『 紅の羽根 』
≪ 第三章 一、期限は十日 ≫
「おい。手前ぇそこで何してやがる。」
「・・・やだ比古さんてば、見ての通りご飯作ってるんだけど?」
「俺が言いたいのはそこじゃねえ。何で手前はまだこの小屋に居るんだ!」
日も暮れ、静かな山の中。
比古の怒声が響き渡った。
昼間、『違う過去』とやらからの連れてきた馬鹿弟子とその嫁は、この山を降りた。
そして直後に何だかサルのように人の頭上を駆け抜けて行った筈のは、何故か小屋に戻っている。
人が―――家主が出て行けと言ったにも関わらず。
「何でってそりゃ、何となくここ居心地が良くって。それから、比古さんにちょっとお願いがあって・・・。」
「・・・・・・お願い、だと?」
この時点で、比古は得体の知れない悪い予感をひしひしと感じていた。
少し前に馬鹿弟子が奥義を授けてくれと突然尋ねてきた時にも似ているが、その時より別の方向で嫌な予感。
「・・・何だか知らんが断る。」
「決断早! って話くらい聞け!!」
ここで話を聞いたりしたら終わりのような気がして、反転し外へ出ようとする比古の、背後。
は逃がす気は、微塵も無かった。
「せめて話くらい聞いて、ついでにお願いも聞いてくれなきゃこの家と窯も全部咒式で桃色に染めるわよ。洗っても擦っても落ちないんだからね!」
「どういう脅し文句だそれは!」
勿論そんな愉快な咒式など存在しない。
(だけど比古さんはンなコト知らないし。)
・・・・・・ただの悪党である。
「大した事じゃ無くて。ただ、私の剣の訓練の相手をして欲しいだけ。掃除洗濯食事の支度、全部やるから。ね、良いでしょ?良いよね?良し。良かったハイ決まり〜!」
「・・・勝手に決めるなそこの馬鹿女・・・。」
早口で捲し立てて勝手に決定してしまった。
しかも挙句の果てに。
「うん?勝手に決めるわよ、だって比古さんにも悪い話じゃないでしょ?剣客だもの、日ごろの訓練は欠かせないよね。」
「・・・・・・・・・・。」
確かに、それはあながち外れてはいない。
そして訓練というのなら、動かない無機物相手より反応を返す相手がいるほうが良いのは承知だが。
「手前そんな事言うけどな、俺の修行の相手が務まるのか?」
「失礼な!・・・・・・って言いたいとこだけど、微妙・・・?」
「やれやれ、そんなこと言ってる様じゃ論外だな。さっさと山を降りろ。」
ぶっちん。
振り向きもせずまるで蚊でも追い払うようにしっしっと手を振られて、の中の負けず嫌いの緒が切れた。
「・・・・・・なら。修行の相手が務まれば良いんだな・・・?」
「・・・あぁ?」
地獄の亡者の如き声が背後から聞こえた。
振り返ってみると、俯いたの肩が小刻みに震えていた。
「おい、」
「10日! 10日でアンタから1本取ってみせる! そしたら私の言う事聞けよな!!」
顔を上げてビシィ!と指を差す。
その強い瞳は、まるで、まるで・・・・・・。
「・・・その瞳だけはあの馬鹿にそっくりだな。」
「は?」
そう、こんな瞳は嫌いじゃない。
「・・・良いぜ。10日で俺から1本取れたらそのまま此処に置いてやる。」
「ホント?!」
「但し!そうなったら夜(も、どうなっても知らねぇぜ。」
「勿論! 夜間訓練だってばっち来いよ!」
「(ばっち・・・?) まぁ良い、警告はしたからな。」
「ええ。」
ニヤリ、と笑う男。
これはこれで楽しくなりそうだ、と。
そしてそんな思惑に気付いているのかいないのか、能天気に浮かれる女。
どうしてそんなに『此処』にこだわるのか、欠片も自覚せぬままに。
山の小屋での生活は、こうして始まった。
・・・・・・そしてこれは、その日の夕飯の一コマ。
「どうでもいいけどお前言葉遣い悪いな。」
「放っとけ!」
>>> 進
2006.10.13