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「うっ・・んん・・・あつぅ〜」

ここんとこ熱帯夜が続いてて朝起きると汗でびっしょりになってる。

無意識のうちにクーラーのリモコンを探すほどだ。この部屋にクーラーはないのに。

オレが和也さんのマンションで暮らすようになって一週間が過ぎた。


和也さんはオレの教育係りで会社では社長秘書だ。

オレ?和也さんがオレの教育係りなんだから、オレは社長の息子に決まってんじゃん。一人っ子のひとり息子。

一応親父の後を継がす方向で今回の人事が決まったらしい。オレにしてみればムッチャ大迷惑。

ならせめて和也さんをオレの家に住まわせればいいのに、実家だとオレが甘えるからとかで、結局オレは放り出された。

あーっとにかく今はそんなことよりクーラー!

クーラーのない生活なんて知らない、あり得ない!!







「おはよう、明良君」

「おはよう・・ゴザイマス・・」

ここでは午前6時ダイニングの椅子に着席し挨拶をしてから一日が始まる。

1日目の朝。

オレには朝の挨拶の習慣なんてないから軽く会釈して済ますと、和也さんに朝はおはよう≠ナしょうと、たしなめられた。


2日目の朝。

おはようと挨拶すると目上の人にはございます≠ナしょうと、またたしなめられた。

・・・ムカッ!んじゃ昨日一緒に言っとけよ。


3日目の朝。

とにかくあくび連発。まじこれからもずっとこの時間に起きんのかな・・・なんて寝ぼけた頭で挨拶をしたらついあくびが出た。

「おはよう・ご・・ふぁ〜っ・・ッッ!!いっ・・だぁーっっ!!!・・・ざひ・・ま・ひゅ・・」

重力に逆らってオレの左のほっぺたが思いっきり上に引っ張られた。

「まったくそのだらしないあくび。ギリギリまで寝てるからだね。もう30分起床時間早くする?」

だからなんで言う前に手が出んだよ!!

6時だぜ!!ギリギリまで寝てても眠たいのに、それより30分も早く起きれるわけねーじゃん!

喉まで言葉が出かかったけど・・・アイツならいきなり右のほっぺたもひねりかねない。

ちくしょう!・・・目が覚めた。


洗面所の鏡で見ると左のほっぺたが赤くなってる。

指の跡だ。あのやろう・・・もう許せねぇ!!

これってやりすぎだろ!!たとえ相手がオレより強いとわかっていてもやってやる!!

10発パンチ貰っても1発ぶん殴れたらいい。オレはそういうケンカはたくさんして来た。

そうやって強くなるし!・・・一週間前のオレはそうだった。

だって!!今またアイツにケンカ売って負けるのは覚悟の上さ。

でももしそのあとこの前みたいにされたら・・・あれだけは覚悟できねぇよ!!



「明良君?食事の用意出来てるよ」

オレがあんまり遅いので様子を見に来やがった。

「あっ、ハイ・・・」

何だよ、何だよ!オレ!!何いい返事してんだよ。せめてひと言くらい抗議しろよ!

「あの・・和也さん!」

「何?」

「ここ!ここ見ろよ!!ほら跡ついてる、指の跡!」

「どれ?どこ?」

アイツの手がまたオレの左頬にかかる。

「わっわっ・・・」

条件反射だ。思わず後ずさる。

「オーバーだな。そんなに痛かった?跡なんてついてないよ」

コイツ・・・いつか絶対、1発ぶん殴るよりも先にほっぺたギュゥ〜ッだ!!


「えーっ、ついてるよぉ、ここ・・あれ、消えてる・・うそ・・ほんとだって。
メチャクチャ痛かったんだからな!ほんとについてたんだって!!」

「そう?でも消えてるよ」


食事は全て和也さんが作る。朝はパンで、それにスープとサラダとフルーツとかが必ず。

オレが左頬をさすりながらスープを飲んでいると、まだ痛いのかと聞いて来た。

本当はまだ痛かったけど跡も消えてるし、なんかあんまり痛い痛いと言うのもしゃくにさわるし。

まっいっか。

「・・・いやもう痛かない・・デス」

これでこの話は終わるはずだったのに・・・。

「そうだろう、そんなものさ。
ほらこの前君お尻叩かれて大泣きした時でも、痛かったのはその日だけだっただろ」

・・・やめろよ。何言ってんのコイツ。何でその話になんだよ。

今、一瞬でオレの顔真っ赤になってないかな。

「あれだけ叩かれても翌日には跡形なんて残らなかっただろ」

それ以上言うな!そんな確認出来るか!!

しかも“叩かれて”叩かれて”って、テメェが叩いといて他人事みたいな言い方すんな!!

「若いうちはそれだけ新陳代謝がいいってことだよ」

つまり少々叩いてもひねってもどうってことない―ってことか!!

信じらんねぇ・・・笑ってやがる!

「何結論つけてんだよ!!そのナントカ代謝がどうかなんて知らねぇけど、その日だけって何だよ!
あン時は次の日も座るのすっげー苦労したんだ!!」

あぁ・・・なんでオレ朝っぱらからこんなこと怒鳴り散らしてんだよ。それも恥の上塗りだ・・・。

気まずい雰囲気・・・。



「明良君、口の周りが汚い・・・。ボロボロ食べこぼすし、物を口にいれたまま大声は出すし。
君は食べ方までだらしないね」

コイツって言い方はものすごく優しいんだけど、言う事メチャきつくねー?

「しょうがないなぁ・・・」

とかなんとか言いながらウエットティッシュでオレの口を拭こうとする。

「ヤメ・・さわんな!自分で拭くって・・・」

「ほら、じっとして。これから君に食事のマナーも教えるけど、
まずはその汚い口の周りから拭く事を教えてあげるよ」

なんて笑いながら後ろからオレの頭を自分の胸に押さえつける。

ぐっとあごを持ち上げられて・・拭かれた・・・。


気まずい雰囲気なのはオレだけ・・・?







「ねぇ、和也さん、オレの部屋クーラーないけど・・・いつ付けてくれんの?」

「クーラー?」

不思議そうに言うなよ。自分の部屋にはつけてんじゃんかよ。

「別に必要ないでしょ。窓開けて部屋のドアも開けてたらいい風通るよ」

じゃお前がそうしろよ。

部屋のドア開けてたら中丸見えじゃん。

オレのプライバシーはどうなんだよ。

「熱帯夜じゃん!風速0だし!暑くて寝てらんないし!!」

「寝てるじゃない、毎朝ギリギリまで。それこそシーツの跡顔につけて。
たまによだれの跡もついてるけど」

この間のこと言ってやがる・・・イヤミなヤツ〜!

「もういい。親父に言って付けてもらうもん」

「いいけど、でも付けてもはずすよ」

「なんでだよ!オレの部屋なんだからオレの勝手だろ!!」

「必要ないって言ったでしょ。
あそこは君の部屋だけど私の家だから勝手にはさせません」

どう言う理屈だよ。わけわかんねぇ。

要はやっぱクーラーダメってことか。







その夜、今日も気温は軽く30度を突破してて、自分の部屋になんていられない。

リビングで漫画の本を読んでたら、和也さんにいいものがあるからおいでとキッチンに呼ばれた。

「何?コレ・・・」

「氷枕だよ。君使ったこと無いの?」

「無い。見たことも無いよ」

「熱が出た時とか暑い時とかに使うんだよ
。これからも何かと便利だから君専用にあげる」

氷が入ってて冷たいけど、アイズノンなんかと同じじゃん。

タオルで巻かれた氷枕と読みかけの漫画の本を持ってオレは自分の部屋に戻った。

って言うか、リビングを追い出された。



こんなのひとつで涼しくなるわけないじゃんか・・・なんて思いながら、無いよりはましかと頭を乗せてみた。

そう言えば食事が終わってしばらくして、キッチンから氷を砕く音がしてたけど、これを作ってくれてたんだ。


中の氷がシャラシャラと音を立て、タオルから通るやわらかな冷気が頭を伝ってうそのように体に流れて行く。

アイズノンなんかとは全然違う感触だ。

頭を少し動かす度に小さく聞こえる氷と水の交わる音が心地いい。

ふと、お尻にも当てて見た。

冷たくて気持ちいい。

お尻冷やすのにも便利じゃん、あの時もこれがあったら良かったのになんて・・・。

唐突にアイツの言葉を思い出した。


「これからも何かと便利だから君専用に・・・」



どー言う意味だ!!!







*コメント

何ですの、コレ?みたいな・・・。まだまだ話としての枠すら立っていません。



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