最終話 永遠の白い羽根 〜勇気編〜
記憶がもどったかごめ。
「早く奈落をおわなくちゃ!」
そう張り切って、もう一晩休んだほうがいいといった犬夜叉達
の意見を押してこの村を夜の明けないうちに発った・・・。
かごめがいない宿。
ついさっきまでいたのに・・・。
広々とする宿の中はまるで・・・。
一人、地平線に立たされたみたいに寂しい・・・。
「う・・・」
体の節々が軋む。
足を引きずりながら
床にもどる風馬・・・。
床に横になるなり、
発作は波のように襲ってきた。
「ゴホ・・・ッ。ガハガハッ・・・!」
咳と共に吐き出す血の量が増えた。
白い手拭いは赤く染まる。
「水だよ。風馬・・・」
「すまない・・・」
布団に横たわる風馬は重そうに体を起こし、小夜から冷たい水の入った椀を受け取る。
風馬の病状は回復した前より酷くなってきている・・・。
胸の痛みも長く持続する。
痛みで吐き気さえする。
強靭な体の筈の風馬の体も悲鳴をあげている。
それでも風馬は効くはずの薬。
かごめが体を張ってとってきた薬を飲み、
毒と闘う。
「風馬・・・。やっぱりかごめを呼び戻したほうがいいんじゃ・・・」
「もうその台詞はなしだ。小夜・・・」
「だけど・・・」
「小夜・・・。これは当然の報いなんだよ・・・」
「報い?」
風馬はぼんやりと天井を見つめる。
「・・・小夜・・・。俺は・・・。戦で幾千の命を奪ってきた・・・。口でならいくらでも謝れる・・・」
「・・・。だからなんだってんだい・・・。戦で民の命を奪ったのはあんただけじゃないだろう・・・?あんた一人責任を
感じることは・・・」
「・・・こうして病のオレでも・・・。潮の香りが心地いいと感じられる・・・。だが、死んだ人間はそれができない。
花の甘い香りも、ただ好きな女を思うことさえ・・・。それが・・・”死ぬ”ということなんだ・・・」
「だからなんだい。病人がいちいち理屈っぽいこと考えなくていいんだよ。それより自分の体の事を第一に・・・。何だい・・・?その羽根は・・・」
風馬が懐から出した羽根。
「なんだいそれは?」
「希望さ・・・。オレの・・・」
生きていれば、きっと会える。
病と闘う勇気に変えられる・・・。
「オレは負けない・・・。毒になど・・・。生きて・・・。償い続けなければならないんだ・・・」
自分の罪を背負って生き続ける。
その勇気を・・・。
くれたのはかごめだから・・・。
「あ、犬夜叉、ちょっと止まって・・・!」
犬夜叉の背中に乗り、森の中を移動中のかごめ。
羽根を落とし、木の葉の上に落ちた羽根を拾う。
ずっと手にもっている羽根に疑問を持つ犬夜叉。
「おう。かごめ。その羽根なんだよ?」
「え・・・?うん・・・。綺麗でしょ・・・?」
「なんで大事にもってんだ?」
「・・・なんでって・・・」
理由はわからない。
でも・・・。
大切に、大切に、胸に持っていたいと強く思う・・・。
「きっと神様が幸運のお守りなのよ。希望をくれる・・・」
かごめはもう二度と落とさぬよう、お守り袋に羽根を入れ、
再び胸に閉まった・・・。
「けッ。女ってのは好きだよな、そーゆーの・・・」
「何よ。あんた人の”お守り”にまで妬いてるわけ?どこまで嫉妬深いのよ」
「ば・・・ッ(照)馬鹿いってんじゃねぇよ!」
「あ、犬夜叉、前、ちゃんと見て!前〜!」
いつもの痴話げんか犬夜叉とかごめ・・・。
森を走る。
かごめの胸には羽根を潜めて・・・。
※
『さようなら。風馬さん』
かごめが離れていく。
今まで自分の腕の中で笑っていたのに・・・。
待ってくれ・・・。
かごめ。
行かないでくれ・・・!
手を伸ばし、かごめの腕を掴んだと思ったが・・・。
「・・・!!」
かごめの笑顔は、霧のように消え、その顔に
今まで自分が奪ってきた人間達の顔が浮き出てきた。
”返せ・・・!”
”俺たちの命を返せ・・・ッ”
”お前に、生きる権利などない!!人を殺めてしまったお前に・・・!!
希望など、勇気など語る権利もない・・・!”
”死ね、死ね、死んで償え・・・!!!!!
風馬が奪った命達、
風馬の体にしがみ付き、黒い渦へと引きずり込む・・・!
(やめてくれ!やめてくれ・・・!)
「ワァア・・・ッ!!!」
寝汗で着物がびっしょり濡れている。
気がつくともう太陽は登り、昼を過ぎていた・・・。
(夢・・・か・・・)
風馬はあの羽根を手にとった。
ほっとする・・・。
これで自分とかごめはつながっているのだと思うと・・・。
けれど。
そんな自分を責めてしまう。
命が消えようとしている今・・・
なんて弱いの自分なのだろう。
かごめとの唯一のつながりのこの羽根を支えに毒と闘ってきたのに・・・。
「ゴホゴホ・・・ッ!!」
また激しく咳き込む。
激しい痛みは酷な現実を風馬に嫌というほど自覚させる。
痛みで転げ周り、
子供のように泣いて叫びたい。
痛い、辛い、悔しい・・・!
どうして毒は消えない・・・!
薬は効かない・・・!
「ガハ・・・ッ!!ゴホ・・・ッ!!!」
布団の上で転げまわる風馬・・・。
誰かにこの辛さを訴えたい・・・。
分かって欲しい・・・!!
どうにかしてくれ。
この苦しみから救ってくれ。
羽根を見つめてはかごめの笑顔を思い出す。
(かごめ・・・!かごめ・・・)
名を呼んでも、かごめはいない。
もうかごめの心には自分はいない。
それでもかごめの笑顔を思い出すが・・・。
しかし痛みは襲ってくる。
この繰り返し・・・。
心も体も疲れ果て・・・。
幻さえ見える・・・。
”風馬。こっちにこいよ・・・”
(佐助・・・か・・・?)
自分の腕の中で壮絶な最後を遂げた親友。
戦姿、よろいを着ている。
”一緒にまた、酒でも飲もうや・・・”
戦で手柄をたて、武勇伝を酒のつまみにしていたあの頃。
人の命を奪った数だけ、自分の名声があがった。
「佐助・・・。どこにいるんだ・・・」
風馬は何か、黒い闇に導かれるように・・・。
海が一望できる崖へ続く細い道を歩いていた・・・。
”こっちだ・・・。こっち・・・”
亡き友の声。
同じ毒で命を落とした友。
その友の声だけしか聞こえない・・・。
”そうだ・・・。こっちだ・・・”
どこへ向かっているだろう。
ただ・・・。
この苦しみから抜けられるならば・・・。
どこへでも逝こう・・・。
どこへでも・・・。
”風馬・・・。そうだ・・・。こっちだ・・・”
戦で死んでいった仲間達・・・。
きっとあそこへいけば・・・。
あそこへ・・・
ザザン・・・。
気がつけば、風馬は崖の一番先端にきていた・・・。
あと一歩踏み出せば・・・。
海の底・・・。
ザザンッ・・・。
激しい波と渦潮が風馬を待ち受けて・・・。
”そうだ・・・。あと一歩だ・・・。あと一歩・・・”
あと一歩・・・。
あと・・・。
”駄目・・・!負けないで・・・!”
「・・・!」
ガラガラガラッ・・・!
小石が落ちていく・・・。
踏み出そうとしていた右足を風馬は一瞬止めた。
”負けないで・・・。お願い・・・!”
(かごめの声・・・)
”最後まで諦めないで・・・。お願い・・・”
羽根が・・・。
風馬の懐から羽根がふわっと舞って、手の平に落ちた・・・。
”諦めないで・・・。お願い・・・”
(かごめ・・・)
真っ白な羽根・・・。純白の・・・。
その白さは風馬が見ていた幻影を打ち消す・・・。
ザザン・・・。あと一歩、前に進んでいれば
確実に自分はあの波の渦の中へ落ちていただろう・・・。
”負けないで・・・”
「かご・・・め・・・」
真っ白い羽根がまぶしい・・・。
”これをもっているといつか、離れていても会えるって・・・”
そうだ・・・。
オレは・・・。
オレは・・・。
この羽根に誓ったんだ・・・。
負けない、諦めないって・・・。
「佐助・・・。すまない・・・。オレはまだそっちにいけない・・・。オレは・・・生きたいんだ・・・。生きていたんだ・・・」
幾多の命を奪った自分が生を望むのは間違いかもしれない。
「すまない・・・。やっぱりオレは生きていたい・・・」
自分にそう願う権利はないかもしれない。
だけど・・・。
「
けれどこの羽根がある限り・・・。
あの愛しい笑顔にもう一度会いたいという願いは消せない・・・。
例え、かごめの記憶に、心に
自分がいなくとも。
本当に想う人の隣で
幸せそうに笑うかごめをもう一度みたい・・・。
「かごめ・・・。オレは・・・。負けないから・・・。生き抜いてみせる・・・」
自分が奪ってしまった命の数だけ。
その重さを、罪を抱えて生きていく・・・。
羽根にもう一度、改めて誓う風馬・・・。
「かごめ・・・。お前がきっと助けてくれたんだな・・・」
白い羽根は風馬に”頑張って・・・”とつぶやいているよう・・・
「ありがとう・・・。かごめ・・・」
真っ白で柔らかな羽根から、いっぱいの勇気をもらって・・・。
きっとまた、会える。
その気持ちを勇気に変えて・・・。
”ありがとう・・・。かごめ・・・”
「・・・う・・・ううん・・・」
寝袋をもそもそさせて目覚めるかごめ・・・。
気がつけば、焚き火は消え、心配そうに自分を見つめる犬夜叉の姿があった。
「かごめ。おめぇ、なんかうなされてたぞ・・・」
「え・・・?」
「なんか”負けないで・・・”とか言って・・・」
そう・・・。
高い高い崖の先・・・。
誰かが飛び降りようとしていた・・・。
必死に
必死に
呼び止める自分・・・。
手を伸ばして・・・。
「犬夜叉・・・ッ」
「・・・!?」
夢の続きを思い出し、かごめは不安が蘇って犬夜叉に抱きついた。
「ど・・・どうしたんだよ・・・」
「犬夜叉・・・犬夜叉・・・」
怖かった。
大切な人が
黒い渦に消えそうで・・・。
夢の中の”誰か”がもし・・・犬夜叉だったら・・・?
そう思うと・・・。
「・・・犬夜叉・・・。お願い。約束して・・・」
「何だよ」
「どんなことがあっても・・・。絶対に、絶対に自分の命を粗末にしないで・・・。最後まで諦めないで・・・。お願い・・・お願い・・・」
泣きじゃくるかごめ・・・。
犬夜叉はどうして泣いているのか分からないが・・・。
かごめの言葉は胸に染みる・・・。
「・・・わかってるよ・・・。だから泣くな・・・」
かごめに言われると
生きていたいと強く願う自分に気づかされる。
この一つしかない命を大切にしようと・・・。
生きて・・・。
愛しい温もりを守り抜こうと・・・。
「約束だよ・・・。絶対・・・絶対・・・」
「・・・ああ。わかってるから・・・」
犬夜叉は絶対に守ろうという思いでめいっぱい
かごめを包んだ・・・。
犬夜叉の腕の中で
安堵に包まれるかごめ・・・。
夢の続きを見る・・・。
”かごめ・・・ありがとう・・・”
そう誰かが言ってる・・・。
夢の中の声の主・・・。
どこかで聞いたことがある声だった・・・。
きっと・・・。
いつか
会える・・・。
だから・・・。
負けないで・・・。
あきらめないで・・・。
そしてエピローグへ・・・。
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