸は全く羨ましがる顔もせず、むしろ御幸の存在を誇らしげに語った。
「僕も御幸には、良く勉強教えてもらってたよ。御幸、部屋にいるんだろ。寄って行こうかな」
「ん・・・何かまた咳きが出だしてさ、聡はやめた方がいい。
それより購買部について来てくれよ、御幸の食べられそうなもの買ってやんなきゃいけないんだ」
「うん、わかった。いいよ」
購買部のある別館に戻るべく、またシモツケの咲く道を引き返した。
「うへっ、混んでるな」
コンビニのような購買部は、夕食時は特に生徒や職員で溢れている。
「すぐ買って来る、聡は雑誌コーナーにでもいてくれたらいいから」
真幸は優しい。
御幸を気遣うのも僕を気遣うのも、同じ優しさを示す。
それが僕には、少し面映い。
意地悪な返事のひとつも、してみたくなる。
「嫌だよ」
一瞬、真幸は困った顔をした。
ごめんね、真幸。
やっぱり君は優しい。
だから僕も御幸も、ついそんな君の優しさに甘えてしまうんだね。
「せっかく僕が一緒なんだよ?真幸より僕の方が、こんな時の食材選びは上手だと思うよ」
「ぬかせっ!俺にはこれがあるんだよ!えーっと・・・スープ、ポタージュ、雑炊、フルーツ、ポカリ・・・」
真幸は大仰に睨みつけながら、ズボンのポケットからクチャクチャのメモを取り出した。
「・・・そのメモ用紙、医務室のマークが入ってるけど、川上先生が書いてくれたの」
「書いてくれてねぇよ、書かされたの!それも延々、ありがたい説明聞かされながらな」
「あはは、それで薬の方が早かったんだね。でも良かったじゃない、役に立って。
さっ、早く買って帰ろ。御幸が待ってるよ」
真幸と手早く商品を選んで、買い物カゴに入れて行く。
「後はポカリと・・・あった、これこれ。サプリメントクッキー。
スナック菓子食べるくらいなら、これにしろってさ。・・・こんなもんか」
「ん〜・・・食欲が出て来たら、腹持ちのする物も欲しくなると思うよ」
「それもそうだな。じゃ、あいつサンドイッチ好きだから、パンコーナー見てくるよ。聡、ポカリ頼む」
「いいよ」
ポカリをカゴに入れてからパンコーナーに行くと、真幸の他数名の生徒がパンを選んでいる中に混じって後ろ姿に見覚えのある人がいた。
エプロンに長靴、またタオルをバンダナのように巻いている。
いたって普通の空気が流れている周囲の雰囲気から察して、真幸たちはその人が先生だと気付いていないようだった。
・・・たぶん名札は、エプロンの下だ。
「先生」
「や、聡君」
僕の言葉で振り向いた先生に、思った通り側(そば)にいる全員が先生を見た。
先生はカゴは提げておらず、手に調理パンを二個持っていた。
玉子とハム、コロッケの二種類・・・パンまで見覚えがあった。
「聡、先生って・・・」
真幸が不思議そうな顔で聞いて来た。
概ねみんな首を傾げている・・・最初は。
「あの・・・先生、名札が隠れています」
「ああ、これかい」
先生は「花にひっかかるんだ」と言って、首にかけてある黒紐を左手で引っ張ってエプロンの内側から名札を取り出した。
―本条 志信(ほんじょう しのぶ)・教職 指導部―
ネームフォルダに記載されている名前と、何をおいてもその所属がはっきりした時点で、雲の子を散らすようにパンコーナーから生徒たちの姿が消えた。
「夜食ですか?」
「うん、水島君のね。花の植え替えをしているんだけど、手伝ってくれてるんだ。いいって言ったんだけどね。
せっかく試験も終ったのにさ、好きなことをすればいいのにね」
渡瀬たちが聞いていたら間違いなく苦情になりそうなことを、先生は嬉しそうに話した。
「水島君、元気そうですね」
「元気だよ。・・・君、聡君を待ってるのかい?ごめんね」
「いえっ!ど・・どうぞ、ごゆっくり!聡・・君、僕は先に帰るから」
「真幸、待って、僕も帰るよ。先生、失礼します・・・先生?」
先生は真幸≠フ呼び名に反応したようだった。
真幸の名札を覗き込むようにして見た。
「なっ・・何か!?」
先生に迫られて、気の毒なくらい強張っている。
「君かぁ、加藤御幸と双子の・・・ふ〜んまさき≠チて、その字書くの。本当だ、パッと見は似てないね」
思わず先生の口から、御幸の名前が出たことに驚いた。
御幸は先生のことは知らないはずなのに、先生も真幸のことは知らなかった。
「先生!御幸を知っているんですか!?」
それまでガチガチに緊張していた真幸が、大声で先生に尋ねた。
僕でさえ驚いたことに真幸が驚かないはずはなかったが、その様子はどこか少し違って見えた。
先生に、喰ってかかるような勢いだった。
「知っているよ」
先生の眼は真幸の名札から、真幸本人に移っていた。
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