第11話 蝕む毒

小夜から借りた着物・・・。

風馬が吐いた血で桃色が真っ赤に染まってしまった・・・。

その風馬は・・・。

今は床で静かに眠っている・・・。

静かに襖が開いた。

着物を持った小夜・・・。

「かごめ・・・。あんたとにかく着替えな・・・」

「・・・。いいです・・・」

「だけどそのまんまじゃ・・・」

「風馬さんの血ですもの。平気です」

心痛そうにかごめは風馬の手を握った・・・。

「かごめ・・・あんた・・・」

(”女”の顔してる・・・。マジ惚れだね・・・)

「小夜さん・・・。風馬さんは一体どこが・・・。知っているんでしょう?ねぇ知っているんでしょう!??」

切羽詰まった声でかごめは小夜に詰め寄る。

「た・・・。だたの疲れさ。長旅だったんだろ?何も知らないよ。悪いけど」

小夜はかごめから目をそらした。

「嘘ッ。疲れだけで血を吐くわけないわッ!ねぇ、教えてくださいっ。お願いしますッ。お願いしますッ」


必死に訴えるかごめに小夜は根負けし、静かに話し始めた・・・。

「・・・。あんたを預かってくれと頼まれたとき・・・」

『かごめをよろしく頼む』そう小夜に頭を下げた風馬。

戦で数々の名誉を掴んできた武士が惚れたおなごのために頭を下げるただの男になった・・・そう思った小夜だった。

それが嬉しかった。

だが・・・どこか風馬の様子が妙にも感じた。

緊迫した何かを・・・。

『風馬、あんた何か隠してないかい?あんたはわかりやすいタチだからね。顔色見りゃなんとなくわかる・・・』

何度、風馬に訊ねても風馬は口を噤む。

しかし、風馬が激しく咳をした時・・・。

微かに手に血がついていたのを見逃さなかった・・・。

『風馬あんた・・・』

小夜は何度も何度も風馬を問いつめた・・・。

しかし頑として口を開かない風馬に小夜は『真実を話さなければかごめは面倒見ない』と言った。

そして絶対にかごめには言わないという約束をして自分の体の事を話したのだ・・・。


「・・・毒!?毒ってまさか・・・」

「そう。佐助と同じだよ。昔・・・風馬が使えていた君主の罠で食らった毒が原因さ・・・」

風馬からその話は聞いていたが・・・。

「そ、そんなでも、風馬さんだけは助かって今まで何ともなかったんじゃ・・・」

「『今まで』はね・・・。風馬は人間離れって思うほどに頑丈な体の男だ。でも微量の毒は・・・。長い年月をかけて少しずつ少しずつ風馬の体を蝕んできたって・・・。そして体中に骨まで毒が回って症状がでてきたらしい・・・。最後は・・・。うちの馬鹿亭主の佐助と同じだろうって・・・」

「そ、そんな・・・!嘘・・・!!あたし・・・。あたし・・・ずっと一緒に旅をしてきてどうして気づいてあげられなかったの・・・!!ずっと一緒にいたのに・・・ッ!!どうして・・・っ」


混乱し頭がパニックになるかごめ。

「あたしが旅についてきてしまったから・・・。だから風馬さんに負担がかかって・・・。だから風馬さんが・・・っ」

記憶がない自分をいつも風馬は助けてくれた・・・。

いつもそばに・・・。


いてくれた・・・。

「・・・。今は自分を責めるより・・・。風馬の側にいてやんな・・・」

「小夜さん・・・」

小夜は新しい着物をそっと背中からかごめにかけてくれた。

「明日一番で医師をよぶからね。それまで風馬の事たのんだよ・・・」

小夜は桶の水をかえに部屋を出た・・・。

かごめは、風馬の手を握った・・・。

(・・・こんなに冷えてる・・・)

「はぁ・・・。フゥ・・・」

かごめは風馬の両手を包み込み、息をかけてこすって温める・・・。

何度も何度も・・・。

(・・・風馬さん大丈夫・・・。きっと大丈夫だからね・・・)



チュン・・・。

庭の松の木の枝に雀がとまる・・・。

障子の隙間から朝日が漏れ、座ったまま眠るかごめの頬に当たる・・・。

「ん・・・」

目が覚めると・・・。

「風馬さんがいない!?風馬さん!!」

かごめには風馬が着ていた筈の掛け布団が掛けられ布団はもぬけの殻だった・・・。

かごめの声に駆けつけた小夜。

「かごめ、一体どうしたんだい!?」

「風馬さんがいないの!!」

「え!?今医者を連れてきたのに・・・。おい、みんな!!あつまっとくれ!!」

小夜は宿の男衆と女中を呼び集め、宿中、風馬を探させた。

「風馬さん、どこ!?」

ヒヒィン・・・。

かごめが宿の裏に来たとき・・・。

馬小屋の方から掠れた鳴き声が・・・。

「彗・・・」

(風馬さんの声!)

「風馬さん!!」

ギィッ。

木戸を開けると・・・。

藁の布団に体を横たわせる風馬の愛馬の彗・・・。

風馬は少し膨らんだ彗の腹を静かに撫でていた・・・。

「風馬さん!何してるんですか!」

「かごめ・・・。どうしたんだ。そんなに慌てて」

「あ・・・慌てますよ!!急に風馬さんいなくなるんだもん!昨日倒れたのに・・・」

「ああ、すまなかったな・・・。でももう大丈夫だ」

「ぜ・・・全然大丈夫なんかじゃないです。あたし、どれだけ心配したか・・・っ」

風馬の血の色が鮮明に覚えている・・・。

すごく怖かった・・・。

「すまなかった。心配かけて・・・。でも朝目が覚めたら彗の鳴き声が聞こえて・・・。どうしても気になったから・・・。かごめ、手を・・・」

「え?」

風馬はかごめの手をそっと彗のお腹にあてた。

彗の腹は心ばかり少し膨らんでいる・・・。

「風馬さん、もしかして・・・」

「ああ。彗は身ごもってる・・・。全然気がつかなかった・・・。全く。俺としたことが・・・。腹に子供がいるのに長旅につき合わせしまった・・・」

申し訳なさそうに風馬は彗の鼻を撫でた・・・。

ヒィン・・・。

風馬の気持ちがわかるのか彗は優しく鳴く・・・。

「この感じだと近々うまれるだろう・・・。俺が立ち会わないと・・・。彗は俺以外の人間は嫌がるから・・・」

優しい眼差し・・・。

まるで母親の様に彗の腹をなめらかにさする風馬・・・。

かごめはそんな風馬の眼差しが切なく切なく見えた・・・。

そして本当に優しく・・・。


「不思議なものだ・・・。ここにもう一つ・・・。命がある・・・。どこから来たのか・・・。男には到底分かるはずがない感覚なのだろうな・・・。不思議で・・・。どこか懐かしくて・・・あたたかい・・・。どこか・・・。かごめ。お前に似ているな・・・」


風馬の声が本当に本当に穏やかで優しい笑顔・・・。


自分の体が毒に冒され病んでいるのにどこからこの声が出てくるのだろうか・・・。



「なっ・・・。な、何故泣く。お、俺は何か気に触ることをいったのか・・・?」

かごめの涙に慌てる風馬。

かごめは俯いたまま顔を横に振った。

「ならどうして・・・」


「風馬さん・・・。毒の事聞きました・・・」


「・・・」


「自分の体が大変なのに・・・。彗の事ばっかり・・・。あんまり優しいからなんだかあたし・・・堪らなくて・・・。あたし・・・。言葉が見つからなくて・・・。あたし・・・あたし・・・」


かごめは思わず声を震わせる・・・。


「じゃあお互い様だな・・・」


「え?」


風馬はそっと着物袖口でかごめの涙を拭った。


「自分が大変な時でもかごめ、お前は人のために泣いたり笑ったりするだろう・・・?。だからお互い様だ・・・。な」


風馬の笑顔・・・。


数少ない笑顔・・・。


かごめを励まそうとする風馬の笑顔は今まで見た中で一番・・・。


温かい・・・。


「風馬さん・・・」


風馬の気遣いが伝わってきてかえって辛く・・・。


「かごめ。俺は大丈夫だ。毒などにはやられない・・・。大丈夫だから・・・」

「本当ですか・・・?」

かごめは確認するように風馬の着物の袖を掴んだ・・・。

「ああ・・・。本当だ・・・。だから泣くな・・・」


かごめ背中を父親の様に大きな手のひらで撫でる・・・。

とても安心する・・・。


(何だか・・・彗の気持ちが分かる気がする・・・)


人の痛みを知っている・・・一番優しい手・・・。


安心しきったかごめは・・・。


再び眠気が訪れ風馬に寄りかかった・・・。


温かな藁の中で・・・。


かごめは一人、眠った・・・。

「・・・。かごめ・・・。すまない・・・」



「・・・ごめ!かごめ・・・!」

小夜が眠るかごめを揺すって起こす。

「え・・・?あれ・・・。小夜さん・・・」

藁の中で眠っていたかごめ。そこには、風馬の姿はなかった・・・。

「風馬さん!?風馬さんはどこ!?」

「風馬って・・・。あんた風馬、ここにいたのかい!?」

「うん。風馬さん、彗のお腹に赤ちゃんいるから心配で見に来てたって・・・。でもそのうちあたし、またねむちゃって・・・」

慌てるかごめに、宿の女中があわてて小夜を呼びに来た

「姐さん!!大変です!!」

「どうしたんだい!?」

「さっき、村の奴が風馬の旦那が船着き場から小舟を漕いで沖の方へ出たって・・・」

「風馬が一人で沖へ・・・!?」


「!」

「あ、かごめ・・・!!」

かごめは馬宿を飛び出した。

船着き場まで走るかごめ。

そして漁専用の小舟に飛び乗り、止め縄を外しゆっくりと海にこぎ出す・・・!

「かごめー!!何やってんだい!!すぐもどってきな!!」

かごめのあとを追ってきた小夜が叫ぶ。

「かごめーーー!!戻ってきな!沖は潮の流れが速くて・・・」

「ごめんなさい、小夜さん!あたし・・・じっとしていられないの・・・!」

しかしかごめは小夜に振り向くこともせず懸命に漕ぐ。

あっという間に・・・かごめが漕いだ船は小さく見えなくなった・・・。

「くそっ・・・!ったく・・・。風馬の奴もかごめも突っ走りやがって・・・!!おい、みんな!すぐに大船の用意しな!!」


小夜は宿で一番大きな船を急いで用意させたのだった・・・。




「ハァ・・・ハァ・・・」

見えるのは青い空と波だけ・・・。

砂浜がぼんやりと見える位にかごめの船は沖まで来ていた・・・。


(風馬さんどこ・・・。どこにいるの・・・)


かごめが辺りを見回すと・・・。一艘の船が波に揺られている・・・。

(あれだわ、きっと・・・!)

かごめは力を入れて急いでその船に近づいた・・・。


「風馬さん・・・!!」

船の中の風馬は胸を押さえて苦しそうに横たわっていた。


「風馬さんッ!!」

かごめは風馬の船に飛び乗り、風馬を抱き上げる。

「風馬さん!!風馬さん!!お願い目を開けて!!しっかりして!!」

かごめが呼びかけるが風馬は気を失って・・・。

「風馬さんッ!!」

さらにかごめはハッとあることにきづいた。

ボコボコ・・・ッ。


船底の穴から水が入ってきていた・・・!


(このままじゃ舟が沈んでしまう・・・!)


バシャッバシャッ。

かごめは両手で溢れてくる水を掻き出すが、どんどん水は舟の中に溜まっていく!

「だめ・・・!!こんな所で死ねない!!駄目・・・!!!」

かごめは風馬の肩車して自分が乗ってきた舟に運ぼうとした。


グラッ。

立ち上がった二人の重みで舟が揺れる


「きゃあああ!!」

ザッパーーンッ!!

舟が横転し、かごめと風馬は海の中に・・・。


ゴボボボ・・・ッ!

気を失っている風馬の体は鉛の様に重く、どんどん沈んでいく・・・。


(駄目・・・ッ!!死ぬなんて絶対に駄目・・・ッ)


かごめは風馬の右腕を力一杯引っ張ってなんとか、水面に、光が反射する水面にはい上がる。


あの光の射すところへ・・・!


光の射す方へ・・・!


水面から差す光に・・・手を伸ばす・・・。


手を・・・


うっすらと風馬の目が少しだけ開いた・・・。


(かご・・・め・・・)


太陽の白い光に包まれるかごめが・・・。


光って見えた・・・。



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