永遠の白い羽根
〜幻の恋〜

第6話 蜥蜴〜小さき命とて〜

カッカッカ・・・。

山道を颯爽と白馬が白い鬣が靡かせ走る。

かごめは必死に風馬の腰につかまって振動に耐えていた。

「・・・?あれ?」

振動が弱まってかごめは目を開ける。

「・・・すまぬ。お前は馬にはなれていなかったな・・・」

「あ、い、いえ大丈夫です・・・」

自分が言う前に、気がついてくれる・・・。

風馬の優しい一面を知ると何だか心がほわっとなるのをかごめは感じていた・・・。

それからしばらくゆっくり走って・・・。

風馬は馬を止まらせた。

「かごめ。見てみろ」

「・・・わぁ・・・っ」

目の前に広がるオレンジ色の湖・・・。

水は崖の上のかごめ達の目にも底が見える程透明。

楕円形の夕日が水面に浮かんでいた・・・。

「この辺りには村もなさそうだ・・・。野宿になるが、大丈夫か?」

「ええ。何故だか分からないけど野宿とかには慣れている気がするんです」

「・・・。本当に不思議な女だな・・・。肝が据わっているというかなんというか・・・」

「わ〜・・・。ホントに綺麗な夕日・・・」

すっかり夕日に見とれているかごめ。

風馬は夕日より嬉しそうなかごめの横顔をずっと見つめていた・・・。



さて。その頃犬夜叉一行は・・・。

風馬とつねの屋敷がある村に着いていた。

村の中を見回す犬夜叉達。

「住人はいそうにもないですな・・・。盗賊の話の話しによると『風馬』という男の家はこの辺りの筈なのですが・・・」

「ねぇ。法師様。あの階段の方に一軒だけ灯りがついてるみたい・・・」

犬夜叉達は早速風馬の屋敷を訊ねる。

キィ・・・。

引き戸を開けると中は真っ暗・・・。

「もし。誰かいませぬかー?旅の者なのですが聞きたいことがありまして・・・」

「なんじゃい」

暗闇からろうそくをもった山姥のごとき顔が浮き出た。

「わあッ。山姥!!」

犬夜叉達思いっきり同時にそう叫んだ。

「失敬な。ワシはここの住人だ。夜分遅くになんじゃ」

「し、失礼しました。あのつかぬ事を伺いますが、異国の服を着た『かごめ』というおなごをご存じか?」

「かごめ・・・?」

かごめの名前に反応したの同時に犬夜叉、突然クンクンとつねの側によって匂いをかいだ。

「・・・。ワシに言い寄ったって無理じゃぞ」

「だっ誰がばばあ何かに・・・!それより、その着物からかごめの匂い微かにする・・・!おいばばあ、かごめここにいんのか!?」

「・・・。これはかごめが着ていた着物だ。まぁ、お前さん方上がりなされ」

長い、暗い廊下をろうそくを持ったつねに案内される・・・。

「ここはかごめが使っていた部屋じゃ」

つねが言ったとおり、月明かりが入ってくるその部屋からかごめの匂いが・・・。

「やいババァッ!かごめは何処だ!!隠し立てすんじゃねぇよッ!!」

「静かにッ!!とにかくそこに座れ!!」

バンッと畳を叩き、犬夜叉も思わず怯んだ。

「ちっ。説教クサイババアだぜ・・・」

ぶつくさ言いながらあぐらをかく犬夜叉・・・。

「で、ババア、かごめは何処なんだ!!」

つねをにらみつける犬夜叉・・・。

緊張感が漂う・・・。

「・・・。おらん」

犬夜叉、思わずガクッと力が抜けた。

「いねぇってどういうことでいッ!!何処言ったんだ!!」

「風馬様と一緒に行ったのだろう・・・」

「なんでそいつとかごめが一緒に行かなきゃいけねぇんだ。おいババア、おい・・・」

バキッ。

弥勒、犬夜叉に鎮静剤の一発をお見舞いする。

「犬夜叉。落ち着け。つね殿。一体かごめ様に何があったのか・・・」

つねはかごめが風馬に助けられてからのことを全て皆に話した・・・。

「かごめ様が記憶を・・・。それは深刻な事態ですな・・・」

「だからその風馬の事が心配でついて行ったんだね・・・。あたし達の事を覚えていたらここにとどまる筈だし・・・」

弥勒の肩の七宝が恐る恐る訊ねる。

「あのう・・・。とどのつまりはかごめが・・・その『風馬』という奴の事、好きになったんじゃろか?」

バキッ!

犬夜叉、七宝の発言に一発。

「何すんじゃいッ」

「馬鹿な事いってんじゃねぇッ!おいババア、かごめとソイツはどっちの方角に行ったんだ!?」

「東じゃ」

ガタンッ!

「犬夜叉っ!」

犬夜叉はじっとしていられず、障子を蹴り破って屋敷を飛び出していってしまった・・・。

「ったく犬夜叉の奴は・・・。法師様、あたしらも行こう。夜明けを待っていたら追いつけないから。雲母!」

「待ってくれオラも行く〜」

珊瑚の肩に乗り、珊瑚も屋敷を後にする・・・。

弥勒は襖の入り口で何故か立ち止まって振り返った。

「全くかごめ同様騒がしい連中だな。どうした?法師様はいかぬのか?」

「・・・。一つだけ確認させて下れ。『風馬』殿とは私達の仲間を預けていい程、信用に足りうる人物か・・・?」

「風馬様の乳母の命にかけて断言いたします。法師殿・・・」

つねは真剣な眼差しで言った・・・。

「分かりました。乳母殿のお言葉を信じましょう。では私達は仲間を追います。例え記憶がなくても大切な仲間なのです・・・。特に犬夜叉にとってはかごめ様は掛け替えのないおなごなのです・・・。では失礼致します」


つねに深々と頭を下げ、弥勒は錫杖を鳴らして屋敷を去っていった・・・。

「・・・」

つねは、懐から風馬から以前、贈られた漆の櫛を取りだし見つめ、ぽつりと言った。

「風馬様・・・。ちょっと切ない恋路に・・・。なるやもしれませぬな・・・」



湖に浮かぶ三日月。

なだらかな波の静かな湖の夜だ。

湖の砂浜。

漁師道具が置かれている掘っ建て小屋でかごめ達は泊まることにした。

小屋の中には碇や釣り竿などが無造作に置かれていた。

「・・・。寒くはないか?」

枯れ木を炎に放り込む風馬。

「寒くないです・・・」

しかし寒そうに背中を丸くしてかごめは炎に小さく手を当てる・・・。

フワ・・・ッ。

風馬は自分の箕をかごめに着せた。

「強がるな。着ていろ」

フワッと自分の羽織をかごめに着せる風馬。

その仕草が実に自然で、無意識に風馬が年上なのだと感じさせる・・・。

パチ・・・。

火の粉が穴の開いた天井から星空に舞い上がっていく・・・。


「・・・」


「・・・」

沈黙に耐えられなくなったかごめ・・・。

何か話さねばと思った時、風馬の方に先を越される。

「・・・。お前は何故・・・ついてきた・・・?」

「・・・何故って・・・。ついてきたかったからです」

「・・・」

かごめの即答に何だか拍子抜けの風馬。

「・・・。本当にお前は不思議なおなごだな・・・。ふ・・・」

風馬が微笑む・・・。

だけどあまりに哀しい微笑みで・・・。

「風馬さん・・・。佐助さんの事がまだ・・・ん?」

かごめの肩に黒い物体がもそもそと動いている・・・。

深緑の体に黄色の目・・・。

かごめ、雨蛙とバッチリ目が合う。

「き・・・きゃああああーーー!!トカゲー!」

風馬はひょいとかごめの肩からしっぽをつかんで蜥蜴を取り除く。

「取れたぞ。これでいいのか」

「あ・・・。ありがとうございます・・・」

ホッと安心するかごめ。

風馬は蜥蜴を火の中へ放り込もうと一瞬思った。

だけど何故だか手が止まる・・・。


必死に小さな手足をバタつかせ、もがく。

気味が悪い動き。

とっとと火の中に放り投げればいいのに、できない。

何故だ・・・。


何故だ・・・。

「・・・」

風馬は小屋を出て、草の上にそっと蜥蜴を置いた。

蜥蜴は草の間をカサカサと地面を這い蹲って逃げていった・・・。

「風馬さん・・・?」

「・・・。なんて情けないんだ・・・。今の俺はあんな蜥蜴の命さえ殺せない。生きている命をこの手で消す事が怖い・・・。例え敵自分に向かう敵すら傷つけるのが・・・。恐ろしくなっている・・・」

腰にさしている刀の鞘やを握る手が・・・。

微かに震えている・・・。

その刀は・・・。


佐助が自ら命を絶った刀・・・。


「かごめ・・・。お前はこんな情けない男と共に・・・。一緒にいる・・・というのか?」

「風馬さん・・・」


哀しみに満ちた瞳を反らさずに見つめるかごめ・・・。

「風馬さんは弱くなんてない・・・。あの蜥蜴の命を守ったじゃないですか・・・。”何かを守る力”気持ちがあるから・・・」

「・・・。そんな甘い感情・・・。この魑魅魍魎の世では必要な・・・」

風馬の言葉を遮る様にかごめは刀を握る風馬の手を強く握った。


「この刀には・・・。佐助さんの血が染み込んでる・・・。だから風馬さんはこの刀を守る・・・。佐助さんの心を・・・ねっ!」


かごめの笑顔・・・。


包まれた自分の手の温もり・・・。


この笑顔からもそれを感じる・・・。

「・・・。佐助さんの心を殺しちゃいけない・・・。私はそう思・・・」

話を切れ、重たい瞼が閉じられて。

かごめは風馬の肩に寄りかかって寝息を漏らす・・・。


「・・・。よく・・・寝る女だな・・・」


なんと穏やかな寝顔だろうか。


なんて安らかな寝顔だろうか・・・。


この穏やかさ。安らかさはどこかで感じたことがある・・・。



血生臭い戦場・・・。

土の色さえ分からないほどに死体で埋め尽くされ・・・。


敵を全て斬った筈なのに、勝利をした筈なのに・・・。


感覚がない。


ただ自分が幾多の命を奪ってしまったという重さだけ・・・。

足下の死体が握っているもの・・・。

女物の簪・・・。

女房のものか想う女の物か・・・。

渡したかったのだろうか。それとも戦に行く前に渡された物なのか・・・。

いずれにしても自分が足下の兵士の命を奪ったのに代わりはない・・・。

死体の生臭い匂いと・・・。鉛のように重い心・・・。

暗闇を戦場で一人呆然としていた・・・。

でも・・・。どれだけの人間が死にどれだけ悲惨な状況でも・・・。

明るい朝は来て・・・。

優しい朝日・・・。心地よい温かさを秘めて登る・・・。

よく似た温かさが・・・。

自分の肩を枕にして眠る女の寝顔に同じものを感じて・・・。

「・・・やけに・・・。夜が長い・・・」

朝が来るのが・・・少し遅くなればいいと思う風馬だった・・・。



同じ頃・・・。弥勒達は眠りについている間も森や河を探し回る犬夜叉・・・。

(かごめ・・・。どこにいる・・・!どこに・・・!)

”風馬という奴を好きになったんじゃろうか?”

幼い七宝の言葉が犬夜叉の心を掻き回す。

かごめの無事ということより・・・。

他の男と共にいるという事実に動揺している自分が許せない。

早くかごめの側に・・・。

ただかごめに会いたい犬夜叉だった・・・。

(・・・かごめ・・・ッ!)