第10話
心のままに
〜季節はずれの花〜@

夜の湖・・・。

水面の月が揺れている。

「今夜もとても綺麗な月だな・・・」

サラサラの髪の男がバルコニーに一人。

「きっとこの月を『彼』もみているのだろうな・・・」

その男の手に写真が。

写真には楓荘の前を歩いている犬夜叉とかごめの姿が映っている。

「でも驚いた・・・。『彼』の側に君とそっくりな人がいて・・・。うり二つというのはこのことを言うのだな・・・」

男が語りかける。

その先には・・・。

おとぎ話に出てくるような豪華なベットに眠る白い肌の・・・。

ベットに近づき、その透き通るような黒髪を撫でる。

「まっててくれ・・・。もうすぐ会える・・・。君の一番大切な人に・・・」


カチッ。

CDラジカセのプレイボタンを押す犬夜叉。

手には『月島桔梗』のアルバムが・・・。

流れてくる音楽。

哀しくて、静かで・・・。

まるで、桔梗が側にいるように感じる。

目を閉じると、寂しい瞳の桔梗が蘇ってくる・・・。

(桔梗・・・)

愛する女を失った痛みはまだ消えない。

だが、自分はその痛みを抱えながらでも生きていかなければならない・・・。

生きている自分の時間は明らかに前にすすんでいるから・・・。

それにしても。犬夜叉には一つ疑問があった。

2年前。犬夜叉は何度も桔梗に何があったのか聞くために所属していた楽団に掛け合ってみたがまったく教えてはくれなかった。

ただ、桔梗の墓の場所を教えられただけだった。

(・・・。桔梗)

今更何を考えても、始まらない。

せめて、桔梗に自分がこれから生きていくことを伝えたかったが・・・。

コンコン。

「誰だ?」

犬夜叉はCDラジカセを止め、ドアをあけた。

「犬夜叉。おはよ。ちょっといい?」

「おう」

「おじゃましまーす♪」

朝。少し汗くさい自分の部屋に、かごめの優しい甘い匂いが薫る。

胸の痛みも和らぐ瞬間。

心から安らぎを感じる瞬間だった。

「もー。またカップラーメンの山。少しは野菜とか食べないと」

「う、うるせー。それよか何だ。なんの用だ」

「あ、うん・・・。あのね。犬夜叉宛の手紙があたしのポストに間違ってはいってたの」

「手紙?」

「うん、これなんだけど・・・」

ブルーの封筒に『犬島夜叉丸様』とある。

中にはオシャレな花束の絵の表紙のカードが入っていた。

その花は・・・。

桔梗の花。

「・・・」

意味深だなと感じつつカードには、

『突然の手紙、驚かれたと思います。私は坂上樹と申します。犬島様。いや・・・。『犬夜叉』様とお呼びした方がいいのでしょうか。

用件のみ言います。貴方に是非私の別荘に来ていただきたい。

理由は来てからお話しします。どうかよろしくお願いいたします。

それと、是非、貴方のお隣に住む日暮かごめさんという美しい方もご一緒に・・・。

一方的な申し出、誠に失礼しました。では、今度の休日にお向かいにあがります。

P.S季節はずれの桔梗の花が咲きました。

坂上樹

「・・・」

最後の一行がひどくひっかかる。

「一体、何なの?犬夜叉。坂上樹って人、知り合いなの?」

「しらねぇよ。そんな奴・・・」

「悪戯・・・かな」

「・・・。かもな。ほっとくさ。こんなもん・・・」

「・・・」

二人は知らん顔をするつもりでいたが・・・。

“季節はずれの桔梗の花が咲きました”

意味深な一行が二人の心にひかかってとれなかった・・・。


バタン。

楓荘の前に高級車が止まる。

黒塗りの外車。

中から男が一人出てきて、かごめの部屋と犬夜叉の部屋を尋ねた。

「なんでい。お前は・・・」

「おはようございます。お休みの朝にすみません。お二方をお迎えにあがりました。仕度をなさって頂けますか?」

「・・・。何でオレ達がわけのわかんねー奴のとこへ行かなきゃならねーんだ。おいかごめ。行くことねーからな」

「う、うん・・・」

かごめは犬夜叉の後ろにささっと隠れた。

「・・・。“季節はずれの桔梗の花が咲きました。2年ぶりに・・・。美しさは変わりません”樹様がそうおっしゃっておりました・・・。」

男はじっと犬夜叉を見つめる

男の目つきでその言葉の真意を直感で犬夜叉は感じた。

「・・・。わかったよ。だが、行くのはオレだけだ。」

「いやよ!あたしもいくわ!」

かごめは犬夜叉の腕をつかんで必死に頼む。

「だめだ。お前はここで待ってろ。お前には関係ない」

関係ない・・・。かごめの胸はチクッと痛んだ。

「あたしも招待されてるんだから。いくったらいくわ!絶対に行く!!」

「・・・。勝手にしろ」

「勝手にするわ!!」

何だか分からないけど、ひどく不安になる・・・。

犬夜叉を一人でいかせたら・・・。

遠くにいってしまうような・・・。

「では、お二方、お乗り下さい」

バタン。

ブロロロ・・・。

リムジンは大きなエンジン音を鳴らし、楓荘を跡にした・・・。

そして、珊瑚は急いでリムジンの跡をつけようとバイクにまたがる。

「何か怪しい奴らだったらかごめちゃんが危ない!」

「そうですな!急がねば!」

「!」

いつのまにやら、ちゃっかり弥勒もバイクの後ろに乗っていた。

「ちょっと!!弥勒さまも行くつもり!?」

「はい。同じアパートの住人の危機かもしれないからな。それより早く追いかけないと・・・!!」

と、弥勒はどさくさにまぎれて珊瑚の腰にしっかりつかまっている。

「・・・。変なところ触ったら、おっことすからね!じゃあ、行くよ!!」

アクセルを勢いよく踏み、珊瑚と弥勒は、リムジンを追いかけていった・・・。


車の中。

広い後部座席にかごめと犬夜叉は乗っている。

重苦しい空気が漂う。

バックミラーで、運転手の男はかごめをチラッと見て、つぶやいた・・・。


「そちらの“桔梗”はなかなか元気がよろしいようで・・・。」


「・・・」


かごめは少し不気味に感じる。


そして二人を乗せた車は・・・山深い別荘地へと入っていったのだった・・・。