6月30日(日)晴れ
 雨が上がり、からりと晴れ渡った修善寺。午前中、川のせせらぎを聴きながらのんびり、ゆったりな時間を過ごす。野鳥の鳴き声を聴いてるうちに、ふと幼稚園の時に見たカラーの鳥類図鑑が目に浮かぶ。一所懸命に模写したものだ。人間の記憶とは不思議なもの。突然、古い記憶が顔をのぞかせる。
 お昼、町を散歩。久しぶりにスマートボールをやってみる(1回300円)。川の石垣で日向ぼっこするトカゲを観察。子供に持って帰ろうかと思ったが、すばしこくて捕まえられない。埼玉のカナヘビとは種類が違うようだ。

 PM2、クルマで一路東京へ。PM6、解散。
PM6、帰宅。万歩計が壊れたので、購入店で新品と交換。W杯決勝試合を見てから就寝。敗れたドイツの主将、カーンのストイックな表情が印象的。

6月29日(土)曇り時々雨

 寝不足の翌朝は仕事が遅々として進まない。ようやく2時に仕事を終えて、2・35の新幹線で三島。乗り換えて修善寺へ。昨夜から先乗りしていた友人たちと合流。温泉付きリゾートマンションへ。
6月28日(金)晴れ

 PM8、新宿ピット・インで浅川マキライブ。ほぼ満席。40代以上が3割。20〜30代が7割か。昔からのファンと新たなファン層がちょうどいいバランス。
 8・10分。いつものように、開演時間をだいぶ過ぎてから楽屋から黒い影が登場する。「待たせたわね」
 この一言に客席からドッと笑いが湧く。毎年同じフレーズ。しかし、客席はマキのこの一言を待っている。アカペラで数曲歌ったあと、、セシル・モンロー(ドラムス)、和泉慧志(ギター)、生江匠(サックス)が一人ひとり登場。次第にバッキングの音が厚くなっていく。そして最後に渋谷毅(ピアノ)が登場。会場は一気にヒートアップ。1部は5人のセッション。いつ聴いても「暗い目をした女優」の盛りあがりはスリリング。和泉慧志のエレキギターがうねり、モンローのドラムスが肺腑をえぐる。

 15分休憩の後は、生ギターに持ち替えた和泉慧志をバックに「マイ・マン」などジャズ&ブルース。ギターテクニックが抜群。「まだ22歳なの。去年から比べたらうまくなったでしょう」と後でマキさんが言っていたが、確かにうまい。サックスの生江氏も22歳。やや考えすぎて伸びやかさに欠けるきらいがある。渋谷毅はもうジャズピアノの大ベテランにして浅川マキをずっとサポートしてきた同志的存在。もし、渋谷毅がリタイアしたら、その時はマキさんもどうなるか……。浅川マキを聴くなら今のうち……かも。パンクでファンキーでジャジーなボーカルは生きながらブルースに葬られたジャニス・ジョプリン、ビリー・ホリディ、そしてローリング・ストーンズに通じる最強のボーカリスト。浅川マキは時代とともに深化し続けている。
 
 ただ、今日はやや声に抑制がない部分があると思ったら、体調がよくなかったようだ。
 10・15、珍しくサポートメンバーを舞台に上げてアンコール。「あの男が死んだら」。「コード進行が難しい曲にも関わらず、和泉さん、よくやってくれた」と。
終演後、楽屋に。40分くらいおしゃべり。11・30。新宿から電車。帰宅は深夜0・30。疲労困憊。

6月27日(木)雨

 朝から止むことなく雨が降り続く。PM1。30分ほど雨中の散歩。
PM4・30、根津・鍼灸院。今日はたっぷり2時間。おかげで、7時からのピンクアメーバ公演に間に合わず。電話でキャンセル。もう日にちがない。今回はパスかなぁ。

 PM8。帰宅。駅の近くの蕎麦屋で食事。すきやきうどん膳=1050円。向かいのテーブルに座った中年の男女。女は背を向け、男の顔はその背中に隠れている。

 男が酒を飲みながら、やたらと職場関係のグチっぽい話を延々としているので、「なんだこの男はこんな店で…」と思っていたが、会話の途中で「○○小学校」という単語が耳に飛び込む。そうだ、この声は息子の学校の教師じゃないかとハッと気づく。しかし、時すでに遅し。店に入ってから20分以上が経過している。しかも、込み入った話を耳にしてしまった。いまさら挨拶したら向こうも困るだろう。2度ほど会っただけだから、もしかしたら私のことをおぼえていないかもしれない。食事もそこそこに支払いを済ませて店を後にする。無防備な先生。なんだかなぁ…。

 資源エネルギー庁の外郭団体「財団法人電源地域振興センター」が原発周辺の住民に給付される原子力立地給付金の受け取りを拒否した人のリストを電力会社から受け取って、立地自治体に提出していたことが判明した。狙いは原発に反対する人間を特定しようということだろう。

 今でさえそのような個人情報の漏洩が大手を振ってまかり通っているのだから、これで個人情報保護法ができたら、国民は国家の完全な情報統治下に入る。しかも、内部告発者が罰せられることになれば、内部告発も不可能になる。六ヶ所村に搬入される予定の使用済み核燃料輸送容器がデータ改ざんされていて、欠陥製品だったという事実が明らかになったのも技術者の内部告発によるものだった。内部告発がなければ、輸送中の放射能漏れという事態もあったかもしれない。個人情報保護法に危険性は直接、国民の生命をおびやかすことにもつながりかねない。廃案にして、きちんとした法律を作るべきだろう。売上税が消費税と名を変えて復活、施行されたように、ちょっと目を離すと、修正決議されかねないから。

6月26日(水)雨

 オフ日だが、正午に渋谷・シアターコクーン稽古場で「リトル・ボイス」に出演する池田有希子さんに会うため渋谷・並木橋へ。1時から稽古でその前に小一時間お話。隣の部屋では江守徹氏が自分の劇団、文学座の取材を受けている。青山劇場の「ホンク!」以来のユッコちゃん。タイトルロールを演じることについても自然体。いい女優さんだ。帰り、ユッコちゃんの父であるアトリエ・ダンカンの池田氏とすれ違い、挨拶。
 PM2、自宅近くの駅。タワーレコードに行き、エゴ・ラッピンの新譜を買おうと思ったが、発売延期という。残念。akiko、asa、スーツケースロード、野本かりあを買う。

 PM5、帰宅。
 国旗・国歌法を審議しているときに、個人の思想信条を拘束するものではないと何度も答弁されたはず。しかし、いったん法律になってしまえばそれは反故にされてしまう。
 案の定、横浜市議会で日の丸掲揚に反対した市議会議員が多数決によって議員資格を剥奪された。多数派が少数派を排除して勝手に日の丸掲揚を決めたことに抗議したもので、議長席を占拠したなどとは大げさな。女性議員2人だけだというのに。

 要は不敬罪の復活だ。サッカー場で見られた無数の日の丸が、やがて出征兵士を送る日の丸行列に変わる日がやってくるのではと想像することを杞憂と笑えるだろうか。この事件を報じた朝日新聞は、市議会の決議に疑義を差し挟みながら、一方で議員2人の行為を児戯に等しいと断罪する。これが朝日の限界。不偏不党のバランス感覚とは情けない。

 議会の多数決で議員資格を剥奪するとは戦前の治安維持法下と変わらない。その意味で、国民、市民の選挙で選ばれた議員の身分に関しては慎重な対応が必要として、ムネオ議員の辞職勧告決議案を”棄権”した河野太郎議員(洋平氏の子息)の識見はまったく正しい。

 自民党にも故・宇都宮徳馬氏のように護憲・平和を旗印に、軍縮に生涯をかけた反骨の政治家がいた。河野太郎氏の政治信条を知る機会はなかったが、ホ−ムページを覗くと、脱原発に向けての21世紀半ばまでの段階的廃止を唱えるなど、環境問題に関しても卓越した見識を持っているようだ。願わくば鎌田慧氏の言うように「原発からの撤退を完了する前に日本が大事故に遭わないですんでいるかどうか」だ。
 生涯アナキスト竹中労の「左右弁別すべからず」に倣えばこそ、河野太郎氏にも期待したいとは思うのだが……。
本日10075歩。

6月25日(火)雨

 昼休みに勝鬨方面にウォーキング。小雨がぱらついていたが、ちょうど晴れ間を見計らってスタート。海風が吹きつけ、やや肌寒い。時間がないので、40分で引き上げる。20年も通っていながら勝鬨橋を渡って東側方面はほとんど足を踏み入れたことがない。船員組合のビルや船舶関係の建物が建ち並び、海の傍なのだということを実感。

 PM4・30、ル テアトル銀座のそばのドトールで演劇ジャーナリストのD・Mさんと待ち合わせ。小一時間話し込む。

 PM7、天王洲アイル・アートスフィアで「TEAM発砲・B・ZIN「メルダイバー」。アートスフィアもこの頃は台所事情が苦しいらしい。小劇場に門戸を開放するのはいいが、劇場カラーがなくなる。

 毎度、期待させては失望の連続の「発砲」。今回もバツ印。滑った転んだで笑ってくれるお客さんを相手にしている限り展望はない。いい役者がいるし、客に殺される劇団になってほしくはないのだが。

 地下の青山ブックセンターで鎌田慧「原発列島を行く」、竹中労「断影 大杉栄」を購入。前者は週刊金曜日に連載された日本の原発稼動地、予定地をルポした鎌田氏の著書。電源開発(電発)が計画したATR(新型転換炉)がもんじゅの事故によりABWR(改良型沸騰水型軽水炉)に変更された私の故郷・大間町も出てくる。札束攻勢―ー飲ませ、食わせ、抱かせで漁協を篭絡し、建設計画をスタートさせた電発だが、反対派の未買収用地も残っている。そして自らの民営化を控えた今、果たして採算が取れるか大きな疑問符がつく。おそらく計画は頓挫するに違いない。著書に町議会で唯一の反対派議員S氏の写真。S氏は父の仕事の同僚でもあり、夏祭りも同じ町内会組。原発は海に小さな太陽を埋め込むようなもの。それも高濃度の放射能を排出する…。海の温度を激変させる原発温排水。漁業と共存できるわけない。そんな単純な「科学」は利権・権益の前に無力なのか。

PM11帰宅。「書道教室の硬筆の部で特待生になったよ」とうれしそうに言う娘。やりきれない思いの中でせめてもの光明は家族の笑顔。

 渡辺容子「左手に告げるなかれ」読了。

 不倫が原因でエリート・キャリアウーマンの道を転落した女が主人公。かつて愛した男の妻が殺され、その犯人を追い詰めていくというストーリー。女はスーパーの保安係をしており、万引きをめぐる人間模様などディティールは興味を引くが、人間の描き方が多分にぞんざい。慰謝料を払って無一文になった主人公が、簡単に元彼とヨリを戻したり、妻が殺されたにもかかわらず、態度が軽薄で探偵のマネゴトを手伝う夫はちょっとヘン。しかも、殺された妻は近所の評判が最悪のイヤな女。主人公を捨ててそんな妻の方を取った男も同類ではないのか。そんな男とヨリを戻す女も同類項で、魅力が半減してしまう。意外な真犯人の登場といいまったく釈然としない展開。読ませる術はあるのに、もったいない。登場人物に感情移入できないサスペンスほどつまらないものはない。これで乱歩賞。こういう作品を読むと同じ女性作家でも小池真理子がいかに水準の高い作品を書いているかわかる。

 今日は8887歩。あと一歩で8並びのキリ番だったのに…。

6月24日(月)快晴

 何事にも凝り性なのがB型。昨日の遠出で筋肉痛だというのに、昼休みにまた月島ウォーキング。今日はマンスフィールドのアルバム「マンスフィールド・ポップ」がお供。56分13曲目が終わる頃、ちょうどピッタリ会社に到着。PM3・45、S国際病院の中にあるスポーツクラブのマッサージルームで45分間4000円のマッサージ。運動してマッサージを受ける快感。運動はクセになる。

 PM6・00、帰宅。食事もそこそこに、娘のピアノの送り迎え。待つ間、またしても近所を散歩。いつの間にか大通りに出たので目の前にあったデニーズで一休み。渡辺容子の乱歩賞受賞作「左手に告げるなかれ」を読む。出だし、やや不安だったが結構読ませる。

 PM8、娘を迎えに行って一緒に帰宅。バスの中、電車の中、帰りの道すがら、ずっとしゃべりっぱなし。受験のこと、友だちのこと、学校のこと…。いつまでこういった父と娘の関係が続くのだろうかとふと思う。
PM9、帰宅。今日こそは早めに寝よう。本日走破1万6557歩。

6月23日(日)晴れ

 10時起床。昨日、今日と耳の調子がいい。ほとんど耳鳴りがしない。一時的なものだろうけど、実に快適。ウォーキングを始めたせいか? などとすぐ調子に乗る。子供たちがレンタルビデオを見ている間に歩いてこようと、MDをポケットに突っ込んで出発。今日のBGMはプシン。ウォーキングにレゲエはぴったり。国道を突っ切ってふだんは行かない方面に。結構田んぼがあるので、そちらに足が向いてしまう。どうしても子供の頃に親しんだ風景に向かってしまうようだ。隅田川のゆったりとした流れのそばを歩きたくなるのもそうなのだろう。水面を見ているだけで心がなごむ。

 カラスよけの黒いビニールを竿の先につけて何本も刺してある田んぼを発見。なんとなく墓場のようで不気味。畦道を歩くと田んぼの水に波紋が広がる。見ると無数のおたまじゃくし。田舎のおたまじゃくしとは種類が違う。このへんはアオガエルではないのか? 堰を流れる水を覗き込んで何かいないか見てみる。小さな魚がスッと横切る。なんだろう。生き物がいるだけでうれしくなってしまう。

 家を出て30分過ぎた頃、子供が遊びたがっているからと呼び出し電話。Uターンするが、来た道をそのままたどればいいものを、B型はつい横道にそれて、新しい道を探してしまう。おかげでいつの間に迷子に。見たこともない公園の見たこともない池。大勢のおじさんたちが釣り竿をたれている。聞くとヘラブナ釣りとか。そこを通り過ぎると大きな川、そして土手。いったいここはどこ?

 そのまま見当をつけて、歩き続けたら、いつしか見覚えのある道に。だいぶ大きく旋回したようで、隣の市まで越境したらしい。歩き始めて1時間半。ようやく自分の家に到着。8500歩。知らない場所を歩くといろんな発見があって面白い。こんどあの池に子供を連れて行ってあげよう……なんて、全然懲りてない。
 机の前に山と積まれたMD。今日こそ整理しようと思ったのに…。時間の過ぎるのは早い。今日もムリ。

 これで一日が終わるはずだったが、夕方、5時過ぎに息子と「ちょっとそこまで走ろう」が「今日行った池を見たい」になり、方向転換してまた大散歩。夕暮れの町を往復2時間かけて走破。途中で雨にたたられるは、道に迷うは…。家にたどりついたら夜8時前。案の定「連絡もしないでどこに行ってたの」と大目玉。携帯も小銭も持っていかなかったのだ。しかし、往復の道のりを子供と会話しながらの散歩は楽しいものだった。普段は母親にベッタリの息子だが、2人きりになると、いろいろと学校のことなど話してくれる。父子のコミュニケーションにもウォーキングは最適? 本日1万7338歩。

 PM9、たまたまNHK教育で放送中の「N響アワー」を見ると司会が若村麻由美。髪をロングにして清楚なたたずまい。女優の中で一番好き。隣のアナウンサーがやたらとオヤジギャグを連発する。なんだこいつは。非常に不愉快。アエラの車内吊り広告のダジャレコピーと同じ。なんて最低なやつら。…人のことはいえないか…。

6月22日(土)晴れ

 PM2、G2プロデュース公演「地獄八景亡者戯」を見るために、青山円形劇場へ。やけに「こどもの城」周辺が混雑していると思ったら、隣の青山劇場で「モーニング娘。」のミュージカルが公演中なのだ。ダフ屋は寄ってくるは、追っかけはたむろするは、大変な騒ぎ。「地獄ーー」で松尾貴史がさっそくネタに使っていた。舞台自体はヌルイものだけど、紅一点の元モダンチョキチョキズの濱田マリが元気。
 PM4・30、会社に戻り、後片付け。
ディスクユニオン
 PM6・30、下北沢。「道草」でカレイの煮着け定食997円。ディスク・ユニオンでマンスフィールドのアルバムとミュージックマガジンを買う。MM今月号はR&B特集。エゴ・ラッピンの新譜情報も。
PM7・30、スズナリで南河内万歳一座復活公演「賞金稼ぎ」。初日とあって、ぎゅーぎゅー詰めの超満席。小劇場得意の掛け声とともに席を詰める「ヨイショッ」を久しぶりに体験する。
 9・15終演。ロビーでA新聞のIさんらと談笑。ラーメン屋M亭の二階に席を移して初日の打ち上げ。M亭に来るのは十数年ぶり。クーラーも入り、以前よりこぎれいになった。

 主宰者の内藤裕敬と釣り談義。彼はクロダイ釣りがメインとか。伯父さんがマグロ船やカツオの一本釣り船を何隻か持っているので、彼自身もカツオ船に乗って漁をしたことがあるというのは有名な話。「今度、青森のマグロ船にも乗ってみたいですね」と笑う。
 今の演劇界で劇団が衰退しつつあることに危機感を抱いており、「もう一度、劇団の時代を呼び起こしたい」と真剣な顔。20年間、劇団を率いて活動してきた内藤の剛腕には定評がある。旗揚げからのメンバーがほぼそのまま残っているというのも劇団員たちから慕われている証拠だろう。

 今日の飲み会メンバーはユニーク。トイレの前で順番待ちをしているとき、ロックバンド「アナーキー」のボーカル・仲野茂と立ち話。彼は内藤の友人・宇梶剛士の芝居に出たことがあり、南河内の大ファンとか。現在、「アナーキー」は活動休止中。別のミュージシャンと組んでCDを出したという。「今ちょうどありますから」と自分の席に戻り、CDを持ってきてくれる。非常に折り目正しい青年。いただいたCDは「アナーキーNAN DA COBRA」。あのデビュー曲「東京イズ バーニング」が入っている。”過激”な歌詞ゆえに放送禁止になった歌だが、今思えば結構テレビの歌番組で一部伏せ字にして歌っていたっけ。歌番組も鷹揚だった。

 「ショムニ」の撮影を終えてから駆けつけたという高橋克実、高橋由美子、相島一之の席に移動。亡くなった伊藤俊人さんについて「まだ現実感がわかない」と高橋克実。離風霊船を辞めたときのいきさつを聞く。劇団を辞めるにはそれなりの理由があるということを知る。
明日も撮影とか。「戸田恵子さんによろしく」と伝言。「あんなにチームワークのいい現場は知りません」と彼。高橋由美子は小さくて可愛らしい…。7月から始まる「新ショムニ」見なくては。

 11・30、内藤氏に挨拶して宴席を後にする。さすがにタクシー帰りはキツイ。駅までIさんと一緒。
 土曜日とあって、終電の早いこと。電車は途中駅止まり。タクシーに乗り継いで帰宅。AM1・30。

6月21日(金)快晴

 昨日とうってかわって今日はピーカン照り。お昼休みに銀行に行くついでにウォーキング。晴海通りを歩いていたら「村田英雄音楽葬」の案内板。そうか、今日がお葬式か。方向転換して築地本願寺の前を通過。通行人が「いいんですか?中に入って」とガードマンに聞いている。「どうぞどうぞ」と若いガードン。喪服姿がちらりほらりと本願寺の中に吸い込まれていく。
 本願寺を後にして、晴海通りに戻り、勝鬨橋、月島西仲通り商店街、佃大橋とこの前のコース。時間が短いので約5千歩。

 社に戻り、飛鳥新社に電話。夕方7時から渋谷で川上史津子さんの処女出版を祝う会。地図をなくしたのでFAXしてもらおうと思ったのだが、戸惑ったような女性編集者の声。「あのう……先週だったんですけど」。なんと1週間間違えてしまった。スケジュールを予定表に書き込むとき下の段に書いてしまったようだ。川上さんに悪いことをした。すぐに電話して謝る。「恋する肉体」売れますように!
 PM3・30、ブラジルーイングランド戦。イングランド1−2で敗退。
 PM6・30帰宅。
 昨日も睡眠時間4時間余り。電車の中で強烈な睡魔に襲われる。
 この市に引っ越してから、ときおり防災放送が流れるが、そのほとんどは老人の迷子のお知らせ。今日も朝から1人の老人が行方不明になっていたらしい。夜7時過ぎに「無事保護されました」と緊急放送が流れる。老人問題は深刻だ…。

 夜、Bに電話。まだ帰宅していなかったが、ほどなく折り返しの電話。このところ、多忙をきわめていたという。不況を背景にした身近の倒産、自殺が相次ぎ「線香の匂いがとれない状態」とか。倒産は連鎖する。出口の見えない不況。経営者たちは大変だ。
6月20日(木)雨

 朝からしとしとと雨が降り続く。
 定年になったKさんの送別会が6時から銀座のTホテルで行われる。根津の鍼灸院はキャンセル。パルコ劇場の「ママ・ラヴス・マンボ2」とバッティングしてしまったので、Tホテルに行き、Kさんに挨拶。集まりが悪く、送別会は定刻にはスタートできず。結局ウーロン茶に口をつけただけで、渋谷に向かう。回転寿司で大急ぎで腹ごしらえ。

 開演5分前、パルコ劇場に滑り込み。客電が落ちると同時に、係員の女の子が長身の男性を席に案内する。見ると金城武。周囲に騒がれるので隠密入場。「ゴールデン・ボウル」で今日の主演・黒木瞳と共演しているので陣中見舞いか。
 2年ぶりの再演というが、今回初めて見た。黒木瞳と岡幸二郎、森山未来のコンビネーションが抜群。作り手と役者が一緒になって楽しみながら作ったという雰囲気が伝わるハッピーなミュージカル。よくできている。黒木瞳が抜群に魅力的。こんなに華のある女優さんだったとは。テレビよりもやはり舞台の方が数段いい。
 PM8・55終演。カーテンコールの最中にすばやく金城武が出口にダッシュ。有名人はつらい。
 PM10・40帰宅。電車の中で居眠りしてしまった。疲れているのか…。今日は1万627歩。2万歩以上歩かないと効果がないらしい。道は険しい。
6月19日(水)快晴

 AM10起床。
 午後、万歩計をつけて散歩に出る。思い切って腰を上げないと家の中でうだうだと終わってしまう。市内を流れる川に向かってウォーキング。意識して歩いていると信号待ちは煩わしいものだ。その場で足踏みしたりして…。
 首からケイタイ、耳にMDヘッドフォン、短パン、Tシャツ。梅雨の晴れ間で、いい天気(ふと”雨の日を天気が悪いなんて言ったのは誰だろう”というセリフの入った小椋佳のLP”雨”を思い出してしまった。そう、雨の日は天気が悪いわけじゃない…)

 雀脅し田んぼのそばを通るとキラキラ光る円盤が目に飛び込んでくる。古いCDを田んぼの中に吊るして雀脅しに使っているのだ。まだ苗の背丈は小さく、水もたっぷり入っている。

 子供の頃、田んぼのそばに家があったので、幼稚園の頃、田んぼの用水路にゼンマイ仕掛けで動くブリキの潜水艦を浮かべて遊んだものだ。その船の形もなぜかよく覚えている。
 小さなスクリューを取り付けたゴム動力の木の船を作ったのは小学生の頃。これも用水路に浮かべた。田んぼの用水路にはまだドジョウがいて、ザルを使ってドジョウをすくった。泥と一緒に大小のどじょうがニョロニョロ。

 カエルの卵も用水路のあちこちで見たものだ。種類によって、いろんな形があった。農薬が原因だろう、カエルの卵もドジョウももう田んぼにはいなくなってしまった。
 秋の稲の刈入れ時も楽しかった。小学生でも手助けになったのか?稲刈り用の歯のついた鎌を借りて、ザクザクと稲を刈っていく。田んぼの稲の中を迷路を作るように刈っていったものだ。

 稲刈りが終わると、稲の束を田んぼに積んでおく。立てかけた稲の隙間は子供たちのかくれんぼの格好の隠れ場所。そして脱穀した後のわらを積み上げた田んぼがまた楽しい遊び場。わらの山の中に秘密基地を作ったり、長い木の竿を槍代わりにして少年ケニアごっこをした(子供の頃にテレビで人気だった少年ケニアの主人公・ワタル少年の武器は槍投げだった)。
 田んぼの傍を通るとついそんな昔の光景がよみがえってくる。

 約1時間のウォーキングで7200歩余。この前は50分で6000歩だったからそんなものだろう。しかし、こんなふうに意識して体力・健康維持を考えなきゃならない年代になったというのは、なんだかなぁ…。

 家に戻り、レンタルルームに使わない衣類を運ぶ。それが終わりこの前から見ようとして中断していたビデオ「小説家をみつけたら」を最後まで。文才に恵まれた早熟な黒人少年と隠遁生活を送る伝説的な作家との友情物語。ショーン・コネリーがいい具合に年齢を重ねている。
 と、今日もなんだかんだと一日が過ぎてしまった。

 夕食後、田舎にいる友人が送ってくれた吉幾三のCDを聴く。青森・下北半島の寒立馬をモチーフにした「北限海峡」と亡き友を偲ぶ友情賛歌「約束」。たまには演歌もいい。


6月18日(火)雨

 PM3・30から日本・トルコ戦。あわただしい午後の仕事。夕食を買いに行くと、コンビニの前に数十人の若者たち。男も女も金髪、長髪で喪服姿。今日は誰かロッカーの葬儀か忌日か?
 試合が終了し、その足で六本木・俳優座劇場へ。交差点あたりは警官がびっしり張り付き、サポーター警戒態勢。

 PM6・30。テアトル・エコー「ら抜きの殺意」。いつもにこやかな制作のAさんに挨拶。初演から時間がたち、ら抜き言葉も国語審議会を経て容認される時代になってしまったり、コギャル言葉も消失・変遷しているので、わずか数年前の戯曲なのに「時代」を感じてしまうのは仕方ないことなのだろう。言葉と個人のアイディンティティーを描いた喜劇としては井上ひさしの「国語元年」があるが、流行語をモチーフにしただけに、「古く」なるのは当然。むろん、それに拮抗する強固な笑いと毒のエッセンスはさすが永井愛の作・演出。

 ただ、事務員がパソコンの電源を切るのに、テレビのスイッチを切るようにいきなりバチッと切っていたのはドキリとしたが。通常のパソコンの終了操作を舞台で見せる必要はないとは思うが、観客としては「おおいおい、大丈夫かよ」とドキドキしてしまう。演出とリアリティーの関係。どうせ、観客のほとんどはパソコンの電源を落とす時の操作まで見ないと思うが…。PM9・10終演。
 PM11・30帰宅。休みの前の日なのでつい夜更かしして巡回。AM3就寝。
6月17日(月)晴れ

 俳優の室田日出男さんがおととい亡くなったと朝刊が報じる。悪役を演じられるいい役者がまたいなくなった。その存在感は東映やくざ映画には欠かせない名優であり、最近は好々爺を演じても独特の個性が光っていた。確か日活ロマンポルノ「人妻集団暴行致死事件」が最初の映画賞受賞だったはず。天津敏、山本麟一、成田三樹夫、川谷拓三……いい悪役ほど早死にする。今の東映Vシネマあたりに出る俳優はこじんまりとして、凄みのある悪役を演じられる俳優は皆無だ。日本人の顔が変化してきたこともあるのだろう。体全体から放射される男の凄みを演じられる俳優がいない。室田日出男が最後の悪役かもしれない。みんな小粒に見える。

 小粒といえば民族意識を鼓舞するからと勤務時間中の都庁職員のW杯観戦を容認したどこかの都知事もその1人か。しょせん、お坊ちゃん気質のナショナリスト。サッカーを政治の道具に使うのはいかがなもんでしょ。ま、彼の場合は確信犯だからしょうがないけど、新聞社系の週刊誌に岩見ナントカという機密費の恩恵にあずかっていた記者上がりの老評論家が「2002年の前半はW杯しか記憶に残らない年かもしれない」なんて書いていた。これは苦笑を通り越して醜悪。にわかサッカーファンを自認し、オフサイドさえ知らない年寄りが熱狂の渦に巻き込まれ、読者に媚びるようなことを書くのはなんてみっともないことだろう。テレビに出て、財界人相手に講演して…そこから勘違いが始まる。行き着く先は大衆迎合という落とし穴。以前はマトモだったのに…。

 昨日子供からプレゼントされた万歩計を朝から着用。午前中で4000歩余り。昼休みに、勝鬨橋を渡り月島商店街を抜けて佃大橋へと散歩。約50分で6000歩。MDから流れる70年代音楽を聴きながら隅田川の岸辺を歩く。快適。月島は対岸なのに、ほとんど行ったことがなかった。商店街はほとんど、もんじゃ焼きの店。下町がそのまま残っている。

 PM5、帰宅。1万2550歩。昼の散歩を除けば6000歩か。少なすぎる。駅歩5分だもんな。これじゃ体重が減らないわけだ。頑張ろう。

 オフ会の余韻がまだ続いている。祭りの後の淋しさ。小学校の夏休み。誰もいない教室の夢を見てふいに涙ぐみそうになった朝の気分、とでもいうのか、稽古を含めて長い間一緒だった役者同士が公演が終わって離れ離れになるさびしさとでもいうのか…。法事が終わって、親戚の従弟たちが帰って行った後のさびしさとでも…。
6月16日(日)晴れ

 10・30起床。朝食兼昼食を食べた後、公園に行き子供とサッカー遊び。帰宅して、昨日の仲間の掲示板に書き込んだり、デジカメ画像を整理しているうちに夕方になってしまう。時間のたつのは早い。
 夕方、父の日プレゼントで子供たちからもらった万歩計を試してみる。100歩歩いて表示を見ると確かに100歩。今の万歩計って正確。
 夕食後、「小説家を見つけたら」を見ていると、急に眠気が襲ってくる。昨日の反動が今きたか。さて、きょうは早目に寝ようか。
6月15日(土)曇り時々雨

 仕事がサクサクと進み、10・30には終了。11・30、久しぶりにK記念病院へ。どうもここ数日調子が悪い。土曜日の受付時間になんとか間に合い、診察、そして薬の処方。気休めなのはわかっているが…。
 PM1・00、会社に戻り、机周りを片付け、渋谷に向かう。今日は去年から開催目指して盛り上がっていたオフ会の本番。PM1・50、会場の「O」に着くとすでに実行委員の4人に加えて、数人のメンバーがくつろいでいた。初めて会う人たちに挨拶。そのうち、福岡からのAさんはじめ続々と参加者が登場、会場は一気にヒートアップ。PM2・15、パーティースタート。この前、ランチオフに来てくれたPさんが急遽参加、また、大阪からMさんも駆けつけてくれたので、総勢21人の大オフ会となる。

 web上でしか交流のない人たちだが、旧友と再会したような気安さと懐かしさを感じる。話に花が咲き、笑いに包まれる会場。一次会はPM6まで。Eさん、Dさん、Pさんが一次会までなのでみんなで見送り。

 二次会はカラオケ&パーティールーム。8・30までの予定だったが、あまりの盛り上がりに時間延長を繰し返し、結局10・30まで。カラオケ派、チャット派がほどよく混在し、盛り上がりつつも終始なごやかな雰囲気が最後まで。20人近くもいれば、どんなに仲がいい集まりでも絶対にお酒の上のトラブルとか、ちょっとした行き違いが生じるものだが、そんな懸念はまったくなし。さすがにみなさんオトナ。こんなに笑いが弾け、友好的で盛り上がったオフ会はほかに知らない。11・00。なかなか解散できず、渋谷の路上で名残を惜しむメンバーたち。しかし、ここでいったんお開き。わざわざ山梨から来てくれたOKさんも新宿駅に向かう。3時頃、奥さんが迎えに来るとか。

 残ったメンバーは7人。遠方組のAさん、Kさん、Sさん、Mさん、そして幹事長Rさん、Oさん、そして私。三次会は魚料理の店。11・50、終電に間に合わなくなるというのでKさんが駅へ。12時で店は終わり。四次会、お茶でも飲もうと喫茶店を探すが、見つからず、6人でカラオケボックスへ。AM2、解散。OさんはAさんをホテルに送り、Sさんも自分の宿泊ホテルに。R、Mの2人は宿探しに渋谷の町へ。

 タクシーに乗るも、渋谷の町はW杯で交通規制が敷かれ、クルマが動かない。帰宅したのが3時過ぎ。さすがに疲れた。しかし、心地よい疲労感。あんなに盛り上がったオフ会はちょっとない。主催のRさんの人柄によるものだろうし、なによりも”主賓”のAさんのもてなし上手、盛り上げ上手が効いていた。最年長のKさんの温厚で落ち着いた雰囲気、若いYPくんのカラオケ大将ぶり、カラオケウーマン全開だったE子さんの熱唱……。いやあ、楽しかった。同世代ということを共通項にしただけで、互いに本名も知らない人がほとんどだが、人と人のつきあいに世間的な「鎧」は必要ない。HNという「仮面」が世俗の鎧を凌駕する。新しいコミュニケーションの時代に生きているということを実感する。オフ会に参加してくれた皆さん、お疲れ様。そしてありがとう。
6月14日(金)曇り時々雨

 W杯、日本VSチュニジアPM3・30〜。仕事になってしまい、会社で観戦。4分の3がテレビの前に陣取り、残りは平常どおり机の前で黙々と仕事をしている。全員が熱狂しているわけじゃないというところがいい。しかし、あの観客の「ブーイング」はなんとかならないものか。日本人の欧米猿マネはなんだか恥ずかしい。東京に来て、初めて友人の前で東京弁を使ったときの恥ずかしさと似てなくもない…か。USJのアトラクションでもあの「ブーイング」を強制されたが、生活の中にない日本人の「ブーイング」、なんだかなぁ。
 1点先取で女の子から歓声が上がる。結果、2−0で勝利。開催国が一次トーナメントで敗れることはない。

 6・00。帰り支度をして外に出ると、近くのNスポーツが出す号外をもらおうと、印刷社前は長蛇の列。100人は並んでいるだろうか。20年以上近くにいて、号外をもらうためにだけ通行人が列を作ったという記憶はない。知り合いの社員も「こんなことは初めて」と口あんぐり。

 PM7帰宅。ビールで乾いたノドを潤す。そばから子供が「サッカーやろうよ」。食事の途中で外に出て、しばしサッカーボールでゴールキーパー役。いったん食卓に戻るも、今度は「キャッチボールやろうよ」。すっかりアルコールが回ってしまったが、駐車場のそばの空き地でキャッチボール。暗くてボールもよく見えないので途中からサッカーに切り替え。
 結局、9時頃まで、子供と親睦会。サッカーまみれの一日。
 明日はオフ会。もう寝ないと…。
6月13日(木)雨
 
 午後、A・Mさんから電話。連チャンとは珍しい。その後、D・Mさんからも。仕事を終えてPM4・30、根津の鍼灸院。鍼と灸をたっぷり1時間半。6・10終了。その足で天王洲アイル・アートスフィアへ。春風ひとみと村井国夫のふたりミュージカル「I do! I do!」。植野葉子さんがいたので挨拶。春風さんが主演とあって、宝塚関係者・OGが多い。隣の席にOGが2人。勝田安彦氏夫妻も。

 さすが円熟の2人。危ういところなしの満点ミュージカル。カーテンコールでスタンディングオベーションも。9・40終演。急いでモノレールに乗り家路に。モノレールもsuicaカードが使えるので乗り継ぎが楽。

 11・00帰宅。修学旅行帰りの娘からおみやげをもらう。小3の息子は書き取りノートを持ってきて「ハイ、これ」。見ると、顔とか超最強、破壊だの小3にしては難しい漢字がズラリ。漢字変換の電子手帳を見ておぼえたらしい。「おっ、スゴイね。上手だ!」と驚いてみせるとうれしそうな顔。「もっと難しい漢字ないの」というので「憂鬱」という字を教えてあげる。風呂に入っていると、「書けたよ」とノートを持ってやってくる。親と一緒でおだてりゃ木に登るタイプだ……。11・50就寝。
6月12日(水)晴れ時々雨

 9時起床。PM3、歯医者。今日ですべて終了。半年後の定期検査の予約をする。
 梅雨入りしたのか、一日中ぐずついた天気。TSUTAYAで「小説家を見つけたら」を借りてくる。浅川マキさんのおススメ。夜、観ようと思ったが、時間なく断念。日曜日には見られるか。修学旅行2日目。家族が1人いないというのは、どこか落ち着かないものだ。PM10就寝。
6月11日(火)快晴

 朝、娘と一緒に駅へ。今日から修学旅行。
 午後、A・Mさんから電話。ライブの件。
 順調に仕事を終えてPM3・45退社。PM4・10、上野セントラルで映画「アイ・アム・サム」を観る。家族の情愛や障害者、闘病ものといった映画はヘタすると単なるお涙頂戴になるので、基本的には受け付けない。同情や”共感”は時として”優越者”の感情に堕してしまうと思うから。
 しかし、この映画はそんな天邪鬼の偏見を見事に吹き飛ばす素晴らしい映画だった。

 7歳の知能しか持っていない父親・サムがスターバックスで働きながら、一人娘のルーシー(ビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」からつけられた)を育てている。同じ障害者仲間とともにささやかだけど幸せな日々。しかし、7歳になったルーシーは父親の知能を越えることを恐れて学校の授業にも身が入らなくなる。サムは父親としての能力に欠けると判断され、ルーシーは施設に預けられる。そして…。

 ショーン・ペンの演技の見事さ。俳優とはここまで役になり切ることができるものだろうか。アカデミー賞主演男優賞にノミネートされているというが、それも当然だ。ミシェル・ファイファーもやり手の弁護士でありながら心に傷を負う1人の女性を完璧に演じている。なによりもルーシー役のダコタ・ファニングの愛らしさ。7歳の女の子にここまで奥深い演技が出来るものだろうか。まさに天才。ルーシー役を彼女が演じているということで一点の瑕疵もない映画になったといえる。2時間余り、涙が止まらず。こんなに泣いた映画は初めてだ。この涙は”同情”などではなく、普遍的な人間愛への共感からきているのか。「きれい事すぎないか」との批判もあるかもしれないが、人間が生きていくということは信じ合うこと、愛を分かち合うこと。その希望と勇気を与えてくれる映画として支持したい。全編に流れるビートルズナンバーもいい。

 PM7。上野駅にある豆腐専門のしゃれた居酒屋でDさん、Oさんの3人で会食。11時まで飲んでしゃべって、楽しい時間。しかし上野もずいぶん変わった。東北の玄関口というイメージはどこへやら。もう「懐かしい訛りを聞きに行く」街ではないようだ。
0・30帰宅。即就寝。
6月10日(月)快晴

 ”日本中”が昨日のW杯日本初勝利の話題で持ち切り。進め一億火の玉状態。負けたロシアでは暴動が起きるし、米・韓戦では審判の明白な韓国びいきのジャッジがあるし、どうなってるんだか。審判も人の子、主催国に気を使うんだろうなあ。

 今日は早めに帰宅。借りてきたビデオ「初恋のきた道」を見る。先入観なしで見たものだから思いもよらぬ展開に途中から滂沱の涙。ハデなハリウッド特撮映画に毒された目には、このようなシンプルな映画が新鮮で力強く見える。1958年というと生まれて間もない頃。中国の片田舎の風景に日本の原風景を重ねてしまう。陶器の修理屋さんがどのように陶器を修理するのか、思わず見入ってしまった。

 主演のチャン・ツィイーのいかにも田舎の素朴な女の子といったたたずまいがいい。村の人たちも俳優が演じているとは思えない自然な演技。胸がしめつけられるような懐かしい匂いのする映画。

 子供の頃、母たちは川や井戸で水を汲み、薪でご飯を炊いていた。それを見てきた私達の世代は便利な世の中に慣らされたとはいえ、多少の不便には耐えられるぎりぎりの世代だろうか。経済性と利便性を追及したあげくが危険な添加物だらけの食生活と希薄で、ぎすぎすした人間関係。ほんとに今が最先端のより良い生活なんだろうか?
 子供の頃の村落共同体を懐かしく思い出すのは必ずしもノスタルジーだけじゃない。そこに今はもうない、人間同士の素朴な営為の原点を見るからなのかもしれない。

6月9日(日)快晴

 10時起床。朝食兼昼食を済ませた後、レンタルビデオを返しに。帰宅して昨日買ったデイヴ・メイソン&ママ・キャス唯一のコラボレーションアルバム「デイヴ・メイソン&キャス・エリオット」を聴く。71年のリリース。その後、横になり昨夜のFMドラマを聴いているうちに睡魔に襲われ夕方までうつらうつら。PM5、起きて子供の遊びの相手。レンタルビデオ屋でようやく「初恋のきた道」を借りる。見るのは水曜日か。休みの日というのはどうしてぐだぐだと過ぎてしまうのか。
 PM8・30、W杯日本・ロシア戦。
6月8日(土)快晴

 PM2、池袋・東京芸術劇場で「日韓・日中韓舞台芸術コラボレーションフェスティバル2002」。小ホール2で韓国のイ・ヘジュ作・演出「水漬く屍」。ほとんど韓国語だが、日韓の俳優による舞台は言葉の壁を感じさせない。4・30終演。

 会社を経てPM7、下北沢・本多劇場で流山児★事務所「殺人狂時代」。隣席の伊藤裕作氏に挨拶。鐘下辰男版「12人の怒れる男」。芝居を見て血がたぎったのは久しぶりのこと。とんでもなく過激で素敵な舞台が生まれた。シンプルなセットの中で12人+1人の役者が繰り広げるアクチュアルな政治ディスカッションドラマ。今の時代にこんな舞台を作れるのは流山児★事務所しかない。ここ10年のベスト作。
 PM8・50終演。流山児、K氏に挨拶して劇場を後にする。
PM9・05、渋谷。オフ会準備会兼飲み会に途中参加。R、F、Yの3幹事と11時まで。0・30帰宅。
6月7日(金)快晴

 PM5帰宅。昨日録画したNHK・BS「新真夜中の王国」を見る。ちょうど買ったばかりのCD「暗い日曜日」のミニ特集をやっていたのだ。元露崎春女のLYLYCOがゲストで出ている。ただ、司会者に違和感をおぼえる。NHKの芸術情報番組の司会者、それも若者向け番組の司会者といえば昔は一応「兄貴分」のような作家・アナウンサーが務めていたと思うが、「YOU」の糸井重里あたりがその傾向のぎりぎりの最終ランナーか。なんだかなぁ…な若者が司会をしていて仰天する。いったい何者?と最後に名前を見たら326。そうか、これがあのミツルか。なるほど言文一致だ……。NHKの若者迎合主義もここまできたか。リポーターの女の子もさとう珠緒のような素っ頓狂な声。結局、オジさんはテレビを見るなということだろうな。

 暑い一日。今夜も寝不足になりそう。
6月6日(木)快晴

 昨日、日記をアップしてから寝たはずなのに転送し忘れていたようだ。嗚呼、徒労。
 午後、Mさんから電話。6月のピットイン・コンサートの件。
 PM5、根津の鍼灸院。
 PM7、銀座ル テアトルセゾンで「私生活」。水谷八重子、岡田眞澄主演。新派以外の翻訳ものに出たのは初めてとか。セリフに新派調が入るのが気になるが、さすがの貫禄。うますぎる。幕間に演劇ジャーナリストのDさんと立ち話。PM9・25終演。飛ぶように家路につくもPM10・30帰宅。疲れきった体が休息を欲している。
6月5日(水)快晴

 マンションの配管工事の日。朝9時から夕方6時まで断水。誰かが家にいなければならないので、一日中部屋の中。

 借りてきた映画「スモーク」を見る。ウィリアム・ハートとハーベイ・カイテルがいい味出してる。煙草屋の主人と作家の友情。そして心に傷をもつ人たちとのささいなエピソード。9・11以降、アメリカとアメリカ人にはちょっぴり複雑な感情を持つようになってしまったがこの映画をみてホッとする。

 夕方、工事が終了したので、ちょっとお出かけ。タワーレコードで「暗い日曜日トリビュート」「からまつ楽団「裏町の月明かり」を買う。「暗い日曜日」は夏木マリ、大西ユカリと新世界、新井英一、NUUらがそれぞれのスタイルで歌唱&パフォーマンス。「裏町」は吾妻光良らの参加による昭和歌謡ジャズポップ。かなりイケる。

 昨日買った「秘密」読了。日本赤軍・重信房子の娘としてアラブ世界で生きてきたメイさん。彼女の数奇な半生が率直に語られる。28歳まで国籍のない生活、イスラエルの秘密情報機関・モサドから逃れてアラブ各国を転々とし、そのたびに過去のつながりを断ち切ってきた人生。そんな特殊な環境に生活しながら実に明るくクレバー。周囲に迷惑がかからないようにとの配慮からところどころボカした表現なのはやむをえない。帰国の時のニュース映像のVサインの華やかなイメージでしか知らない彼女の素顔がよくわかった。そしてあのVサインの意味も。

 興味深かったのは、勤勉でモノを大切にし、他人に優しい…。母たちのそんな姿が典型的な日本人だと思っていたということ。しかし、彼女は初めての母国で、物質至上主意の風潮が蔓延していることに驚いた。つまり、日本赤軍が中東に渡ったのは高度経済成長が本格的に始まる前。「素朴で質素で勤勉な日本人」の面影を残したまま冷凍パックされたのがメイの母・重信房子たちということらしい。

 日本国籍を取得し、母たちとはまた違う方法で自分の理想に向けて自立の道を歩もうとしているメイ。実に素敵な女性だ。彼女ならどんないやがらせ、妨害にも決して負けないだろう。
6月4日(火)晴れ
 
 通勤電車の中で最近やたらと外国人の姿を見る。山谷の安い宿泊所にサポーターが集まっているというのはホントみたい。
 PM6、W杯日本初戦の時間。新宿で買い物。心なしか電車も空いている。街もいつもに比べて賑わいがない。この雰囲気どこかで見た…。そうだ、オウムが新宿でテロを行なうというウワサが流れた時と一緒。あの日も電車はガラガラ。新宿シアターアプルで自転車キンクリートの芝居を見に行ったら「こんな日に来てくださって」とヘンな感謝をされたっけ。

 PM7。下北沢ザ・スズナリでTファクトリー「アーカイヴス」。第三エロチカの新展開。俳優陣豪華版でさぞや賑わっているだろうと思ったら、なんと半分が空席。いくらなんでも半分というのは異常事態。制作のHさん「こんな日に来てくださって…」

 帰宅してW杯の結果を家族に聞く。娘たちもテレビの前にかじりついていたとか。それにしてものW杯狂騒曲。昼、会社で「こんなのホントのW杯じゃないですよ。ミーハーばかりなんだから…」と筋金入りのサッカーファンが嘆いていたが、まあ、お祭りだし目くじら立てずとも。でも、なんだかなぁ…。

 「政府首脳による非核三原則見直し発言」の「政府首脳」が福田官房長官だということを大新聞が明らかにした。小泉首相は「私じゃない」と潔白を主張。毎日新聞の「余禄」によれば、福田官房長官は記者団とのやりとりで次のように答えたという。

記者「長官は政府首脳に発言の真意を確認したか」
福田「ええ、確認しました。確認したところ、そういうことは言っていないとはっきり言っておりました」
記者「政府首脳にどいういう立場でどいうい確認をしたのか」
「難しい質問をされてますけどね、政府首脳が誰かみなさんの方がご存知じゃないかと……」

 政治問題のバックグラウンドを記事にするとき、実名は書かず政府首脳の表記にするという取り決めがあるため、今回の報道になったというが、アホくさ。最初から政府首脳が誰なのかわかっていながら、前記のような問答をする政治部記者とはいったい何様なのか。福田に同情的なコラムを書いた記者もいるが、政治家と日常的に関わっているうちに自分も政治家の身内と勘違いする輩も出てくる。大新聞の政治部記者など信用しないほうがいい。

 それにしても、「国是」の非核三原則をいとも簡単に反古にしようとする政治家が大手を振って歩けるニッポンって……。
 30年以上前にテレビで放送した「さすらい」という連続ドラマは今は亡き天知茂が主演で、妹の失踪事件を探るうち、政府内部の核武装計画グループの存在に気づき、命を狙われるというストーリーだった。その核武装グループを操るのが鈴木瑞穂演じる時の総理。最終回で秘密計画が露呈し、総理は自殺……という結末だったように思う。1960年代、テレビはまだこんなハードな政治活劇を放送していたのだ。政府がプルトニウムを秘密裏に貯蔵し、それを核兵器に転用する。時代背景だろうか、そんな荒唐無稽なポリティカルストーリーは小学生だった私にも妙にリアリティーを感じさせたものだ。しかし、今の時代ははなからマンガ。自衛隊がコンピューターで民間人の個人情報を収集し、思想調査をするというのだから。「政府首脳」の核武装発言もその延長線上にある。

 自衛隊と名前は変わっても軍隊は軍隊。最強を誇った関東軍はソ連が侵攻して来ると民間人を置き去りにして真っ先に逃げた。沖縄戦では民間人の防空壕を奪い、泣く赤ん坊を敵の目標になると殺害を命じた。日本兵戦死6万5000人。民間人の死者は12万3000人。この落差。軍隊は国民に銃口を向けるものと考えたほうがいい。

6月3日(月)快晴

 10代から20代にかけて購読していた雑誌「現代の眼」。商法改正のあおりを受けて廃刊して何年になるだろう。いわゆる総会屋系の雑誌ではあった。今日、その雑誌名のいわれを元編集者の証言で初めて知った。最初は「現代の牙」というタイトルだったそうな。その「牙」に草冠をかぶせ、「牙」を隠し「現代の芽」とした。そして同じ音で「芽」を「眼」にした。これが「現代の眼」の由来。ま、どうでもいい話ではあるが、個人的には興味深いエピソードであった。草で牙を隠すと芽になるーー言い換えれば、芽は牙を内包しているのか……。芽を摘むということは牙を抜くということ。なるほど。

 PM5帰宅。今日はピアノ教室休み。ウニと一緒に届いた魚、ソイが夕食に出る。田舎の魚は懐かしい味。
6月2日(日)快晴
 午前中、ビデオに撮っておいたエイゼンシュテインの「イワン雷帝 1部」を見る。10代の頃、文芸座のプログラムのレギュラーになっていたのに、ついに見る機会がなかった。ようやくテレビで邂逅。感無量。さすが、エイゼンシュテイン、構図、俳優の演技の様式美は圧倒的。ぐいぐいと引きこまれる。エイゼンシュテインの遺作であり、ソ連のスターリニズムに翻弄された不幸な映画でもある。第二部はスターリン批判と受け止められ封印、第三部もフィルムを破棄されたという。

 お昼、田舎の親戚が送ってくれたウニを食す。殻付きのムラサキウニ。包丁で半分に割って、中の身を指ですくう。ウニを食べるーー子供の頃は何気ない日常の光景でも、都会暮らしが長くなると別世界の出来事のように思える。こんなふうに宅急便で送ってくれる親戚がいるというのは幸せなことだ。

 午後、子供と空き地で野球。夕方、家族でカラオケへ。帰宅して「イワン雷帝 第二部」を見る。映像美に加え、緻密な人物描写、スペクタクル性もあり、飽きさせない。途中から「カラーモンタージュ」論を具現化したというカラー映画になる。なんとなく、昔のパートカラーを思い出したりして……。
 夜、早々と就寝。蒸し暑い夜。輾転反側。何度も目が覚める。

6月1日(土)快晴

 朝から一心不乱に仕事に集中。正午、会社を抜けて娘の体育祭へ。今年で中学は終わり、いわば親が見られる最後のイベントだ。片道1時間はつらいが仕方ない。

 PM1〜2、ちょうどいいタイミングでリレー競走。クラス対抗で初めて選手に選ばれそれもアンカー。走る前からこっちがドキドキ。前走者が大きく離されて最後尾でのバトンタッチだったので追い抜かされる心配はないので逆にホッとする。結果、前の子がこけてしまい、ブービー賞になったのだったが。

 PM3、会社に戻り仕事の片付け。練馬でのランチオフはもうお開きかと思いつつ電話すると「まだやってるから来てよ」とK氏。3・45、電車に飛び乗り練馬へ。4・35着。シャレたパスタの店でF、T、R、Pの4美女に囲まれてご満悦(?)のK氏と合流し、6時まで楽しいひと時を過ごす。
PM9、駅に着いて「TSUTAYA」で「初恋のきた道」を求めるも、レンタル中の札がズラリ。いったいいつになったら見られるのか?
 駅前で食事してPM9・30帰宅。今日も点から点への綱渡りの一日。疲れた…。