永遠の白い羽根 最終話 永遠の白い羽根 〜希望〜
「かごめ、もう本当に大丈夫なのか?」
「うん。だってぐずぐずはしてられないわよ!奈落を追わなくちゃ!」
リュックの紐をぎゅっと締め、新たな旅立ちを決意していた。
階段のおりて、玄関の暖簾をぐくったかごめを小夜が後を追う。
「おーい!ちょいとお待ちよ!コレをもっていきな!」
小夜は犬一行はに握り飯を渡す。
「ありがとう・・・。小夜さん、本当に色々お世話になりました」
「礼なんてなしさ。袖刷りあうのもなんか縁っていうし・・・。」
気風がいい小夜の笑顔がかごめは嬉しい。
「おう。ちょいと犬のガキんちょ」
「ガキンチョって言うな!なんでいッ!」
「・・・。”あいつ”の分も・・・。かごめのこと、まもるんだよ!いいね!」
犬夜叉の肩をぐっと掴む小夜・・・。
「・・・。けっ・・・。わかってらぁ・・・」
ぶっきらぼうな応えだけど、
犬夜叉の意志は固い。
「じゃあ・・・。小夜さん、本当に色々ありがとう・・・!お元気で・・・!」
小夜に深々と頭を下げ、かごめ達は村をあとにした・・・。
そのかごめの後姿を・・・。
宿の一番左の格子戸から見つめている・・・。
切なげで優しい瞳で・・・。
”元気で・・・。かごめ・・・”
「・・・?」
かごめは何か呼び止められたように宿を振り返る。
「どうした?かごめ」
「う、ううん・・・。なんでも・・・」
誰かが・・・。
見ている気がした。
いや見守っているそんなあたたかな視線を・・・。
かごめは何故かあの羽根を思い出した。
「いくぞ!かごめ!」
「あ・・・。う、うん・・・」
(なんだろう・・・。今の感覚・・・)
首をかしげながらもかごめは・・・。
村を後にした・・・。
格子戸からかごめを見送った風馬・・・。
あの羽根を静かに胸にあててかごめの旅路の無事を心から
願ったのだった・・・。
"ありがとう・・・かごめ・・・"
※
「ゴホ・・・ッ。ガハガハッ・・・!」
咳と共に吐き出す血の量が増えた。
白い手拭いは赤く染まる。
「水だよ。風馬・・・」
「すまない・・・」
布団に横たわる風馬は重そうに体を起こし、小夜から冷たい水の入った椀を受け取る。
かごめが村を出て一週間。
風馬の病状は回復した前より酷くなってきている・・・。
胸の痛みも長く持続する。
痛みで吐き気さえする。
強靭な体の筈の風馬の体も悲鳴をあげている。
それでも風馬は効くはずの薬。
かごめが体を張ってとってきた薬を飲み、
痛む体を引きずって、馬小屋に行き、愛馬の星流(愛馬の名前)の毛並みや爪をとぐ。
「すまんな・・・。最近手入れしてやれなくて・・・」
星流は風馬の気持ちがわかるのか心配そうに
ヒーン・・・と鼻をこすりつける。
そして、星流の子馬も・・・。
「もう一人で立てるように、歩けるようになったのか・・・。よし・・・。いい子だ・・・」
しっかりと4本の足でたっている・・・。
産まれたばかりの馬はしばらくは一人で立ち上がることはできない。
だが、誰も助けてはくれない。自分の足で
自分の力で立ちあがらなくてはならないのだ・・・。
だけど・・・。見守ってくれるのは母馬・・・。
「お前の子馬に名前をつけてやらねばならないな・・・。そうだな・・・」
優しくてくるくるっと瞳・・・。
白くてふわふわの鬣(たてがみ)は似ている・・・。
浮かぶのは・・・。
「”かごめ”ってつけたら・・・。ちょっと少女趣味か・・・?ふふ・・・。でもな、
この世で一番オレが好きな名前なんだ・・・」
一番、綺麗で強い名前・・・。
風馬はなんとも愛しげに”かごめ”を体をさする・・・。
バアン!
「風馬!何やってんだい!そんな体で・・・」
小夜が怒鳴って馬小屋の戸をあけた。
「何って・・・。馬達の手入れをな。最近してやってなかったから・・・」
「ばかいってんじゃないよ!病人はとっとと布団で寝てな・・・!」
しかし風馬は小夜の言葉も無視して星流たちのために今度は藁を積み始める。
「体を動かしていた方が気分がいいんだ」
呆れ顔の小夜。
「風馬・・・。やっぱりかごめを呼び戻したほうがいいんじゃ・・・」
「もうその台詞はなしだ。小夜・・・」
「だけど・・・」
「小夜・・・。俺は・・・不思議と何故か安心してるんだ・・・」
「安・・・心・・・?」
毎日、激しい胸の痛みと吐血の繰り返し・・・。
衰弱もして顔色も悪いのに・・・。
何故・・・。
「・・・小夜・・・。俺は・・・。戦で幾千の命を奪ってきた・・・。口でならいくらでも謝れる・・・」
「・・・。だからなんだってんだい・・・。戦で民の命を奪ったのはあんただけじゃないだろう・・・?あんた一人責任を
感じることは・・・」
「・・・こうして・・・。潮の香りが心地いいと感じることも・・・。
親友の馬達の世話をしたり・・・。そんな当たり前の事がいかに大切で幸せなことなのか・・・。そういう”幸せ”を俺は沢山うばってしまったんだ・・・」
「病人がいちいち理屈っぽいこと考えなくていいんだよ。それより自分の体の事を第一に・・・。何だい・・・?その羽根は・・・」
風馬が懐から出した羽根。
「オレの”タカラモノ”さ。フフ・・・。オレの”愛のしるし”なんてな・・・ハハハ・・・ッ」
「・・・あ、愛・・・(汗)」
「あ、今、小夜、お前、”柄じゃない”って思っただろ・・・?フフ。俺もそう思うよ。ハハ・・・ッ」
風馬の口から”愛”なんて言葉が出るなんて。
堅物の風馬から。いや、そんなことより不思議なのは・・・。
この風馬の笑顔・・・。
少年のような笑顔・・・。
「風馬」
「なんだ・・・?」
「あんた・・・」
子馬を抱いて、じゃれあう・・・。
見たこともない笑顔・・・。
「・・・。いや・・・なんでもない・・・」
どうして笑えるのか。
苦しいはずなのに。
命の期限がいつくるかわからないのに・・・。
「あ・・・ッコラ・・・。こらこら、着物をひっぱるなって。ハハ・・・」
開き直っているわけじゃない。
例えどんなに辛い状況でも、
人が笑えるのはそこに・・・。
”希望”があるから・・・。
揺ぎ無い・・・。”希望・・・”
そう。白い純白の羽根のように。
風馬にはあの羽根がある。
ひとりじゃないと思える・・・。
「あ、犬夜叉、ちょっと止まって・・・!」
犬夜叉の背中に乗り、森の中を移動中のかごめ。
羽根を落とし、木の葉の上に落ちた羽根を拾う。
ずっと手にもっている羽根に疑問を持つ犬夜叉。
「おう。かごめ。その羽根なんだよ?」
「え・・・?うん・・・。綺麗でしょ・・・?」
「なんで大事にもってんだ?」
「・・・なんでって・・・」
理由はわからない。
でも・・・。
大切に、大切に、胸に持っていたいと強く思う・・・。
「きっと神様が幸運のお守りなのよ。希望をくれる・・・」
かごめはもう二度と落とさぬよう、お守り袋に羽根を入れ、
再び胸に閉まった・・・。
「けッ。女ってのは好きだよな、そーゆーの・・・」
「何よ。あんた人の”お守り”にまで妬いてるわけ?どこまで嫉妬深いのよ」
「ば・・・ッ(照)馬鹿いってんじゃねぇよ!」
「あ、犬夜叉、前、ちゃんと見て!前〜!」
いつもの痴話げんか犬夜叉とかごめ・・・。
森を走る。
かごめの胸には羽根を潜めて・・・。
※
汗が出る。
嫌な冷や汗・・・。
やせ衰えた腕。
戦で鍛え上げられた逞しい筋肉は何日も食していない農民のように
細く白く・・・。
「風馬・・・。水飲むかい・・・?」
「・・・」
息をするのも辛そうで、やせた頬の風馬は静かに首をよこに振った・・・。
風馬とかごめが別れ、2ヶ月たった・・・。
風馬は何度も襲ってくる発作と闘った。
激しい咳、吐き出る血・・・胸の痛み・・・。
「辛い」の言葉も出さず必死に戦った。
しかし・・・その疲労と体の衰弱は限界にきていると小夜は感じていた・・・。
「風馬・・・。何か食べたいかい・・・?」
「今は・・・いい・・・」
声を発するのもかすれ、掠れた声・・・。
「風馬・・・。本当は今、あんたの横にいるべきなのはあたしじゃいけないんだよ。かごめじゃないと・・・」
激しく首をふって否定する風馬・・・。
「かごめは・・・いる・・・。こ・・・こにいる・・・」
羽根を握り締め、そうつぶやく風馬・・・。
風馬いつも、羽根を握り締めて眠る・・・。
痛みで眠れない夜でも羽根を持つと眠れるから・・・。
夢の中で・・・かごめに会える気がするから・・・。
「でもさ・・・。風馬・・・。あんたは我慢できるのかい・・・?本当に・・・。かごめが生きて行く上で風馬、あんたがいなくても・・・。
耐えられるのかい・・・?」
「・・・オレの・・・生きた意味は・・・”これ”とであったこと・・・だ・・・」
羽根をじっと愛しげに見つめる風馬・・・。
「ふッ・・・風馬・・・。その羽根は・・・。今のあんたにとってかごめそのものなんだね・・・。
”希望”そのもの・・・」
風馬は深く頷いた。
「”希望”か・・・。人は・・・それがないと生きていけないって本当だね・・・。あたしの希望はなんだろう・・・。
ねぇ風馬どう思・・・」
小夜の問いに答える前に風馬は、静かな寝息をたてていた・・・。
小夜は優しく微笑んで風馬に静かに掛け布団をそっとかけた。
「・・・。風馬・・・。夢の中でかごめに会えるといいね・・・」
そう一言つぶやくと・・・小夜は部屋をあとにしたのだった・・・。
”風馬さん・・・”
声が聞こえる・・・。
この世で一番好きな愛しい声・・・。
”風馬さん・・・”
呼んでいる・・・。
自分の名を・・・。
「・・・かご・・・め・・・!?」
潮の香りで目を覚ます風馬・・・。
気がつけば、障子の隙間から橙の夕陽の光が差し、夕方になっていた。
(・・・ずっと眠っていたのか・・・)
風馬はハッとした。
羽根が・・・。
ない。
ない。
手に握り締めていたはずの羽根。
大切な、大切な羽根。
「羽根・・・。オレの羽根は・・・どこ・・・いった・・・」
羽根は足元にあったが・・・。
「あ・・・」
ヒュウッ・・・。
羽根は格子から風に乗って外に飛んでいく・・・。
「待って・・・。待ってくれ・・・待って・・・」
朦朧とした表情で風馬・・・。
ふらつく体を押して、風馬は羽根に導かれるように
砂浜に足を運ぶ・・・。
サク・・・サク・・・。
サラサラの砂浜に風馬の足跡がつく・・・。
羽根の行方を見失ってしまった風馬・・・。
「どこへ・・・何処へいったんだ・・・。羽根・・・オレの・・・」
あの羽根だけは失くしたくない。
あれだけは、
あれだけは
あれだけは・・・!
「ない・・・。オレの羽根・・・ない、ない・・・ない・・・ッ!」
バシャバシャバシャッ!
波打ち際を走り回り、
砂を両手で掘る。
狂ったように夢中で、両手で掘って掘って堀まくる・・・。
失くしたくない
失くしたくない
失くしたくはない・・・
希望・・・。
唯一の・・・。
「・・・ガハ・・・ッ!!!」
激しい咳共に・・・波に血が赤く飛び散る・・・。
「グ・・・ッ。グゥ・・・ッ・・・」
全身に痛みが走り・・・
風馬の体は波打ち際に倒れた・・・。
長い黒い髪が海水に濡れて・・・。
冷たい海水が風馬の体を冷やして濡らす・・・。
細くやせた体が波に浸かる・・・。
(オレの・・・羽根・・・。何処に・・・)
意識が朦朧とする中・・・。
スウーっとまるで引き寄せられるようにあの羽根が風馬の手の平に波に押されて戻ってきた・・・。
「あった・・・。よかった・・・。よかった・・・」
静かに羽根を握り締める・・・。
自分の希望・・・。
”風馬さん・・・”
かごめの声・・・。
”見て・・・”
ぼんやりとかごめの声がする方向を見ると・・・。
「ああ・・・」
大きく、あたたかい、夕陽が風馬を見つめていた・・・。
「かごめ・・・。お前・・・。この夕陽を・・・オレに見せてくれたのか・・・?」
羽根に問いかける・・・。
きっとそうに違いない・・・。
”元気出して”
そう聞こえる・・・。
「ありがとう・・・。かごめ・・・」
いっぱい、ありがとうを言いたい。
沢山、大切なことを、大切なものを教えてくれた。
もらった。
どんなに辛くても最後まであきらめてはいけないこと。
人は、絶対にひとりではないこと・・・。
そして・・・。
いつでも希望を捨てないこと・・・。
絶対に、絶対に
捨ててはいけないこと・・・。
「・・・ありがとう・・・。かごめ・・・おれは・・・幸せだ・・・。幸せだった・・・」
例え、かごめ・・・お前の中にオレがいなくても・・・。
オレが・・・
消えたとしても・・・。
オレは・・・。
「幸せに・・・。誰・・・より幸せ・・・だった・・・」
夕陽がぼやけてきた・・・。
体の感覚も薄れて・・・。
怖い・・・。
消えたくないよ・・・。
消えたく・・・。
でも・・・。
今・・・願うことは・・・
最後の願うことは・・・
「かご・・・め・・・。しあわ・・・せに・・・」
想う人が幸せに生きること・・・。
笑って・・・。
希望を忘れずに・・・。
「きっと・・・いつ・・・かあえ・・・る・・・きっと・・・」
信じていれば必ず・・・。
この羽根がある限り・・・。
「オレのえいえんの・・・白い・・・は・・・ね・・・」
パサ・・・ッ・・・。
白い羽根・・・
風馬の手から静かに落ちた・・・。
そして・・・。
風馬の瞳も・・・
閉じた・・・。
閉じられた・・・。
もう・・・開くことは・・・ない・・・。
夢の中のかごめに会いに・・・。
飛んでいったんだ・・・。
永遠の白い羽根で・・・。
”かごめ・・・。幸せに・・・。幸せに・・・。ずっと見ているから・・・”
ずっと・・・。
”かごめ・・・”
「・・・!」
ハッと寝袋から起き上がるかごめ。
誰かに呼ばれた気がして・・・。
誰かが消えてしまった気がして・・・。
トクントクントクン・・・。
何故か胸が騒ぐ。
胸に閉まっていた羽根を取り出す・・・。
(どうしたっていうの・・・?何か・・・大切なものが遠くにいってしまったような・・・)
哀しい。
胸が痛い・・・。
「かごめ・・・。お前・・・なんで泣いてるんだ・・・?」
「え・・・?」
知らぬ間に、頬をつたう涙・・・。
「なんであたし・・・」
泣いているの・・・?
「なんか怖い夢でも見たのか・・・?」
犬夜叉は心配そうにかごめを覗きこむ・・・。
「ううん・・・。でもどうしてだろう・・・。哀しくて・・・」
涙が止まらない・・・。
どうして・・・?どうして・・・?
「・・・。変な奴だな・・・」
犬夜叉は着物の袖口でかごめの涙を拭った。
「オレがそばにいてやるから・・・。その・・・。心配すんな。安心して眠れ・・・(照)」
照れを隠すようにぶっきらぼうに言う犬夜叉・・・。
「うん・・・」
かごめの寝袋の横にごろんと寝転がる犬夜叉。
かごめは犬夜叉の手をぎゅっと握った。
「・・・。嫌・・・?」
「・・・べ、べつに・・・(真っ赤)」
「ありがとう・・・」
犬夜叉の優しさが嬉しい・・・。
でもそれ以上に・・・。
この胸の痛みはなんだろう・・・?
切ない痛みは・・・?
寂しさは・・・?
この理由の分からない涙は一体・・・?
”かごめ・・・。ありがとう・・・”
あの声が耳にずっと残ってる・・・。
”ずっと・・・。見守っているから・・・”
ずっと・・・。
再び眠りについたかごめ・・・。
優しい声はかごめの心に
いつまでも響いていた・・・。
”ありがとう・・・。かごめ・・・”
”オレの永遠の白い羽根・・・”
そしてエピローグへ・・・
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