うさぎのダンス 
    或いは、うさぎ(仮称ユウキ)に対する幾つかの推論
【例えば フジミサイキョウな美女な 川島奈津子嬢】

 所は、とある水曜日の友永ピアノ教室。
「はい、これ、受け取ってね」
 にっこりと、但し、裏に何かを隠している笑顔で渡された物。
 明かに不審物ではあるが、しかし、なんだか判らないまま、迫力に負けて条件反射で受け取ってしまう。
「深い意味なんか、ないのよ?」
「なんですか、これは」
 問い掛けは、当然無視された。
「個人レッスンの細やかな感謝の印。もちろん、口実よ。
 あっ。勘違いしないでね。今更、桐ノ院さんに横恋慕なんてしないわ。ほんと、今更でしょ。
 そんな理由でもつけなくっちゃ、守村さんに変な心配かけちゃうでしょ?
 こんな時期に余計な心配かけるなんて、わたし出来ないもの」
 聞きたいことは、山ほどある。
 が、自称口下手な人間が、この状況で何ができるのだろうか。立て板に水、よくもここまで話しつづけられるのかと感心のほうが先に立つ。
「ほら、守村さんも忙しいでしょう。だから・・・・・
 あら、時間があるのなら、見てもらいたいんだけど、ダメ、かしら」
 フジミの団員でと限定してもいいが、川島嬢に逆らえる人間が何人いるだろうか。
 それは決して出会った頃の騒動が原因のトラウマではないと願いつつ、フジミの誇るコン・マスが、フジミ一の美人と形容する人物から贈られたものを不器用な仕草で開けた。
 綺麗に包んでいたものは、見るも無残なゴミとなってしまったが、それを呆れ気味に見ているちょっと首を傾げての姿は、なにかに似ている、そう、このうさぎに。
 いや、と、否定する。
 この眼差しは、このつぶらな瞳は、目前の人物ではなく、そう・・・・・
「コン・マス、忙しいんでしょ?
 相手してくれるわけないわよね?
 だから、代わりにって。ちゃんと、慰められてね?
 なにしろ、単機能型っていうのかしら?それしか見えなくなる人だから」
 守村さんのことなら、何でも判ってるのよ。と、くすくすと笑う態度に、情けなくも、海よりも深い嫉妬欲を刺激されたが、ここでそれを表にだそうものなら、後々まで尾を引くのは必至。矛先が愛らしいうさぎを代用にできる人物に向いたなら・・・・・考えるだに恐ろしい。
 しかし、これをどうしろと?
 可憐なうさぎと見詰め合う視線を、贈り主に戻した時。
「桐ノ院さん、お先に失礼しまぁす」
 いつの間に片付けたのか、深々と個人レッスンのトレーナーに帰りの挨拶を送ると、友永ピアノ教室から逃げ出していた。
 間抜けにも、1人取り残され、訂正、1人と1羽が取り残される結果になった。
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