神社の境内で村の子供達が遊んでいる。この辺りには妖怪の気配も戦も全くなく、平和な時間が過ぎていた。
(琥珀・・・)
珊瑚は琥珀と同い年の子供達を見るたびその姿を思い出す。
奈落に操られ、手中にいる琥珀。幾度と犬夜叉達を襲ってきた。
それも全て奈落の罠だった。
おとなしくてちょっぴり甘えん坊だった琥珀。
珊瑚の脳裏にはその素直な琥珀の姿がずっとあった。
「珊瑚、どうしたのですか。こんな所で一人で」
「犬夜叉達は?」
「今夜の宿をお願いしに村人に頼みに言っている」
「あ、そう・・・」
キャハハハハ・・・・。
子供達の声が響いている。
「きっと珊瑚と琥珀も幼い頃ああやって仲良く遊んでいたのだろうな」
「・・・」
いつになく、優しい声の弥勒。一瞬珊瑚また、いつもの冗談を言うのかと思った。
「珊瑚の事だからきっと相当におてんば娘だったんだろう」
「な、なによ。今もそうだっていいたいんでしょ。どうせ」
「ええ。もうそれはそれは・・・元気で弟思いの腕の立つ退治屋です」
「法師様・・・」
弥勒なりの励ましなのだろう。時々見せる弥勒の優しさに珊瑚はいつしか惹かれている自分に最近かすかに感じていた。
「おや?子供達の様子が何やらおかしい」
見ると、一人の少年を4人の子供達が囲んで殴ったりしている。
少年はひたすらに地面にうずくまって何の抵抗もしない。
見るに見かねた珊瑚と弥勒は助けに入った。
「これこれ、いくら子供のケンカといっても限度がありますよ。君たち」
笑顔で優しいお兄さん風に弥勒が言う。
「何だ、このおっさん」
プツ。
血管が切れる音がした。
不良法師変身の巻。
「んだと。このクソガキ。しまいにゃすいこんだろか」
「うわーん!こわいよー!」
子供達は一目散に逃げていった。
「子供には本性みせるのね」
「はい?何のことです?」
すっとぼける弥勒に珊瑚はあきれ顔。
弥勒は『優しいお兄さん』に戻ってやられていた少年に声をかける。
「大丈夫か?ケガはないです?」
少年は弥勒の声にビクッとなってまだ、うずくまっている。
「あれ、まぁ。これは・・・」
「法師様のドスが効き過ぎたんじゃないの?」
今度は珊瑚が少年の顔をのぞき込むように声を掛けた。
「こら!男の子がいつまでもないてんじゃないの!」
「・・・!」
珊瑚の顔を見た少年はとても驚いた顔した。
「えッ・・・」
何を思ったか少年は珊瑚に突然抱きついた。
「法師様この子・・・」
「ああ・・・口がきけんようだな・・・」
弥勒がしゃがんで少年の頭をなでようとしたとき、今度も少年は弥勒の顔見たとたん、弥勒にも抱きつく。
「一体どうしたというのだ・・・。これは何かありますな・・・」
「そ・・・そんなまさか・・・姉さんと義兄さん・・・?」
少年を迎えに来た村の女性も二人をみて驚愕している。
弥勒は少年を抱き上げると女性に預けた。
「どういうことのなのか・・・お話をきかせてくれますかな?美しい娘さん」
「え・・・。あ、あの・・・」
弥勒、キリリとして言う。
「ちょっと法師様、別の事、考えてない?」
犬夜叉達一行は少年の家に一晩泊めてもらうことにした。
「すみません・・・。おせまいでしょう・・・。なにせ、戦で焼かれ後に建てたばかりなものでして・・・」
「いえいえ。お気遣い無く。お民さん。約1名は外で眠ってもいい奴ですから」
弥勒は犬夜叉を見る。
「なんでい。俺の事かい」
弥勒、犬夜叉を無視して話を進める。
「こらッ。人の話、きいてるんかい!」
「それにしても・・・いつまでこうしていればよろしいのでしょうか?」
弥勒と珊瑚の間にずっと手をつないだまま座っている少年・かん太。ひるまから、ずっとこの状態だ。二人から離れようとはしない。珊瑚からは特にだ。
「多分かん太は・・・自分のおとうとおかあが帰ってきたと思っているんです。戦で死んだ・・・。そしてあなた方二人・・・かん太の両親にそっくりなんです」
「あたしと法師さまが?」
二人はお互いを見合う。
「・・・。戦の時・・・かん太の両親はかん太の目の前で火に包まれたんです・・・。それ以来、かん太は声がでなくなってしまって・・・」
かん太は珊瑚の着物をギュッと握る。
「かん太はきっと二人が帰ってくるんだって毎日あの境内で待っていたんです。あそこは3人の思い出の場所だから・・・」
かん太の父親が漁から帰ってくるのをいつもあの境内で母親と待っていた。夕日をみながらかん太と母親は大好きな子守歌をうたいながら父親の帰りを待つ。大好きな大好きな・・・。
♪でっかいたいようしずむ。おっかあとふたり、おとうをまつ。
おとうはなんびきさかながとれたかな。おとうのせなかはでっかいぞ。たいようよりもでっかいぞ。
おかあのにおいはやさしいにおい。さくらのようなやさしいにおい。
ずっといっしょにいるんだね。いるんだね。
おとうとおかあ、おらのたからもの、たからもの・・・♪。
「・・・」
珊瑚も琥珀によく唄ってやっていた。眠れない夜に。
「そういう事だったのですか・・・。かん太は辛い思いをしたのですね・・・」
なんともしんみりした雰囲気。
「けっ。なんでい。親がいねぇガキなんざ、山ほどいるじゃねぇか。いつまでもビクビクしてんじゃねぇよ」
「犬夜叉!そんな言い方ってないでしょ!」
「俺は本当の事を言ったまでだ」
「はい。その方の言う通りです。かん太は・・・認めたくないんです。二人がもういないって事に・・・。だから、声を取り戻そうと思わない・・・。笑おうともしない・・・。だから、お願いです。法師様、私、かん太にもう一度笑って欲しいんです・・・。しばらく、ここに居ていただけませんか。もしかたしら・・・声がもどるかもしれない・・・」
お民の涙の訴えに弥勒、手をとって快諾する。「人に役に立つのが法師の努め。喜んでお引き受けしましょう・・・」
「ありがとうございます・・・」
横で、珊瑚は呆れた視線を送る。
「不道徳な法師だわね」
こくりこくり・・・。いつのまにかかん太は眠ってしまっていた。
「かん太君、ねちゃったみたいね・・・。私達もそろそろやすみましょう」
かん太を隣の部屋の布団につれていこうとしたら、弥勒の法衣をしっかりと握っているではないか。
「は・・・離れませんな。これは仕方があるまい。珊瑚、仕方がない。このままここで3人で寝ましょう」
「な、なにどさくさに紛れて言ってんのよ!」
「朝起きたとき、側に私達がいなければ、どんなに悲しむことでしょう。珊瑚、こも人助けの一つです」
弥勒は半分は冗談のつもりで言った。
かん太の顔が琥珀に重なる。
「・・・。仕方・・・ないわね。だけど今晩だけだよ」
「え・・・」
「なにやってんのよ。早く寝ましょ」
3人は部屋に入り、ピシャリとふすまの戸が閉まった。
「・・・。さ、珊瑚は大丈夫じゃろか?!かごめ?」
「さ、さあ・・・。弥勒様に少しの良識があれば・・・(汗)」
「あるのか?」
「多分・・・」
「・・・だからって何で俺たちが馬小屋なんだ?」
「仕方ないでしょ。部屋がないんだから」
馬小屋とっても今は馬がおらず、たくさんのわらがしいていあり、あたたかい。
「あれ?七宝ちゃんどうしたの?」
「・・・」
七宝、寂しそうにかごめを見る。
「ははーん。七宝おめぇ、お袋がこいしくなったんだろう?」
「なっ。そんなんじゃないわい!ワシはそんなんじゃ・・・」
七宝、うるうるきている。
「七宝ちゃん・・・。おいで」
かごめは七宝をあたたかくだきしめる。
「かごめ・・・。おっかあと同じ匂いがする・・・」
七宝はかごめの胸の辺りで小さくなって甘える。
それを見た犬夜叉、ちょっとジェラシー?
「けっ。ガキが!」
「うらやましいのじゃろう。犬夜叉。かごめのここはやわらかくてあたたかいぞ」
「な・・・」
犬夜叉、照れる。
「もう。寝るときぐらいしずかにしてよ。犬夜叉!そうだ、あんた、お父さん役やってよ」
「はあ?」
「弥勒さま達みたいに3人で川の字になって寝ようよ」
「ば、ばーろう、ガキじゃあるまいし・・・」
「おすわりでむりやり寝かせよかしら。この男・・・」
「ちっ。わかったよ!」
「・・・。オラのおとうはこんな子供っぽくないわい」
犬夜叉、一発、パコリ。
親子ゲンカならぬ、兄弟げんか?
「はーっ。ゆっくりやすみたいわ・・・」
「・・・。私にとっては嬉しい状況ではありますが・・・」
かん太をはさんで両側に珊瑚と弥勒が川の字に並んでいる。
かん太も珊瑚もすっかり眠ってしまっている。
かん太、寝返りをうつ。そして、珊瑚の胸の辺りで顔をもそもそっとさせた。
「なんと、うらやましい事で・・・」
母親の存在を確かめるようにかん太は珊瑚の腕の中へと動く。
その片手はしっかり弥勒の法衣のすそをにぎっている。
弥勒は思いだしていた。自分もこのくらいの年の時、目のまで父親が風穴の中へ吸い込まれていく様を。
その時の恐怖、不安、そして・・・寂しさを。
そして、風穴がその手にある限りそれは続いていく。奈落を倒すまでは。
「・・・。二人ともなんともやすらかな寝顔で・・・」
珊瑚はきっとかん太と琥珀を重ねているのだろう。そして、かん太は珊瑚を母親だと・・・。
お互いに側に居て欲しい相手を求めて心と心を寄せ合う。親子でも恋人でも・・・。
自分は誰を求めている?何を?
弥勒は珊瑚の寝顔を見る。
「ふっ。・・・。かわいい寝顔じゃねぇか」
弥勒はそう言って、めくれていた布団をそっとかけ直した。
今、自分が求めているのはこんなぬくもりなのか・・・と弥勒は眠りについた。