『 紅の羽根 』
≪ 二、絶対的な差 ≫
比古と10日の約束を交わしてから5日目。
あれからは幾度と無く比古に挑み、しかし一撃も入れることの適わぬ日々が続いていた。
「はぁッ!!」
「・・・甘い。」
ガキィン!
「くそぅ・・・今のは自信有ったのに・・・!」
「気配の消し方が下手糞なんだよお前は。ほんの微かでも判りゃ剣を受け止めるくらい簡単だ。」
「ええ?完全に消したつもりだったんだけど・・・まだ駄目か・・・。」
深い山中に剣戟の音が響く。
そう・・・あれから5日、『剣の修行』と言った通りは咒式や魔法は一切使わず、その刀―――日本刀型魔杖剣(『蒼穹のフェンリル』の純粋な剣術のみで挑んでいた。
咒式や魔法を使えばどうか判らないが、剣術のみで比古に挑むのは無謀。
それは自身良く判っているのだが・・・それでも敢えて、剣のみで挑む。
そんな心意気を買ってか、比古にしては超絶に珍しくいちいち弱点を教えてやったりもしていた。
「むぅ。 ・・・見てなさいよ比古さん!絶対にあと5日で一本取ってやる!」
「精々気張れ。ま、万が一にも有り得無ぇけどな。」
「ムカつく言い草ッ!」
ニヤリといつもの意地悪気な笑みを浮かべたまま、焼き窯へ向かう比古。
悔しそうにその背を見つめていたは一息つくと、一人鍛錬を始めた。
今のは、剣術において比古に勝てる要素がほぼ何も無い。
身長・体重は勿論、腕力・脚力、それにリーチの長さはそのまま間合いの大きさに関わってくる。
更に比古はその体躯からは想像出来ない程の素早ささえ兼ね備えている。
が何とか互角と言えるのは、跳躍力とスピードくらいのものだ。
それすら時に追い抜かれることもしばしばで。
「・・・でも、勝てるとしたらそれしかないんだし。修行あるのみ!」
そう呟いて、深呼吸を一つ。
飛天御剣流の・・・比古の神速を超える為に、はいつか一度だけ見たある『技』の練習をしていた。
左足を前に、右足を後ろに。
軽く膝を曲げ、脚のバネを最大限生かせるように。
前に出した左足に体重の殆どを移動させ、前方に相手をイメージ。
その相手の鳩尾めがけて突き刺すような膝蹴り、をするつもりで右足を強烈に蹴り出す。
同時に左半身は右に引き摺られるようなイメージでスライドさせ、右足の着地とタイミングを合わせ左足を引き付ける。
これを初動として、そのまま勢いを殺す事無く走り出す!
そう、が試していたのはあの六連ねの鳥居の叢祠で見た『縮地』だった。
勿論正式に習った事など無いし、宗次郎の『真の縮地』は一度しか見ていない。
しかもあの『目にも映らぬ速さ』は宗次郎だからこそ成しえた速度であり、脚力で劣るが完璧に使いこなしたところであそこまでの速度は出せない。
しかし、使いこなせれば今よりスピードを上げる事は、可能。
それに一縷の望みを掛けて一人練習しているのだが・・・。
「・・・ヤバいっつーの。速度が上がるどころか落ちてるし!」
無意識とはいえ一度志々雄に向かって行った時に使いかけたそれ。
だが意識してやってみようと思えば思うほど上手くいかない。
一日目に比古とどれだけ実力の差があるのか痛感したは、それからずっと、それでも諦めずにこの訓練を続けていた。
「やれやれ・・・あいつは何をしてんだか・・・。」
窯の前に陣取った比古は、そうひとりごちた。
が縮地の訓練をひとりしているのは知っている。
その成果は僅かだが、彼女も気付かぬうちに・・・日を追う毎にスピードが増してきていることも。
だがその分、確実に過ぎた疲労を溜め込んでいる。
宣言したとおり、は家事には一切手を抜かなかった。
その上で比古と連戦、その後一人で訓練。
夜は風呂もそこそこに布団に倒れこむようにして眠っている。
「自分が今どれだけ無理してるのか判ってんのか・・・?」
その比古の懸念は、7日目に現実のものとなる。
いつもの時間に外に出ると、はそこには居なかった。
不意打ちを狙ってどこかに潜んでいることは何度かあったので、特に気にも留めずにそのまま辺りを歩く。
微風に煽られて長い髪が靡き、木々の微かなざわめきだけがその場の音。
その微かな風に乗って、風を切る鋭い―――しかし極小さな音が聞こえた、と思った瞬間。
キィィ・・・ン!!
金属の咬み合う澄んだ音色。
前方から真っ直ぐに斬り込んだの刀は、寸での処で比古のそれに止められ、弾かれた。
衝撃で数メートル吹き飛ばされたが、片膝を着き何とか無事着地する。
「・・・ちっ。」
「女がそんな舌打ちなんかするな。」
「あーもう!今日こそ絶対いけると思ったのにー!!」
「フン。この俺相手にそんな簡単にいくかよ。」
「こんの超絶自信家め・・・!」
そして、それはが悪態をつきつつ立ち上がった瞬間。
「・・・・・・あ、れ?」
「! おい!」
音も無く血の気が引いてゆくのが、やけにはっきり感じられて。
(そういや今朝から・・・何となく、だるかった・・・けど・・・。)
視界が閉ざされ、そのままの意識はブラックアウトした。
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2006.10.14