GO GIRLS 2
 いつもは和やかなうちに終わるビオラパート会議の揉めている雰囲気を察知したのか、名前に反応したのか。
 世話人が、コントラバスを置いた。
 とことこ、と愛嬌たっぷりに。
 歩みよって、立ち止まり、悩み。
「平気?」
 心理的にも物理的にも一歩引いているのが判るのか、声をかける相手に選ばれた。
「いつもの、パート会議なんで、きにせずに」
 まさしく、「いつものパート会議」風景。
 好き勝手に話している4人の女性を、しばし、じっくり眺め。
「ああ、内海ちゃんの代わりね、よく話し合ってね。
 ・・・・・・参加、しなくていいの?」
 基本、全員参加のパート会議に明らかに参加していない態度をどう解釈されようとかまわない。
「誰かの意見に賛成するのは、益より損のほうが多いんで」
 フジミに入団して最初のパート会議で懲りてから、白紙委任で済ませている。
 ずるかろうとなんだろうと、女性ばかりの集団では、目立たず逆らわずが、一番穏健に過ごす処世術だ。


「ニコちゃんも心配してますから。
 話しあいましょ?」
 が。
「話し合いって、るみちゃんが、代わってくれなきゃ」
「だから、代わりです、代役です。首席代理です」
「それって、変じゃない?」
「変でもなんでも。
 恵子さんが戻ってくるまでの代理しかやりません」
「席は?」
「ホントは、空席にしたいとこですけど、椅子だしの手間を省くため、移り・・・・・あ・・・・」
 次期首席が、なにかに気づいた。
「いいの?」
「はい?」
「英子さんたちの席」
 形ばかりとはいえ、ひとり飛び越えての首席就任になる。
 それから生じる軋轢を心配したのだろう。
 だが、次期首席が決まっているように、その他の席次も決定済みだった。
「それは考えなくていいから。
 るみちゃんが、トップに行けば、そこはプルトごとの入れ替えってことで、後ろであたしと橋爪さんがプルトを組むって決まってるの」
「それも、悪いですよ」
「なんで?」
「だって、後ろに下がるってことは、席次がさがるんですよ?
 プライドとか、いろいろあるって話じゃないですか」
「それをいうなら、本業じゃ上の橋爪さんが、末席よねぇ?」
「そっから、考えなくちゃいけなかったんですか」
 
ちらりと視線を寄こされるが。
「いーの、いーの。
 パート会議も参加しないような人間はどんな扱いをされても文句はいえないの。
 それに、フジミで、プルトがどーの、席次がどーのって。意味ないし」
「それってぇ・・・・・・」
「相性で、プルトを決めたほうが、前向きでしょ」
 さらりと流す。勿論、その問いには答えていない。


「そーでぇーす。あたしは、るみちゃんの音が好きだから、プルト組ませてもらいましたぁ」
この場合の「プルトを組む」とは、フジミへ入団した経緯上、ワンツーマンで教える指導役を買って出るということ。
「教えた経験がないから、混乱させちゃってるのは、ごめんってとこで。
 ほんと、あたしに、もう少し自信があれば。
 あの人と別れて。あたしだけのものになって。
 って、泣いて、すがりつきたいくらい」
 「あの人」とは、彼女が個人的に習っているビオラ教室の先生である。
「椎子の大胆な告白っ。
 じゃ、わたしも」
 近々産休に入る首席を潤んだ瞳で見つめる、ふり。
「わたし、あなたの帰りを待っています。
 あなたの帰る場所を、かわ・・・りゃじゅ、守ってます」
「栄子さん、清純系で攻めてまーす」
「ふふん、るみちゃん、甘いわ。あなたは、甘すぎるの。
 栄子はねぇ、ほんとは、代わりに守ってますって言いかけたの。それだと、首席じゃない?急いで取り繕ったのよ、ねぇ?」
「あはは、いーじゃないの。そこんとこは、目をつぶんなさい。
 実をいえばさ。
 教えることはできても、責任ってなると、どこまで負えるかって自信はないんだよね」
「んーと、パーリーって、なにします?」
 席をおくM響の事情は参考にできないと、改めて確認する。
 そもそも、パーリーの仕事も知らずに決めていたのか。という至極基本な突っ込みも入らないほど、次期首席は既定の事実だった。
「前はって、・・・・・・・正直いって、あんまりなかったのよ。
 教えてくれてたのは守村さんで、いまは、栄子さんたちがしてくれるでしょ。
 曲も、守村さんまかせで。
 パーリー会議なんか、したことなかったし。
 あっても・・・・・・ええーと」
 パーリー会議も、ミーティングではなく、ブリーフィング。決定事項を、パートに連絡するだけの役目。
 やがて、言いづらそうに、言いたくなさそうに。
「フジミも本格的活動してなかったし?」
 やっと出た結論は、つまり、いままでは、参考にならない。
「そうねぇ、無理にいえば、パート内雑用ってカンジ?
 ・・・・・・・・・だから、ほんと、悪いんだけど、るみちゃんにやってほしいの」
「椎子さんたちには、冗談にでも、お願いできませんって」
 申し訳なさそうにお願いされて、笑いながら答えた。

「でも、首席とかパーリーとか、響きが重いんだって、分かって。
 それに、パート内雑用なら代理で十分。
 ほら、ニコちゃんだって、吉原さんの代理じゃないですか?」
 そうだったのか?いや、それより、吉原さんとは誰なのか。
 もうこれは、平行線で、どちらかが妥協しなければ、まとまらない。
「恵子さんが、休団中は代理。戻ってきたときに、もう一度考えればいいんじゃあない?」
「そーだね。
 そのときは、在籍期間も、るみちゃんが長くなる、んだよね?」
「腕は、椎子次第だから、どうなることか」
 しかし、やらない。とは、いってないので、妥協点はあっさりとしたものだった。

「席は、いいんです?」
「きにしないでってば。
 考えて見れば。
 パートをまとめようって人間が、背中を見せて、どうするのよ」
「え?」
「だって、前にいるってことは、パートのことなんか見てないでしょ?
 黙って俺について来い?
 ほかはどうであれ、フジミじゃ、それ問題。
 橋爪さんは、パート全体をまとめるって事で、一番後ろで見守ってて、くれるのよね?」
 聞かれて、頷いた。


 首席としての仕事は、きっちりとこなす。
 ただ、名称としては「首席代理」。
 かなり変則的とはいえ。
 パート内では誰もが納得し、支障の起きようがない人事には、世話人もコンマスも、フジミに引きずり込んだ張本人も、承認するしかなかった。
<BACK>  <TOP>  <NEXT>