1998年12月に公開されるや一部でカルト的な支持を受けた「天才マックスの世界」。以下は監督であるウェス・アンダーソンと出演者の一人であるビル・マーレーの対談である。いろんな映画や芸能関係のサイトに掲載されていたが、ここでは“Web Hosting Troops”(1999年2月)に載っていたものをちまちまと訳してみた。

左の写真は撮影中のひとコマ。右からウェス・アンダーソン、マックス役のジェイソン・シュワルツマン、ビル・マーレー。

ウェス・アンダーソン(以下ウェス)■ビル、どうして「天才マックスの世界」に出ようって思ったの?

ビル・マーレー(以下ビル)■脚本を貰ったんだよ。「アンソニーのハッピー・モーテル」(※1)を作った奴らが書いてるんだ、って。でも「アンソニーのハッピー・モーテル」なんて全然知らなかったもんだから、こっちはさっぱり分からない。それでもなんとかこれをきっかけにこっちに転んでくれまいかと、みんなしてそいつのテープまでくれた。

ウェス■どさくさに渡したんだ、「アンソニーのハッピー・モーテル」のビデオを四本。

ビル■そうそう。ポタリー・バーン(※2)のセールスマンみたいにあれこれ抱えてウチのまわりをうろちょろしてやがったんだよな。でもそん時くれた奴、結局いまだに見てないけど。

ウェス■まあ、それはそれで良かったと思ってるよ。「マックス」を白紙の状態で読んで貰えて。「アンソニーのハッピー・モーテル」のイメージで読まれずに済んだのはかえって助かったかな。

ビル■おかげで何も知らない俺はまんまとお前らに掴まったってわけだ。[ウェス(笑)]読み終わった時、凄くいい話だと思ったよ。作品の中で何を見せたいかもはっきりしているし。彼らが作りたいように作れば、その中で失敗があったとしても絶対大丈夫だと感じたんだ。まあ、そういう部分ってのが毎回苦労する所だったりするんだけど。で、お前はなんで俺をこの映画にオファーしたんだ?

ウェス■そりゃもうねえ、ビル・マーレーをこの作品ならこんな役で、あの作品ならこういう役をやってもらうぞっていうのがずーっとあったんだよ、僕らの頭の中には。会ったこともないのに。[ビル(笑)]でもあの時(※3)あなたはトレーラーでどっか行っちゃってて、全然連絡が取れなかった。だからその時は諦めるしかなかった。僕らはもうビルのこととなったら複数形で愛しているのに(笑)。ああ、ちなみに「ゴーストバスターズ」はやっぱり外せないね。

ビル■あれの服かなんか持ってるのか?

ウェス■どの年だったか、ハロウィンでベンクマンやったよ、僕。

ビル■そん時の写真とかってあるのか?

ウェス■多分、服の方はまだあるよ。

ビル■でもってまだ着られるだろう。

ウェス■それは大丈夫だよ。まあそれはともかく、脚本を書いている時から僕らの中でブルームはあなただった。当時知り合いでもなんでもなかったのにアレだけど、あなたをイメージしてああいう人物を作った。だからブルーム役はあなたであることが何はなくとも最優先だったんだ。

ビル■そうかそうか。

ウェス■僕とオーウェンにとってこの作品の一番のヤマは、ブルームが子供のマックスと友情を結んでいく過程なんだ。マックスはたった十五なんだけど、中身は二人とも同じって。この部分をどう思った?

ビル■コップに半分水があって、あっち人間は「まだ半分ある」、こっちの人間は「あと半分しかない」っていうのに近いんだけど、二人とも今いる場所は同じなんだ、人生というスパンで考えれば。一人はこれから人生の坂を下りていく者で、もう一人はこれから上っていく者だ。下り側の人間が上り側の人間からちょっくらって、若さを頂戴して自分用に防腐対策したりするパターンもあるけど、でもまあどっちの側にいる人間も実際には同じなんだよな。向かっていく先が違うだけで。ハリウッドには山ほど人がいる。まだ会ったことのない人間も多い。俺なんかでもこうやっていろんな人と会って、これからも上っていく気でいなきゃなって思っちゃいる。まあ実際下がっているかもしれんが、それでもやっぱそのつもりでいなきゃなあ、と。

ウェス■これからまだまだってみんな言ってるよ。

ビル■うん、だといいな。で、作品の話になるけど、さっきの話も含めてブルームはマックスみたいな若者と友達になりたいっていう気持ちがどっかにあったんだよ。昔っからのスターが若いのと組みたがるような感じでさ。ま、俺の場合、何が大間違いってその相手がそもそも映画の経験が全くゼロって奴だったっていうなあ。ほらお前あの・・・シュワルツマン(※4)。

ウェス■撮影が始まってからなの? ジェイソンと何かやり取りするようになったのは。

ビル■テキサスの現場に行ったら、シーモア・カッセル(※5)とシュワルツマンが売春婦の話しててなあ。将来大物になるわこいつって思った。ああシーモアがいてくれて本っ当よかった、その分俺が身軽になって。まあでもなあ、お前の部屋でやったシュワルツマンと俺の出るとこのリハーサル、・・・っとに奴はひどかった。シャレにならんくらいひどかった。俺もう一気に落ち込んだぜ、あの後すぐバーに直行したぞ。[ウェス(笑)]で、ホテルのバーで他の飲んでる連中見てて気づいたんだけど、あそこで飲んだのは間違いだったな。テキサス人じゃねえのにテキサス人ぶってる奴らがうようよいてよ。なんかもうベタベタのカウボーイ姿の奴らとか、まんまニューヨークのなんちゃってテキサス・ディスコと変わんねえよ。しかもその手の奴に殴られそうにもなったし。話し掛けられても俺、ずーっと黙ってたから。

ウェス■そんなこんなでビルはいつも険悪ムードだったんだね。

ビル■ああ。こんなロクに言葉も通じないような奴らとやってかなきゃならんのかと思うとそりゃあな。あいつ(ジェイソン・シュワルツマン)リハーサルん時も、話し方といい態度といい、俺より偉そうにしてやがって。心の中で神に申し上げたよ。「私は今、真の苦難に直面しています」って。撮影の初日は俺、寿命が縮んだ。もうこうなったら俺がきつねのフィクジットさんよろしく、全編ひたすら滅私奉公するしかない、していこう、と。だから進行中はとにかくこっちはできるだけ何でも合わせようとした――んだが、何が大元の問題って、あいつの目には俺があいつのことを全然考えてないっていう風にうつってたってことだよ。まあよかったさ、あいつの役作りにはちょうどよかったんじゃないのか? リハ初日の晩はさぞかしナーバスになってただろうよ。

ウェス■うん。ビル、ジェイソンのことほぼ虐待してたよね。

ビル■ああ。

ウェス■ぼくらがOuisie’s(※5)に行った時・・・

ビル■そうそう、「俺はチキンフライステーキがいいな」ってあいつに言ったら、あいつ知らんかったのな、チキンフライステーキっていう物を。だから俺こう言ったんだよ、「このガキ、商売女は知ってるくせしやがって、チキンフライステーキは知らんのか?」って。それからちょっと落ち着いたっていうか、ぐっと高度が上向きになったって感じだったな。別人みたいになったよ、だろ? あの晩だよ、人間らしくなったのは。もちろん芝居の方も日に日によくなっていった。まあ、今もう一回あの頃の経験を一通りやれっつっても絶対ガマンできんだろうけど。[ウェス(笑)]まあなんだ、あの威張り腐ったスター様にも神の御手が働いたのさ。あいつとこれから組むであろうエージェントやの監督のためにな。何しろ奴のキチガイっぷりとアブなさは折り紙つきだからな。ちょっとやそっとじゃ直らん。次にあいつの名前がデカデカと出るのは、なんかヤバイことやらかして「ピープル」に掲載、っていうパターンが俺には思い浮かぶ。

ウェス■ところで、この頃やった役と比べてどう思った? ブルームって。

ビル■一番気に入ってるよ。ただ、作品が荒削りだったな。思えば初めてだよ、「マックス」みたいに俺が演ることで成り立つ映画ってのは。そこ行くと「恋はデジャ・ブ」は本当、完成されてたな。「マックス」は旗印がなかった。けど、そんな状態でもとにかくやらなきゃならないっていう、本当に大変な作品だった。まったく、お前がちゃんと仕切って進めなきゃならんのに。まあでも、ブルーム役は楽しかった。なんでってやっぱり、事に仕えることこそ役者の本分だからさ。

(終)


 なんかこれだけ読んでるとビルめっちゃ厄介! って感じですね。いや実際その通りなわけですが。でもビルも撮影中ずっと「キーッ」だったわけでもなくて、一応いいこともしております。ウェス君は劇中でマックスとブルームがヘリに乗るシーンを撮りたかったのですが、ディズニー(タッチストーンはディズニーのティーン以上向け映画制作部門なんで)はこの場面を撮影する予算を許可しませんでした。そのことを知ったビルは白紙の小切手をウェス君に渡し、「好きな金額を書いて換金してこい」と言ったそうです。もっともウェス君がこれを使うことは最後までなく、ヘリのシーンは結局撮影されずじまいとなりました。ええ話や。・・・いやでも、これ以外では全部「キーッ」だったのかも。

(※1)アンソニーのハッピー・モーテル:原題は“Bottle Rocket”。もともとはウェス・アンダーソンがテキサス大学在学中に同じ大学の親友であるオーウェン・ウィルソンと共に94年に作った16ミリ映画。これが映画関係者の目にとまり劇場公開用にリメイクされ、96年に公開された。日本では劇場未公開だが、WOWOWでのみ「アンソニーのハッピーモーテル」というタイトルで放映された。そんなわけで日本では長らくウェス・アンダーソン幻のデビュー作となっていたのだが、なんと今年2005年4月20日にソニー・ピクチャーズエンターテイメントより日本版DVDが発売されることとなった。こうなりゃ「天才マックスの世界」クライテリオン版DVDの日本版発売も夢ではないかと。って、マックスはブエナ・ビスタだからあんまし関係ないか。

(※2)ポタリー・バーン:アメリカの室内調度品会社。

(※3)あの時:「アンソニーのハッピー・モーテル」の時ウェス・アンダーソンはビルを起用するつもりだったが、本人とどうしても連絡がつかなかったため諦めた。

(※4)シュワルツマン:本作で主役のマックス・フィッシャーを演じたジェイソン・シュワルツマン。1980年6月26日ロサンゼルス生まれ。「ロッキー」のエイドリアン役でおなじみのタリア・シャイアと彼女の二番目の夫であるジャック・シュワルツマンの息子。ただし父のジャックは94年に他界している。タリア・シャイアの息子となればつまりFFコッポラの甥であり、ソフィア・コッポラやニコラス・ケイジとは従兄弟同士というわけである。その絡みか、マックスの後ローマン・コッポラ(FFコッポラの次男)が監督した「CQ」(01年)に出演している。
 なお、ウェス・アンダーソン監督は当初マックスのキャスティングには「若き日のミック・ジャガー」のイメージでノア・テイラーを想定していた。だが後にジェイソン・シュワルツマンと出会ったことでそれが変わり、「若き日のダスティン・ホフマン」として彼を主役に抜擢した。ちなみに本人これが映画初出演である。
 近作ではアンドリュー・ニコル監督の「シモーヌ」(02年)で、ヒロインのシモーヌをストーカーチックに追いかけるゴシップ記者ミルトン役や、ヤク中の等身大(笑)の日常を描いた「スパン」(02年)などが印象的。
 なお、「シモーヌ」にジェイソン・シュワルツマンが出演するに到った過程は、アンドリュー・ニコルによれば、作品に出たかったというよりは、主演のアル・パチーノとどうしても共演したくてわざわざ直談判にやってきたのがきっかけなんだとか(笑)。
 最新作はソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」のルイ16世役で、で06年公開に向けて現在製作中。

(※5)シーモア・カッセル:1935年1月22日デトロイト生まれ。インディペンデント映画の巨匠(日本語ヘン・・)ジョン・カサベテス監督作品の常連として知っている人は知っている名脇役。中年時代は単なる地味な役者って感じだったが、爺さんになってからなんとなく味が出てきたという、トム・スケリット効果な人。ウェス・アンダーソン作品では「天才マックスの世界」でマックスの父バート役を、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」では主人公ロイヤル(ジーン・ハックマン)の親友ダスティ役で出演。それぞれ味わい深い演技を見せている。

(※6)きつねのフィクジットさん:架空の町・ビジータウンを舞台に、子猫のハックルと毛虫のロウリーを中心とする動物キャラが出てくる幼児向け教育絵本(ビデオ)のシリーズに登場するキャラ。町の修理屋さんで、何でも親切に直そうとしてくれるが、不器用でトンチンカンなため、元の物とは全然違うトンデモなものばかり作ってしまう。作者はリチャード・スキャーリーで、この他にも様々な教育絵本を世に出し、全世界の母子に愛読されている。本によって訳者がバラバラなので作者名がスカーリだったり、フィクジットもミスター・フィックスイット、フィクスイットとなっていたりする。

(※7)Ouisies:南部と言えば名物はフライドチキン。これはテキサス州ヒューストンにあるレストラン“Ouisies Table”。ランチやディナーの他、ブランチや日替わりメニューがある。価格は五十一ドルから。



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