新採日記

(その4)

 今もそうですが,昔はもっと教え方もへたくそで,当時の子どもたちには本当に申し訳ない思いをしています。ただ,エネルギーだけはあり,今でも使っている道徳の指導案「道ちゃんでもできるのに・・・はひどい」を考えたのはこの頃でした。

 また,初めての研究授業は算数でしたが,その時は「円」の指導ということで,教具のつもりで「自動円製造機」なるものも作りました。モーターを使って,自動で円を描く機械を作って,「一点からの距離が等しい点の集まりを円という」ことの説明をしようと思ったのです。
 模型の戦車に使うギヤボックスを買ってきて,モーターの回転をそれで遅くしたセットを作り,それを30センチ四方くらいの四角い箱の中に固定します。箱の真ん中からゆっくり回る軸だけがのぞいています。その軸に短い鉛筆を付けた竹ひごを,鉛筆の先が箱の方に向くように取り付けて完成です。スイッチを入れると,時計の針の先に鉛筆が付いたような部品が回り,箱に付けた画用紙に見事円を描きました。鉛筆を付けた腕はネジで軸から外せるようにしているので,画用紙を入れかえれば何枚でも円が描ける優れもの(?)でした。事前に何回も試験を繰り返し,本番に臨みました。授業でも成功し,オーという声は聞かれたのですが,自分自身が楽しんでいて,あまり必要でない所に力を入れていたように思います。

 習字の指導でも大変苦労しました。教師になって黒板に向かってチョークで字を書く時になって初めて「先生って字を見られる仕事なんだ」と気が付きました。野口先生の講演の中にもありましたが,
『子どもが書いてきた習字の上に朱墨で修正の字を書いてよくよく見ると,子どもの字の方が上手に見える』
状態でした。

 それから私は習字セットを買い,習字がある前の日は家で練習をして行くようにしました。練習をしていると,字の形を作る上でどこが難しいかがよく分かりました。子どもには,「字を書くと思ってはいけない。目の前にある絵をそのまま写すのだと思いなさい。」と自分の悟り(?)を語っていました。
 ある日には子どもが無邪気に,
「先生は黒板の字はきたないが,習字はきれいだねってお母さんが言ってた。」
と教えてくれました・・・。

 その後ボールペン習字通信講座にも入門し,そのテキストの中にあった『書いた文をきれいに見せようと思えば,まずひらがなをしっかり練習しなさい。日本語の文の7割はひらがなでできているのだから。』という言葉になるほどと思い,ひらがなだけを毎日練習していました。

 そんなとてもプロの仕事とは言えない習字の指導でしたが,その習字の指導の中で,学校を転勤する時,家の方が涙を浮かべて感謝の言葉を口にして下さったことが一つありました。