俺だけにその笑顔を

あんずの同級生・周防は密かに喫茶店でアルバイトをしている。

ひょんなことから、あんずも手伝う羽目になったのだが・・・。

「お前!何度言ったらわかるんだよ!このカップは磁器だから普通の洗剤洗うなっつだろ!?」

「だって、みんな同じ様な模様でわかんないだもん!」

火と油は絶対に混ざることはできない・・・といわれるように、あんずと周防もことある事に衝突していた。

それでも、周防の心を盗むためにあんずは喫茶店の手伝いに通った。

最初は、けげんな顔をしていた周防も少しずつだがあんずを受け入れ始めていたのだが・・・。

「ありがとうございましたー★」

あんずは必死に営業スマイルを振る舞う。

自分で言うのもなんだが、結構お客には好印象を与えていると思うあんず。

少しでも店のためにやっている所を周防に見せたいと思っていた。

「お、やっぱり若い子の笑顔はいいねぇ。しかも、こんな可愛い子なら尚更だな」

「えー♪そうですか♪そんなこと言われたらもう一杯おかわりサービスしちゃいますよー★」

必死に営業スマイルを見せるあんず。しかし、なんとなく周防のためとはいえ、おもってもいないことを言ったりしているのは気持ち的に疲れてくる。

そんなあんずの気持ちを見抜くように周防は、厳しい表情であんずを見つめていた。

「ありがとうございましたー★」

「あんずちゃんのおかげで最近、客も増えてきたなぁ。やっぱりその笑顔がいいんだろうね」

青木が洗い物をしながら言った。

「えへへー。そんなことないですよ★でも、この笑顔が役に立つならどれだけでも笑っちゃいます」

「・・・。何が笑っちゃいますだ」

「え?」

テーブルを拭きながら周防は言った。

「ちょ・・・。ちょっとそれ、どういう意味よ!」

「安っぽい笑顔見せられちゃ客がたまんねぇつってんの!」

「な・・・なによ!あたしのどこが安っぽいっていうのよ!」

“安っぽい”の一言はかなりズキッときた。

少なくとも・・・。周防のために必死に笑ってきたのに・・・。

「客にこびうってるだけじゃねぇか。客はちゃんと見抜いてるぜ。本当に気持ちを込めるかどうか」

「あたしが気持ち込めてないって言うの!?」

「少なくとも、客に感謝してるって顔じゃねぇぜ」

「あたしは誰のために・・・っ」

「・・・」

誰のため、まさか

「周防のため」とも言えず、あんずは言葉をのみ込んだ。

「青木さん、私、ゴミ出してきます・・・」

「あ・・・あんずちゃん」

あんずはうつむいたまま店の裏口へと出ていった。

「周防君・・・。ちょっと言い過ぎじゃ・・・」

「・・・。いいんですよ。あのくらい言ったって・・・」

しかし、周防もやはり言い過ぎたと思う。いや、それより・・・。

あんずのためを思ってというより・・・。

誰にでも笑顔を見せるあんずを見ていて無性に腹がたって・・・。

カラン。

その時、一人のおばあさんが店に入ってきた。

きれいな着物を着た清楚な雰囲気のおばあさんだ。

「あの・・・。こちらに望月さんとおっしゃるお嬢さんはいらっしゃいますか?」

「え?」

にっこりとおばあさんは笑って周防に尋ねた。


「もう・・・!周防君のバカ!」

店の裏でごみ袋をぎゅっと縛るあんず。

「誰がバカだって?」

「す・・・周防君!」

「ちょっと来いよ・・・。お前に客だぜ」

「え?」

自分に客?あんずは心当たりがないな・・・と首をひねって店に戻った。

「あ、おばあさん!?体の方はもうよろしいんですか!?」

「ええ。おかげさまで・・・。どうしても貴方に一度お礼を言いたくて参りました」

おばあさんは、ありがたそうにあんずの手を握って言った。

「そんなわざわざ・・・」

「いいえ。どうしても直接お礼が言いたかったんです・・・」

おばあさんは事のあらましを少しずつ話し始めた。

3日前のことだ。ちょうどその日は周防の休みの日であんず一人店を手伝っていた。

その時、店の前で胸を苦しそうにしているしゃがみこむおばあさんを見つけた。

あまりの暑さでめまいがしたという。あんずは店におばあさんを休ませた。

そして、一杯の水をおばあさんに飲ませたのだった。

「その時のお水が本当においしくて・・・。たった一杯の水なのにすごく体が楽になりました」

「あの日は本当に暑かったから・・・」

「私が苦しそうにしていても知らん顔で通り過ぎる人ばかりだったのに・・・。本当に美味しいお水でした。あの・・・。それで、もう一度、ここのお水を頂きたいのですが・・・?よろしいでしょうか?お水一杯注文は・・・?」

おばあさんは申し訳なさそうに言った。

しかし、あんずはにこりと微笑んで、青木と周防に

「お水一杯おねがいしまーす!」 と、微笑んだ。

「はい。わかりました。周防君、冷蔵庫から新しい氷だしてきて」

「はい!」

周防と青木も快く注文を承けた。

カウンターで氷をアイスピックで砕く周防。

窓際のテーブルでおばあさんと仲よさそうに話すあんずを見ていた。

自分が知らない間にそんなことがあったのか・・・。

さっき、自分はあんずに

「安っぽい笑顔」だなんて言ったが・・・。 (・・・。いい顔してるじゃねぇか・・・)

おばあさんを見つめるあんずの笑顔に周防の心もポッとあたたかくなる。

しばし、周防はあんずの笑顔に見とれている。

「周防君。周防君」

「は・・・はい!」

「氷、割りすぎだよ・・・」

「え・・・」

氷、1p以下にわれております。

「あ、あははは・・・。俺、細かい氷好きなんで・・・。あははは・・・」

照れ笑いの周防だった。

「あの・・・。本当にお代はいらないんでしょうか?」

「はい。お水だけですから」

レジであんずがおばあさんから受け取った500円玉をおばあさんに返した。

「では今度は、主人とまた参ります。主人はコーヒーがすごく好きなので・・・」

「はい。お待ちしております!有り難うございましたー!」

あんずは、おばあさんの姿が見えなくなるまで見送った。

いつまでも・・・。

そのあんずの背中を周防が優しく見つめていた。

「あ、そうだ。ちょっと買い出しに行って来るよ。あんずちゃん、周防君、店お願いね」

青木はちょっとわざとらしく、店を出ていった。

二人とも青木がなんとなく気を利かせた様な気がした。

「・・・」

「・・・」

店に二人切り。お客もいなくて、静かだ。

妙に・・・。息が詰まる。

沈黙が続く。

「あのおばあさん・・・。水一杯がうまいって言ってたな」

「う・・・。うんそうだね」

「なんかさ・・・。すごくいいよな。入れたコーヒーが上手いって言われるのも嬉しいけどさ。ここで飲んだ水一杯が上手くてそのお礼に来たなんてさ・・・」

「そうだね・・・。周防君。ごめんね」

あんずは周防に頭を下げて謝った。

周防はちょっと面食らう。

「な、なんだよ急に」

「だって・・・。周防君の言ったこと、本当だったの。あたし、お客さんに気に入られようってばっかり考えてた。あのおばあさんの様に本当に感謝の“ありがとう”って気持ち、忘れてた」

素直に自分の非を話すあんず。あのおばあさんの握った手のぬくもりがすごくあんずに伝わった。

「わ・・・。わかりゃいいんだよ・・・。俺もちょっと言い過ぎた・・・。悪かったな・・・」

「ううん。あたしこそ。言ってもらってよかった。だから、これからも、びしばし、遠慮無く何でも言ってね。あたしも頑張るから・・・」

「望月・・・」

あんずの満面の笑顔が周防の心を捉えた。

グッととらえた・・・。

「お前・・・。他の男客に・・・」

「え?」

「見せすぎなんだよ・・・。その笑顔を・・・。俺・・・何だか悔しくて・・・」

「えっ・・・」

周防の言葉にあんずの胸はドキッと高鳴った。

見つめあう二人・・・。

自然に距離は近づいて・・・。

しかしその時。

カラン・・・!

客が2,3人入ってきた。

ハッと我に返る二人。

「い・・・。いらっしゃいませ・・・!」

あわてて注文をとるあんず。

しかし胸はまだドキドキ言っている。

あんずは注文を取り、周防に言う。

「えっと・・・。アイスコーヒー2つです・・・」

「お・・・おう・・・」

注文票を周防に渡すとき、周防はあんずの耳元でぼそっと言った。

「俺以外に・・・あの笑顔は見せるなよ・・・」

周防の息がかかってくすぐったい。

あんずはこくんと深く頷いた。

「おーい。お水まだぁー?」

客が大声で言った。

「あ、はい、ただいまーー」

あんずはあわてて客に水を出した。

耳がまだくすぐったい・・・。

周防の声がドキドキさせる・・・。

冷房が効いているはずなのにあんずは体が熱い。

あんずは周防との距離がすごく近くなった気がして嬉しかった。

『心を盗む』とうこと等忘れるくらいに、あんずの心は周防の一言で埋まっていたのだった。

“俺以外に・・・。あの笑顔は見せるなよ・・・”

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