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オレ一谷明良(いちたに あきら)。14歳なんだけど、もう将来が決まっちゃてんの。
親父の会社を継ぐことになってる。
継ぐっても何も親父の息子だからって無条件ってわけじゃなくて、なんかいろんなことを勉強して周りから認められるようにならないといけないらしい。
親父の会社がグンと伸びると後継者の話が出るようになって、当然オレの名前があがったんだけど、親父はとてもじゃないがOKと言えなかったらしい。
酷いよな、自分の息子なのに。
そんなわけでオレに教育係りがついた。
今日の夕食はビーフシチューとライス、アスパラと人参のステックサラダ、トマトのスライス。
ビーフシチューは大好き。
「明良君、犬食いだ。顔を上げて、スプーンを顔の方に持って行きなさい」
また出た・・・。
コイツが秋月和也(あきつき かずや)。26歳。オレの教育係り。
会社では親父の秘書してる。秘書って社長の世話をするんだろ。だからかな、いちいちうるさい。
食べ方なんてどうでもいいじゃん。
パチッ!
「ッテ・・・」
「ひじ」
いつもいつも言う前に叩くんだ。・・・ひじついたからってどうだってんだよ。
・・・たく、全然ご飯食えねーよ。気を取り直そうとグラスの水を飲もうとしたらいきなりむせた。
アイツが後ろから、オレのランニングシャツの襟首のところを掴んでる。
「グェッ・・ゲホゲホッ・・・」
普通する?そんなこと。・・・もう頭に来た!
「グラスに顔を近づけない。襟を持っただけで首が絞まるのは、それだけ頭が下がってるってことだよ」
頭に来た!!頭に来たー!!!
「何で食べてる時にゴチャゴチャ言われなきゃなんねぇんだよ!!しかもバチバチバチバチいつもいきなり叩くし!
言う前に叩くなよ!!襟首掴むなー!!こんなんでご飯が食えるかよ!!」
勢いで思わず食べかけのビーフシチューの皿をひっくり返したら、そのはずみでグラスが倒れてテーブルや床に水が撒き散った。
一瞬アッと思ったけど、興奮して頭に血が上ってるから自分で自分が押さえられない。
アイツは椅子から立ち上がり肩でハアハア息をするオレを、じっと見てるだけで何にも言わない。
何か言えよ。オレだけ腹立てて怒ってバカみたいじゃん・・・。
ぷいっと、オレはそのまま席を立って自分の部屋に戻った。
「だって、アイツが悪いんじゃん・・・」
ベッドに寝転がってだんだん気持ちが落ち着いてくると、今度はちょっと不安になる。
めちゃくちゃにした夕食のこと。・・・やり過ぎたかな。でも・・・
「だって、アイツが悪いんじゃん・・・」
何度も同じ言い訳が口をついて出る。
あれから2時間くらいたってるけど、アイツ何も言ってこない・・・。
怒ってるのかな。怒ってるのはオレなんだけど・・・わかってるんだ。
ひっくり返したビーフシチューはアイツの手作りで、秘書って料理も出来んのかなって思うくらい毎日ちゃんとご飯作る。
手抜きなしで・・・。
・・・謝った方がいいのかな・・・。
時計を見ると9時半を過ぎようとしている。お腹も空いた・・・。
そんな時、部屋をノックする音とともにアイツが入ってきた。
オレは思わずベッドから飛び起きた。
「どうかな?明良君、少しは落ち着いたかな」
怒ってない・・・。なんだ・・・オレが落ち着くのを待ってたのか。
ちょっと安心してオレはベッドの上に座りなおした。
アイツはそのままオレの勉強机の椅子に腰掛けて、いつものように穏かな語り口で問いかけてきた。
「どうしてあんなことしたの」
何・・・?原因はそっちだろ。こっちが聞きたいよ。どうしてあんなことするの。
ちょっとでも謝ろうかなんて気が起きたけど、失せた!
「だって!和也さんが悪いんじゃん!」
「私のどこが?」
「どこが?何だよわかってるくせにとぼけるなよ!すぐ叩くじゃん!
いつもいつも言う前にバチバチ叩くし、水飲もうとしたら襟首掴んだり、むせるし信じらんねーよ!」
「言えば君はちゃんとするの?しないでしょ。言うだけなら君はいちいちうるさいくらいにしか思わないだろ」
・・・・・・・・・・・・・・。
「食事の仕方ひとつにしても君だけが笑われるのならいいけど、そうじゃなくて君の下に就く人達みんなが笑われるんだよ。
君が継ごうとしているものはそういうものだ」
そんなふうに言われたら反論出来ないじゃん・・・。
「・・・ごめんなさい」
謝ろうなんて気は失せてたのに、何だかわかんないけどスッと口をついて出たんだ・・・。
「よろしい。じゃお尻叩くからこっちにおいで」
「・・はぁ?ちょっと・・待って・・誰の・・・」
「君の」
その普通の表情で言うのやめろよ!
「何でだよ!オレもう謝ったじゃん!え〜と・・ぶちまけたとこも掃除するし!」
「掃除はもう終わりました。1時間かかったけどね」
ありがとうって言えばいいのかな。でも今は言ってる暇もないんだって!
「早く来なさい。君が言う前に叩くなって言うから、叩く前に言ってるのに」
そう言う意味じゃねぇだろ―!!
逃げようとしてベッドから立ち上がったところを捕まえられて、そのまま抱え込まれた・・・。
暑くてランニングと短パンだからパンツなんか意図も簡単に下ろせるスタイルだ。
・・・絶対イヤだ!パンツ下ろされるなんて!
アイツの腕がオレの腰からお腹のところまでがっちり回って、それでも振りほどこうと暴れたら、外側の太ももを思いっきり叩かれた。
「こら。逃げない」
一瞬で動きが止まる。めちゃくちゃ痛い。
「あれだけのことをしておいて、まさかごめんなさいだけで済むなんて思ってないよね」
思ってましたなんて、この状況で言えるわけないじゃんか。
思ってないからパンツだけは下ろさないで―!!ってもうちょっとで叫びそうになったところにバシ、バシ、バシッと叩かれた。
それなりに痛いけど・・・さっきの太もも叩かれたのよりかはずっとマシ。
意外にも叩かれた回数もそんなに多くなくて、
「痛てぇな!ちくしょうー!」
なんて半分照れ隠しで言えるくらい今回はお尻に余裕?・・・がある。
パンツが無事だったからかな。
「さてと、食べ損ねた夕食でも摂ろうか・・・」
アイツが部屋を出て行こうとするので
「オレも!」
一緒に行こうとした。
ろくろく食べてないから空腹感で気持ち悪いくらいだ。
「どこへ?」
・・・・・・オレ、コイツのこういうところ大っ嫌い!!
「オレも・・・ご飯食べる。お腹空いて寝られないもん」
「そう、でも君の分はないよ。ひっくり返しただろ」
「・・・パンでも食べる」
「あれは明日の朝の分。君、今日はもうそのまま反省してなさい」
結局空腹のまま一晩過ごすことになってしまったんだけど、オレほんのちょとだけだけど、お腹いっぱいご飯食べられない人達のいることなんかも思ったりした。
空腹ってけっこう辛い。
・・・だからかな、お尻叩く回数少なくしてくれたのかな。
翌日の朝―。
朝食には昨日のビーフシチューが出てて、ステックサラダはシーザーズサラダに変わってたけど。
オレは嬉しくってバクバク食べた。・・・顔が下がらないようにちょっと気をつけながら。
和也さんは、昨日遅い時間に摂った夕食が胃にもたれるとかで、コーヒーだけ。
そんな体調の時にビーフシチューの匂いはたまらなかったらしい。
今も食べたらすぐシンクに浸けといてって。昨日自分だけ食べるからじゃん。
「・・・明良君、朝からヘビーだね」
和也さんは半ば感心したように言うけど、オレの胃は絶好調なの!
オレ、ビーフシチューは大好き!
それでもって和也さんの作るビーフシチューが、一番好き・・・。
*コメント
この辺りから、料理は和也を書く上での必須アイテムになって行きます。
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