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オレが和也さんのマンションに引っ越して来たのが夏休みも半分を過ぎた頃。

一応親父が行けって言うから仕方なく行くけど、オレの貴重な夏休みをなんでそんなヤツと過さなくちゃなんねぇんだよ。

ひと暴れして追い出される格好でさっさと帰ってこようなんて思ってたわけ。

ところがそのひと暴れがとんだ逆効果で、反対にえらい目に合わされた。







「明良!」

夏休みも終り2学期が始まる今日はその始業式。

始業式前、クラスメイトの吉田直人(よしだ なおと)が日焼けした真っ黒な顔で駆け寄って来た。

「明良!お前どうしたんだよ。急に連絡取れなくなっちゃって。携帯は?」

「ここ・・・昨日まで取り上げられてた」

「ええっ・・!何でー!!」

・・・オレと全く同じ反応だ。





和也さんのマンションで暮らし始めた最初の日、一番初めに言われたのが携帯電話だった。

「明良君、ここの生活に慣れるまで少し携帯電話預かっておくから」


「ええっ・・!何でー!!」


「中は見ないから。家や友達に電話する時はここの電話使えばいいからね。遠慮なくどうぞ」

「電話番号みんな登録してんのに携帯でなきゃだめなんだって!」

「アドレス帳は?」

「携帯がアドレス代わりじゃん」

「そう、そしたら携帯が故障したり落として壊れたりしたらどうするの?
中のデーターが新しい携帯に移せるとは限らないよ」

そいじゃアドレス帳作るから返せよって言ったら、そうだね、返って来たら作ったらいいねって。

違うだろ!それじゃ意味ないっての。

結局どう言っても返してもらえず、あきらめてたら学校の始まる今朝返してくれた。しかもひと言だけで。

「はい。携帯」

何なんだよ、全く。





それから直人に、連絡が取れなかった間のマンションでの生活をかいつまんで話した。

「朝、6時に起きんだよ」

「げぇー、何それ!」

「部屋クーラーないし・・・」

「げげげげっ!うっそぉ〜!」


・・・・・・・・・。


「食事の時もマナーっての、いっこいっこ言われるし」

「ウヒャ〜ッ!最悪ぅ〜」


直人とはずっと一緒に遊んできた。いちばん気が合うっていうかまぁ親友かな。

だから今さらどうこう言うわけじゃないけど、直人の話し方ってこんなだったのかな。

げーっとかうそーとかウヒャ〜とか・・・。オレもそんななのかな・・・?

和也さんはそんな話し方をしないから、オレの言う事に対して必ずちゃんとした言葉が返って来る。

腹立つことも多いけど。





「明良、ふけようぜ」

いつものように式の始まる前に直人と他、気の合う2〜3人と一緒に学校を抜け出してゲームセンターへ行く。

マンション生活を始めてから全然出歩いてないので、毎日のように通っていたことを思えばここも随分久し振りだ。

ここで知り合ったヤツもたくさんいて、みんな声をかけて来る。

やっぱり楽しい、すぐいつもの感覚を取り戻した。


グループで遊んでいるとどうしても似たようなグループと対立することがある。

やれガンつけたとか台横取りしたとか、だいたいがケンカしたいがためのくだらない挑発なんだけど。

今も直人が俺のこと睨みやがったヤツがいるとか言って、はやばやケンカ体勢だ。

「やめろよ、直人。こっちから行くことないって」

向こうは1人だけがいきがってて、コソコソ聞こえる声は何かやばいとか、相手が悪いとか、あとはみんな逃げ腰だよ。

そんな奴ら相手にして勝ってもね・・・。

オレたちが相手にしないとわかったのか、向こうのグループも違う階に行ったようだ。


「明良・・・何かおかしくねー?どっちかっていうとお前のほうがガーッて行ってたのにさぁ」

・・・ガーッとねぇ・・・確かに直人の言う通りなんだけど。

なんだかこんなケンカに勝ってもちっともカッコ良くないじゃんとか思ったら、する意味がなくなった。

帰り際、直人が普段見たこともないような真面目な顔で言った。

「もう帰んの?まだ5時過ぎだぜ・・・明良ぁ、いっかい俺がその秋月ってヤツ絞めてやろうか」

オレ直人が好きだ。とてもいいやつだし、でも・・・バカだ。

・・・・・逆の立場だったらきっとオレも直人に同じ事を言ってるんだろうな。

「そうだな、今度頼むよ」


直人、お前もいっかい絞められろ。





和也さんのマンションで暮らし始めてしばらくして、親父から電話が掛かって来た。

もちろんオレの携帯はないから、和也さんの家の電話にだけど。

どんな具合だと聞くから、

「最悪に決まってるじゃんか!オレいつそっち帰れんの!・・・めどが着くまで?
何だよそれ!はっきりしろよ!!」

怒鳴り散らすように言うと、いきなりブツッ!と切られた。

あーっもう!家の電話番号も覚えてないのに、聞きそびれたじゃんか。


次に電話があったのが、おふくろからだった。

ちょうど夕食の仕度をしていた時で、食事は和也さんが作るけど仕度や片付けはオレも手伝うことになってる。

今日はトマトのコールドパスタと豚肉のエスニックサラダだって。

皿やフォークを用意しているところに電話が鳴った。和也さんが出てと言うので出たらおふくろだった。

言う事は親父と同じでそっちの生活はどうなのと聞くから、

「いいわけないだろ・・・。親父から聞いてるくせに」

ふてくされて言ったら、とんでもない言葉が返って来た。


「明良ちゃん、夕食時に居るなんてめずらしいわね。こっちの家じゃ居た事なかったのに。
・・・秋月さんが怖いんだ」


一番触れられたくないところをからかうように言われてれて、しかも母親に気恥ずかしいやらむかつくやらで思わず 、

「うるせぇ!クソババァ!!二度と電話してくんなー!!!」

受話器をたたき付けるように切った。



「誰からの電話だったの」

透明の皿にパスタを盛り付けていた和也さんが、手を止めて聞いて来た。

「えっ・・・おふくろからだけど・・・」

わかっててなおかつ確認するみたいに聞いて来る時って、なんかやばいんだよね・・・。



「お尻叩くから後ろ向いて。」

やっぱり・・・。

それに叩かれる前に言われるのもなんかいやだ。

そんな声に出してはっきり言わなくてもって感じで・・・。


和也さんの左腕がオレの胸のあたりをすくうように入ってきて、そのままぐっと上半身を引き下げられて叩かれた。

あまりの痛さに思わず声が出た。

この前ビーフシチューを腹立ちまぎれにひっくり返して叩かれた時とは、比べ物にならないくらいの叩かれ方だ。



「誰にものを言ってるのかな」

「痛ぁー!!・・・やっ・・・もう言わない・・・」

「今すぐ謝れる?」

「・・・・・家の電話番号・・覚えてないもん・・・」


バシィ!バシィ!バシィ!・・・


無言でさらに叩かれる。ほんとに覚えてないのに・・・。

「あっ・・謝る!謝る・・電話するから。・・・和也さん、家の電話番号教えて・・・下さい!」

「よろしい」


やっと和也さんが手を離してくれた。

オレはとてもじゃないが立っていられずにその場にしゃがみ込んだ。

強烈に痛かったけど、パンツは無事だったのでそれにはホッとする。


何だよ、クソババァなんていつも言ってんのに。

そんなで謝ったらよけいさっきみたいにからかわれる・・・とか思っているうちに、和也さんがオレの家の電話番号を言い始めた。

何で自分ン家なのに他人に電話番号聞かなきゃなんないんだよ。ちょっと情けなかった。





電話の向こうのおふくろは何事かと言うような感じだ。

「あー・・おふ・・あーいや・・おかぁ・さん。さっきは・・ごめんなさい」

「明良ちゃん?明良ちゃん!やだー、もう一回言って!おかぁさんって言った?ごめんなさい?
昔のようにママでもいいのよ!ママ、ごめんなさい。言ってー!!」

しばくぞ!テメェ―ッ!!クソババァ!!!・・・絶対声に出せないけど。

それでもちらっと和也さんの方を見ると、さっきの続きでパスタの盛り付けに余念がない。

そんなに必死になるなら、なにもわざわざ手を止めてまで人の尻を叩きに来るなよ。


おふくろの声はとても嬉しそうだった。





大幅に遅れた夕食を摂りながら、何事もなかったかのように和也さんが聞いてくる。

「お母さん、何か言ってた?」

「別に・・・何も・・・。これ上手いね」

和也さんが必死で盛り付けてたパスタをフォークで突付き回しながら、わざとぐちゃぐちゃにして食べる。

まだお尻の痛みが残ってるささやかなオレの仕返し。

和也さんは余裕で笑ってるけど。



おふくろがさっきの電話でこそっと教えてくれた。


―明良ちゃん、秋月さんの作るご飯美味しいでしょう。明良ちゃんがそっちでたぶん窮屈な思いするだろうから、
せめてご飯だけは美味しいものを食べさせてあげたいって、お料理習ってたのよ―


口いっぱいパスタをほおばると、トッピングのトマトの赤やパプリカの黄色キュウリの緑がボロボロと透明の皿に零れ落ちた。







*コメント

話の進行として、単発のつもりでしたので時間(月日の経過)、季節は最初から度外視でした。

そうしたら、何をもって話の進行とするか・・・偶然なのですが事柄として順序よく進んでおりまし
たのでそれをもって話を進める、そんな形が出来上がりつつある5話目でした。



事柄:出会い→挨拶→二人の関係→食事のマナー→親に対する礼儀・・・という具合です。



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