ライセンス目指して-35 「最終章 競技会に参加-1」
念願だった飛行機の訓練を始め、目標のソロフライト、ソロナビと、順調に進んだところで、
交通事故や、会社の倒産。
何度か断念しそうになって、それでもなんとか、訓練を続けてきましたが、そろそろ本当に限界がやってきました。
やっとここまで来て、これから先が、いよいよライセンス試験に向けての仕上げの訓練になり、
ゴールはぼんやり見えてきましたが、手が届く距離ではありません。
大島から帰って、数回は飛行場に顔を出し、技量保持の離着陸訓練を行ってはいたのですが、
どうやらこの辺で力尽きたようです。
操縦桿を握る間隔が2か月、3か月と広がり、ついにスクールには1年以上顔を出さず、
会員からも教官からも、忘れられた存在になってしまいました。
この頃は、8か月の失業生活の後、事務所を開設しスタッフも雇って仕事に専念。
私自身も飛行機の事はすっかり忘れた生活をしていました。
そんな時、仕事中に携帯電話に着信。
表示を見るとフライングクラブの大先輩です。
「久しぶり。最近見ないけど元気?」 忘れられてはいなかったようです。
「ところで今度の競技会、参加者が足りないんで、じゃんぷらん君も出てくれる?」
競技会とは、セスナで着陸の腕を競う競技。
滑走路にハシゴ状に線を引いて 10点 9点 8点と区分けし、車輪がついた位置の点数が高いほうが勝ちです。
まあ、飛行機のダーツ。
3回の異なる着陸方法で降りて、総合得点で競います。
参加資格は、単独飛行可能者以上。
つまり、私のような無免許でも、隣に教官が乗るので、訓練名目で飛ぶことができます。
もちろん個人競技なので、教官が手を貸したり、助言した時点で失格になります。
しかし、よく考えると操縦桿を握らなくなって1年半。
いきなり競技会に出る腕は無いのですが、また飛べる喜びが体を熱くし 何も考えずに
「出ます!」と答えてしまいました。
さあ、出ますと答えたのは良いのですが、これからが大変。
1週間で操縦を思い出さなきゃなりません。
そこで考えたのが PCのフライトシミュレータ。これで感覚を取り戻し、手順を復習します。
とはいっても忙しい毎日。あっという間に1週間が経過。
何もできないまま、とうとう競技会の当日になりました。
訓練記-5
ライセンス目指して-36 「最終章 競技会に参加-2」
そんな訳で、競技会の朝。
5時に起きてまず天気予報をチェック。
「晴か雨か?」 ではありません。「風はどっちから吹いてる?」 がポイントです。
実は、滑走路に着陸する向きによって、得意不得意があり、自分はなぜか北に向かって着陸するのが得意なんです。
地上の目標物の関係や、風の巻き込み方もあるんでしょう。
NHKの天気予報では、今日は北風。 「よしよし」
自宅を出て飛行場に向かうかと思ったら、 なぜか職場に行き、フライトシミュレータを入れたPCをオン。
最終仕上で、今日の予報の北風をインプット。
南から北に向かって着陸の練習をしてから飛行場に向かいます。
普段なら一般道で向かうのですが、今日は「訓練」のため圏央道を使います。
例の、走行車線と追い越し車線の白線をまたぐ練習。
着陸の基本は滑走路の白線をまたぐこと。
今年から競技会は「飛形点」が導入されたので、これが出来ないと減点の対象となります。
高速道路の白線のはるか遠く、滑走路エンドの600m先を想定して目のピントを合わせ、
「チェックエアスピード!」「フレアー!」 と声を出し
ハンドルを軽く引きます。
飛行機ならこれで 「キュッ!」と接地のはず。
この訓練でETCから950円が引かれました。
60ノットで飛ばしたので、職場から飛行場まで30分程度。最短記録です。
最近訓練をサボっていたので、敷居の高ーい飛行場の事務所。
バツが悪いので 「どーもー!」と愛想良く入っていきます。
競技内容は 離陸後3回の着陸で競います。
まず離陸し、900ft(300m)で場周経路をぐるっと回って
1回目 ノーマルランディング。
これは普通の着陸。フラップを30度に下ろして65ノットで進入します。
そしてタッチアンドゴーで再離陸。
2回目 ノーフラップランディング
フラップが壊れた事を想定し、使わないで降りてきます。
フラップは低速で飛ぶための大事な小翼。
これを下ろさずに、不用意にスピードを下げると失速し墜落します。
そのため普段より速い速度で進入するので、ターゲットを狙うのが辛くなります。
またまたタッチアンドゴー。
3回目 270度着陸
まず、高度1500ft(500m)で滑走路に直角に進入します。
滑走路の真上に来たら、エンジンカット。 これ以降は着地までエンジンは使えません。
グライダーになってターゲットを目指します。緊急着陸の訓練で使うワザです。
直角に進入してから 90度旋回を3回行って着地するので270度着陸と呼ばれます。
受付が終わり、飛ぶ順番のくじを引いたら14番目。 参加者は31人なので、いい場所です。
風も期待通りの北風。
・・・しかし・・・
ここでとんでもない発表がありました。
ライセンス目指して-37 「最終章 競技会に参加-3」
「参加者の皆様にお伝えします。本日は、ウエストパターンを使います」
ホンダ飛行場滑走路の場周経路は、セスナの場合、普段はイーストパターンです。
(東側の上尾・桶川方面)
経験の少ない私は、西側(川越・釘無橋 方面)は飛んだことがありません。
自動車学校の卒検で、せっかくコースを覚えて、イメトレもしたのに直前で、
「今日の試験は、隣町で行います。今から地図を配ります」
と言われたようなもんです。
あわてて地図を広げ、先輩たちに聞いて回ります。
「イーストパターンの北向きって、何処飛べばいいんですかぁ~?」
普段の東側なら、牛小屋、ゴルフ場のハウス・NTTのビル、病院、高圧線。
などと、旋回の場所と高度を覚えているのですが、西側はさっぱり。
大会を盛り上げるために、バーベキューコーナーもあり
トウモロコシが美味そうに焼けているのですが、それどころではありません。
競技は始まりましたが、14番目の私まではまだ時間があります。
「じゃんぷらん君もトウモロコシ食べてね」 の甘い誘惑を断って、地図と格闘。
短時間でなんとか旋回目標を覚え、イメトレも行いました。
が・・・・またまたとんでもないことが。
「風が変わったので、次の回からランウェイチェンジします」
つまり、北に向かっての着陸が、苦手な南向きに変更とのこと。
さて、これで覚えた経路も変更。せっかく作ったアンチョコは廃棄。
「ウエストパターンの南向き」という 未知の世界が待ってます。
卒検で乗車直前に、「さっきの隣町のコース、アレを逆に走ってね」 と、言われたようなものです。
場周経路が変わった。滑走路進入の向きが変わった。
トウモロコシは、悩んでいる間にみんなが食べて、無くなってしまった。
もうこれ以上、問題が起きません様に。
いよいよ自分の番です。
久しぶりのセスナに乗り込みます。座席の位置を合わせ、シートベルト。
エンジンチェックを行ってさあ出発!
滑走路の北の端から南に向かって離陸です。
「レッツゴッ!」 気合を入れて「フルパワー!」
離陸の時も白いラインをまたいで直進します。
ETCで950円払った成果はあったでしょうか。
55ノット(100キロ)で軽く操縦桿を引き、1年半ぶりの大空です。
75ノット(140キロ)で上昇し、第1旋回点で右旋回。
第2旋回が終わると巡航速度95ノット(170キロ)。
高度は900ft(300m)
久しぶりの空ですが、感傷に浸ってる時間はありません。
このあたりで、着陸前チェック!
パワーを絞って第3旋回点で右旋回。ココから降下開始。
通常着陸なので フラップはとりあえず20度に下ろします。
滑走路の位置と、高度計とスピード計を交互に確認。
しかし・・・「あれっ? 風に流されてる?」
地面の動きが予想と違います。
ライセンス目指して-38 「最終章 競技会に参加-4」
「ウインド 330 アット 5」
タワーから無線が入りました。
「なに~ 330度ぉ~?」
今になってまた北風に戻りました。北風5ノットです。
しかし既に進入は北から実行中。完全に追い風です。
飛行機は向かい風で降りるのが基本。
追い風だと進入中に後ろから風に押され、着陸距離が長くなります。
「タワーは ランウエイチェンジしないのか~?」
普通ならタワーから変更の指示が有るのですが、今回は競技会で込み合っているのと、
地上班も着地点で待機しているので、変更はしないつもりの様です。
滑走路は充分に長いので、安全上は問題有りませんが、
ターゲットを狙う今大会においては、かなり不利です。
「って事は・・・」 ターゲットの手前を狙うしかありません。
ですが、あまりにも手前だと、はみ出して危険です。
危険となれば、隣の教官に「操縦代われ!」と言われて 即失格になります。
そうこうしている間に最終旋回点。ココで高度は500ft(150m)
フラップを30度に下げ、速度は65ノット。毎分500ftで降下。
「よし、手前ギリギリを狙おう。早めにパワーカットだ!」
そう決めたのですが、1つ、肝心なことを忘れていました。
「エッ? 沈んだ? 」
滑走路の手前で機体が スッと沈みました。このままでは手前に落ちてしまいます。
追い風を考慮し接地点が伸びないように、普段より早めにパワーカットしたのですが、
大事なことを忘れていました。
普段の訓練は教官と2人で行いますが、今日は競技会の為、後席に次の選手が乗っています。
オモチャのように軽いセスナなので、1人増えただけで、沈みが速くなり、重心も後ろにずれてしまいます。
「パワーカットが早すぎたぁ~」
おまけにあせったようで、センターラインから機体がずれてしまいました。
センターラインをまたがないと減点です。
機体を傾けセンターラインにあわせ、ラダーを踏んで機軸も無理やり合わせます。
頭の中で「ヤベヤベヤベー」と思っている間に、車輪が接地。
接地ポイントは 10点の手前に降りてしまい6点 。
まあ、滑走路の手前に落ちて失格(と言うよりも事故)にならずに良かったです。
このままフルパワーで最離陸。
もう1周回って、2回目の着陸を行います。
上昇中に隣の教官の顔を 横目でチラッと見ます。
訓練なら隣の教官から、思いっきり怒鳴られる位の、低いアプローチでした。
さて、次は「ノーフラップランディング」 です。
ライセンス目指して-39 「最終章 競技会に参加-5」
普通は着陸速度を遅くするために、主翼の後ろからフラップと呼ばれる小さな翼を下ろします。
しかし機械に故障はつきもの。
そのため、このフラップが無くても降りられるように普段から訓練します。
これが「ノーフラップランディング」
2回目の着陸に備え 1周約6分の場周経路を回りながら、手順を考えます。
1回目のようなミスは出来ません。
ここでまたタワーから無線が入りました。
「風は北から6ノット。 さっきより強くなっています」
さらに追い風が強くなりました。
このノーフラップ着陸は、アプローチ速度が速いため、ますます着地点が伸びそうです。
またまた滑走路北側の「太郎右衛門橋」で300ft。良い角度です。
かなり速い速度で数字の「14」が近づいてきます。
滑走路の端っこでスロットル絞って 「パワーカッ・・・・・」
先ほどのミスがあったので 今回は一呼吸置いて 「・・・ット」
ユックリと操縦桿を引いて「フレアー」
6点 8点 10点 を通り越し その先の8点で接地。
まあ、さっきより上手くいきました。
さあ次は、難関の「270度着陸です」
「270度着陸」とは、エンジン故障を想定した緊急着陸訓練。
高度1500ft(500m)で滑走路に横から進入。真上に来たらパワーカット。
カットといってもスロットルを絞ったアイドリング状態。
いざとなれば、フルパワーにして上昇出来ます。
もちろん競技では、スロットルに触れば即失格。
さて、場周経路を遠回りして1500ftに上昇。
ホンダエアポートの西側から、真ん中めざし直角に進入。
真下は見えないので、近くの景色から想定してパワーカット。
これから接地まで約2分間、スロットルは触れません。
95ノットで飛んでいた機体は、エンジン絞ると機首を下げ、急降下しそうになります。
操縦桿を軽く引き、65ノットに調整。
60ノットを割ってしまうと、失速速度に近づくので、危険行為とみなされ
これまた失格になります。
まずは第1旋回点で左に90度旋回。 が・・・ これが焦っていたのか早すぎました。
滑走路に滑り込む為には、高くても低くてもいけません。
私のように内側をショートカットして回ったら、最終的に高度が高くなりすぎです。
距離を目で測って、高度計を確認。 1000FTで 第2旋回。
ここでもまた内側に食い込んでしまい、どお考えても高すぎです。
仕方が無いので、空気抵抗を増やすためにフラップを20度。
それでも足らずに、最終旋回点を大回りして高度を処理します。
この辺は パラシュートの着陸と同じ。
目安にしていた「太郎右衛門橋で500ft」(エンジン切ってるので通常よりかなり高め)
はすっかりオーバーの700ft。 最後の手段で 操縦桿を左に切って、
ラダーは逆の右足を蹴って、 機体を横滑りさせますが後の祭り。
「教官 ゴーアラウンドしまーす」
ライセンス目指して-40(最終回) 「最後のフライト」
滑走路手前でゴーアラウンドを宣言し、自己判断で着陸中止。
実はこれでも1点もらえます。
無理をして先に教官に着陸中止を宣言されたら0点。
さらに無理しすぎて危険な操縦と判断されたらマイナス5点です。
「ゴアラン! フルパワー!」
スロットルを押し込んで機体は上昇を始めます。
コックピットの前面には青い空・・・・・・
「今日が最後かな・・・」
この瞬間、ふと、そんな気がしました。
生まれて初めて操縦桿を握って、離陸した時の感激を思い出します。
初めて一人で飛んだ時の事・・・・・。
ソロナビゲーションで遠くまで行った事・・・・・。
あやうく事故りそうになった事・・・・。
名古屋空港でジェット機に追いかけられた事・・・・・。
また操縦桿を握るときは来るのでしょうか。
私の競技はこれで終わりました。
成績は 飛形点の悪さと、最後の着陸中止が響いて 31人中27位。
着陸には自信が有ったので、上手くいけば半分くらいに食い込めるかと思っていたのですが、
やはり現実は甘くありませんでした。
結局ブービー賞ももらえずに、商品は参加賞のみ。
ちなみに1位の商品は 「ミニ耕運機」
本田宗一郎杯なので、スポンサーのHONDAからの豪華商品でした。
1年半ぶりの操縦でしたが、体は忘れていないものです。
シミュレーターでの訓練や、時々行う高速道路でのラインまたぎの成果もあったのかもしれません。
さてこの後、ホンダ航空のセスナも新型を導入。アナログ計器からデジタル計器になり、
1時間当たりの訓練費用も値上がりし、ますますフライトのチャンスは薄くなりました。
そしてついに、航空身体検査の期限切れ。
毎年、羽田の空港医院で、一般より視力・聴力が厳しい身体検査を受けていましたが、
この年は結局受けることはありませんでした。
初フライトから更新してきた「操縦練習許可証」も無効になり、
これで完全に操縦桿とは縁が切れてしまいました。
さあ、この先どうするか?
飛行機をやめて、仕事に専念しようと思ったのですが、実際は逆に仕事の切れが悪くなり、
頭の回転も錆びてきて、どん詰まりになってきました。
このままではまずい。どうしようかと考えたところに、こんな女房の一言。
「スカイダイビング復帰したら?」
「そうか、その手があったか」
長年飛んできたスカイダイビングなら、簡単に復帰できます。
「なんで今まで、気が付かなかったんだろう」
そんなわけで、7年ぶりのスカイダイビングで、とりあえず空には復帰しました。
飛行機も、まだまだ諦めた訳ではありません。
ライセンスを目指すなら、もう一度スクールに入るか、それとも海外に行くか・・・・・。
この先、続編が書けるかどうか・・・とりあえずお終い