タウセレトの経歴
セティ二世の第二夫人だったが、セティ二世の息子のシプタハが幼くして王位につくと摂政として実権を振るった。シプタハが夭逝するとファラオとして即位、外国人のバイと共に国を治めた。シプタハの治世を自分の治世年として数えている。実際の治世は二年(BC1188〜BC1186)
しかし国が乱れ、ラムセス二世の死からわずか27年後、19王朝は滅亡することになる。
 墓の発見
古代から開かれていたが、 1983、1987に再調査された。
 
 墓の内容
この墓はタウセレト女王によって、セティ二世とタウセレトのために建てられた。その後20王朝を起こしたセトナクトが自分の墓を作り始めたもののアメンセス王の墓に当たってしまうというアクシデントにあい、タウセレト女王の墓を横取りした。そのため、この墓は手前に本来のタウセレト女王の玄室、奥に拡張されたセトナクトの為の玄室がある。このような二重構造の玄室を持つ墓はこの墓だけである。
 
セトナクトによって描きかえられた壁画(A)
(C)Paul Biesta
セトナクトがこの墓を奪った際、描かれていたタウセレトの絵やカルトゥーシュはセトナクトのものに書き換えられた。奥の玄室(H)にある棺ももとはタウセレトのものだったが、名前を書き換えられセトナクトに使われている。
 
入口を入り通路を進むとAの部分にオシリスによって導かれている王の絵が見える。これも元はタウセレトの姿だったがセトナクトに描きかえられている。
 
C部分の壁画カルトゥーシュが
セトナクトの名に書き換えられている
(C)Paul Biesta
D部分の壁画
(C)Paul Biesta
その先には先に作られたタウセレトの玄室が見られる。Dの壁には門の書についての壁画が描かれている。
 
玄室の右側の壁(F)には洞窟の書に書かれている原始の海からラーが生まれてくる場面が描かれている。ここの柱(E)には神々の絵が描かれ、描きかけの物も見られる。
この部分は色彩もとてもよく残っており美しい。
 
タウセレトの玄室(F)
(C)Travels in Paradise
タウセレトの玄室(G)
(C)Travels in Paradise
左:書きかけの絵が見える。奥は死者の書の一場面(C)Travels in Paradise
右2つ:玄室の柱に描かれた神々(C)Paul Biesta
セトナクトの玄室(F)
(C)Travels in Paradise
タウセレトの玄室を抜けるとセトナクトの玄室につく。ここはセトナクトの急死によって急遽作られたため、削られたままの壁や下書きのような壁画が残る。中央にはセトナクトが使用したと思われる棺が置かれているが、これは元はタウセレトのものだったと考えられている。棺に書かれていたタウセレトの名前は削られ、セトナクトのものに書き換えられている。
 感想
ここはタウセレトの玄室が大変美しかった。特に中央に大きく描かれた鳥の絵は王の墓らしい華麗な物だった。
そのほかの部分はカビのようなシミ(カビじゃないのだろうけど)があり、かなり時代を感じさせる。色彩も落ちている部分が多い。しかし絵そのものは大変優美で、作られた当時は大変美しかったことが想像できる。
奥まった所にあるせいか、私たち家族のほかに一人だけ見学者がいるのみだった。入口の番人のおじさんがとても暇そうにしていたのが印象に残っている(笑)
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