第9話 朝焼けエンジン 戦国大学。かごめと珊瑚が通う大学だ。 特に目立つ大学ではないが、スポーツが割と盛んで、特に空手部では国体選手がでる程に有名だ。 体育館の横にある武道館から威勢のいい声が聞こえてくる。 「はっ!!」 バキッ!! 豪快回し蹴りで分厚い板が真っ二つに割れた。 「ふう・・・」 汗をぬぐう珊瑚。 今年から空手部主将になった。 「よし!今日はこれまで!!」 近々大会もあるので、より一層気合いが入っているのだった。 シャワー室。 ポニーテールに縛った髪をパサッとほどくバスタオル姿の珊瑚。 さらに長い髪をタオルでなでるように拭く・・・。 「きゃあッ!!」 汗を流し、さっぱりした珊瑚の耳にふうっと息をふきかけた。 珊瑚の後輩達だ。 「なにすんのよ!!」 「へへー。海野先輩ったら相変わらず感じやすいんだから」 「み、妙なことしないでよ!それより、どうしたの?あんた達。てっきり帰ったとおもってたのに・・・」 「先輩!スポーツにかける情熱もいいですが、恋愛にもその情熱むけませんか?先輩!お願いします!」 2人組は珊瑚に頭をさげる。 「何?一体・・・」 「合コンのメンバーが一人、どうしても足りないんですッ。お願いします!」 「・・・。悪いけど。あたしそういうの興味ないし。頭数っていうのもね・・・」 「先輩・・・。先輩もったいないですよ!こんなに美人なのに!今日の合コン相手は、かなりレベル高いですよ!なんたって銀行員ですから」 「銀行員?」 銀行員。身近にいる人物が浮かぶ。 「・・・。どこの銀行?」 「戦国銀行です」 「・・・」 合コンに。戦国銀行・・・。この二つのキーワードが非常にあてはまる人物が身近にいる。まさかとは思うが何だか気になる珊瑚。 「わかった。でもいっておくけどあたしは合コンなんかに興味はないから。ただ、お腹も減ったしついでに行くだけだからね。いいね!」 「はい!」 こうして珊瑚は初合コンとなったのだが・・・。 駅前の新しくできた居酒屋。 店内が明るく、居酒屋というよりちょっとしたBARだ。 酒を飲まない珊瑚にとっては居酒屋は初体験だが・・・。 3人3人、向かい合うように男女が座り、まさにこれから合コンという設定。 それぞれ、自己紹介していく。 そして、珊瑚の真正面に座っている人物の番・・・。 「こほん。ええ。私は戦国銀行に勤めます、仏野弥勒と申します。この度はこのような美女お三方と合コン等という席を設けていただき、人生最大の幸運です。よろしくお願いします」 「きゃー♪仏野さんっ!」 一声に拍手。 珊瑚の想像したとおり、やはり弥勒が来ていた・・・。 “合コンキング”と異名をもつ弥勒。女子学生達の間ではちょっとした有名人だった。 「先輩ッ!次、先輩の自己紹介の番ですよ!海野先輩!」 後輩がひじで珊瑚をつつく。 「・・・。海野珊瑚です・・・。よろしく・・・」 ぶすっとした顔で自己紹介する珊瑚。 そんな珊瑚をにこにこしながら弥勒が見つめていた。 そして、しばらくして皆が程良くお酒が入り、話しも盛り上がってきて・・・。 「ねー。仏野さん。もっと飲みましょうよ♪」 「そーですなぁー。あの、ところで、貴方、よろしかったら、どうです?私の子を産んでみる気はないですか?」 手をにぎっていつもの台詞の弥勒。 「きゃーやだー!!仏野さんったら大胆なんだからー★★でも、仏野さんの赤ちゃんならいっかなー♪」 「いやーそれはかたじけない★わははは・・・」 カウンターで珊瑚の後輩の一人と弥勒は、何やらいい雰囲気。 “海野先輩。あたし、仏野さん、すごく気に居ちゃってるんです。絶対GETしてみせます!” さっき、後輩は珊瑚に耳打ちした。 “好きにすれば”と言ってしまった珊瑚だが、目の前で、いちゃいちゃとする二人がかなり気になる・・・。 (・・・何よ。でれでれしちゃって・・・!女なら誰でもいいのか!!) ビールのジョッキをグイッと飲み干す珊瑚。 「いいのみっぷりですね。海野さん」 馴れ馴れしく、合コン相手の一人が珊瑚の横に座ってきた。 「何。あんた」 「やだなぁ。さっき自己紹介したじゃないですか」 「あっそ。あたし、別に合コンしに来た訳じゃないから。ただ、お腹減ってただけなの。後輩がおごるっていうから」 「そうなんですか。いやー奇遇だなぁ。実は僕も合コンってあんまりすきじゃないんですよー。ところで、海野さんは、空手をやっていると聞きました。僕って、強い女の人、好きだなぁー」 ヘラヘラした男だ。珊瑚にすり寄るように話す。 珊瑚の一番嫌いなタイプだ。 「仏野先輩、僕の上司なんですけどね。会社でも女の子に人気で。うらやましいですよ」 「・・・。そうね。思いっきり女好きって顔だもの」 冷たい視線で、カウンターの席の二人を見る珊瑚。 「でも、仏野先輩、女の子にちょっかいは出しても、本気で付き合ってる娘はいないみたいですよ。噂じゃ他に実は『本命』がいるってききましたけど」 「えっ・・・」 ちょっとだけ珊瑚はドキッとした。他に『本命』・・・。それって・・・。 チラリと弥勒に視線を送る珊瑚・・・。 「ふむふむ。あなたは実に安産な手相をしていらっしゃるー♪」 「きゃははは♪仏野さんたらー★」 かなり盛り上がっているあちらの二人。 珊瑚、コップを握る手がグッと力が入り、割れそう・・・。 (もう!!何よ・・・。何が『本命』よ・・・!!結局相手は誰だっていいのよ・・・。誰だって・・・!) 「ビール、お代わりちょーだい!!」 珊瑚、2本目・・・。 かなり顔は赤く染まってきている・・・。 そんな珊瑚に、ちょっと柄の悪いシャツを着た男が近寄ってきた。 「おねえさん。いい飲みっぷりだねぇ」 「・・・。なんだ!君は!今、珊瑚さんは僕と飲んで・・・」 口ひげの男は弥勒の後輩のネクタイをグッと掴んだ。 「失せな。にーちゃん」 後輩の男を無理矢理どかし、珊瑚の隣に座った。 「ワシねぇ。おねーさんみたいな豪快に飲む女って好みなんだよねぇ。どう・・・?ワシと別の場所で色々お話せんか?」 「・・・」 珊瑚は口ひげの男をじいっと見てにこっと笑った。 「お?Okしてくれるんか?」 「うるせーよ。おっさん」 ボタボタ・・・。 コップごと男の頭からビールをかけた珊瑚。 もう目が完全にすわっている。 「な、何すんだ!!!この女!!」 「ヒック・・・。どーして男って言うのはみんな女に見境ないのよ!どいつもこいつも・・・」 「おい。おねーさんよ。悪酔いしてんじゃねぇぞ?この落とし前、どーつけてもらおうか・・・」 男は珊瑚の肩をぐっと掴んだ。 しかし、反対に珊瑚は男の手をグッと掴み、 「はッ!!!」 そのまま隣のテーブルに突き飛ばした。 ドッシャラガシャーン!!! 男はビールでびしょびしょ。 「あのね、おじさん、言って置くけどヒック・・・。あたしを怒らせたらケガするよ!おじさん。あたしは今、すごーく。機嫌がわるいんだから・・・。ヒック・・・」 ポキ。ポキ・・・。 珊瑚は手を鳴らし、ひるむことなく男を睨み付ける。 「このアマァ・・・。言わせておけば・・・!!」 男は内ポケットから何か小さなナイフを取り出した。 店内がザワッとざわめいた。 「そんなもの、あたしには通用しないよ・・・!ヒック・・・」 「うるさい、この女ッ!!」 男がナイフを振り上げた時! 「だめですなぁ。“ヒカリモノ”なんて使っちゃ」 なんと弥勒が男の腕を掴み、ナイフをとりあげた! 「なんだ、てめぇは!!」 「平和とおなごを好む通りすがりの客です」 「かっこつけてんじゃねぇっ!離せ!気障男!ううッ!痛ッ!」 暴れる男の両手を後ろでグッとしめあげる弥勒。 「ああ。暴れれば暴れるほど、痛みますよ。さ。いい子ですからさっさとお帰り下さい。ね?」 不気味に笑う弥勒。男は何だか気味悪く感じる。 「ふ、ふざけんなよ!!くそ・・・ッ」 男はびしょぬれのままそそくさと店を出ていった・・・。 「さーさ。皆様、たったいま、トラブルは片づきましたので引き続き楽しく飲んでくだされ」 弥勒の言葉に客達は、ざわめきながらもそれぞれ落ち着きを取り戻す。 一方、珊瑚は・・・。 「海野先輩!!」 頭がぽっぽした珊瑚は酔いが回って倒れて・・・。 倒れ込んだ珊瑚をひょい抱き上げる弥勒。 「仏野さん?」 「珊瑚は私の知り合いですので、私が連れて帰ります。珊瑚のバイク(雲母号)はどこですか?」 「え、あ、はい、あの店の駐車場に・・・」 弥勒は店を出ると、駐車場に止めてあったバイクに珊瑚をまたがせる。 「さて・・・と」 そして弥勒は、ワイシャツのボタンを一つ外し、ネクタイをシュッとはずした。 「珊瑚、ちょっと痛いですが我慢してくださいね」 すっかり眠ってしまっている珊瑚。 その珊瑚の両手を自分の腰までもってきて、そしてネクタイで両手首をきつめに縛った。 「では、珊瑚。これから夜のドライブと洒落込みましょう。ふっ・・・なんてな」 ブルンッ!ガガガガ・・・! スーツ姿の弥勒。ヘルメットを珊瑚にかぶせると、思い切りアクセルを踏み、颯爽とエンジンを鳴らして夜の街に消えていった・・・。 その弥勒の後ろ姿を見ていた珊瑚の後輩は・・・。 「白馬の王子様ならぬ、スーツ姿の王子さまか・・・。わ、い、る、ど★」 ※ 微かに・・・。潮の匂いがする・・・。それに波の音も・・・。 (それに、あったかいくて広い・・・。何・・・?) 珊瑚が目をあけるとそこに・・・。 「!!」 バイクの後部に乗っている自分。そして、弥勒の背中が目の前に。 「おお。お目覚めですか。姫君」 「み、弥勒様!な、なんで・・・!?」 「ふふ。酔いつぶれたお前をほっておけませんからね」 「あ、そうだ・・・。あの口ひげの男はどうしたの!?」 「私が『丁重』にお帰り頂きましたよ。おなごに刃物とは無礼ですからね」 「そ・・・そう・・・」 おぼろげだが、ナイフを振りかざした男の腕を掴んだ弥勒を見た気がした・・・。 ブロロロ・・・。 海沿いの県道を走り抜ける弥勒と珊瑚。 珊瑚の長い髪がそよいで・・・。 「それより、どこいくの?これから?」 「・・・。そうですなぁ。海が見える眺めがいいホテルなんてどうだ?」 「なっ・・・。ば、バカ言わない出よーーーッ!!!」 「わっ。珊瑚暴れるな!わぁああ!!」 そして、雲母号は乗ったバイクは、砂浜にとめられる。 二人は、砂浜の流木にすわり、海を眺めていた。 「酔いを醒ますには、海の風が一番。どうだ?少しは冷めたか?」 「う、うん・・・」 夜の砂浜に二人きり・・・。珊瑚はかなり緊張・・・。 (と、とにかく何かはなさなきゃ・・・) 「ね、ねえ。弥勒様」 「何だ?」 「2輪免許・・・。持ってたんだね。知らなかった」 「はは。高校生の時とったんだ。“仲間”とこうしてぶっ飛ばしたなぁ」 「“仲間”ねぇ・・・」 どんな“仲間”かはなんとなく想像がつく珊瑚。 楓からだが、10代の頃はかなり遊んでいたらしい・・・。 「・・・。すまん。珊瑚。手、痛かったか?」 「え?」 「手首、跡がついてしまった」 「・・・。べ、別にいいよ」 弥勒はじっと珊瑚の手首を見つめる。 「な、何よ・・・」 「思い出していた。トキさんのことを・・・。お前がバイクに乗せて、見せた海を・・・」 「トキさん・・・。あ・・・。今日はトキさんの・・・」 「そうだ・・・。トキさんの命日だよ・・・。だから珊瑚をここに連れてきた・・・」 二人言う、“トキさん”というのは、1年ほど前まで楓荘に住んでいたおばあさんのことだ。 楓荘ができた頃から住んでいて、もう主みたいなおばあさんがだった。 珊瑚とかごめが楓荘に越してきた頃。 一人暮らしだったが、気さくなおばあさんで、越してきたばかりのかごめと珊瑚に本当によくしてくれた。 そして口癖のように言っていた。 “珊瑚ちゃんと弥勒ちゃんはお似合いだねぇ。ホントにお似合いだ” と言って、すぐケンカする二人を優しく見守っていた。 「トキさん、海が好きだったよね。部屋には海の写真とかたくさん貼ってあった」 「ああ・・・。“ワシの故郷だ”なんて言ってたくらいに・・・」 そのトキさんが・・・体調を崩して入院した。 遠縁はいても、天涯孤独な状態なトキさん。当然、見舞客もなかったが、かごめや珊瑚、弥勒達が毎日のように病院に通った。 “ワタシは幸せもんじゃあ・・・。こんなにみんなよくしてもろうて・・・。いつ、息子の所へ行ってももう悔いはない・・・” 自分の限られた寿命を知っていたトキさん。 そのトキさんがあるとき、珊瑚に“一生のお願い”とあることを頼んだ。 『海が・・・。見たい。最後にもう一度・・・。海が見たいんじゃ。珊瑚ちゃん連れて行ってくれ・・・』 しかし、トキさんはすでにかない弱っていた。外出などできないほどに・・・。 それでもトキさんは珊瑚の手を握って頭を何度も下げて頼んだ。何度も何度も・・・。 『息子に会いたい・・・。海で逝ってしまった息子に会いたい・・・』 トキさんの息子は子供の頃、海で亡くなった。 だから悩んだ珊瑚。だが、トキさんの切なる想いをどうしても叶えてあげたくて、トキさんを海へと連れ出したのだ・・・。 トキさんの手をお前は自分の腰に回して、縛った。落ちないように・・・。 「小さくて細い手だった・・・。でもトキさんの匂いがしたよ・・・」 朝焼けの海。 地平線から登ってくる朝日を手を合わせ、ひざまづいて必死に何かをつぶやきながら、拝むトキさん・・・。 『嗚呼、会えた・・・。やっと、将太に会えた・・・。将太・・・。きれいなおてんとうさまだよ・・・。嗚呼、きれいだ・・・』 海に眠る息子に何度もつぶやくトキさん。 震える背中が小さくて、珊瑚はいたたまれなかった。 珊瑚は自分の着ていた革ジャンをそっとトキさんに着せ、一緒にいつまでも朝日を見つめていた・・・。 その1ヶ月後・・・。トキさんは永久の海に還っていった・・・。 “珊瑚ちゃん、ありがとう。ありがとう・・・”
弥勒が、珊瑚がトキさんの様に自分の上着を珊瑚に着せた。 「トキさんに言われた。『弥勒ちゃん、珊瑚ちゃんを泣かせたら私が許さないよ』と・・・」 「弥勒さま・・・」 弥勒はそのまま珊瑚をグッと引き寄せる・・・。 「・・・。トキさんと見たときと同じ朝日・・・。弥勒さまと一緒に見るなんてね・・・」 「きっとトキさんがそう仕向けてくれたんですよ・・・」 「・・・。口ばっかり・・・。でも今日は・・・。トキさんに免じて許す・・・」 「・・・。それはありがたい・・・トキさんに感謝しなければ・・・な。」
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アパートの花壇。 トキさんが植えた朝顔だ。 薄紫色をしている。 かごめはしゃがみ込みそっと霧吹きで水をやる。 「何やってんだ?朝っぱらから・・・ふあああ・・・」 寝癖の犬夜叉。Tシャツ姿で起きてきた。 「朝顔が咲いたのよ。ほら・・・」 「んー?それがどうしたんでい」 「ほら ・・・。前に話したでしょ。“トキさん”のこと・・・。そのトキさんが植えた花なんだ・・・」「へえ・・・」 トキさんが住んでいた部屋が今の犬夜叉の部屋。 夕飯時になるといい匂いがしてきたものだ。 『かごめちゃん、おいも煮すぎたからたべにおいで』 トキさんから料理をいっぱい教わった。 ダシの取り方、味付け・・・。 鰹だしが好きだったトキさん。トキさんを思い出すと鰹の匂いも思い出す。 「朝顔・・・。毎年この時期に咲くんだ・・・。きっとトキさんが会いに来てくれてるのかもしれないね・・・」 「・・・」 「あ・・・。また、『そんなわけねーだろ』って思ったでしょ。今」 「だれもそんなことおもっちゃいねーよ。かごめが・・・そう感じるんだったらそうなんじゃねーのか?」 「うん。きっとそうだよ。きっと・・・信じてる」 “信じてる” かごめがそう言うと、不思議に信じてみたくなる。 信じたくなる・・・。 優しく朝顔をみつめるかごめの横顔を見つめながら犬夜叉はそう思った・・・。 「それにしても、弥勒さまも珊瑚ちゃんもそろって朝帰りだなんて・・・」 「けっ。案外、二人一緒だったりしてなー」 「きゃ♪そうだったら二人は・・・きゃああ♪」 「何がきゃあ♪なんだ?わからねぇ・・・」 犬夜叉、首をかしげる。 「鈍いわねぇ。ね。トキさん。珊瑚ちゃんと弥勒さま、きっとうまくいくからね。見守っていてね」 かごめはそう言いながら、静かに水をやる・・・。 それに応えるように、朝顔は精一杯さいていたのだった・・・。 |