ZAFT軍の兵育成用施設は見事なものだ。

整備された運動場は勿論、ぴかぴかに床の磨かれた体育館や
大きな大きなシューティングルーム。
どの施設にもシャワー室は完備されていて、娯楽室なんていうのも数多く存在する。
上司いわく、ストレスは鍛錬によくない結果をもたらすらしい。
そしてそれが各年のTOP10…通称『赤』専用のものまであるのだから
いかに若者たちが『戦争』で期待されているかわかる、ってモンである。


そしてその中で、俺
ディアッカ・エルスマンが一番気に入りの施設は

室内温水水泳場だった。



貸しきり状態の巨大なプールを、俺はゆったりと泳いでいた。
それはもっぱら背泳ぎで
泳ぐ、と言うより たゆたっているという表現の方がぴったりだが。

クロールとか平泳ぎとかは嫌いだ。
内臓が圧迫される感じがするし、息継ぎもめんどくさい。

腕も回さず足だけで水の上を進む。
50m幅のプールを、その状態でもう軽く10回は往復していたが
いつもやっていることだから息も乱れない。
たくさん泳いでも疲れないのが背泳ぎの利点の一つかもしれない。

誰もいないプールは酷く静かで
聞こえるのは水中の 水をかき混ぜる自身の足音だけだ。
後は 時たまに身体の中で反響する自分の呼吸音。
館内ではきっと水音が響いているんだろうけど
耳を水中につけた状態の今は、その音も他の空間の事のように思えた。

まるで、この世に自分しかいない気分になる。





そう、思った瞬間



バシャン!
「…っぶは!?」



顔面に水が降ってきた。
決して俺が沈んだんじゃない。
まさしく頭上から『降ってきた』んだ。
その水が鼻に入って、俺は思わず立ち上がり ケンケンとむせ込んだ。

涙目になって咳き込む俺の背後で、小さな忍び笑いが聞こえた。
俺は恨みがましくそちらを見やる。

「…イザーク…おま…っ!」

最後の方はまたむせて言葉にならなかった。
それを見て、プールサイドに座り込んだ悪友は嬉しそうに言う。

「油断大敵だぞ、ディアッカ。何時いかなる時でも敵からの襲撃は予知しておけ」
「…そりゃ悪かったね。まさか裸同然の時まで狙われるとは思ってなかったよ」

嫌味たっぷりで言い返せば、また相手は噴き出し
「丸腰でも闘えるだろう」と手をヒラヒラさせる。
俺は憮然として、体温で温められた水を耳から追い出した。


「しかし貴様は本当にプールが好きだな。気が向けばいつでもここに来ているだろう?」

ふやけるぞ?とパーカーを羽織りなおしながらイザークは言う。

「そういうイザークは嫌いだよね、泳ぐの」
「…煩い、黙れ」

水の滴る前髪を掻き揚げながら言えば、今度は相手がしかめっ面になりソッポを向いた。

彼の名誉のために言っておけば、別にイザークはカナヅチなわけではない。
むしろ泳ぎは水泳テストでアスランの次に(ポイント)好成績を出した位だ。

しかしどうやら彼は自分が色白なのを気にしているらしく、人に肌を見せるのが嫌なのだそうだ。
その証拠に今も、下はちゃんと水着を装着しているくせにしっかり支給のパーカーは着込んでいる。
塩素の臭いも嫌いだと、前にブツブツ言っていた。

それに対して俺は別に服を脱ぐことに何の抵抗もなければ、プールの臭いも気にならない。
色が白いのなんて遺伝子で設定されてるんだし、本人に非なんてないんだから堂々としてりゃいいのに、と思うけど。


それに何より、俺は泳ぐことは好きだ。


身体を動かすこと全般がそうだが、何も考えなくていい。
逆に、考え事をしたい時は良く冴える気がする。
水中を掻く動きは日舞の鍛錬にもなる。
流れに逆らうように水を進むことも心地よい。
肌を伝わる雫の感触も好きだ。


そして多分


「俺、水が好きなんだと思う」


呟いた言葉を、水に足を突っ込んだイザークが目線をこちらに向けた。

「要するに、ガキなんだろう?」

水が好きなんて子供の証拠だ、とのイザークのあんまりな言い草に、俺は苦笑を漏らす。
パシャパシャと清い音を立てる水面を見つめる。



水は宇宙に似ていると思う。

訓練の際の擬似宇宙空間で、そう思った。


フワフワゆらゆら頼りない世界
音を通さぬ世界
地を蹴れば、ドコまでもいける自由の世界


でも決して

人間の生きられない世界



(…命はそこから生まれたのに、可笑しいよね)


ぽつんと、胸中に呟いた言葉。
イザークの白い脚は、そ知らぬふりで水をかき混ぜ続ける。
音と共に、泡が生まれた。


母なる海
母なる宇宙

どちらも 生き物の発祥の地
俺たちの遺伝子操作も、決して踏み入れられないほどの
遡るのも馬鹿馬鹿しいほどの
深い 根強い 刷り込み


それなのに 彼らは生き物を受け付けない

時に涙が出るほど懐かしく思うのに
こんなにも 俺たちは恋焦がれているのに

ごく原始的なモノ達だけが受け入れられ
人間は決して長くはそこに身を置けない。


内臓の圧迫
呼吸への執着
無重力への恐怖
息苦しさ
眩暈

水に身を漬けるたび、俺はいつもそれを思い知らされる。

進化することは罪だったのかと思う。
彼らの望まぬことだったのかと懸念する。
母に、受け入れられない背徳だったのかと感じる。

こんなにも俺は、俺たちはそこを愛するのに
彼らは頑なに俺たちを拒絶する。


その事実は、まるで小さなインクの沁みのよう。

ポツンと音を立てて胸の奥に滴り落ち
じわりじわり
ゆっくり白い紙に拡がっていく。

拒まれる恐ろしさが 不安が
心中に拡がっていく。





バシャン!
「…ぶわ?!」


俺は今日二度目の悲鳴を上げる。

再び顔面めがけてイザークが水を蹴り上げたのだ。

せっかく落ち切った雫が、もう一度前髪からパタパタ滴る。
こめかみがひくつくのを感じながら自分が出せる、一番低い声を絞り出す。

「…イザーク…お前、いい加減にしろ…っ!」

しかし当の本人は、モデルじみた動きで腕を組み
睨む俺を更に見下した。

「煩い、貴様が急に黙り込むからだ」

またくだらないことでも考えていたんだろう、と鼻を鳴らすイザーク。
確かにそうだが、いざ言われると中々腹が立ち
俺は反論しようと口を開きかけた。
しかしそれは、イザークの零した言葉によって阻まれる。


「…別に『子供』でもいいだろう?子は、母に焦がれるものだ」

キラキラ午後の日を受けて、水面が光る。

「ましてやそれが生命の記憶を辿るものならなおさら。…生き物は、胎内にすら擬似的な海を作り出しているのだから」

「…水を好きで、悪いことなんて…別に、ないぞ」


遠くを、反射するプールを見詰めたままイザークは呟く。

きっと元気のない俺を慰めてくれているつもりなんだろう。
少々見当違いな言葉ではあるが、一生懸命言ってくれているのがわかった。
そして その言葉が、今の俺には嬉しかった。
反面、心を見透かされたようで 俺は照れくさくなった。

だから


「・・・・おりゃ!!」

思いっきり、彼の腕を引っ張った。

「ぅ、わっ!?」

間抜けなイザークの声を残して、プールに大きな水柱が立つ。

2秒後、浮上してきた彼は、髪を額に張り付かせて叫んだ。

「…何のつもりだ貴様―――っ!!!!」

その怒声を笑顔でかわして、俺は言った。

「さっきっからの仕返しだよ」


静かだったプールは、独りだったプールは

にわかに騒然となった。









「…ったく、パーカーのまま引き擦り込みやがって貴様…!」
「だから何度も謝ったじゃない、本当にしつこいんだから」
「煩い!全て全部貴様が悪い!!」
「はいはい、それでいいですよ もー」

軽口を叩きあいながら個別のシャワー室に入る。

結局、あの後コーディネーター二人で素晴らしい水の掛け合いになって
息を切らしながら俺が降参の声を上げた。
この無駄な体力を普段の訓練にまわせ、といわれたって
まあそれは余計なお世話ってやつである。


コックを捻って、湯を頭から浴びる。
一瞬にして白い、塩素臭のする湯気が上がる。
冷たい水とシャワーの湯が合わさって、肌を滑り落ちていった。

…これも、水。



『…水を好きで、悪いことなんて、別にないぞ』


さっきのイザークの言葉が頭の中でリフレインされる。


思いやりの篭った言葉。
身に降りかかる湯のように温かい言葉。


母なるものに拒まれた不安が、ゆっくり洗い流される気がした。


焦がれてもいいのだ

それは本能的なもので
けっしてそのこと自体は罪ではないのだから


誰でもない、お前がそれを認めてくれたのだから



彼のたどたどしい言葉が嬉しくて
じんわり拡がって


俺は肌を叩くシャワーの中


小さく笑った。







END…?







■たまには甘く(笑)


ディアッカは水好きそうですよねーって話です。
貞操感の薄い受け、ディアッカ=エルスマン。
イザークはムッツリだと思います(不名誉)
でもコレディアイザでも通じます(禁句)

うちのディアッカさんは小難しいことに悩みしぃので困ります。
もっと明るく生きなさい(お前が言うか)

あ、私因みにこれ書いてるとき こんなことばかり考えてました。

ディアッカの水着は競泳とトランクスどっち派なんだろうって…

皆さんはどっちだと思いますか(訊くな)
私個人的には競泳派です((訊いてもいないから)

なんだか13題のほうの『プラント』と似てますがそこら辺はご愛嬌…。



コレじゃ満足できない方、削除された蛇足部分もどっかにありますよ(笑)