秋風の約束〜ずっとそばにいる〜

ずっと川沿いを歩いている犬夜叉一行。
あの、滝壺の一件以来、かごめはとても上機嫌だ。
そして、その理由を知っているのは犬夜叉だけ。その様子から明らかに犬夜叉とかごめの間が進展したと弥勒も珊瑚も感じていた。
「かごめちゃん、何だか嬉しそうね」
「えー?そう?うふふ」
「ははは。この辺りは秋真っ盛りですが、かごめ様は恋の季節真っ盛りですな。のう、犬夜叉。お前もそうだろう?」
「な、なんでぇい。俺は別にそんなんじゃねーぞ!」
顔に照れてます、と書いてある犬夜叉。
「ま、何にしても犬夜叉のピリピリさせた空気よりは断然いいですがねぇ」
「なにぃ。弥勒、おめぇ最近なんかやけに俺にからまねぇか?おい!」
犬夜叉、弥勒につっかかる。
「そんなつもりはないんですが・・・。やや!あれは・・・っ!」
弥勒の視線の向こうには、白い着物姿の美女が何かを決心した様に草履を脱いでいる。
「おお。これはまた美しい・・・」
弥勒が感心していると、その女は脱いだ草履をきちんと揃え、手を合わせて川の中へどんどんと入って行くではないか!
「ちょっ!あれ、死のうとしてるんじゃないの!助けなきゃ!犬夜叉!お願い!」
「ちっ。また人助けか。しゃあねぇな!」
「これ、犬夜叉、私が行きます」
女に見とれていた弥勒をよそに犬夜叉は軽々ジャンプし、女を川の中から救い出した。
「ゲホっ!ゴホッ!」
女は少しだけ水を飲んだがケガなどはなかった。
「ったく。人騒がせな女だな。真っ昼間から」
「犬夜叉!そんな言い方ってないでしょ!大丈夫ですか?あの・・・よかったら理由をきかせてくれませんか?」
「・・・。よけいなことを・・・。私は死ななければいけない女なのにっ・・・うっうっ!」
女は少し興奮気味で泣き出す。
「犬夜叉。おぬしのせいじゃぞ。おぬしがひどい言い方をするからじゃ」
「な、なんだよ。俺のせいか?」
「・・・。どんな理由かは知らないけど・・・お腹の赤ちゃんはどうするんですか?」
「!!どうして・・・」
男衆3人、驚きながら視線が女のお腹にゆっくりといく。
「だってさっきからずっとあなた、お腹に手を当ててるでしょ。それに少し膨らんでる気がして・・・」
「さすが、かごめ様、おなごの事はおなごが一番よく分かる。だそうだ、珊瑚」
「何よ。あたしだって気がついてたわよ。男が鈍感なだけでしょ」
珊瑚の冷めた視線が男たちに注がれる。
「ね、理由を話してくれませんか?私達でよければ・・・何か力になれるかもしれません」
かごめのその優しい穏やかな言葉に女はゆっくりと口を開いた。
「・・・。私の名はお松と申します。このすぐ先の村の長の娘です・・・」
お松はかごめの服を借りて着ていた。
「私には幼い頃からずっと一緒だった2人の幼なじみがいました・・・。一人は佐助、もう一人は桔梗といいます」
「桔梗・・・」
その名前に一番敏感に反応する犬夜叉。そんな犬夜叉をかごめは横で複雑に感じていた。
「それが4ヶ月前・・・桔梗はこの先の崖から落ちて・・・死んでしまったのです・・・それも私のせいで・・・」
「お松さんのせいで・・・?」
「はい・・・」
お松の話を要約するとこうだった。
桔梗は密かに佐助に想いを寄せていた。そしてお松もまた・・・。しかし、佐助とお松は桔梗の知らない間にお互いを想う仲になっていたのだ。
そして、二人は自分達のことを桔梗に告げようと決めた矢先、その前に桔梗に知られてしまったのだ。そのショックで村を飛び出し、謝って崖から落ちてしまった。
その深い哀しみと憎しみのあまり桔梗の魂は、村の農作物を枯らし、桔梗に取り憑かれた佐助は病魔に冒されてしまたったのだ。
怨霊となった桔梗の魂の言葉が今でも胸に突き刺さる
「佐助は私のものだ。一人で地獄へは堕ちぬ!この世を恨みつくしてやる!」

「・・・。似たような話があるものですな・・・。全く。名前まで一緒とは・・・」
「・・・」
犬夜叉は複雑な顔で黙ってお松の話を聞いていた。
「だからって・・・。お松さんが死ぬのはおかしいわ。まして赤ちゃんがいるのに・・・」
「私が死ねば・・・きっと村の飢饉も佐助さんの病気も治ると思ったんです・・・。だって私は佐助さんに生きていてほしいから・・・。だから・・・私がいなくなれば・・・」
「そんなことないわよ!」
「かごめちゃん?」
「そんなこと・・・。誰かが死んで解決するなんて方法、私は絶対に嫌っ!!お松さん、あなた生きているのよ?まして赤ちゃんがいるのに!死ぬことだけが全てだなんて・・・。私は絶対絶対嫌っ・・・・!」
誰に言っているのか。お松に。犬夜叉に・・・?そして・・・桔梗に。かごめはわき上がってくる感情をぐっとこらる。自分達の事を重ね合わせてしまっては、また、犬夜叉が悩むと思ったからだった。
「かごめ・・・」
犬夜叉にもかごめの気持ちが伝わっている。
「わかりました・・・。私も法師のはしくれ・・・。除霊も分野の一つです。私が桔梗の魂を昇天させましょう」
「本当ですか?!」
「はい。美しいおなごと新しい命を絶たせる訳にはまいりません」
「有り難うございます・・・!お坊さま」
お松は弥勒の手を取って言う。
「という訳だ。依存はないな、犬夜叉」
「・・・。ああ・・・」
「犬夜叉・・・」
かごめも犬夜叉もお互い、顔を見合いながらその複雑な胸の内を感じ合う。
「おい、珊瑚、何だか空気が重たい感じがするのじゃが、なぜじゃ?」
「子供には複雑すぎるって事よ・・・」
珊瑚は七宝の頭を優しくなでながら言った。

村についた犬夜叉達は早速佐助の家に向かう。田畑も枯れ放題だ。佐助の家からは、ただならぬ恨みの念をひしひしと漂わせていた。
「これはひどい・・・」
佐助の顔と体は骨が浮き出るほどやつれ、意識ももうろうとしていた。
「佐助さん・・・」
お松は佐助に駆け寄った。
早速弥勒は佐助のまわりに結界をはり、桔梗の霊を呼び出す。
「ぐわあああッ!」
佐助の体から、黒いけむりのような霊気が出てきた。
そしてその魂はなんとも恐ろしい姿に変えていた。
「お・・・鬼じゃ!鬼女じゃあっ!」
七宝は怖くて珊瑚の背中に隠れる。
「お前か・・・。私を昇天させようなどぬかす法師は・・・」
「桔梗よ、お前の気持ちもわかぬではないが、死者は帰るべき所へと還るのだ。この男に憑いても何も始まらぬ」
弥勒は結界を強める。
「桔梗!お願い!佐助さんをたすけて!私が憎いのなら、私に取り憑いて!」
「うるさいわっ!自惚れるな、お松!憎いのはお前だけではない!この世の全て・・・何もかもが憎い!憎くて憎くてその憎悪が私鬼にしたのだっ!」
「きゃあっ!」
お松は桔梗の霊気で柱へとぶつけられる!
「お松さん!」
気絶したお松にかごめは駆け寄った。そこは桔梗の霊気のど真ん中だ。
「かごめ様!離れてくだされ!そこは危ない!」
「いいの!弥勒様。私に・・・。私に話をさせて!」
「何いってんだ!かごめ!危ねーから戻ってこい!」
「お願い・・・。私、『桔梗』と・・・『桔梗』と話がしてみたいの!!」
「かごめ・・・」
どちらの桔梗だろう。かごめはかばうように気絶したお松の前に立った。
「桔梗・・・。お願い!この二人をゆるしてあげて!二人ともとても苦しんでいるの」
「苦しんでいるだと?だから何だというのだ!この二人は私を騙していた・・・。私の想いをしりながら、裏では嘲笑っていたのだ!その証拠に子まで宿して・・・っ!」
「騙してなんていないわ!二人は正直にあなたにうち明けようと思っていたの」
「同じ事よッ!信じていた・・・・信じていた者に裏切られた気持ち等・・・お前にわかるものか!!」
「今でも信じてるわッ!」
「うるさいっ!!」
激しい霊気の突風がかごめを襲う!
「きゃああっ!」
「かごめッ!」
犬夜叉はかごめを助けようと結界に入ろうとした。
「こないで犬夜叉!!」
「かごめっ・・・!」
「私は今・・・桔梗と話さなくちゃいないの!!」
「かごめ・・・」
かごめは傷だらけになりながら再び桔梗の魂に話しかける。
「ねぇ、桔梗・・・人を憎しみ続けるのは辛すぎるわ・・・。それを一番知っているのはあなたでしょう?」
「やかわましいわッ!生きているお前に何が分かる!!生きている者は・・・死んだ者を忘れ、幸せになろうとする・・・私はそれが許せない!!」
「忘れたりなんかしないわ!だって・・・だってお松さんも佐助さんも・・・あなたの事、信じているんだもの!!」
「うるさい!死者の気持ちがどんなものかわかるか?私は新しい恋し・・・幸せになる事がもう、二度とできぬ!できぬのだ!ただ、このどうしようもない憎しみを抱え彷徨う事しかできぬのだッ!!」
その言葉を一つ一つが犬夜叉に『桔梗』を思い出させる。それはかごめも同じだ。
「桔梗・・・。私はあなたを救いたい・・・」
「私を救いたいだと?お前が救いたいのはお松のことだろう?」
「・・・。私は・・・みんなに生きて欲しい・・・。だからあなたからお松さんを守るわ!絶対に!だから・・・こうする・・・」
かごめは傷だらけになりながら桔梗の魂へとその弓矢を向ける。
「かごめ!」
「ほざけ!」
激しい霊気のつむじ風がかごめの手足を切り裂く。しかし、かごめに弓矢はしっかりと桔梗に向けられている。
「桔梗・・・確かに私にはあなたの苦しみは分からない・・・でも・・・好きな人と別れてしまった辛さやひとりぼっちの寂しさは・・・私も知っているから・・・。もう・・・自分を解放して・・・。その深い憎しみから自分を解放してあげて!」
ザシュッ!
「グワアア!」
かごめの放った破魔の矢は見事に命中し、その黒かった桔梗の魂は白い光となって飛び散った。
そしてその光の中に桔梗の美しい本当の姿が見えた。
「あなたが桔梗・・・さん?」
「・・・」
その美しい姿は何ともいえぬ悲しげな瞳をしている。
「わたしは・・・一体どこへゆけばよい・・・。どうしたらこの憎しみから放たれる・・・。私は彷徨い続けるしかないのか・・・」
かごめと犬夜叉は桔梗のその言葉はもう一人の『桔梗』の心の中そのものの様な気がした。
桔梗の魂はそう問いながら天からの光に包まれる。
「昇天されていかれます」
弥勒は結界を弱め、そう言った。
それと同時に佐助の顔も元に戻っていく。
「私は・・・どこへ・・・いく・・・のか・・・」
桔梗の魂が浄化されていく。そして白い光の中、その顔は哀しげだがどこか穏やかにも見えた。
「桔梗・・・」
「終わりましたね・・・。かごめ様の気持ちが伝わったのでしょう・・・。かごめ様?」
「・・・」
かごめは無言で首を横に振った。
「私は・・・わたし・・・は・・・」
「かごめ!」
一気に力が抜けたのかかごめはその場で倒れた。
犬夜叉はかごめを抱き上げる。
「かごめ・・・。すまねぇ・・・」
犬夜叉はそうぽつりと言って、かごめをその腕であたたかく抱きしめたのだった。

「これで村の危機もさったじゃろう」
七宝の言うとおり、桔梗の魂が昇天したせいか、枯れ果てた田畑も緑が戻っていた。
「本当にありがとうございました」
佐助もすっかり元の健康的な青年に戻っている。
「あの・・・それで法師様、本当に桔梗は・・・成仏できたのでしょうか・・・?」
「ええ・・・。最後にはなんとも穏やかなお顔をされていましたよ・・・」
「そうですか・・・。私の優柔不断な態度が・・・桔梗もお松も苦しめた・・・。でも、これからはお松と共に桔梗の供養していきます・・・そして、お腹の新しい命を守っていきます・・・」
お松は佐助の横でゆっくりと自分のお腹をさする。
「さて・・・珊瑚、かごめさまの具合をちょっと見てきてくれぬか」
「わかった」
珊瑚は隣の部屋に休んでいるかごめの様子を見に行った。しかし・・・
「大変!法師様、犬夜叉!かごめちゃんがいないよ!」
「えっ?」
布団の中にはかごめの姿はなかった。
「俺、探してくる!」
犬夜叉はそう言うと部屋を飛び出していった。
「じゃあ、私も・・・」
「珊瑚!ここは犬夜叉にまかせましょう」
「え・・・でも・・・」
「今は・・・二人にしてあげるべきです・・・」
「法師様・・・」
珊瑚は弥勒の言いたいことが分かったように黙って頷いた。
「あの・・・ワシもいってはならぬか?」

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