第10話
心のままに
〜季節はずれの花〜
B

大きな漆黒の格調高いベットに桔梗が眠っている。

劇的な再会で激しく興奮して気を失ってしまった桔梗を犬夜叉は寝かせた。

「記憶がもどってまだ間もないのに・・・。貴方と会わせるのはどうかと僕も思ったんです・・・。只でさえ、桔梗は貴方と会うのを激しく拒否していたから・・・。でもそれは会いたいという気持ちの裏返しですからね・・・」

桔梗のおでこにぬれタオルを置きながら樹は話す・・・。

「・・・。それより・・・。樹。お前は桔梗とどういう関係だ・・・。そして、2年前に何があったんだ・・・?」


「・・・。桔梗が起きます・・・。部屋を変えましょう・・・」

犬夜叉と樹は、となりの部屋に移った。


そしてかごめは廊下から、その部屋のドア越しに二人の話を聞く・・・。


今は・・・。犬夜叉の顔をまともに見られない・・・。


樹はゆっくりと語り始めた・・・。

2年前に何があったのか・・・。


「僕と桔梗は・・・。子供の頃からずっと同じ楽団で活動してきました・・・。桔梗はバイオリン、僕は指揮者を目指して・・・」

「・・・」

「2年前、桔梗が事故あったとき・・・。僕はずっと瀕死の桔梗に付き添っていました・・・。ですが、桔梗は一命を取り止めました・・・。でも目覚めた桔梗は・・・。すべての記憶を失い、そして、利き腕の右手が動かなくなっていました・・・」


“私はバイオリンを奏でる右手もすべて失った!!”


さっき、叫んでいた桔梗の言葉を思い出す犬夜叉。


「でもどうしてだ・・・。何故、桔梗を死んだことにしたんだ・・・。おかしいと思っていたんだ・・・。テレビや週刊誌は桔梗が事故に遭ってしばらくは大々的に報じていたのに、ある時からピタリと止まった・・・。」


微かに感じていた疑問・・・。でも、どこをどう探しても、桔梗はいない。


『桔梗はもういない』


そう思い込みずっと空虚な心を抱いてこの2年間生きてきた・・・。


「週刊誌や報道は僕が経済的圧力で、桔梗に関する記事をすべて差し押さえました・・・。それから僕は桔梗を連れてリハビリのため、日本を離れた・・・。まあ、それでもしばらくは世間も、『月島桔梗』話題でが絶えませんでしたが・・・」

しかし、ワイドショーもいつの間にか、他の芸能人のスキャンダルで盛り上がっていた。


「犬夜叉さん、無双をご存じですね?」


「無双・・・。ああ。この間、俺のアパートに押し掛けてきた。そして俺と桔梗をハメた野郎だ・・・」


「無双もずっと同じ楽団でしたが、アイツは異常に桔梗のバイオリンにこだわった・・・。自分が桔梗の才能を育てたんだと思い込み、長年桔梗につきまとっていました。だから、あの事故で桔梗を死んだと思わせて、縁を切りたかったんです・・・。そのために墓まで作りましたよ・・・」


「でもだからって・・・。桔梗を死んだことにすることはねぇじゃねぇか!!桔梗はいきてんだぞ!!」


ドン!!

樹は激しくテーブルを叩いた。


驚く犬夜叉。


「貴方が一番その理由をわかっているはずだ・・・!!桔梗は・・・。何もかも捨てて貴方と共に生きていこうとした・・・。全く別の人間になりたかったんです・・・!普通の女に・・・!!」

「・・・」


激昂した樹に驚く犬夜叉。


「す、すいません。取り乱して・・・。でも・・・。ずっとそれが桔梗の願いだった・・・。一人孤独なバイオリニストなんて役は捨てて、普通に暮らす事を・・・。だから僕は良い機会だと思ったんです・・・。桔梗が・・・新しい人生を歩く・・・。」


「・・・」

樹は、コーヒーを一口含んだ。



「でも、やっぱり桔梗にはバイオリンしかないと思った・・・。記憶を取り戻してしまった桔梗には・・・。そして貴方が必要なんだ・・・。貴方しか桔梗のバイオリンの音色を取り戻せない・・・。悔しいですがね・・・。譫言で・・・。貴方の名ばかり言うんです・・・。オウムの様に・・・」


切ない樹の瞳に、樹の桔梗への想いを感じた犬夜叉。


「・・・。何をすればいい・・・?桔梗のために俺は・・・」


「・・・。ただ・・・。桔梗のありのままを見守って欲しいんです。桔梗の側で・・・」

「・・・」

樹は犬夜叉に頭を下げた。


「お願いです・・・。犬夜叉さん・・・。桔梗を支えてやって欲しい・・・。僕では無理なんだ・・・。お願いします・・・!」


年下の犬夜叉に、深く、深く頭を下げる樹。


そんな樹が犬夜叉はたくましく見えた。

「俺だってそうしたい・・・。俺にできることなら何でもする・・・。何でも・・・」

桔梗のバイオリンの音がもう一度聴きたい。

哀しい音色だがどこか人を引きつけるあの音色を・・・。

「・・・。医者が言うには桔梗の右手が動かないのは怪我の後遺症というのもありますが精神的なものもかなりあると言っていました。だから、貴方が必要なんだ。是非貴方に桔梗の支えになってもらいたい。一方的な事ばかり言ってますが・・・」


樹の言葉一つ一つに、桔梗への思いを感じる犬夜叉。自分より桔梗の心内をを知っていると感じた。


「・・・。かごめさんは本当に桔梗に似ていますね」

「!!」


犬夜叉の揺れる心をすべて見透かしている様にように樹は言った。


「驚きましたよ・・・。貴方を捜して調べていたら・・・。桔梗とそっくりなかごめ様が貴方の側にいた・・・。なんて皮肉な運命だと思いました・・・。」

「・・・」

「今日、最初は貴方だけを呼ぼうと思っていました。でも、何だかかごめさんには不思議な縁を感じて・・・」


「・・・」


犬夜叉は複雑な面もちで樹の話を聞く。


「桔梗が記憶を失っていた間・・・。貴方には貴方の生活ができてしまっていたでしょう。貴方には申し訳ないと思っています。結果的に、貴方と桔梗の間を僕の勝手な一存で引き裂いてしまったのだから・・・。本当にすいませんでした・・・」

「樹・・・」

桔梗の思い人の犬夜叉に深々と頭を下げ、謝った。

「 でも・・・もうしばらく、桔梗のリハビリが完治するまで・・・。僕を桔梗のそばにいさせてください・・・。治ったその時は・・・。貴方に桔梗をお返しします・・・。」

樹はスッと犬夜叉に手を差し出して、握手を求めた。

真剣な眼差しの樹・・・。

「・・・わかった・・・。」

複雑な気持ちを込めて・・・。犬夜叉は樹と握手した・・・。


「ありがとう・・・。落ち着いたらまた・・・。ご連絡します・・・」


桔梗を想う二人の男の会話をすべて聞いていたかごめ・・・。


『蚊帳の外』


その言葉がぴったり当てはまる気分だった。


自分には入り込めない世界・・・。


共通していることといえば・・・。


『桔梗に似ている』自分・・・?


やりきれない空しさと犬夜叉と桔梗の再会シーンのショックが入り交じって、どっと疲れを感じる・・・。


かごめはフラッと屋敷を出ようと玄関に向かった・・・。


一方その頃。犬夜叉と桔梗の再会シーンの一部始終を見ていた弥勒と珊瑚。

屋敷前で樹の側近の男に捕まっていた。

「だから・・・!あたし達は怪しい者じゃないって・・・!」

「そうですよ!この私の凛々しい顔が不審人物にみえますか!?」

弥勒は自分の顔を指さし力説。


「見えます。特に貴方はね」


「・・・そんなはっきり言わなくても・・・」

「ともかく、一緒に警察に・・・」


「珊瑚ちゃん、弥勒さま!?」


屋敷の中からかごめが出てきた。

「ああ、良いところにかごめ様!この分からず屋のおじさんにいってください。私達が怪しい者ではないと」

「あ、あの・・・。この人達は私の知り合いなんです・・・。」

樹の側近の男はかごめの説得にしぶしぶ納得した。

「分かりました。貴方がそうおっしゃるならば・・・。。ですが、今日、ここであったことはかごめ様を含め、固く口外しないことを誓ってください。でなければ、この二人を帰す訳には参りません」

「爺。そんなに厳しく言わなくてもいいだろう」

「樹様!!」

外の騒ぎを聞きつけた樹と犬夜叉が出てきた。


「弥勒に珊瑚!?てめーらどうして・・・!」

「い、いや、ドライブですよ。ドライブに来ただけです。ね、珊瑚」

「う、うん・・・」


しかし、疑いの目の犬夜叉。

そして、樹が助け船を出す。

「仏野弥勒さん、戦国銀行勤務。それに海野珊瑚さん、戦国大学2年。あなた方も知っています。決して人にペラペラしゃべる様な方達ではないということも・・・」

「すべて我々の事も調査済み・・・って訳ですか・・・」
遙かに樹の方が上手。にっこりと、笑い、弥勒と珊瑚にそれとなく口止めする。


「そういう訳だから・・・。珊瑚ちゃん弥勒さま、お願いね」


「うん。わかってるよ。かごめちゃん」


「・・・。じゃあ、樹さん、私はこれで・・・。珊瑚ちゃん。悪いけど後ろ乗せてくれる・・・?」


「え?い、いいけどかごめちゃん・・・」

「早く還りたいんだ・・・。アパートに・・・」


かごめは犬夜叉の顔を一度も見ようとせず、バイクにまたがった。

「わかった・・・。じゃあ、弥勒さまと犬夜叉は・・・」


「私がお送りします」


樹の側近がリムジンのドアを開けていった。

「おお♪リムジンとは豪華な・・・!」

複雑にかごめを見つめる犬夜叉をよそに弥勒はそそくさとリムジンに乗り込んだ。


「じゃあ、犬夜叉さん・・・。またいずれ・・・連絡します・・・」


「ああ・・・」


「はい・・・」

バタン。


リムジンのドアが閉まり、犬夜叉と弥勒を乗せたリムジンは屋敷を跡にした・・・


「かごめちゃん。行くよ。いい?」


「うん・・・」


ヘルメットをかぶり、バイクにまたがるかごめ。


「かごめさん」


樹が呼び止める。


「かごめさん・・・。すみません・・・」

「なんであたしに謝るんですか・・・?」


「すみません・・・」


どうして謝るのか・・・。

その『すみません』が犬夜叉の『すまねぇ・・・かごめ』に聞こえた・・・。

「じゃあ・・・。失礼します・・・」


エンジンをふかし、屋敷を離れようとしたとき、ふとかごめは屋敷の2階の窓に視線をやった。


(!!)


自分と同じ顔が・・・窓に・・・。


しかし明らかにその視線は、鋭く自分ではない・・・。


(月島・・・桔梗・・・)


シャッとカーテンが閉められる。


「どうしたの?かごめちゃん」


「な、なんでもない・・・。行って。珊瑚ちゃん」


ブロロロ・・・。


珊瑚のバイク音が山にこだまする・・・。


かごめの胸にも痛く・・・。


響いていたのだった・・・。


そして、アパートについた四人・・・。

既に日は暮れ、辺りは暗くなっていた。


「珊瑚ちゃん、ありがとう。送ってくれて」


「ううん・・・」


かごめは足早に自分の部屋に行こうとした。


「かごめ!待ちやがれ!!」


「犬夜叉・・・」


犬夜叉が呼び止める。

「・・・」


「・・・」



珊瑚と弥勒は切羽詰まった二人の間の空気を察し・・・。


「さ、珊瑚。見たいと言っていた前にお前がビデオを借りてきました。私の部屋で鑑賞会に致しましょう」

「あ、そ、そうだね」


弥勒と珊瑚はその場をそそくさと退散した・・・。


シーンと辺りは静まりかえる・・・。


「・・・かごめ・・・。俺・・・」


「・・・犬夜叉。大丈夫だから・・・!」


犬夜叉の言葉を遮るように言った。


「かごめ・・・」

「ごめん・・・。あたし、疲れてるんだ・・・。じゃあおやすみ・・・ッ」

「かご・・・」


バタン!


犬夜叉を完全に遮断するように閉められたドア・・・。
閉められた重く・・・。


今は・・・近づけない・・・。


灯りも灯らない部屋は・・・。


かごめの心そのものだった・・・。



バフッ・・・ 。


電気も付けず、ベットに倒れ込むかごめ・・・。


「・・・」


“生きていてよかった・・・。本当によかった・・・ッ。桔梗・・・ッ”


蘇るあの抱擁シーン・・・。


ギュッと心をねじ曲げられる位に痛む・・・。


“どうして僕は泣いているんでしょうね・・・”


そして樹のあの涙は・・・。


自分がながしたかも知れない涙・・・。


“桔梗の事支えになってやってください・・・”


“わかった・・”


犬夜叉は・・・。それを選んだ・・・。


ズキッ・・・。


さらに痛む・・・胸の奥・・・。


そして、一瞬、窓から見えた桔梗の鋭い視線・・・。


頭の中がぐちゃぐちゃだ・・・。


一日に一変に色んな事が起きすぎて・・・。


気持ちがついていかない・・・。



泣く力も出ないほどに疲れたかごめ・・・。


それでも・・・。



『桔梗ッ・・・!』


犬夜叉の声が突き刺さる・・・。


鋭い矢の様に・・・。


眠ろう・・・。


眠ってしまえば・・・。


きっと明日は笑える・・・。


きっと・・・。


ゆっくりとかごめのまぶたが閉じる・・・。



一筋・・・。綺麗な涙が頬を伝って流れて・・・。


枕に・・・。


染みこんだ・・・。

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