「てぇぇっチャン、ぁあそぉぼっ」
“夏休みアニメ劇場”に見入って居た時、柑チャンの呼ぶ声がした。
微かに愁チャンの声も重なって聞こえた。
それでボクは直ぐに“ドムとシェリー”の黄色い水筒と
パンダの描かれた空色の弁当箱の入ったリュックサックを肩に掛けると
玄関へ走った。
ナンにしろ遠足の時にしか使えない御気に入りのコノ藍のリュックを
持って行けると言うだけで心は弾んでしまう。
そしてドアを開くとそこに兄弟行儀良く横に並んで立って居た…
ケド、少し驚いた。
愁チャンかなりのハリキリ模様。
両手に“網”を持って居て、しかも左手のソレは“魚取り用”…
古墳なのに。
リュックと麦藁帽子はイイとして、何故か足許は“下駄”。
ぁぁナルホド、多分ソレが先日ばぁチャンに貰ったトカ言う京都土産の‥。
「どぅしてもコレで行くって」
柑チャンがボクの戸惑いに感付き説明する。
けれど十一才のボクの口からはソノ場を取り繕う気の利いた言葉は出て来ず、目の遣り場に惑うだけだった。
それにウチに来るまでに既に“ケンカ済み”な様で、
愁チャンの目は“プール後”みたいに赤く潤んで居た。
「イイやん…もぅ」
ホラ、又今にも泣き出しそう。
「‥じゃ行こっか、ぁそれより昨日のアレ観た?」
自然に話題は昨夜のTV番組へと移り、そう話し掛けながらボクが柑チャンを然りげ無く見ると、
愁チャンとは対照的に、カレは某デパートの紙袋を片手にブラ下げて居るだけ。
中に何が入って居るかは、カレが歩く度に“カチャカチャ”鳴る御箸の音で察しが付いた。
それにしてもホント夏。
蝉の声だけに耳を傾けて居るとどうにか成っちゃう程に鳴いて居る。
誰かが下からウチワで扇いで居るかの様にモクモクと上がる入道雲は、
真青な空に頬摺りするかの様に柔らかそうで、ナンかツネりたく成る…
と、
「キーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
後ろから車の急ブレーキ音が、ボクの耳と胸を突き抜けた。
慌てて振り返ると、愁チャンの隣に赤い車が停まって居る。
どうやら愁チャンが振り回して居た例の“虫取り網”が車道にまで顔を出してしまったらしい。
幸い車に当たる事無く、運転して居た男の人も優しくて怒られる事も無く済んだのだけれど、
コレで又柑チャンが荒れた。
「愁、もぅ帰ってイイぞ」
後ろも振り向かずに言う。
「‥‥‥‥‥」
愁チャンはソレより今のジコり掛けた事へのショックが大きい様で、まだ目は点の状態。
愁チャンにはワルいケド、ボクにはソレがナンともかわいい。
だからボクは又柑チャンが好みそうな話題を見付けてソレを投げ掛ける。
「ぁ、今日のドムとシェリー、メチャクチャ面白かったよぉ」
「マジっ?オレ達丁度哲チャンちに向かってたから観られんかったぁ。
ドンナやった?」
ホラ、食い付いてきた。
コレで当分引き付けよう、愁チャンへのイライラ忘れるまで。
そしてちっぽけな事汗と共にしょっぱく流れた頃、
遂に大きな“徳慢寺山古墳”が目前、
カゲロウの向うに浮かんだ‥。
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