かごめの折り鶴
〜込められた願い〜

白い。真っ白な空間。

その真ん中に、犬夜叉が一人立っている。

その犬夜叉の前に、遠い目をした桔梗が現れた。

「桔梗・・・」

何を言いたいのか。何を伝えたいのか。

悲しいのか悔しいのか。

無表情の桔梗。

ただ、桔梗は黙したまま、犬夜叉に手を伸ばす。

“一緒に・・・”

犬夜叉も無条件にその手をとろうとする。

一緒に・・・どこへいくのか。

それでもこの手を自分はとらなければならない・・・。

自分は・・・。

その時。

犬夜叉の手の上に小さな折り鶴がどこからともなく舞い落ちた。

“絶対に・・・死なないで・・・”

「かご・・・め・・・?」

“犬夜叉らしく生きて・・・”

小さな薄紅の折り鶴。

かごめの声が聞こえた気がした。

かごめの姿はどこにもないのに、かごめの声がする。

そう・・・。この間だ、かごめが犬夜叉につぶやいた声・・・。

“生きていて・・・”

“犬夜叉・・・。生き抜いて”

「かごめ・・・!どこかにいるのか・・・!!」

見渡すと、目の前にいたはずの桔梗の姿もなく、あるのは手の中の折り鶴だけ。

その折り鶴が何かを伝えようとしているように見える。

「桔梗・・・。かごめ・・・。どこへ・・・!!」

犬夜叉は一人、広い空間の真ん中で折り鶴を呆然と眺めていた・・・。

“犬夜叉・・・。生きてね・・・”

「ん・・・んん?」

楓の小屋の屋根の上でいつのまにかうたた寝していた犬夜叉。

犬夜叉は髪に何かくっついているのに気がつく。

「何だ・・・こりゃ」

折り鶴だった。

しかも、夢と同じ色。

「何でこんなもんが・・・」

見ると犬夜叉の頭の側で七宝がせっせと折り紙で鶴を折っていた。

ポカリ!

犬夜叉、いきなり七宝に一発。

「な、何すんじゃい!」

「そりゃこっちの台詞だ。人の頭の上で何してやがる」

「オラ、鶴をおっておる」

ポカリ!

犬夜叉、2発目。

「オラの頭は太鼓じゃないぞ!」

「うるせえ。それよりかごめどこ行った!!」

「かごめなら、犬夜叉が寝てお る間にあっちに帰ったぞ」

「なにぃ〜!!かごめの野郎!!俺から逃げやがッな!!」

この間の海での一件があって以来、犬夜叉は尚更かごめが目の届く所にいないと落ち着かなくなり、かごめの行くところ行くところついてまわっていた。

「ちっきしょう!!かごめの奴!俺をおいていきやがって!すぐとっつかまえ・・・。何だよ。七宝。その視線は」

七宝は突然、犬夜叉に折り紙を持たせた。

「犬夜叉。お前も鶴を折れ!」

「はー?何で俺が・・・・」

「かごめ折り鶴じゃ!かごめのために!」

「かごめの?」

「そうじゃ!今な、村中の子供達みんなでかごめのために折り鶴をおっておるのじゃ!」

「一体、どういうことなんでい」

犬夜叉は七宝のしっぽをくいとつかんで聞く。

「かごめの世界で、折り鶴をたくさんつくったら願いが叶うとういう風習があるからじゃ」

「だからってなんでガキ共がかごめのためにつくってんだよ」

「・・・。全部お前のせいじゃ。犬夜叉。お前が悪いのじゃ」

ポカスカ!

七宝、たんこぶ3つ目。

「なんで俺のせいなんだよ!」

「お前がかごめを悲しませておるからじゃ!ふんっ。だからかごめはこっちの世界にはずっとはいられないなんて言うんじゃあああ!!」

「なっ・・・」

七宝は手足をパタパタさせて怒って言った。

かごめがそんなことを言った・・・?

犬夜叉は初耳だった。

確かにかごめは井戸の向こうの人間だけど・・・。

「オイコラ!七宝!いい加減なこと言うんじゃねぇぞ!かごめがそんな事言うはずねぇだろッ!」

「お・・・オラが聞いたんじゃない・・・。おまつから・・・聞いたんじゃ!」

「おまつ?どこのガキだ!会わせろ!!」

七宝は犬夜叉にいわれるまま、おまつという少女の家を案内した。

「あ、七宝ちゃん!どのくらい折れた?あーー!!かごめおねーちゃんの犬だ!!」

「なっ・・・。誰が犬・・・っ」

犬夜叉がおまつに一発喰らわせようとしたとき、家の奥から少し青い顔をしたおまつの母親がでてきた。

「おまつ、お客さんかい・・・?」

「うん!あたしの友達の七宝ちゃんとその子分の犬♪」

「なっ・・・」

犬夜叉、カッときたがさすがに母親の前で子供に手を出せないのかぐっとこらえる。

そのかわり、犬夜叉の事を自分の子分だと言った七宝に犬夜叉は耳元で

「後でおぼえとけよ・・・」

と、警告した。

「まぁまぁ・・・。犬夜叉さんに七宝さん。只今お茶いれますね」

「・・・お・・・おう・・・」

丁寧に犬夜叉と七宝を迎え入れるおまつの母。“犬夜叉さん”なんて言われたものだから、犬夜叉、ちょっとかしこまって正座する。

「こんなものしかないですが・・・」

「わあい♪」

七宝とおまつは喜んでまんじゅうをほおばる。

「あの・・・。今日はかごめ様はご一緒じゃないのですか?」

「あいつはちょっと用があって・・・」

犬夜叉、お茶をずずっとすする。

「そうですか・・・。で、いつかごめ様と夫婦になられるのです?」

「ゴホッ・・・!!」

犬夜叉、思いっきりふきだす。

「な・・・な・・・」

あわてふためく犬夜叉。七宝とおまつは横でにやにや笑っている。

「違うのですか・・・?」

「あ、あ、あたりめぇだ!!まだ俺たちはそんな・・・」

「まだ・・・??」

「・・・」

犬夜叉、次の言葉が浮かばずに真っ赤になって腕組みした。

「ふふふ。すみません。おまつやかごめ様から犬夜叉さんはすぐムキになると聞いていたのでつい・・・。うふふ・・・」

犬夜叉、初対面の人間にからかわれ、戸惑うの図。

(かごめの奴!何いいふらしてやがる!帰ったらとっちめて・・・)

「かごめ様のお陰で笑えるようになったんです」

「え?」

おまつの母は立ち上がり、壁にかけてあった、千羽鶴をもってきて犬夜叉に見せた。

「これ・・・は?」

「かごめ様が・・・つくってくださったものです」

いつのまに・・・。犬夜叉は全く知らなかった。

「実は・・・私とおまつは元々この村の人間じゃなかったんです・・・。だからなかなか村に馴染めなくて・・・。特におまつは友達ができなくて寂しい思いをしていました・・・」

おまつの母は、優しく折り鶴を撫でながら話す。

「そんな時、かごめ様が一緒に折り紙しようっておまつを誘ってくれたんです。折り紙を教えてもらったおかげで村の子供達と仲良くなれたんですよ。それに体の弱かった私が早く元気になるようにってこの折り鶴をくださったんです」

おまつの母は実に澄んだ笑顔でそう言った。

初めて知った・・・。

かごめと村人との関わり。ずっと一緒にいたはずなのに・・・。

犬夜叉は微かなショックをうけた。

「おまつちゃーん!できたよーー!ほら!」

村の子供達が糸に通された沢山の折り鶴を持ってきた。

「うん!ありがとう!わあたくさん作ったねー♪何個?」

「わかんなーい!でもたっくさん折ったよ!折り紙って楽しいね!おまつに教えてもらってよかった!」

「うん!かごめおねーちゃんの折り紙だもん!」

村の子供達と楽しそうに話すおまつ。そのおまつを優しく見つめる母。

犬夜叉はその母の顔がどことなくかごめとだぶって見えた。

いつも後ろで当たり前に自分を見守っていてくれる人・・・。

「あ、犬っころのお兄ちゃん」

「な、誰が犬っころだ誰が!」

「これ、かごめおねーちゃんに渡して!」

おまつは犬夜叉に折り鶴の山をどばっと手渡す。

「な、何で俺が・・・」

「どうしてもあげたいの!あたし・・・。ずっとあたしのことみんな嫌いなんだって思ってた。だってあたしはよそ者だから・・・。だからあたし、別に一人だっていいって思ってたんだ・・・。でも、そしたらかごめねーちゃんが・・・」

“一人じゃないよ。みんながいるよ”

「そう言って折り紙くれたんだ。あたし・・・頑張って折り紙もってみんなに「あそぼ」って言ったの。そしたらみんないいよって言ってくれたんだ!すごくすごく嬉しかった・・・!あたし、ホントに一人じゃなかったんだって分かったから・・・」

“いいじゃないの。今は一人じゃないんから・・・”

かごめの言葉が犬夜叉の心に響く。優しい声で。

自分が一人じゃないと感じた瞬間。かごめがそばにいることが、この少女の様に嬉しく感じた瞬間。

かごめの言葉が何度も心に響く。

「そしたら、どうしてだかかごめおねーちゃんが『ありがとう』って言ったんだ。」

“私の折り紙でみんなが遊んでくれてたから嬉しいの”

「って・・・。ありがとうって言いたいのはあたしの方なのに・・・。その時ね、あたし、かごめおねえちゃん大好きになったの!」

犬夜叉の心のまた、かごめが言った言葉が響く

“だって嬉しいんだもの。犬夜叉がこうして話してくれるのが・・・”

何でそんな事が嬉しいのかって思った。ただ、昔の自分の事を少しだけ話しただけなのに・・・。

俺は・・・。喜んだかごめの顔を見るのが嬉しかった。もっと見たいと思った。

この少女の様に・・・。

「あたし、ずっとかごめおねーちゃんと村のみんなと一緒にいたいって言ったらねかごめおねーちゃん・・・」

“ずっとは・・・無理かもしれない”

「じゃあいつまで?って聞いたら」

“・・・。大切な人達の・・・願いが叶うかな”

「なんかすごく悲しそうな顔してた。だかごめお姉ちゃんが元気になるように・・・。だから、絶対、渡してね!」

おまつは犬夜叉の手をぎゅっとにぎっていった。

小さい手だったけど、力強く感じた。

この小さな手に願いが込められているから・・・。

「・・・。けっ・・・。仕方ねぇな・・・」

「ありがとうございます。犬のお兄ちゃん」

おまつは笑顔で言った。

誰かに、お礼を言われるなんてくすぐったくて好きじゃない。

でも。人間から嫌われていた自分でも誰かのためになにかできるかもしれないことを、かごめが教えてくれた。

「これだけあれば、かごめも元気になるじゃろ。かごめとオラ達はずっと一緒じゃ♪」

七宝が犬夜叉の肩の上で喜んでいる。

けれど犬夜叉の心中は複雑だった。

“ずっとは無理かも知れない・・・”

かごめがおまつに言ったこと。

犬夜叉はおまつの様にかごめに聞き返したいと思った。

「じゃあ、いつまで・・・?」

と・・・。

「?犬夜叉?何を考え込んでおるのじゃ?」

七宝とおまつはなぜかうつむく犬夜叉に首を傾げていたのだった・・・。




“大切な人達の・・・願いが叶うまで”


かごめ・・・。

お前の“願い”ってなんだ・・・?

お前の願いは・・・。


「犬夜叉、お願い生きて・・・」


・・・。

かごめ・・・。俺は・・・。


俺の願いは・・・。


俺の願いは・・・。


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