7月31日(水)快晴

 猛暑。暑過ぎる。部屋にいても何も手につかず。ただ音楽を聴くだけ。録画しておいた「天体観測」を見る。やはり泣いた。「ぼくらは遠ざかっていく宇宙の中では、それぞれが中心なんだ。一人ひとりが宇宙の中心…」
 教え子の女の子と同棲しているというウワサが流れ、そのことが原因で予備校をクビになった坂口憲二が最後の授業でそう言う。泣かせるツボを押さえている。近頃のドラマの中では出色のデキだ。

 午後、家族でボウリングに行く。バスで15分。ボウリングは久しぶり。最後にやったのがいつだったか忘れてしまった。子供たちの間でボウリングがひそかなブームらしい。最初の1ゲームはいまいち調子が出ず、なんと100にも届かず。ここで終わったら親の沽券にかかわる。2ゲーム目、ストライク連続。なんとか150まで。下のコが尊敬のまなざし。子供って単純なことで親を見直すものらしい。

 子供たちもそれなりの点数だが、実はそのほとんどがガーター。今のボウリング場のレーンはガーターなしのレーンがいくつかあるのを初めて知った。ボウリングになじませるためらしい。ボールも5つ穴で軽めのボールは子供用。昔はなかったと思うけど。ボウリング場も生き残りをかけて創意工夫か。でも、ガーターなしのレーンというのもなぁ…。失敗しながら物事をおぼえる。それが基本。失敗しないように十全なケアをして、それが子供のためになるのか。過保護過ぎないか。こんなことでも男親と女親の意見の相違。どこの家庭でも同じだろうけど。

 夕方帰宅。「濱マイク」のビデオを見る。ナンバーガールズがライブゲスト。メインゲストは窪塚洋介。狂気の殺人者を演じている。漫画家の小林某に共鳴して憂国の士をきどっているというウワサもあるが、狂気は演技だけにしてほしい。演説パフォーマー鳥肌実もプチゲスト。この人はただの芸人だから害にはならない。
7月30日(火)快晴

 二日続けて耳の調子が良かったが、今日は午後からやや不調。
 PM5、新宿。喫茶店で「かき氷」と書いてあったので、注文するとアイスクリームの乗ったフラッペが出てくる。本当のかき氷が食べたいと切に思う。

 PM7。渋谷パルコ劇場でひょうご舞台芸術「ジェイプス」。兄弟と一人の女の27年にわたる三角関係を描いたイギリスの劇作家サイモン・グレイの作品。高尚な英詩を兄弟が暗誦したり、いたるところで効果的に使われる。

 ふと、「春なお早き頃のこと 小川は流れ 陽は弱く…」という詩を思い出す。高校に入った時、寮の壁に貼った雑誌の切り抜きにしたためられていた詩だ。あれは何の詩だったろう。32年ぶりに突然思い出した。人間の記憶とは面白いものだ。

 愛するということが肉体を求めることと同義語になってしまった現代の風潮に鋭い批判を加えた舞台。羽場裕一、高橋和也はいいとして、土居裕子はミスキャスト。前半、母親役。後半、娘役の二役をやるのだが、差異がはっきりしない(演出意図?)。ミュージカル仕込みの声の高さも単調で、人物造形の陰影に乏しい。好きなんだけどな、土居裕子。この役は合わない。PM10終演。帰り際、カトケン事務所のAさんに会う。「劇評」、劇評家たちに評判よかったとか。
PM11・20帰宅。

7月29日(月)快晴

 8月5日の本稼動を前に、住基ネットの問題点が次々と明らかになっている。住民の個人情報にを勝手に引き出し、「あの人はまだ独身」「あの人は家を建てた」と、ウワサ話を流す職員が多数いたというどこかの自治体。ほとんどフリーパスでアクセスできるというのだから信じられない。アメリカでは履歴書にプロフィール写真を貼るのさえ禁止されているという。肌の色、容貌などで予断を持たれることに歯止めをかけているのだとか。個人情報の管理に厳しいともいえる。
 それなのに、住民票が全国どこでも取れるという便利さ(?)のために国民に背番号をつけて管理しようとする日本。易々と受け入れる国民。なんたるちあ(死語)

 PM3・00、お茶の水K記念病院で鍼。3分遅れただけで後回しにされてしまう。「10分前には受付をすませてください」と厳しく言われる。病院というところは早く行っても延々待たせるものなのに…。

 PM8、ピアノ教室に行った娘を迎えに隣駅まで。

 PM9、1冊の絵本を残し、病魔と闘って死んでいった12歳の少女の限りある日々を追ったテレビドキュメントを見る。一つの命を救おうと、両親をはじめ、多くの人たちが努力する。残された日々を精一杯生きようとする少女。涙止まらず。一方で、戦争ができる「普通の国」にするべき、と声高に有事法制制定を叫ぶ人たち=人を殺したい人たちがいる。ほんまによういわんわ(死語)

 W杯の日本戦で振られた多くの日の丸の旗が神道団体の配布したものだったことを朝日新聞が調査報道。中学生の時に「白地に黒く死の丸染めて」という貝塚ひろしの戦争マンガを読んだときに、初めて日の丸の意味を考えた。貝塚ひろしといえば、「ゼロ戦レッド」などの戦記もので小学生のころから大好きな漫画家だった。その人が「黒い日の丸」を反戦の象徴として描いた。それまで、戦争マンガも戦車やゼロ戦のプラモデルも日の丸も君が代も好きだった。「ああ美しい日本の旗よ」という歌詞も好きだった。軍歌の哀切あるメロディーも好きだった。日本という国に誇りを持っていた。しかし、次第にそれらに疑問を持ち始めた多感な10代。戦意高揚の象徴・日の丸と戦争は切っても切れない関係にある。「日の丸に責任はない」わけはない。
 …なんてことを書いてたら暗い気分になってしまい、日記をアップする気になれず。一日延ばしにしてしまった。滅入るデー。

7月28日(日)快晴

 お昼、子供とセミ捕りに。マンション小公園の木の下にはセミが這い出た穴とぬけがらがいっぱい。
 いつものように、トカゲを捕まえに空き地に行くが、トカゲは見つからず、ヘビの抜けがらが一枚落ちている。初めて見る抜けがらに興味津々の様子。その近くで大きな青大将を発見。昨日読んでいた「メダカはどこへ」の中で、海のない信州ではヘビは貴重なタンパク源、子供たちはシマヘビを捕まえると皮をはいで蒲焼のように串に刺して火であぶって食べたという記述があった。さすがに私の田舎でヘビを食べる習慣はなかったが、子供たちはヘビを捕まえると、石で頭を潰して殺したものだ。頭を潰さないとたたられるというのがその理由だった。小学生の頃、皮をはぐのも見たが、私はヘビは苦手。

 この市に移り住んでヘビに出会ったのは二度目。なかなかお目にかかれないのに、子供と一緒の時に出会えるとは運がいい。すばしこい動きでスルスルと近くの木に上り姿を隠す青大将。2メートル近い、かなり大きなヤツ。ふと見上げると、木のてっぺんの枝に巻きついている。石を投げると降りてきて途中で消えてしまう。「絶対捕まえるんだ」と息子。セミは怖がるのに、爬虫類は平気らしい。
 しかし、茂みに隠れた青大将は二度と姿を現さず。抜けがらだけを持って引き上げる。夏休み明けに学校に持っていって先生に見せるのだとか。

 PM4、テレビで田原総一郎の番組を見る「全共闘」をテーマにした番組。笑ったのは、ゲストの猪瀬直樹が連合赤軍事件と彼の参加した全共闘運動を必死になって線引きしようとしたこと。「全共闘は67年から69年まで。連合赤軍は72年。時代が違う。運動と事件を一緒にしてほしくない」などと言うのだが、連合赤軍も日本赤軍のハイジャックも全共闘運動と人的にも運動的にも地続きにある。「関係ない」わけはない。それを必死に抗弁する猪瀬の姿は笑える。舛添ナニガシと同様、右転落した「元全共闘」猪瀬。小泉内閣の道路関係4公団民営化推進委員会委員に任命され、鼻高々だが、その実、ただの「ガス抜き」役だということに気がついていない。猪瀬を改革派と呼ぶなどおこがましい。連合赤軍事件を自らの内なる事件ととらえ、今も真剣に対峙し続ける作家・立松和平と対極にある。同じ全共闘世代とはいえ、さまざま。

 夕方、夏祭りの金魚すくいに行く。あっという間に5匹もすくう息子。なかなかやるではないか。親は1匹で穴があいてしまった。
 食後、体重を計ったらなんと1・5キロ増。夏はつい飲み物を多く摂って太る傾向にあるが、ちょっとショック。あのウォーキングはいったい何だったのか。1キロ減ったと喜んでいたのに。もしかしてリバウンド? 8時、意を決して、夜のウォーキングに出発。ヘッドフォンから流れるのはドライ&ヘビー。レゲエ&ダブミュージックの雄。井上青とリクル・マイのボーカルが心地よい。「グローバライゼーションの名のもとで 子供たちを泣かせないで 無理やり一つにまとめないで」という歌詞でわかるように、ボブ・マーレーをリスペクトする彼らはレゲエ・スピリッツの良き理解者だ。
 金魚鉢に移した金魚はたった3時間あまりで昇天。3匹に減らしたのに、寿命は短かった。悲しそうな息子の顔。命の尊さを思っているのか。

7月27日(土)快晴

 つつがなく仕事を終えてPM3、池袋へ。外に出ると息ができなくなるような暑さ。汗が滴り落ちる。
 シアターグリーンでKUDANプロジェクト「真夜中の弥次さん喜多さん」。しりあがり寿の原作を天野天街が脚色・演出。シュールな悪夢にも似た二人芝居。川の水が引くのを旅籠で待っている弥次さん喜多さん。障子を開けると、「ザーッザーッ」という擬音の文字が雨のようにスクリーンに映し出される。「意味のない」蝉の鳴き声の場面ではこれまた「mean mean」という英字が舞台一面にに映し出される。天野天街独特の映像シーン。こんな遊びが随所に盛り込まれた不条理劇。2時間弱、まったく飽きさせない。寺十吾(これで、じつなし・さとると読む。由来は…忘れた)、小熊ヒデジのかけあいが絶妙。PM5終演。外にいた天野天街氏に挨拶。右手に包帯。「捻挫しちゃったんです」。いつもながら飄々としていて作品同様不思議な人だ。

 回転寿司で食事をし、タワーレコードでDRY&HEAVYの新譜を買う。タワーから出たところで、ふと気づく。シアター・コクーンの「恋人たちの予感」、PM6開演だった。時間を間違えていた。あわてて直行するも20分遅れる。
 映画で有名な作品。互いに好意を持ちながら、友情が壊れるのを恐れるあまり男女の関係になれない2人の男女を描いたラブコメディー。木村佳乃は舞台二度目の挑戦だが、かなりこなれて余裕しゃくしゃく。相手役の別所哲也と息もぴったり。右手に一段高くステージが組まれ、そこで生のジャズ演奏。南風洋子、歌手のANZAが歌うのだが、南風洋子のジャズ、ちょっと苦しい。完璧に外れている箇所があって場内シーン。

 PM8・15終演。寄り道せず家に。電車の中で浴衣姿が多いと思ったら、隅田川の花火大会。浴衣をきちんと着こなしている女の子は少ない。電車のシートに足を組みながら腰掛け、すねをボリボリ掻いてる浴衣のコを見るとゲンナリしてしまう。
 PM9・30帰宅。いつもより早い。得した気分。

7月26日(金)快晴

 昨日は0時過ぎに横になったもののなかなか寝付かれず、1時過ぎにウトウト。ようやく眠れたと思ったら4時半には起床。完全な寝不足だ。2日で8時間も寝てないのでは。おかげで会社に行っても体のだるいこと。
 PM5・30帰宅。今日こそ早く寝よう。体がもたん。…などと、思うが帰れば帰ったで、夏休みの退屈さをもてあましている子供が待っている。相手をするのも体力が必要だ…。

7月25日(木)雨

 PM3・30。根津・鍼灸院。

 PM6・30。新宿・紀伊國屋サザンシアターでこまつ座「太鼓たたいて笛ふいて」。「放浪記」「浮雲」の作家・林芙美子の生涯をモチーフにした音楽評伝劇。まず、貧乏を売り物にし、次にパリ生活を売り物にし、戦時中は軍を鼓舞し、戦後は反戦作家に転向…。毀誉褒貶がつきまとう林芙美子の真実を井上ひさしが活写する。ストレートな「反戦劇」となったのはまさに、現在の日本の状況を背景にしたもの。芙美子を演じた大竹しのぶはこれはもう神がかり、圧倒的なうまさ。木場勝己、神野美鈴、梅沢昌代も図抜けた演技力。今回も遅筆だったらしいが、井上ひさしの書き下ろしでこれほど完成された舞台も珍しい。

 幕間に井上ひさしが隣の席のお客さんに挨拶にくる。わざわざ、客席まで…と思ってふとその人を見ると大江健三郎夫妻だった。なるほど。

 終演後、初日乾杯。M新聞のTさん、青年座のMさん、井上都さんらと談笑。Tさんに「余禄」の話を振ると、「前の担当者が非常に凝った文章を書く方だったので、余計目立つでしょう。ちょっとぶっきらぼうですよね」と。

 PM10。電車で家路に。「晴子情歌」を読んでいると、喪服姿の人たちが何人か乗り込んでくる。隣に座った年配のおじさんがしゃべることしゃべること。読書に集中できず。
 おじさんの姉の葬式だったようで、その家にお金を貸してあるらしい。甥ッ子2人がその借金をめぐってもめている。「きちんと筋を通せば1000万くらい棒引きにしてもいいのに」。そばでけしかけるおじさんの弟。果ては、旦那の方の親戚批判まで。駅で降りる頃にはすっかり、○○家の家族関係に精通してしまった。
 PM11・20帰宅。

 息子が途中、何度も携帯に「何時に帰ってくる?」と電話するのでなんだろうと思ったら、帰宅した私を驚かそうと待ち受けていたらしい。スパイダーマンよろしく、玄関の壁に張り付いて…。人を驚かすのが好きとは、私の子供の頃とそっくり。家のふすまに幽霊画を張ったり、物陰からワッと飛び出したり、小学生の頃、母や祖母を驚かせたっけ。
 娘は、一年生からの通信簿の評価を記録して分析している。「ほら、生活評価の丸の数が…」
 日記もつけてる。
 やはり血は争えない…。

7月24日(水)快晴

 今日も一日暑い日。

 8月5日に本稼動予定の住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)に福島・矢祭町長が離脱宣言したことが話題になっている。”きちんとした”個人情報保護法が成立していない現在、住民の個人情報が漏れる恐れのある”法律”を自治体が忌避するのは当然のこと。「悪法もまた法なり」というのでは住民は浮かばれない。
 しかも、住基ネットを全国的に管理・運用する「地方自治情報センター」のHPの管理が非常に甘いという。全自治体の職員に同一のパスワードを発行し、そのパスワードも類推可能なパスワードだとか。パスワードの更新もしておらず、その理由が「いちいちパスワードを変えていたら不便だから」というもの。セキュリティーの何たるかを理解できない職員を担当者にしている恐ろしさ。これでは、個人情報が漏洩するのは時間の問題。個人情報保護法と引き換えにこの国民総背番号制に賛成し、成立させた公明党はどう責任を取るのか。


 個人情報保護法(正当な)がないまま住基ネットを稼動させるなど、トイレのないマンションに住めというようなもの。この国の為政者はすべからく体質が同じ。核廃棄物の処理技術・施設もないまま原発を作り続けてきた。問題を先送りにして、「自分が生きているうちは事故は起きないさ」とうそぶく。こんな連中はまとめて、トイレのないマンションに住まわせたいもんだ。ま、もともと体から金権臭が漂っているから臭いも気にならないか…。

 田中真紀子秘書給与流用疑惑で政治倫理審査会テレビ中継のものものしさ。誤解を恐れずに言えばたかだか秘書給与問題。真紀子元外相に石を投じる資格のある議員が何人いることか。右も左も真紀子非難の大合唱の裏に、角栄追い落としを狙ったと同様、真紀子潰しを画策する米国の意思があると考えるのは穿ちすぎか。

 夏休みで子供たちが家にいるので、水曜オフ日なのに、つい「今日は日曜日だっけ」と思ってしまう。午後から家族で外出。夕方帰宅して、ふと思い立ち、パック・イン・ミュージックの最終回のテープを聴いてみる。82年7月31日。ついこの前だと思っていたのに、20年前なのか。当日はTBSの放送現場にいたので留守録しておいたっけ。

 林美雄さんが司会進行をつとめ、ナチ・チャコ、西田敏行、山本コータローらが出演している。「なぜ、若者たちの”もうひとつの別の広場”が消えるんだ」と電話で愛川欣也が悲憤慷慨している。「放送史は循環する。またいつの日にか復活しますよ」と野沢那智が笑って答える。最後に、「シバの女王」をBGMに野沢那智が15年間の礼を述べる。

 深夜放送という新しい文化の発信地を開拓したという自負を込めて。「ぼくは44歳。これから先、もう二度と深夜放送の現場には戻らないと思います」。その言葉通り、ナチチャココンビは二度と復活しなかった…と思う。それにしても、ナッちゃん、当時44歳! 29歳から15年間か。もっと年齢がいってると思っていたが、つい、今の自分の年齢から見てしまうんだろうなぁ。林美雄、野沢那智。若かった。寺山修司だって亡くなったのは47歳だ。そう思うと、何もできないまま年齢を重ねてきた自分がもどかしく情けない。こんなふうに過ぎていくのか…。

7月23日(火)快晴

 きょうもピーカン照り。昼休みに外に出ないで、注文弁当をとる人が増えているようだ。それくらい、外の暑さが異常だということ。

 早退して御茶ノ水へ。手持ち無沙汰なので、前にバザーで手に入れた河野實著「メダカはどこへ 貧しくても自然があったあのころ…」を電車で読む。

 著者は40代以降の世代には懐かしい「愛と死をみつめて」の主人公・マコとして有名。いろいろあったようだが、もう61歳だ。単なるノスタルジーの本と思いきや、田中康夫元長野県知事の脱ダム宣言に呼応するかのように、人と自然の関係、開発への疑念、真に豊かな生活とは何かという自身の信州での幼年期の思い出から説き起こすエコロジーと文明批評の本。ダム論争のキーポイントがどこにあるかはっきりと示す。

 貧しいけど豊な自然があった少年期。食卓にのぼる食材の安全性が問題になっている昨今、改めて豊かさとは何かを考えさせてくれる。確かに暮らしは不便だったかもしれないが、昔は青虫さえ寄り付かない農薬漬けの野菜はなかった。「そんなこと言っても、もう昔の生活には戻れないよ」のセリフが正論に聞こえるが果たしてそうか。人はどんな環境にも適応できる。多少の不便は我慢できる。一番大事なのは、安心して食べられる魚や野菜だ。それが人類を未来につながげるのだから。「不便な生活に戻りたくない」という「不便」の中身を今こそきちんと考えるべきだと思う。

 PM2・40。K記念病院で鍼治療1時間。

 PM6、池袋・東京芸術劇場中ホールで市村正親の一人語り「海の上のピアニスト」プレビュー公演。劇評家のEさんの隣に座り開演までおしゃべり。「花園神社の椿組はちょっとひどかったね。S野谷クンと2人で終演早々に帰っちゃったよ。見ないで正解だと思う」。

 高村薫の新著「晴子情歌」の舞台が野辺地だそうで、「○○くんの田舎に近いんじゃないの。今年のベスト作品だよ、あれは」とベタ誉め。興味が湧き、帰りに上巻を買ってくる。青森の津軽・野辺地・北海道を舞台にした文学作品。高村薫がなぜ野辺地を舞台にしたのか。読んでから考えよう。

 池袋のタワーレコードでハンバート・ハンバートのアルバム「フォー・ハンドレッド・チルドレン」を買う。
 PM9・30帰宅。PM10、ドラマ「天体観測」。この番組を見るとつい涙腺がゆるんでしまう。「仲間」や「青春」という使い古された言葉が息づいている。坂口憲二が実にいい。

7月22日(月)快晴

 半端じゃない暑さ。とてもじゃないが、昼に外に出る気力はない。続けてきたウォーキングも中断。
 PM5・30。帰宅し、3日分の日記を書く。部屋の中もひたすら暑い。ラジオから流れるパーシー・フェイスの「夏の日の恋」がやや涼をもたらす。
PM10、「濱マイク」録画。

7月21日(日)快晴

 10時にチェックアウトして、徒歩で岡山城へ。せっかく岡山まで来たのに、このまま帰ってはもったいない。有名な岡山城でもと思ったのだ。デジカメは電池切れで使えず。途中で使い捨てカメラを買う。デジタルってつくづく不便。

 行ってみて初めて気づいたのだが、岡山城は宇喜多秀家の居城だったところだ。秀吉の五大老の一人で、関ヶ原の合戦で敗れた西軍の将。八丈島に流されて83才まで生き延びた悲劇の戦国武将。勇猛な武将として時代小説で好意的に描かれるので以前から興味があったが、そうか、これが宇喜多家の城だったかと感概ひとしお。

 帰りの新幹線の時間が気になり、天守閣を見ただけで帰ろうかと思ったが、隣は後楽園。切手収集に凝っていた中学生の私が「日本三大庭園の1つのそばまで来ていながらそのまま帰るとは」とささやく。水戸・偕楽園、金沢・兼六園そして岡山の後楽園。田舎の実家にまだ日本三大庭園の切手がある。切手の図案の現物を見たいと思う気持ちに逆らえず、帰りかけた足はまた、後楽園に向う。入園料300円を払って中に入るが、やはり帰りの時間が気になり、ほんのさわりを見ただけで引き上げる。もう少し庭園を楽しみたかったが……。

 タクシーで岡山駅へ。運転手さんに「昨日、犬島に行って来たんですよ」と言うと、「はぁ、それどこですか?」。市内のタクシー運転手さんも知らない島だったのか。

 PM1・05。「のぞみ」で一路東京へ。

 PM4・25。東京着。その足で日比谷へ。野音で「喫茶ロックジャンボリー」があるのだ。ちょっとのぞいて帰ろうと思ったのだが、出演者の顔ぶれを見たら、ついそのまま終演まで居残ってしまう。

 会場は900人くらいの観客。後段の客席はまばら。こんなスゴいメンバーなのにもったいない。

 5時から登場が伊藤銀次とココナツ・バンク。ココナツ・バンクは「ごまのはえ」の後に伊藤銀次が作ったバンドで実質的なライブ活動はしなかった幻のバンド。オリジナルメンバーは銀次と「上原ユカリ裕」だけだが、山下達郎、大瀧詠一と作ったアルバム「ナイヤガラトライアングルVoL1」に収録されている「日射病」「無頼横丁」「幸せにさよなら」「福生ストラット」をもじった「喫茶ストラット」を演奏。ラストに「ココナツ・ホリディ」と、まさにナイヤガラファンにも垂涎の楽曲。伊藤銀次も50歳にはなるだろうに、アロハにジーンズ。髪もふさふさで若いのなんのって。

 続いて、小西康陽がこの日のために作った即席バンド「喫茶ロックス」のバッキングで、花田裕之が「ケンとメリー」「みちくさ」を、ムッシュかまやつがレディメイドレコードから出す新譜の中から「ソーロング・サチオ」「いつまでもどこまでも」、細野晴臣ファミリーから高遠彩子がNOVOの「白い森」「愛を育てる」を歌う。高遠彩子、ルックスは抜群で声も澄み渡る高音。

 そして、今日のハイライト。石川セリの登場。司会が「われらのアイドル・石川セリです」と紹介すると、半袖、黒のラメ入りドレスでセリ登場。30年ぶりか。やや太めになったが、声は変わらない。PICOこと樋口康雄の演奏で「私の宝物」「LOVE YOU」の2曲。

 続く、大野真澄はガロ時代の「学生街の喫茶店」「地球はメリーゴーランド」を。「昔、よくこの野音でコンサートやったよ。その頃は、最前列はみんなビニール袋持って、こんなことして……」とヒッピーたちのシンナー遊びのマネをしても、観客はポカーンとしている。無理もない、彼らが生まれるはるか前の話だ。クスクスという笑い声は40代以降の世代。70年代のコンサートの様子など、今の若者たちには想像もつかない昔語りでしかないのだろう。

 トリは「シングアウト」。NHKのステージ101から生まれたグループ。30年前に解散してるから、まさに幻のグループだ。その頃、ステージ101は好きな番組じゃなかったので、思い入れはないが、「涙を越えていこう」の合唱にはジーンときた。しかも、石川セリも「シングアウト」の一員だったという(レコードデビュー前に脱退したが)。

 ワカとヒロの若子内悦郎も久しぶりに見た。髪を立てて、現役ロッカーそのもの。驚いたのはサポートメンバーと紹介された小林啓子が「比叡おろし」をソロで歌ったこと。やっぱりあの小林啓子だ。なんというタイムトリップ。歌唱力は衰えていない。あの歌い方はたぶん現役で活動しているのだろう。知らなかった。

 岡山から帰ってきて早々、こんなライブを見ることになるとは。ラッキー。PM8、終演。小西康陽のそばには野本かりあの姿が。今はかりあが、お気に入りか。

PM9・15。帰宅。さすがにもう疲労の極み。しかし、同僚に借りた「濱マイク」第三回を見ないと。明日返す約束なのだ。気力をふり絞ってビデオに向う。11・00。ウーン、やはり脚本に問題あり……か? 作りは凝っているんだけどね。

7月20日(土)快晴

 岡山で行われる維新派公演に行く日。
 7時起床。PM8・40、家を出て駅に向う。出掛けに持ち物が見つからず、バタついてしまう。おかげで、危うく新幹線に乗り遅れるところだった。

 東京駅に着いたのが9・50。発車時刻は9・53。3分しかない。地下鉄精算機の前に男が一人、なかなかお札が入らない様子。もう間に合わないと覚悟しつつも、男の後ですばやく精算を済ませ地下鉄の改札からJRの改札にダッシュ。JR改札、新幹線乗り場の改札を通り抜け、ホームへ走る。この間すでに3分弱経過。新幹線ホームの階段を駆け上がろうとするが、力尽きて途中で足が上がらなくなる。こんなこと初めて。ウーン、情けない。発車のベルが無情に鳴り響く。やがてその音も止み、万事休す。しかし、最後まで望みをつなぎ、這うようにホームにたどり着く。まだドアが開いている新幹線が目に入ったので、そこに飛び込んだ瞬間、ドアがスーッと閉じる。まさに間一髪。嗚呼綱渡り。人生と同じか?

 神戸以西は初めての旅。しかし、通路側なので窓の景色を眺めることもできず小池真理子の小説の続きを読む。

 PM1・15、岡山駅着。
 バス停に直行し、バスで新岡山港へ。約40分。480円。2時に到着。ちょうど船が出るところ。次の便を予約していたのだが、「あと一人乗れますよ」というので、予定を変えて乗船。約30分の船旅。3時には犬島に到着。想像した通りの小島。昔読んだちばてつやの「島っ子」を思い出す。

 ピーカン照りの中、蝉の声のシャワーを浴びながら島を散策。周囲約4キロ。岡山市唯一の離島で、大阪城や江戸城に使われた御影石の産地として有名とか。明治末から大正にかけて、銅の精錬工場で栄え、最盛期には7000人の住民がいたそうだが、精錬工場は大正8年に閉鎖。今は45世帯75人が住むだけ。巨大なレンガ造りの煙突が立ち並び、まさに広大な廃墟。人が住まなくなった廃屋も点在している。貞子が出そうな古井戸も。ムカデ、フナムシが驚くほど大きい。懐かしい半鐘も発見。「公衆電話」の家も。昔はここで呼び出しをしたのだろう。医院が一つ。月に4回の診療日があるようだ。

 民家を借りて展示している東学氏の作品を見たり、民家の庭先に舞う大きなアゲハやクロアゲハを眺めたり、1時間ほどのんびり歩いていたら元の地点に。島のお年寄りたちが「こんにちは」と会釈しながらすれ違う。海水浴場もあり、釣り場もあるので、観光客も結構来ているようだ。維新派公演に来た人たちも、開演まで島巡りをしており、何度もすれ違う。学生だけでなく、熟年夫婦も多い。維新派名物の屋台街には島のお年寄りたちも店を出している。赤飯弁当を買って岩場に腰掛け、海を見ながら腹ごしらえ。モンゴルパンに行列。なんだろう?

 PM5、黒い雲が空に広がり、雨がポツリポツリ。そのうちサーッと大粒の雨が降り始める。避難したテントの屋根が雨でたわわになるほど。しかし、20分ほどで晴れ上がり、空を見上げると大きな虹。さえぎる物がないせいか、こんなに大きな虹を見るのは久しぶり。

 現場で公演を取り仕切る制作のEさんに挨拶。1年ぶり。「この雨もちゃんと進行表に書いてあるんですよ。5時に雨、その後、虹って」と大阪弁でにこやかに話すEさん。撮影許可をもらい会場をパチリ。しかし、本番はノーフラッシュなのでデジカメではちょっと弱い。光学カメラを持ってくればよかった。

 PM7開演。「銀河鉄道の夜」をモチーフに、死んだ少年が犬島に流れ着き、友人たちと冥界をさまうというのがおおまかな筋。ラップとダンスの独特のヂャンヂャン☆オペラ。このところ、大掛かりな装置は使わずに背景はいたってシンプルになっているが、今回は鉄パイプを組み合わせたジャングルジムのような背景装置が主役。「少年街」のような凝った舞台オブジェはないが、照明でそれを補っている。林立するイントレに浮かび上がる少年少女たちは幻想的で美しい。2時間はあっという間。終演後、主宰者で作・演出の松本雄吉さんに挨拶。「ようこんな遠いとこまで……」と松本さん。

 10時半の出航まで時間があるので、屋台村でお酒を飲みながらライブを見る。大阪から来た沖縄出身の女性シンガーの「19の春」の替え歌が心にしみる。聴くほどに酔いが回る。飛び入りのギャルバンドが演奏を始めた頃はすでに10・15。松本さんに挨拶してから港に向う。松本さん「来年は○○○でやりますよ。怒られそうやけど」とニッコリ。「エッ、ウソでしょ。○○○でやるなんて」と言うと「ほんまですよ。あそこ、思い切り壊しますよて。そうだ、来年は飲みに連れて行ってくださいよ」。○○はまだオフレコ。
 来年は維新派追っかけの旅はなさそうだ……。

 10・30、犬島出航。新岡山港から特別バスで岡山駅へ。11・・30、予約しておいたホテルにチェックイン。朝までグッスリ熟睡。

7月19日(金)快晴

マウスが不調。掃除しても直らない。思うようにポインタが動かないので肩が凝ってしまう。仕方なく、ビックカメラで光学式のマウスにを買ってくる。
 暑い時は怪談を。小池真理子の怪異短編集「命日」を読む。昔の阿刀田高の短編の奇妙な味わいに通じる面白さ。日常と異界とを交錯させる手つきが鮮やか。抑制された文体もいい。同じようなテーマでも、浅田次郎のようなベタつきや、思わせぶりがなく、品位がある。上質なミステリーの味わい。
早めに帰宅して、いつもより早めの就寝。

7月18日(木)快晴

 「余禄」欄の執筆者が交代したためだろうか、このところM新聞の顔ともいうべき「余禄」が変。今朝など、あまりの低劣な内容に仰天してしまった。ホームページの日記ならいざ知らず、お金を払って特定多数の読者に向けての文章とは思えない。個人的感懐を述べているだけで、酔っ払いのたわごととしか思えない独善的文章。M新聞どうしたのか。何が起こっているのか…。

 AM10・30。戸川京子自殺の第一報。どうして…。2年前、舞台「水の記憶」の時、取材をドタキャンされたことを思い出す。PM0・30。月蝕歌劇団・高取氏と会う。制服向上委員会のメンバー3人、一ノ瀬めぐみと一緒。「時代はサーカスーー」の件。 

 PM3・30。根津の鍼灸院。PM7。三軒茶屋・パブリックシアターでガジラ「藪の中」。2時間、過不足なく見せる鐘下辰男の力技さすが。おばさまキラー内野聖陽、私と誕生日2日違いの高橋惠子、そしてワカこと若松武史ーー三者の演技のぶつかり合いに固唾を飲む。特にワカは久しぶりにマトモな舞台。この前の「ダブリン」など、ひどい使われ方だった。今回の鐘下演出の舞台は彼の資質のいい部分を垣間見ることが出来た。しかし、まだまだワカの俳優術のすべてを操舵できる演出家は現れない。やはり、寺山修司だけだろう、若松武史を演出できるのは。 

PM9終演。客席にいた第七病棟の制作Mさんに挨拶。第七病棟は来年あたりになりそうとか。
 PM10・20帰宅。


7月17日(水)快晴

 9時起床。ビデオで「天体観測」を見る。ちょっぴり目がうるむ。やはり展開がうまい。
 「濱マイク」を見ようと思ったら、録画されていない。娘が知らぬ間にアンテナを付け替えたようだ。ガックリ。
 午後、旅行代理店に行き、岡山行きのチケットと夏休みのチケットを取得。さすがに8月は混雑している。まあ、今年は一人だから、自由席でもいいか。
  帰りに、タワーレコードに寄り、HUMBERT HUMBERTのアルバムを探してもらうも、在庫なし。インディーズ系だからか。夕方、音楽ページを更新。

7月16日(火)雨のち快晴

 台風の影響は午前中だけ。午後1時過ぎにはカラリと晴れ渡り、一気にヒートアップ。おかげで昼の散歩は汗だくに。着替えを持っていかないと夏のウォーキングはムリかも。

 PM5、新宿。南口のタワーレコードで1時間ほど視聴行脚。全国の女性レゲエアーティストのコンピレーション盤「シストレンV.A」、R&Bクイーン、小原明子「虹色タイムマシーン」、麻波25 feat.MIE「ミドリノホシ」を購入。
 電車の中の時間つぶしに紀伊國屋で岩井志麻子「ぼっけえ、きょうてえ」を買う。ついでにレジの前に平積みされてた文春新書「寝ながら学べる構造主義」を。
 PM7〜9・15、紀伊國屋ホールでナイロン100℃「フローズンビーチ」。人気劇団だけに当日券を求めて長蛇の列。
 不条理コメディーというのは、あとから理屈はいくらでもつけられる。2時間15分、ひたすら退屈な時を過ごす。モンティ・パイソン的な笑いが好きな人にはいいだろうが、まったく趣味が合わない。高いカネ出してまで見る必要性を感じない。ケラの芝居に興味なし。

PM11・00帰宅。

7月15日(月)快晴

 真夏日。
 林美雄さんが一般的によく知られていたということに驚く。出社してくる同世代の同僚も一様に「えっ? ほんとに?」と驚く。5歳くらい年下のT君など「高校時代毎週楽しみにしていましたよ」と顔を曇らせる。
 昨日の一報はTBS系の毎日、スポニチしか報じていないので、知らなかった人が多い。
 深夜放送といえばマイナーであり、しかも林美雄のパックは地味な印象だったと思うのに、意外に聴いていた人が多かったんだ。
 スポーツ紙各紙も3段、4段見出しで報じている。彼に影響されたマスコミ人も多いのだろう。コメントも的確。
 PM2、早退してお茶ノ水のK記念病院で鍼治療。薬ももらってきたので、治療費だけで9000円以上。こりゃ、大変。

 ロビーにあった「アエラ」を手にとる。「孤独力のない若者」が増えているという特集。一人になるのがいやで携帯で朝まで友だちとチェーン電話している若者。誰かとコンタクトを取っていないと落ち着かず、会社で常にメールソフトを立ち上げ、5分おきにメールチェックしているOL。孤独に耐えられない彼らは安易に他人に依存してしまう。3時間バイトが早く終わったから、その3時間の孤独に絶えられず、時間つぶしの友だちをメールで次々に呼び出す。孤独に耐える力がなければ、自立した精神は養えない。結局、回りのご機嫌を取り、いい人でいたがる人間が増えるだけ。
 …などというお説教。確かに、昔の学生は電話さえなかった。それでもなんだかんだいいながらよく集まりよく飲みよく遊んだものだ。携帯があったら、どうだったろう。やはり今と同じく、連絡取り合い、孤独を嫌っただろう。ただ単に、今の若者の孤独回避志向を批判しても、有効なのか…。若者はいつだって孤独を嫌う。しかし、孤独と向き合うことによって自分と他者を見つめ直すことが必要なのは確か。携帯やパソコンという便利なツールがそれを阻害する時代。ウーン、さて、どうなるのか…。

PM9、夜の散歩。ここ2日ばかりウォーキングができなかったからせめて40分くらいは。人通りのないさみしい道を通るとやはりいい気持ちはしない。たまにこのあたりで通り魔が現れるという。男は狙わないだろうが、後ろから自転車が近づくたびについ身構えてしまい、ウォーキングの意欲半減。昼にしよう。
9・45帰宅。「濱マイク」を横目で見ながら日誌書き。きょうこそ早く寝なくちゃ。

7月14日(日)快晴

 朝、ネットの掲示板でTBSのアナウンサー林美雄さんが亡くなったことを知る。血が引くというのはこのことだろうか。出会い頭のショックに一瞬、頭の中が真っ白になってしまう。

 中学生の終わりから高校、浪人時代、林美雄さんの深夜放送「パック・イン・ミュージック」はほとんど毎週欠かさず聞いていた。NHKアナのような端正な語り口。老成したような語りにてっきり年配のアナだと思っていたら、上京して実物を見たら、なんとも若々しい青年。当時まだ20代か。

 好奇心旺盛な方で、まだ時代の片隅でうずくまっていた天才たちが彼のラジオを通じて若者に発信された。荒井由実、石川セリ、藤田敏八、鈴木清順、ミスタースリムカンパニー、天井桟敷、J・A・シーザー、東由多加、深作欣ニ、原田芳雄、菅原文太…。渡哲也の「くちなしの花」は、この番組から火がついた。邦画に肩入れし、おすぎとピーコも林美雄がその才能を見い出した人たちだ。「深夜の解放区」、そんな言葉が深夜放送の草創期にはあった。まさに深夜を解放し、アナーキーなその解放区を飄然と駈け抜いたのが林美雄さん。

 死亡記事わずか十数行。一般的には無名だろうが、彼の果たした70年代文化の中の役割は大きい。彼がいなかったら、70年代はもっと早く終わっていただろう。
 いつからか、深夜放送はただの韜晦と自己憐憫のさもしい荒涼とした場になってしまった。そうなる以前に、林美雄のパックを聴けたことを誇りに思う。

 10年くらい前から林さんは酒に溺れるようになったという話を伝え聞いていた。死因は肝不全。今こそ、時代と斬り結ぶ、彼の放送が必要とされているというのに病気で持っていかれるなんて悔しい。

 やすらかに、なんて言えない。もう少し待っていてほしかった。58歳。早すぎる。
 たぶん、彼は本の一冊も残さなかったと思う。しかし、いつまでも残る記憶を残したといえる。
 寺山修司の言葉がいっぱい詰まった「さよならの城」を見た翌日の訃報。私の70年代がまたひとつ消えていく。

7月12日(土)晴れ時々雨

 AM7、出勤。馬車馬のように仕事をこなす。

 PM1、下北沢・本多劇場で加藤健一事務所「劇評」。「ローズマリーの赤ちゃん」のアイラ・レヴィンの作品。劇評家の妻が戯曲を書いてしまい、なおかつそれが上演されてしまったことから起こる微妙な夫婦の心の葛藤をコメディータッチで。単なるドタバタ喜劇ではなく、ヒリヒリした痛みを伴う人間模様。加藤健一と妻・日下由実の緊張感あるやり取りが絶妙。カトケンワールドの新展開。これはおすすめ。

 3・00終演。制作のNさん、Aさんに挨拶して会社へ戻る。下北沢の駅前はいつも通りの賑わい。「駅前でタクシーを拾えない街というのは東京中探してもない」とカトケンさんがパンフの中で言っていたが、確かにそう。下北沢に行くと落ち着くのはあの駅前の猥雑さなのかもしれない。タクシーも入って来れないごみごみした道。でも、そこがいいんだなぁ。

 PM4・15。会社お近くの喫茶店でMさん、Jさんと落ち合う。勤め先の異動で本社の歓迎会に出席するために上京したJさん。会うのは久しぶりだ。もっとも、HPを見てくれているので、近況はよくご存知。PM5、飯田橋の物産展へ行くという2人と別れて池袋へ。

 PM6、池袋・サンシャイン劇場で「さよならの城」。寺山修司の少女詩歌集をモチーフにしたミュージカル。昨年の「観客席」に続いて、メジャーリーグが久世星佳主演+シーザー演出を仕掛けた第二弾。客席は9割が女性。それも、久世ファン、館形比呂一ファンがほとんどのようで、従来の万有引力の客層とはまったく違う。最後に観客を舞台に集めて記念写真を撮るという趣向に、我先に押し寄せるのは、そのファン層のようだ。
 「さよならだけが人生だ」「僕は恋してる」ーー田中未知や小椋佳の曲で耳に親しんだ歌がシーザーの新しい作曲で復活する。

 舞台は寺山演劇と詩歌のコラージュ。全体を貫く「物語」があってもいと思うが。映画「初恋・地獄篇」の音源も使っていることだし、一組の少年少女の地獄めぐりの物語…とでもいうような…。

 PM8・20終演。ごった返すロビーで、以前、万有引力の制作をしていたAさんに声をかけられる。「久しぶり。今どうしてるの?」と尋ねると、「医者やってます」。なんとJ天堂大学病院の内科医とか。演劇から医者…。華麗な転身?

 楽屋を訪ねて蘭さんたちに挨拶。

 ハンズ前の居酒屋S木屋で飲み会。演劇ジャーナリストDさん、元天井桟敷のKさんと先乗り。続いてシーザー、井内。残りの若手は後片付けで遅くなる。根本っちゃんは家に帰る用事があり来れず。
 シーザーとあれやこれや話し込む。シーザーの話に茶々を入れるKさん。やはり同じ釜の飯を食った仲間というのはいい。Kさんは不動産会社でバリバリのやり手。投資マンションでかなりの収益を上げているとか。剃髪の桟敷女優から不動産。これも華麗な転身か?

 PM11・30。終電がなくなるので帰り仕度。飲み会だけに来たという水岡さんに挨拶。万有の若手がエレベーターまで見送ってくれる。Dさんと一緒に駅まで。Dさんはキッドブラザース出身であり、演劇界も長いのに、シーザーと話すのは初めてだったとか。

 PM12・50帰宅。ようやく1週間が終わる。後半の長かったこと…。3日で4本の重量級作品ばかり。さすがに疲労がたまる。

7月12日(金)快晴

 台風の余波で、絵の具を溶かしたように黄土色に変わった隅田川。ゴミが岸辺に打ち寄せられ、一見すると陸地のよう。間違えて踏み抜く人もいる……わけはないか。
 人もゴミもクズほど隅っこに吹きだまるとはよく言われること。しかし、見方を変えれば、弱い者同士、寄り添わなければ流されていってしまう。隅っこに身を寄せるのは流されないための知恵でもあるのだ。

 PM6・30。新宿サザンシアターで青年座「美しきものたちの伝説」。宮本研の名作を青年座らしいストイックで硬質な舞台に仕上げた。劇構造がよくわかる好舞台。9・35終演。帰り、後方の座席にいた女優の魏凉子さんとばったり。「…さん、お久しぶりですー」と彼女。9月の北大路座長公演に出るそうで、「初めての商業演劇なのでドキドキしてます」と。最近はTBSの不思議発見のリポーターもやってるという。RUPの舞台以来だから会うのは約2年ぶりか。「青年座の舞台にも出たいので、…さんに”魏を出して”って言ってくださいね」とニッコリ。帰りを急いだので製作のMさんに挨拶せずそのまま駅に直行。乗り継ぎの時間を駆け足で短縮。PM10・50着。
きょうの買いもの。Tシャツ2枚。タワーで「HUMBERT HUMBERT」の「風に吹かれて」。有里知花「When you smile」。
 連日の深夜帰宅で体がクタクタ。

7月11日(木)快晴

 台風はいつ通り過ぎたのか、朝からピーカン照り。マンションから富士山がくっきり見える。もっとも、鉄塔に邪魔されて半分しか視界に入らないが。

 昼、日照りの中を隅田川ウォーク。始めた頃は長い道のりだと思ったが、今ではちょっとそこのコンビニに買い物に行く程度の距離にしか感じない。ウォーキング恐るべし。しかし、この炎天下、汗だくになりながら…これはもはや歩き中毒。アル中か…。

 PM3・30。根津鍼灸院。冷房は効いていても暑い。寝台に横になると、若い助手さんが団扇であおいでくれる。幼い頃、昼寝をしている間、母親が団扇であおいでくれたことを思い出す。あの団扇の風の心地よかったこと。クーラーのある今の生活では、「子供の寝顔を見ながら団扇であおいでくれる母親」なんて、絶滅した光景なのだろうか。

 PM7、渋谷シアターコクーンで「リトル・ヴォイス」。死んだ父の遺品であるレコードを聴くことだけが自己確認の術である自閉症気味のLV(リトル・ヴォイス)。モンローやジュディ・ガ−ランドのモノマネに天性の才能を見つけた山師プロデューサーがLVをスターダムに押し上げ、一儲け企むが…というストーリー。LV役の池田有希子の歌唱力が素晴らしい。天才シンガーたちのモノマネをするという役柄設定に対応できるのは彼女くらいしかいないのではないか。山本陽子もアル中の母役を好演。ある意味、彼女がこの舞台の主役かもしれない。

PM9・50終演。楽屋に行き、池田有希子に挨拶。はじける笑顔で迎えてくれる。
PM11・10帰宅。

7月10日(水)雨

 台風接近で朝から小雨。

 録画しておいた「天体観測」を見る。二回目もきちんと作ってある。これは久々のヒット。「もう、ぼくらはあの頃とは違うのさ」という使い古されたセリフでさえこのドラマで聞くと新鮮に聞こえる。思わず目がうるんでしまう。

 「私立探偵 濱マイク」は初回を見逃したが、なるほど遊び心いっぱいのドラマ。「傷だらけの天使」と「探偵物語」のパロディーとして見ても面白い。今回はUAがメインゲスト。同じくゲストの憂歌団・木村充揮に「おそうじおばちゃん」を歌わせたり、伊武雅刀の役名が「ももなり」だったり、細かなパロディーが散りばめられている。ドラマ事体はどうってことないが、このディティールに凝った作りは好き。

 夕方、家内と2人、小一時間ほど買い物に出て帰ってきたら、ドアが開かない。子供たちが留守番しているのでカギを持って出なかったのだ。どこかに遊びに出たのか、心当たりを探すも見つからず。1時間近くもウロウロ。最終手段として、管理人に頼んで外のベランダから入ることも考えたが、新任の管理人はベランダのカギがどこにあるのかわからない様子。そうこうしているうちに、携帯に子供から電話。発信は自宅。親が大騒ぎしているのも知らず、二人して部屋で眠り込んでいたとか。灯台下暗し…。
 小雨降る中、カッパを着てウォーキングでも、と思っていたのにこの騒ぎで意気消沈。夕食になだれ込んで一日は終わる。
 さて、今夜台風上陸。朝の電車が心配。

7月9日(火)快晴

 真夏のような暑さ。お昼休み、仕事がバタついたり人との面会の約束があったこともあり、ウォーキングできず。もっとも、こんな日に遠征したら熱中症になるか。
 PM6、渋谷HMVでGO!GO!7188「虎の穴」を買う。宮台真司がライナーノーツを書いている。やられた。

 PM7、渋谷パルコ劇場で「HAKANA」。横内謙介の「いとしの儚」をもとに、「北の国から」の杉田成道が演出。ていねいな演出で好感がもてるが、脚本は二昔前の少女漫画の読み切り短編のようなもの。3時間近くもうだうだやるようなホンじゃない。

  博打のカタに、鬼から死体のパーツを集めて作った女性の人造人間(いわばクローン)をもらった無頼の男。その子(儚=はかな)を赤ん坊から育てるが、100日たたないうちに、男女の契りを交わすと儚は水になって消えてしまうという。わけあって、遊郭に売られた儚は男と寝ない遊女として有名になる。それを伝え聞いた殿様が無理やり儚を手篭めにしようとする。あと一日でホンモノの人間になれるというのに…。

 鬼と契約を交わし、自らの魂を売ることで儚を救う男。このままでは夜が明ける前に、儚は人間に、男は幽界に、離れ離れになってしまう。しかし、彼らは意を決して…。という展開。結末まで見えてしまう単純なラブストーリー。横内謙介の偽悪趣味は自分の「甘さ」への裏返しに過ぎない。いつになったらアングラコンプレックスが抜けるのだろう。

 てなことはさておき、冒頭、儚=井上遥の誕生シーンは薄物をまとっただけ。それも照明で透けて見えてはっきり全裸とわかる全身の後ろ姿が吹き替えなしの本人だったことにびっくり。後半の淑女らしさと対照させるために、幼年期の儚は野卑な言葉遣い。「ちゃんとおっぱいいじれよ」なんて胸を突き出すシーンもあり、初舞台なのに、井上遥大変だな、と同情してしまった。この手の脚本で度胸試しに、”意味もなく”下品なセリフを井上遥にいわせることはないと思うが…。それにしても井上遥、よく頑張ってた。長い舞台が続くと相手役と擬似恋愛に陥ることはままある。くれぐれも数ヵ月後に、山崎銀之丞とツーショット撮られたりして週刊誌を賑わせないように。

 河原雅彦以下ハイレグジーザス(8月で解散)のメンバーもいい役で主演。これからこのような商業主義的芝居が多くなるのだろうか。あのアナーキーな活力にあふれた連中も秩序に取り込まれていく。
 PM11・30帰宅。蒸し風呂のような暑さ。こりゃたまらん。

7月8日(月)快晴

 仕事を終えてPM2、御茶ノ水K記念病院へ。3カ月待ちだった鍼治療の予約日。根津の鍼灸院と違い、首と耳の局所に何本か鍼を刺して30分放置。実に簡単。根津なら2時間入念に体の隅々まで鍼を打って様子を見るのだが、K記念病院の医師は耳鳴り専門の針治療の名医とか。鍼のツボは違うようで、期待は持てそうだが、あまりにもあっさりした治療で拍子抜け。これで治るのだろうか。保険が効かず同じ5000円。どうであれ、効果があれば御の字。

 PM6、帰宅して食事。その後、娘のピアノ教室の迎えに行く。今は外が明るいので帰りだけの迎え。
 今日は病院に行ったりしてウォーキングできず。それならば、隣駅まで歩いてみようかと思ったのが間違いの元。JRの駅の間隔は私鉄の2駅分はある。おまけに高架をたどって歩いているうちに、道は途切れ、大きな迂回路を通らなければならない。1時間で着く予定が道半ばにして立ち往生。ぐずぐずしているとピアノが終わってしまう。仕方なくタクシーを呼んで駅に急行。結局高いウォーキング代になる。なんのこっちゃの一幕。娘とソフトクリームを食べながら、腕組んで歩いて帰る夜道。これがいつまで続くやら。
PM10、「濱マイク」を録画。あさってまとめて見よう。

7月7日(日)快晴

 うだるような暑さ。七夕の短冊を書いて笹に吊るす。毎年の我が家の慣わし。書くことは同じ。「みんなが健康で元気に過ごせるように」

 夕方、やや涼しくなってからウォーキング。人気のない河原を歩いていると「こんなさびしい河原によく死体が転がっていてウォーキングしてる人が第一発見者になるよなあ」などと三文推理小説ふう妄想が。

 退却を考えずに、行けるところまで行ってしまうのがB型性格。この先何があるだろうと、歩いているうちに隣の市との境界を越えてさらに奥深く進んでしまう。帰りの距離を考えずに好奇心だけでどんどん先に行くので、帰り道が遠いこと。「チコとビーグルス」だ。行き帰りで2時間、約1万歩。6・5キロメートル。よく歩いたもんだ。憑かれたように歩いて疲れてしまって大丈夫か、オレ。

 家に帰ると、子供が「一緒に歩こう!」。もう勘弁して…と言いつつも、30分くらい付き合う。片手に犬の種類が載ったハンドブックを手に、散歩中の犬を見て、「あれは○○だね。こっちの犬は○○だ」と指差す息子。 マンション暮らしで犬は飼えないのに、なんとか買って欲しくて必死。その姿を見ると、かわいそうで…。親に甲斐性があれば、犬の一匹や二匹飼えるのに…。

7月6日(土)快晴

 土曜日なのに、電車の乗客が以前よりも多いような気がするが、思い過ごしか? 不況で土曜日出勤が増えているとか?

 PM3、銀座・博品館劇場で「アイ・ラヴ・ジョーカーズ」。60年代、グループサウンズに憧れた若者たちを描いたミュージカル。函館青南高校野球部の4人がエレキバンドを組んでACBのオーディションに合格、とんとん拍子に日劇ウエスタンカーニバルまで出演するようになるが…という「青春デンデケデケデケ」のGS版。元「ザ・グッバイ」の曽我泰久やお笑いコンビ「あさりど」の堀口文宏、川本成らの生演奏が楽しい。清水あすか、井元由香、桜井美紀のモーレツ三人娘の60年代ホットパンツ姿がキュート。こんなグループがデビューしたら売れるだろうなあ。モー娘はもういいから60年代コーラスギャルバンドを!

 紙テープが舞い、手拍子足拍子、黄色い歓声の2時間半。ただ、並びの席に座った70近いジイサンとバアサンがやたらとノリノリで、口笛ヒューヒューはいいのだけど、しんみりしたシーンでも掛け声、一人突っ込みのお茶の間テレビ観劇状態。バアサンは投げた紙テープをシュルシュル手元に巻き取って、その紙ずれの音が場内にこだまする。子供の泣き声、話し声、勘違い笑いとともに場違いな老人の突っ込みも舞台をぶち壊しにする三大要素の一つだ。せっかくの舞台の楽しさが半減。


 5時40分終演。急いで上石神井へ。富山に住む「くまさん」の個展があるのだ。あすがオープニングイベントだが、行けない「かっちゃん」ほか数人が集まる予定。
 6・45着。Rikoさん、ヤプさくんのナビゲートで会場へ。玄関前に「くまさん」の姿。初めて会う気がしない。がっちり握手。金属造形をやってるだけあって体に力がみなぎっている。病み上がりとは思えない握手の力強いこと。

 展示された作品を自ら解説してくれる。くまさんのターニングポイントは土方巽、大野一雄ら舞踏、黒テントの舞台美術という。「キャンバスという閉じた輪の中で完結する作品ではなく、照明や俳優の肉体といった外部の要素とのコラボレーションによって変幻する造形美術の妙に目覚めた」ということらしい。ダイナミズムにあふれた金属造形の数々。錆の進行をどこで食い止めるかの微妙なサジ加減。融点の違う金属同士の接合、1000度単位の作業中に生ずるわずか50度の温度差が生む芸術…。ウーン、さすがに芸術家くまさんだ。

 展示会を後にして、かっちゃんのクルマでファミレスに行き、食事会。オーレさん、ヤプくん、Rikoさん、くまさん、くまさんの”弟子”のUさんの7人。Uさんは富山出身ながら、弘前大学を卒業したそうで、図書館司書の資格もある”文学少女”。卒論が狩野派の絵師・河鍋暁斎とか。なかなか面白い女性だ。思わず話が弾む。
 途中、アジサイちゃんから電話が入ったり、いつもながらの楽しいひととき。ビールのすすむこと。
 PM10解散。Rikoさん、オーレさん、ヤプくんの4人で高田馬場まで。11・30帰宅。心地よい疲労感。そのまま就寝。
 田口ランディ「アンテナ」読了。幼い頃、失踪した妹をめぐる死と再生の物語。剽窃騒ぎになった部分は文庫版になって、だいぶ手を入れたようだ。読まず嫌いだったが、結構好きなタイプ。「コンセント」も読んでみるか。

7月6日(金)快晴

 暑い一日。お昼休み、例によって隅田川河畔を散歩。ベンチに寝転がってるサラリーマン、乳母車を押す若いママ、橋げたの陰で涼むホームレスたち、詩吟をうなるおばさんーーさまざまな人間模様。1時間半余り8000歩。ちょっと昼の散歩にしては歩きすぎたか。

 PM4、退社。家に帰る途中、タワーレコードに寄り、エゴ・ラッピンの新譜アルバム「ナイトフード」、サザンのシングル「東京」を買う。中納良恵、森雅樹絶好調。メジャー全面展開するか。

 長野県議会が田中康夫知事不信任案提出。脱ダム宣言で自分たちの権益が失われることを恐れるあまりのなりふりかまわぬ暴挙。しかし、康夫知事の強みは三枝成彰とか勝谷某といった右派文化・マスコミ人から佐高信ら左派言論人など幅広い支持層を取り込んでいること。普通なら、これ幸いと右派メディアの康夫総攻撃が始まり、ジ・エンドとなるところだが、右派といえど仲間の陣地に弾は撃ちこめない。柔軟性が武器の田中康夫。長野の勝負はまだわからない。

7月4日(木)快晴

 夏のような暑さ。それに輪をかけるように、大音量のスピーカーを積んだ黒塗り街宣車が数十台、大通りを夕方まで何度となく往復するので、会社の中までがなり声がガンガン響き、鬱陶しいことこの上ない。近くで日教組大会が開催されていて、その妨害活動で全国から「右」の方々が集結しているらしい。

 そういえば、先日、修善寺からの帰り道で街宣車が前をふさいで東上していたが、あれはこのための上京組だったのか。「○○左折します」とかスピーカーでがなって何度も車線を変えていたが、右の方は、右車線をそのまま進むのが正しい思想的実践と思うがいかがなものでしょう。

 それにしても、騒音を撒き散らしての街宣活動は美的ではない。それに、復古を目指すなら、迷彩の戦闘服ではなく、純和装、羽織袴にわらじをはいたほうがいい。しかも、崇敬する御方の紋章を車の外壁に貼り付け、直射日光にさらすとは、それこそ不敬だと思うがいかがなものか。自分の名刺に尊きファミリーの紋章を使うなどもってのほか…とも思うが。

 「マッチ擦る つかのま海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや」という寺山修司の反国家的な短歌と終世対峙しながら、最後に「それでも祖国はあり」との辞世の反歌を残して単身、自決した”新右翼”野村秋介氏の矜持と潔さこそ、右翼の美学だと思う。

PM4・00。根津・鍼灸院。PM6終了。
 PM7、信濃町・文学座アトリエで「ロベルト・ズッコ」。父と母を殺し、罪なき少年を殺した連続殺人犯の物語。。田口ランディ「アンテナ」を買う。PM10・15帰宅。


7月3日(水)晴れ

 オフ日。午前中、昨日録画した新番組「天体観測」(フジテレビ)を見る。なんとなく、これはよさそうと勘が働いたのだ。思った通り、冒頭からくいくいと引き込まれる。人物の造形がいい。北斗七星に喩えた、大学の天文サークル7人の人間模様。ヘボ役者としか思えなかった伊藤英明がいい味出してる。坂口、オダギリ、そしてカムカムミニキーナの役者、山崎樹範もいい。小西真奈美はつかこうへいのところで修行した女優。舞台の方がさらにいいが、テレビでも輝いてる。私の青空のイメージが強い田畑智子、小雪、それぞれキャラクター、設定が魅力的。不気味な男役で松重豊も出てる。
 脚本の秦建日子はつかこうへいの愛弟子。劇団活動も長く、ツボを押さえ、メリハリの効いた脚本。初回は満点の展開。次回どうなるか楽しみ。久しぶりにドラマで高揚してしまった。遠い日々への憧憬…。

 午後、銀行に行ったついでにタワーレコードへ。GOGO!7188の新譜を買おうと思ったのだが、発売日は9日とか。代わりにナンシー・シナトラのデビュー40周年記念新譜「カリフォルニア・ガール」輸入盤を買う。「カリフォルニア・ドリーミン」「ホテル・カリフォルニア」などカリフォルニアに関連したトリビュート。ライナーノーツの写真を見ると、やはり老けた。
 白いゴーゴーブーツにミニスカート。マドンナやデボラ・ハリーに大きな影響を与えた元祖・イケイケシンガーの今の写真は見たくなかった。 「ホテルカリフォルニア」が聴かせる。
 夕方、そのナンシー・シナトラをMDに落として、ウォーキングのお供。1時間半の長丁場。さすがにぐったり。
 PM9、「ショムニfinal」。

7月2日(火)晴れ

 夜中にのどが渇いて一度目が覚める。頭が重い。水を飲んで寝るも、朝まで輾転反側。4・45、寝不足のまま起床。午前中、仕事をしていても脂汗がじわりと出てくる。昨夜飲んだ紹興酒が残っている。だいぶ飲んだもの。

 夕方、KK事務所のNさん来社。近所の喫茶店でお茶。近日公演の情宣。
 明日はオフ日。いつもなら、ゆっくり気分で芝居が見られるのだが、今日は家に帰ってのんびりしよう。先週の後半からパソコンの前はおろか、家にもいない日が続いている。疲労のピーク。
 とか言いながら、帰り道、途中下車して映画館へ。ちょうど「スパイダーマン」が時間的にぴったり。目を閉じるとそのまま眠りに引き込まれそうな心地よい睡魔に襲われそうになりながらも最後まで鑑賞。コミックスの映画化ってどうして「バットマン」と同じになるんだろう。見るべきは特撮シーンだけ。つまらん。

 PM7・30帰宅。なんだか、久しぶりに家に帰ったような気分。パソコンの前でゆっくりするのも久しぶり。7月からは会社のパソコンから掲示板に書き込みできないようになったし…。

 米軍がアフガンで結婚式に沸く村を誤爆したというニュース。人生の華やかな宴が殺戮の場と化す。しかし、アメリカ軍による民間人誤爆の犠牲者の多いこと。

 考えてみれば戦争に誤爆や同士討ちはつきもの。戦死といっても何パーセントかは味方によって殺されたものだろう。
 映画「突撃」では陣地占領の際の味方による誤射、同士討ちを10パーセントくらいで想定していたように思う。日本の戦国時代の合戦でも、味方同士の誤認による戦死者はかなりのものだったに違いない。もちろん、世界大戦でも同じ。味方に後ろから撃たれて死んだ兵士は名誉の戦死といわれても、なんだかなぁ。戦争なんてカッコいいもんじゃない。リムパックの演習で発射されたミサイルは1発1億2000万円。福祉予算や難病研究費が縮小されながら、自衛隊の演習で1発1億2000万円だもん。儲かるのは軍需産業だけ…か。責任者出て来いッ…って、わたしゃ人生幸朗かい。
 さあて、今日は睡眠をたっぷりとるぞ。

7月1日(月)雨のち曇り

 PM1・00。銀座東武ホテルで「ザ・シンガーズ」制作発表。ROLLY、杏子、峰さお理ら出席。演劇ジャーナリストK氏と立話。会社に戻り仕事の続き。この頃毎日が忙しい。

 PM6〜8、社長を交えての少人数の懇親会。こんな会合は入社以来初めて。団塊の世代が始めた若い会社もすでに壮年期。社長と隣り合わせの席。この会社に入ったのは社長のカリスマ性に負う。ジャーナリストとして心酔する社長に酔いに任せて(?)言いたい事言ってしまう。心得たもの、丁々発止のやり取り。この20数年間の会社人生で最上のひと時。PM8・30解散。9・30帰宅。