第10話A心のままに
〜季節はずれの花〜・・・

かごめと犬夜叉を乗せた車は、山深い、別荘地が密集している森の中へと入っていった。

森の中には大きな別荘が立ち並ぶ。

そして、まるで外国の城の様な洋館の前で車は止まった・・・。

「すごい・・・。テレビとかおとぎ話に出てきそうな・・・」

部屋の数は幾つ在るのか。

2階建てだが、窓が何十個もある。

「こちらで御座います」

正面玄関はチョコレートの茶色のドアでギィっと開くと・・・。

「わあ!シンデレラの階段みたい!」

天上にはキラキラと光るシャンデリア。

玄関のあちこちには、古くて高そうなアンティークの花瓶や置物が飾ってある。

そして二人は、居間らしき部屋に通された。

その部屋にも名高い画家の絵や置物が飾ってある。

「・・・。けっ。典型的な“金持ちの屋敷”だな。定番すぎるぜ」

「“定番”の屋敷へようこそ。犬夜叉さん」

「!!」

ガチャ・・・。

サラサラの髪。

白いワイシャツ。

二人を出迎えたのは端正な顔つきの青年だった。

かごめはどこかで見たことがある・・・と思った。

「初めまして。改めて自己紹介します。僕は坂上樹と申します」

「あの・・・。もしかして、坂上樹ってあの、若き天才指揮者と言われている坂上樹さんですか!?」

「・・・“天才”は余計ですがね」

坂上忍・・・。

若干25歳の若さで、世界各国のクラシック界で頂点に立つ今、注目の指揮者。

その甘いルックスもあって、日本の女達の間ではアイドル的存在だった。

「けっ・・・。何か“天才指揮者”だ!そのお前がなんで俺たちを呼び足した!?」

「・・・。まあそんなカリカリしないで。お座りになってください。かごめ様も」

「あ、は、はい・・・。どうも・・・」

レディーファーストという言葉が出てきそう対し短気まるだしの犬夜叉をサラリとかわす樹。

年の功というのか、何とも落ち着きがある。

「粗茶でございます」

これまた高級なアンティークのコーヒーカップ。

一般人から見たら絶対に“粗茶”ではない。

何だか樹の態度が気に入らない犬夜叉。

ゴクゴク・・・。ガチャン!

勢いよくコーヒーを飲み干した。

「オウ!とにかく、俺たちを呼びだした“要件”だけを話せ。一体何故、俺たちをここに連れてきた?」

「・・・」

樹は暫く沈黙し犬夜叉をチラリと見つめた。

「・・・。もう大体わかっていらっしゃるんでしょう。犬夜叉さん・・・」

「!」

犬夜叉の心見透かしような樹の目・・・。

そう。樹の言うとおり、犬夜叉は感づいている。既に・・・。

自分が呼び出された理由が・・・。


「今日は・・・。いい天気です・・・。庭の花も綺麗に開いている・・・」

樹は窓際にいき外を眺めた。

そして、あのカードの言葉をつぶやく・・・。


「そうそう・・・。うちの庭に咲いているんですよ・・・。“季節はずれの桔梗”の花が・・・」


(!!)


樹の言葉に・・・。

犬夜叉の鼓動はドクンと反応した。


“もしかしたら、桔梗は・・・”


疑問が核心に変わる。


耳の奥から、あの哀しいバイオリンの音色が聞こえてきた・・・。


「うちの庭の桔梗の花は・・・。2年も花を咲かせなかったんです。とても傷ついていたから・・・。傷つき、記憶をなくして心を閉ざしていた・・・。でもつい最近・・・花を咲かせたんです・・・。記憶と共に・・・」


“モシカシタラ・・・。キキョウハ・・・”


疑問が核心に変わった・・・。


ガタンッ!!


犬夜叉は真意を確かめようと部屋を出ようとした。


「犬夜叉っ・・・」

とっさにかごめが呼び止める。

「かごめ・・・」

(行かないで・・・!)


かごめの瞳がそう訴えている・・・。


犬夜叉の胸が一瞬、締め付けられる・・・。


切なすぎるかごめの瞳・・・。だが・・・。


「かごめ・・・。す、すまねぇっ・・・」

バタン!!


犬夜叉は・・・。


忘れそうだった桔梗の花をもう一度見つめに・・・。


行ってしまった・・・。


かごめはぼう然と立ちつくす・・・。


「・・・。かごめ様。僕達は・・・。ここから・・・。季節はずれの桔梗の花を見つめましょう・・・。僕も辛いですが・・・。苦しいですが・・・」


かごめの肩をそっと触れ、窓際に連れて行く。


「・・・」


窓から見える・・・。


花壇に咲いている、桔梗の花が揺れているのを・・・。


長い髪の・・・。


女を・・・。


そしてその女の後ろには・・・。


犬夜叉がゆっくりと近づく・・・。


犬夜叉の耳に響く・・・。


あの哀しい音色が・・・。


蘇る・・・。


哀しい瞳が・・・。


ドクンドクン・・・。


脈が速まる・・・。



もう・・・死んだと思っていた・・・。


自分のせいで・・・不幸になってしまったと思っていた・・・。


一度は共に生きようと思った女が・・・。


今・・・。


目の前に・・・。


2年ぶりにその名を呼ぶ・・・。


愛した女の名を・・・。


「き・・・。桔梗・・・っ」


「!」


花を見つめていた女の動きが止まる・・・。


そして・・・。ゆっくりと振り向く・・・。


長い髪がそよぐ・・・。


桔梗の花も揺れ・・・。


「犬・・・夜・・・叉・・・」


2年ぶり・・・。


向かい合う・・・犬夜叉と桔梗だった・・・。



何を話したらいいのか。


言葉がでない。


話したいことは山ほどあるのに・・・。

「桔梗・・・」


犬夜叉は桔梗に近づこうと、一歩踏み出そうとした。


「来るな!!犬夜叉ッ・・・!」


激しく拒否する桔梗。


「来るな・・・!私はもう2年前の私ではないっ・・・!!バイオリンを奏でる右手も、人々からの賞賛も何もないっ!!ただ、食べて生きている人形だ!!来るな!!」


桔梗は、花壇の桔梗の花を激しく根っこごとひきぬき、犬夜叉にぶつけた!

「桔梗、やめろ!」


「来るな!来るな!来るな!!!お前になど会いたくないッ!!私は一度は死んだはず人間だ!!来るな、来るなーーーッ!!」


花壇の土を掴んでは投げ、掴んでは投げ・・・。


犬夜叉の顔に投げつけられる・・・。


それでも犬夜叉は桔梗にゆっくり近づき、土を投げようとする桔梗の手を掴む・・・。


「桔梗・・・ッ!」


そして抱きしめた・・・。


「離せ・・・。離せ・・・。離せーーーッ!!!」


激しく両手をばたつかせ、拒む桔梗。


しかし、犬夜叉はそれでも桔梗を離さない。


「よかった・・・。お前が生きていて・・・。本当によかった・・・」


犬夜叉の言葉に、桔梗の力が抜ける。


そして、ピンと張っていた糸が切れた様に桔梗の瞳から一声に涙があふれた・・・。

そしてその一部始終をかごめは見つめていた・・・。


引き裂かれそうなくらいに辛く・・・。


今にも泣きそうだが、グッと涙をこらえる。


しかしかごめは気付いた。


自分の後ろで自分より切ない瞳で二人を見つめる人物を・・・。


ハッとするかごめ。



「樹さん・・・」


樹の瞳から一筋流れる涙・・・。


「樹さん・・・。どうして・・・」


「男が泣くなんて変ですね・・・。桔梗がずっと想っていた人と再会できて・・・。嬉しいはずなのに・・・。変ですね・・・」


樹の涙は・・・。かごめと同じ・・・。


嬉しくて、切なくて、哀しくて・・・。

樹の気持ちが痛いほど伝わってきた・・・。


好きな人のために・・・泣ける・・・。


嬉しくて、切なくて、哀しくて・・・。


窓の外で抱き合う二人の姿が樹とかごめの心を締め付け、そして思い知らせた・・・。


二人の絆を・・・。

抱きしめ合う二人。


犬夜叉を掴んでいた桔梗の手がかくんと力が抜けた。


「犬夜叉・・・」


「!?桔梗!?」


桔梗の手から力が抜け、倒れ込む・・・。


「桔梗ーーー!!」


2年ぶりの再会・・・。


それは、皮肉にも季節はずれの桔梗の花の前だった・・・。