番外ー4
彼岸の頃
九月も二周を過ぎる頃、和也は母の墓参りに来ていた。
母の眠る霊園は、かつて二人が暮らしていた市街地の郊外、田畑や林、森など未だ多くの自然が残る静かな場所にあった。
季節柄道端のあちこちに、咲き始めのコスモスが美しい姿を見せていた。
懐かしいそして決して忘れることのない温もりが、体の内から蘇る。
春に病を発症して、その年の冬を待たずに逝ってしまった母。
暫くの間、秋は和也にとって酷暑の夏よりも厳寒の冬よりも辛い季節となった。
墓前に着くと柄杓で水を掛けて清め、花を供えて線香を立てる。
和也がする事は、その程度だった。
父が建てた母の墓は、いつ来ても掃除が行き届いていた。
変わることのない父の思いが、その手厚い管理に表れていた。
歳月は思い出を重ねて、確実に流れ行く。
和也は墓前に手を合わせながら、最近では父に連れられて来ていた頃のことが思い浮かぶようになっていた。
父からは、いつも予告なく連絡が来た。
―和也、行くぞ―
どこへ?などと聞く由もない。
―はい―
と返事をして、父の迎えを待つ。
父はその時だけは、共も付けず自ら車を走らせてやって来た。
霊園の駐車場に車を置いて、そこから墓前までの距離を二人で歩く。
二人でといっても、並んで歩いた記憶は余りない。
父は常日頃の忙しさが身に付いているのか、とにかく歩くのが早かった。
大股で目的地まで目もくれず歩く父の背中を、和也は必死で追った。
和也が霊園周辺に咲いている野花に目を留めるようになったのは、大学生になり一人で墓参りをするようになってからのことだった。
もうその頃には母を思い起こすのに、悲しさや寂しさよりもむしろ温かく込み上げる懐かしさを感じるようになっていた。
母が愛した季節毎の花々。
取り分けコスモスは、
学校からの帰り道、
―和也くーん!―
母の呼ぶ声・・・
母が亡くなった中学三年の秋。
ポツリと手に落ちた涙の雫で、何度足が止まったことだろう。
だが高校時代の和也は墓参が象徴するように、日常においても父の背中を追うのに必死だった。
ひょっとしたら涙は零れていたのかもしれないが、足は止まらなかった。
今になって和也は思う、常に早足で歩いていたのは父の優しさだったのだと。
まっすぐ前だけを向いて、歩いて行けるように。
立ち上る線香の煙が、うろこ雲の空に消えて行く。
霊園は一足早い秋の風景に包まれていた。
※ コメント
短いエビソードですが、高校生の頃の和也です。
和也にとって高校時代は最も辛く最も守られていた、そんな時期だったのではないかと思います。
高校生の和也は、時に枕を涙で濡らす夜もあったでしょう。
しかし翌日まで泣いている暇はないのです。
次の日には、
―和也―
―和也!―
母に代わる、父の呼ぶ声。
父の大きな背中は、悲しみや寂しさのスパイラルから守ってくれていたのです^^
少年の和也が、青年となり乗り越えられるその日まで。
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