B



和也はどうしたものかと考えていた。

とりあえず床に正座をさせて座らせてはいるものの、その顔はふてくされて横を向いている。

そのくせ崩そうとする足をパチンと叩くと、今にも噛み付きそうな表情で睨みつけて来る。

何を言っても返事がない。

表情だけはくるくると変わるが、最初にくってかかって来て通用しないとなると今度はだんまりだ。


「明良君」


さらに2〜3回呼んでも案の定返事はない。

むしろ3回目にもなると明良の目が再び挑戦的になっている。


―やっぱりお山の大将は山から引きずり下ろさないとだめか・・・―


和也はやれやれと心の中でため息をついた。







和也は、会社では26歳と若いが社長秘書の立場にある。理由は二つ。

一つは情報システムに長けていることで、会社の管理体制を全てコンピューターでプログラム化し徹底的に無駄を省きコスト削減を成功させたこと。

もう一つは、は明良の父親であるつまり社長がどこへ行くにも和也を連れて回ることであった。





「何すんだよぉー!!」

パニクッた明良の声が響く。

和也はそんな明良の声に耳を貸す素振りも見せず、返事の仕方から教えようかなどと言いながら、淡々と次の行動に移る。

ソファの前のテーブルに明良の上半身を押し付け、今度はベルトに手をかけてズボンと下着を下ろす。


―早く気が付けばいいんだけどね。僕の手が痛くなる前に・・・−


和也は明良の尻に平手を振り下ろした。





「私は明良君を甘やかしませんよ」

ひと月前のことである。

和也は明良の父親である社長 一谷秀行(いちたに ひでゆき)に言った。

会社は現社長が一代で築いた。

特にここ数年で大きく成長したことが、今まで後継者などまだ先の話とのんびり構えていた秀行を焦らせた。

あまりにも甘やかして育て過ぎた明良はまるで野放図だ。

「うむ・・。わかった、明良の事はお前に任せる。
・・・だが私も美耶子(みやこ)も、後継者はお前でもいいと思っている。もし、明良がどうしても無理なら・・・」

和也は秀行の言葉を途中で遮った。

「その話は二度としない約束のはずですが。それに会社では秋月と呼んで下さい。・・・社長」

優しい物の言い方ではあるがきっぱりと拒絶する和也に、秀行は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。


「・・・お前は可愛くない」







どれだけ叩いただろう。和也の手の平もすでに赤く痛い。しかし明良はまだ気が付かない。

どうすれば和也の叩く手が止まるのか。

最初の頃の喚く勢いもなく、ただひたすら和也の叩く手に身体を固くして預けるばかりだ。


―限界かな・・・―


和也が思ったその時だった。


「ご・めんなさいぃ!ごめんなさい・・和也さん!」

ようやく明良から謝罪の言葉が出た。


和也は打つ手を止め、明良の背中側に拘束していた左腕を解放した。

明良は下ろされたままのズボンと下着が気になるのか、一刻も早く身体を起そうとするが、痺れた左腕が言う事を聞かない様子だった。

和也は手早く明良のズボンと下着を元に戻してやり、そのまま両脇を抱え上げてソファに座らせた。


うつむいて外されたズボンのベルトを締めなおす明良を見ながら、和也はひと月前の秀行との会話を思い出していた。



「・・・お前は可愛くない」

「そうですか、それはどうも」

「・・・甘やかし過ぎたよ。本当に、明良は何とかなるのか」

「そうですね・・・少しくらいはお尻を叩くこともあるかも知れませんが・・・」

「そうか・・・頼む、和也」



 ―何度言えばわかるんですか、例え誰もいなくても会社では秋月ですよ・・お父さん―







明良の眼から涙が溢れている。

和也はその涙を指先で払いながら、我慢しなくていいんだよと優しく言った。

明良はそのまま和也の膝の上に突っ伏して泣いた。

和也はただ静かに明良が泣き止むのを待った。



  ―君の震える背中に手をあてて、そっと擦ってあげようか。

  それとも小さな子供のように、君が泣き止むまで頭を撫でてあげようか

  でも、僕の手は君を甘やかさないよ

  愛されて甘やかされ過ぎた君には

  君を叱る手が必要だ

  僕の手が君を叱る。僕の手が君のお尻を叩く―



 ようやく泣き止み顔を上げた明良に、和也は言った。



 「よろしく、明良君」

 「・・・はい」





  ―よろしく、明良

      ・・・・・僕の弟―







*コメント

ようやく薄らぼんやりと、話の原型が見えてきました。しかし、まだまだです。



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