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和也さんのマンションで暮らし始めたのが夏休みの半ばだったので、学校が始まったら自分の家に帰れるよな、なんて密かに思ってたんだけど。

しばらくして掛かって来た親父の電話でめどが着くまでって言われて、何だよそれ!はっきりしろよ!と怒鳴り散らしたらブッツリ切られてそのまま。

学校が始まっても、引き続き和也さんのマンションで暮らすことになった。







「・・ら・くん・・明良君」


バシーッ!


「ぎゃっ!!」

「いつまで寝てるの。起きて」

「・・痛た・・・あれ?和也さん・・何で居んの・・・?」





日曜日の朝。

和也さんは昨日から用事で出掛けてて、一泊して今日は昼頃に帰ってくるって言ってたはずなのに。

いつ帰って来たんだろう。

「予定がね・・早く上がったから。連絡するには夜中だったからね。さっ、早く起きて」

せっかくゆっくり寝れるって思ってたのに・・何時?6時・・・15分・・・。

たったの15分で尻叩かれて起されんの・・・。



ダイニングに行くとすでに朝食の用意が出来ている。

クロワッサン、コーンポタージュ、サーモンのサラダ、フルーツはびわ。皮をむいて中の種をきれいにくり抜いてる。

和也さん帰ってきたの、オレより遅かったはずなのに・・・。


何時ごろ帰って来たのと聞くと夜中の1時半ごろで、オレは腹出してぐっすりと寝ていたらしい。・・・勝手に人の部屋のぞくなよ。

オレが帰ったのは夜中の12時半過ぎだ。危ねぇ〜。

土曜日の昨日、和也さんが昼前に出掛けた後、オレも直人に連絡を取って遊びに出た。

久々の解放感で遊びに遊びまくり、たまたま終電に間に合ったから帰ったようなもので、本当は夜通し遊ぶつもりだった。



朝食が終わって後片付けや掃除、洗濯なんかを和也さんと一緒にする。

掃除は週に一度ハウスクリーニングが来るので軽く掃除機をあてるくらいだし、洗濯はシーツとか下着くらい。

衣類はだいたいクリーニングに出す。


まだ9時じゃん・・・。朝が早いので片付けが終わってもこの時間だ。

和也さんはノートパソコンをダイニングテーブルに持って来て何かしてる。仕事かな。

オレは退屈。直人たちを呼び出して遊びに行こうと思ってもこの時間に起きてるわけないし。

する事がないのでリビングで漫画の本を読んだり、携帯版ゲーム機でゲームしたりしてゴロゴロしていたら、

「明良君、学校いつから普通授業になるの」

ノートパソコンに顔を向けたまま和也さんが聞いて来た。

「・・・明日からだけど」

何だよ、朝っぱらから・・・。勉強しろって言われるのかな。

そう言えば和也さんのマンションに来てから勉強の事なんて一度も言われたことないな。


「机の整理は?」

「あっ・・・まだ・・」

学校も始まっていつになったら机片付けるのって言われてて、でも散らかってても別に不自由感じた事ないし。

「後で・・・友達にメールしたら片付ける」

直人早く起きろ。携帯からメールを入れる。鬱陶しいんだよね。

机なんか適当に片付けてさっさと遊びに行こうと他の何人かにもメールを入れていたら、返って来るメールもあっていつの間にかメールに夢中になっていた。



ガタン・・・ガシャッ・・・。

聞き慣れない物音がして気がついた。

どこから・・・物音はオレの部屋からしてる。

ダイニングの方を見ると和也さんがいない。・・・ものすごくいやな予感。

急いで自分の部屋に行くと、和也さんがオレの机の引出しを全部引っこ抜いて中身を床に空けていた。

呆然とするオレに気づいた和也さんはそれでも表情ひとつ変えない。


「片付けなさい」

「何でこんなことするんだよ。後で片付けるって言ったじゃないか!」

「君の後はいつ?何度言われたの。」

「・・・片付けろ、片付けろって、じゃ何でこんなにめちゃくちゃにすんだよ!!」

「床に空けたらめちゃくちゃで、引出しの中だとめちゃくちゃじゃないの。同じだと思うけど」

くやしいけど和也さんの言う事はいちいち尤もで、オレは次の言葉か出ない。

「机の上を見てごらん。机の本来の使用目的は何?」

言い方はいつもと同じだけど何か違う。たたみかけるように言って来る。

もう一度何?と聞かれてもオレは答えられなかった。

どう言えばいいのかさえもわからない。


「勉強するところでしょう。これで出来るの」

言うなり和也さんに机の上の物を全て床に払い落とされた。


「片付けるから・・・もうやめてよ」

情けないのと、たかが机ひとつで何でここまでされなきゃならないんだろうと言う不満で涙が出そうになった。



片付けるにしてもどこから手をつけていいのか・・・。

足の踏み場もないほどに散らばっている物を見ながら考えあぐねていたら、再び和也さんが聞いて来た。

「これは?」

見るとオレの通学カバンだ。何で和也さんが持ってんだよ。どこに置いてたっけかな。それすらも覚えてない・・・。

どうしよう見られたら・・・マジやばいんだよ!!

「返せよ。オレんだろ!人のもの勝手に触んな!!」

「触られたくないものを、それじゃどうして無造作に放り出しておくの」

「そうだけど、でも・・・」

言い終わらないうちに、カバンの口が開けられて真っ逆さまになって中身が全部落ちた・・・。

雑誌とここにも携帯版のゲーム機と、飴とかガムとかおよそ教科書とか筆箱すら入っていない。

あ2〜3枚のプリント用紙と。

和也さんは他のくだらない物には眼もくれず、プリント用紙だけを拾い上げた。



「・・・君が勉強してないのは机やカバンを見たらわかるけれど、学校の授業もろくろく受けてなかったとは知らなかったよ」

プリント用紙を見ながら和也さんが言う。


先週は始業式から始まって短縮授業の間、ほとんど学校を抜け出して遊びに行ってた。

三回続くと親のサインと印鑑を提出するプリントが配られる。警告書だ。それに反省文を書くプリント。

オレたちは自分の名字の三文判を買っておいて、親の欄には自分以外の誰かに書いてもらう。

学校も形式的なことだから深く追求しないし。

それでずっと上手く行ってたのに、何でこんな最悪な状況の時にバレるんだよ。



和也さんが立ちすくんだままのオレに近づいてきて、

「ベッドに手をついて。シーツを握り締めていればいいから。

オレの肩を軽くたたいてうながすように言った。

これって・・・やっぱりオレ叩かれんの・・・。

確かにオレ悪いけど、でも何でここまでされなきゃならないんだよ。

さっきの不満が、カバンまで勝手に開けられた事でよけい膨らんだ。悔しくて涙が出た。

誰に悔しいのかわからない。和也さんになのかオレ自身になのか・・・。


「和也さん・・・オレ・・・」

一旦ベッドについた手を離して振り向こうとすると、今度は背中を軽くたたかれて言われた。

「次に手が離れたら拘束するよ」

たぶん本気だ・・・。オレはもう一度シーツを握り締めるしかなかった。

シーツは叩かれる前からすでに涙でぬれていた。

短パンのトランクスに和也さんの手がかかるのを感じて、思わずいやだ!と振り払おうとしたけど、手を拘束される恐怖の方が強くて再度シーツを引き寄せるように握り締めた。


想像通り短パンと下着が引き下ろされて、

「反省しなさい」

和也さんのそのひと言が消されるほど、叩かれる激しい音と痛みが尻を襲った。

身をよじる痛みが連続して続いて、右に傾いたら右をさらに叩かれ左に傾いたら左をさらに叩かれる。

涙が出て出て止まらない。

悔しくて、悔しくて、そして情けない。


「うっ・・ううっ・・・ひっく・・・」


オレが悪いのはわかってる。だけどなぜかごめんなさいの言葉が言えない。

どうしても言えない言葉の変わりに声が出るんだ・・・。


「そんなに泣かないといけないことをどうして君はするの」

和也さんの手が止まった。終わったのかな?もう手を離してもいいのかな?

短パンと下着が引き上げられて、終わったんだ。オレはシーツから手を離すことが出来た。

その後、和也さんは何も言わなくなった。

片付けが終わったらご飯を食べにきなさいとだけ言って、オレの部屋を出て行った。



オレは何をする気にもなれなくて、散乱した物と一緒に床に腹ばいになりながら朝の続きで携帯のメールを見てた。

あれからまた来てる、直人からも来てるよ。遊ぶつもりだったのにな・・・。

帰ろうかな・・・登録ボタンを押していた。親父の直通番号だ。日曜日だろうと、どこにいようと絶対出てくれる。


オレからの電話には。


「もしもし・・・明良か。どうした?」

・・・また涙が出てきた。

「明良・・・?泣いてるのか・・・。・・・帰ってくるか?」

何でわかるんだよ。先に言うなよ。先に言われると言えなくなるじゃんか・・・。

「帰んねぇよ!・・・この前電話途中で切ったろ。途中で切るなよ、それだけだよ」

「・・・そうか。じゃ、切るぞ!」





あれから何時間経ったんだろう。元々物を整理するなんてあんまり考えた事がなかったので、机ひとつ片付けるのにものすごく時間がかかった。

もうすっかり陽が落ちている。結局昼ご飯は食べそびれた。お尻の痛いのが少し和らいだら、ちょっとお腹も空いた。

ほとんど片付けが終わった頃和也さんがオレの部屋に来た。

ひとつひとつ引出しを見てこれからは一日に1回机に座ってごらん、もっと使い勝手がわかって整理が出来るからと教えてくれた。

オレ今なら言える・・・。

「あの、かず・・・・・」

突然、オレの言葉を遮るように和也さんが言い出した。

「明良君。いいところへ連れて行ってあげる。おいで」

どこに?と聞くひまもなく急き立てられるように和也さん運転の車に乗り込んで、夜の街を走る。意外とせっかちだ・・・。


10分ほどで着いた先は親父の会社だった。いろんな企業が入っている50階建の最上階が親父の会社だ。

昼間は何度も行った事があるけど、夜ははじめてだ。

和也さんは守衛のおじさんには顔パスで、そのままエレベーターで一気に50階まで行く。

マスターキーでドアを開けて秘書室から続く奥の社長室へずかずかと入ると、黒い革張りの大きな椅子を指してオレに座りなさいと言う。


親父の椅子だ。


ブラインドを背にしてオレが椅子に座ると、そのまま和也さんが椅子の後ろに回り背もたれを反対の方向に向けた。

椅子がクルッと回転してオレは座ったままブラインドの方に向いた。

ブラインドが瞬間音もなく開くと、そこは一面どこまでも続く光の海で七色の電光が波のようにうねっている。

和也さんに諭されるように言われた。


「明良君、私達はねあの光の海の中で生活しているんだ。溺れてはいけないよ」


そして上を見てごらんと言う。

上を見上げると、下の華やかな光とは違った静かな星の光が広がっている。

空と地上とそれは静と動の光のコントラストだ。


和也さんがそっとオレの肩越しに言った。


「これもまた、君が継ごうとしているもののひとつだ」







*コメント

この6話で、1本にまとまった話の流れとなりました。

この時のスパ描写、理由、スパ後の展開等が、全体を通した話の中での最大のエピソードとなります。



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