「おい、弥勒。早く謝った方よいぞ。オラ、殺気すら感じるのじゃが・・・」
「はあ・・・。しかし、心当たりが・・・」
ギロリ。珊瑚の目が尖っている。
「あ、私、ちょっと外まで見回りに・・・」
弥勒、ここは一時、避難した方がいいと感じ、そそくさと小屋を出ていった。
「法師様ったら・・・。朝っぱらからナンパだなんて・・・ 。ふんっ・・・」
七宝、珊瑚の顔をじっと見る。
「な、なによ。七宝・・・」
「珊瑚の顔・・・。すごく・・・。寂しい顔をしておるな」
「なっ・・・」
何だかまだ子供の七宝に見抜かれた様な気がした。
まわりに自分の気持ちが筒抜けって感じがして・・・。
「確かに弥勒とつきあっとるとおなごの事はついてはなれんが、オラ、弥勒の思い人は珊瑚だけじゃと思うぞ」
「・・・」
「あ、珊瑚ちゃんっ・・・!」
かごめは飛びしだしていった珊瑚を追いかけた。
「・・・。オラ・・・何か悪いこといったのじゃろか・・・」
結局・・・。いつもここに来てしまう。
川の水に映る自分の顔。
七宝に気持ちを見抜かれてしまった顔。情けない・・・。周りのみんなに見透かされて・・・。
弥勒の行動一つ一つが気になって。
昨日、この河原で弥勒がおみよをじっと見つめていた・・・。
あの・・・。見たこともない真剣な瞳・・・。
ズキンッ。
珊瑚は思わず胸に手を当てる。
チクチクする・・・。
七宝が言ったとおり、弥勒の周りには女の子がいつもついてまわっているのは、今更って感じだけど・・・。
“それでも自分だけみていてほしい”
そんな想いがおさまらなくて・・・。
「珊瑚ちゃん」
振り向くと、心配そうな顔をしたかごめが。
「かごめちゃん・・・」
「どうしたの・・・?何かあった?」
「・・・。別に・・・」
そういう珊瑚だが、かごめにはなんとなく分かる・・・。
弥勒の事で、こんなにも切ない目をしている。
好きな相手に“他の誰か”の存在を感じたときの・・・苦しさ。
誰より・・・知っている。
「・・・。かごめちゃんはすごいね・・・」
「え?」
「相手がどんな奴でも・・・。ずっと信じてる・・・」
「・・・。信じたいだけだよ・・・」
「・・・。どうしたら信じられるのかな。頭ではわかってる。けど・・・。気持ちがついていかなくて・・・」
何だか・・・。珊瑚がとても身近に感じる。
妖怪の事をよく知り、さっそうと飛来骨を使いこなす強くて凛々しい珊瑚。
でも・・・。自分の恋にはこんなに、背中を丸めて悩んで切なくなって・・・。
かごめは珊瑚の背中をポン!と優しくたたいた。
「弥勒様の事で考え込んでる珊瑚ちゃんて本当に可愛いね」
「なっ・・・」
「うふふ・・・」
かごめは思い切り息を吸い込んだ。
「ふう・・・。犬夜叉のバぁーか!!」
「か、かごめちゃん!?」
「女の子がいつも大人しくしてると思ったら大間違いなんだから!こうしてたまに発散しないと、身が持たないもんね!ほら。珊瑚ちゃんもやってみたら!すっきりするよ」
「・・・」
かごめの笑顔が優しく染みこむ。
かごめのありのままの心遣いが珊瑚にも自然に伝わる。
「そうだね・・・。ようし・・・!」
珊瑚はお腹に力を入れた。
「ふう・・・。スケベ法師のバッキャーローーーーッ!!変態法師ーーーッ!!ハアハア・・・」
かごめより迫力がある珊瑚の雄叫び。ゼエゼエ言っている。
「こ・・・。こんな感じかな?かごめちゃん・・・」
「う・・・。うん・・・。じゃあ!あたしももう一回!弥勒様ーーー!珊瑚ちゃんを泣かすなーーーッ!」
「犬夜叉ぁ!いつまでも二股通用すると思うなよーーーーっ!かごめちゃん大事にしろーーーッ!!」
時々、自分の恋にくじけそうな時。ぱんぱんに張りつめたビニール袋の口を開けて空気を少しだけぬくように、自分の心に風を通さないと・・・破裂しそう。
自分の恋を信じるために。
「はあ・・・。大声出すってちょっと恥ずかしいけど、気持ちいいね。かごめちゃん」
「う、うんそうだね・・・。(珊瑚ちゃんあたしより声、大きいんだね・・・)」
そんな声を、特に耳のいいこの男に聞こえないはずがない。ことさら自分の悪口となると・・・。
「てめーら・・・。何さっきから叫んでやがる・・・」
かごめと珊瑚の背後から、ぬっとお怒りの犬夜叉がどこからともなくご登場。
「あ、なんだ。いたの」
あっけらかんとかごめと珊瑚、振り向いた。
「いてわりぃか!!(実はかごめの後をつけてきた)さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手いいやがって!!おいこら!かごめッ!!」
「犬夜叉。悪いけど、珊瑚ちゃんと一緒にいたいの。ねー♪」
「うん♪そう。だから男はあっち行きな」
犬夜叉、かなりホントにブレイクハート。
そんな犬夜叉を置き去りにしたまま、女達は楽しそうに小屋に戻っていった。
「お、俺といるより珊瑚と一緒にいたいだなんて・・・」
おすわり状態でどよーんと落ち込む犬夜叉。
「かごめのバッキャーローーー!」
と、半妖犬夜叉河原で寂しく一人吠えておったそうな・・・。
(かごめは俺より珊瑚を選んだのか・・・。うう・・・)
それから2,3日して、おみよと鎧を身にまとった若い男が突然弥勒を訪ねてきた。
その様子を柵の間から覗き見る犬夜叉、珊瑚、七宝、かごめの面々。
「法師様。この度は私の妹の我が儘をきいて頂きまして本当にありがとうございました。素晴らしいお守りを頂きました・・・」
おみよの兄はそっと胸に手を当ててそう言った。
「いえ。私にできること等そのくらいでした・・・。どうか・・・生きて返ってください。あの絵にはおみよの願いが託してあるのですから・・・」
「はい・・・」
その時。おみよは見物人、珊瑚達に気づく。
「そうよねぇ。兄貴ったらいくらあたしが死んだお母ちゃんに似てるからって、法師様にあたしの絵を描かせるなんて・・・。しかも、それを戦に行くからってお守りにするなんて・・・。天国のお母ちゃんもきっと笑ってるよ」
あきらかにおみよはわざとらしく、大きく声を出して言う。
「おみよ!そんな法師様の前で・・・。すみません。法師様」
「いえいえ。おみよこそ。お兄さん場慣れできてない様ですな・・・。ははは・・・。どうか・・・。ご無事で・・・」
「はい・・・」
おみよ兄妹は弥勒に深々と頭を下げ、弥勒はそんな兄妹の後ろ姿を見えなくなるまで見届けた。
あの河原でおみよを真剣に描いていた眼差しに・・・。
そんな弥勒の背中が・・・すごく大きく見える珊瑚・・・。
「さあてと。珊瑚。見物はもう終わりですよ。ちょっとこっちに来てくれぬか」
「えっ・・・」
珊瑚、ドキッとしながら外へ・・・。その後で見物人達(犬夜叉、かごめ、七宝)も出てきたが・・・。
「申し訳有りません。見物人の方々はご遠慮くだされ。私は珊瑚と二人っきりになりたいのです。さ、いきましょう。珊瑚」
「え、あのっちょ、ちょっと・・・」
強引に珊瑚は弥勒に手を引っ張られ、連れて行かれてしまった。
あっという間に。
「・・・。オラ、 。弥勒の奴、何だかものすごくいい男に見えたぞ。かごめ」
「そうだねぇ。あたし、ただ、弥勒様に珊瑚ちゃんと話し合ってって言っただけなのに・・・。さすがよねぇ・・・」
「けっ・・・。女に手が早いだけだろーが」
かごめと七宝、犬夜叉にすごくあきらめたような視線を送る。
「な、なんでい」
「・・・。まだまだ、子供じゃの・・・。」
「なっ・・・」
「子供の方が素直で扱いやすいよ・・・。ハア・・・。七宝ちゃんあっちいってお菓子たべましょ・・・」
七宝とかごめはため息をつきながら犬夜叉を置いて、おやつタイム。
「俺はガキじゃねーぞーーー!」
ちょっとロンリーな雄叫びの犬夜叉だった。
「俺のくいもん、ちゃんと残しとけよーーー!」