第12話
恋蛍
〜サマースノー〜

ミーンミーン・・・。

杉の木に蝉が2匹止まって鳴いている。

うるさいほどに・・・。


ぼうっとベットに寝転がり、天上を見つめるかごめ。

うるさいほどの蝉の鳴き声も、どこ吹風のく上の空。

大学も既に夏休み。

夏休みと言っても、学生のかごめにはしなければいけない課題が沢山あるのに、それすら手につかない。

机の上には提出する筈のレポートが何枚もたまっていた・・・。

「はあ・・・」

桔梗と犬夜叉の再会シーンを見てから犬夜叉となんとなく気まずくなった。

犬夜叉は朝早く仕事に出ていくし、かごめは午後から大学へ行く・・・。

この2日間まともに顔を二人はみていなかった・・・。


“お前が生きていて・・・本当によかった・・・”


桔梗を抱きしめる犬夜叉の背中がやけに大きく・・・たくましく見えた・・・。


あんな犬夜叉は初めて見た気がする・・・。


死んだはずの恋人とのまさかの再会・・・。

ドラマより、鮮明で、リアル・・・。


胸に突き刺さる映像と、締め付けられるような緊張感と・・・。


桔梗を抱きしめる犬夜叉の腕の強さと、必死に犬夜叉にしがみつく桔梗の手・・・。


二人の縁の強さを感じずにはいられない・・・。


キィ・・・。


三面鏡のドレッサーを開くかごめ・・・。


鏡に映る自分・・・。


この同じ顔の人物が・・・。


生きていた・・・。


生きていた・・・。


“お前が生きていて、本当によかった・・・”

鏡にあの場面が映る・・・。


シンデイタハズジャナイ・・・!ナンデイマゴロデテキタノ・・・!ナンデ・・・!!



ハッと我に返るかごめ・・・。


ドン!!


かごめは思いっきり鏡の自分を額を叩く・・・。


ドン!


(あたし・・・。最低だ・・・)


ドン!

激しく叩く・・・。


ドン!


(あたし・・・最低な事考えた・・・)


ドン・・・!


鏡の中の自分を責めて、責めて、消える程に・・・。


消えてなくなれ・・・!鏡の中の嫌な私・・・!


消えてなくなれ・・・!!


ドンッ!


額が真っ赤になるほどほど打ち付けて・・・。


醜い感情を抱いてしまった自分を殺すように・・・。

(こんな自分じゃ会えない・・・。犬夜叉の顔がみられない・・・。見られない・・・。)


かごめはそのままベットに雪崩れ落ち・・・。


また一人で・・・。


泣いた・・・。


かごめが自分を責めている頃・・・。


隣の部屋で、犬夜叉もまた悩んでいた・・・。


パイプベットに腰を下ろし壁をじっと見つめる犬夜叉・・・。


この壁の向こうで今、かごめが何を考えているのか。

怒っているのだろうか、悲しんでいるだろうか・・・。


がかごめを のは自分だと分かっているのに、かごめに避けられているのがたまらない自分がいて・・・。


こんな感情が更に自分では許せなくて・・・。


グシャッ・・・。


缶ビールを思い切り握りつぶす。


缶ビールからは泡が溢れ手にもこぼれている。


そしてまた、かごめ側の壁をじっと見つめる犬夜叉だった・・・。


(かごめ・・・)


そして翌日の朝・・・。


コンコン。


かごめの部屋をノックする人物が・・・。

(誰だろ・・・)

重たい体を起こしてかごめは玄関に出ると・・・。

「わっ!?」

いきなり虫かごと網がドア越しに顔を出す。

「ふっ。かごめさま、いかがお過ごしでしょうか?」

麦わら帽子をかぶった弥勒と大きなリュックを背負った珊瑚が立っていた

「弥勒様達!?どうしたの?一体・・・」

「一緒に山にキャンプしに行かない?」

「キャンプ・・・?」

「うん。空手部の先輩からいいキャンプ場があるってきいたんだ。せっかくの夏休みだって言うのに課題ばっかりに追われてるのしんどいじゃない」

「・・・」

キャンプ・・・。気分転換もいいかもしれないと思うが、なんとなく気が乗らない・・・。

「さ、行こう!ねっ。あたしと弥勒様と二股男の3人じゃ寂しいモン」

「二股男・・・?」

「痛!!離しやがれ!!弥勒!!」

暴れる犬夜叉を無理矢理部屋から連れてきた弥勒。

「犬夜叉・・・」

「かごめ・・・」

3日ぶりに互いの顔を見た二人。

緊張感が漂う。

「私の友人から車を借りてきました。さあ皆さん、楓荘若者達INキャンプ2002へレッツゴー!!」

一人盛り上がる、真後ろで楓が突然登場。

「ならばワシもいかねばな」

何故かアロハシャツを着ている・・・。

「楓様!!」

「なんじゃ。『若者』というから当然ワシもじゃろう?」

「い、いや・・・。ちょっと違う気が・・・。それに何故、アロハシャツ・・・」

「わっはっは。冗談じゃよ。楽しんでくるんじゃな。特にかごめと犬夜叉は『何かしらんが色々』あったようじゃから」

かごめと犬夜叉はチラッと互いに視線を送った。

「じゃあ改めて・・・、楓荘若者達キャンプIN2002・夏・スタート!!」


一人盛り上がる弥勒だったが・・・。

車の中では、後部座席に二人並んで座るが、無言状態のかごめと犬夜叉。

前の運転席と助手席の弥勒と珊瑚は、サイドミラーで二人のようすを伺う・・・。

「そ、それにしても弥勒さま、知らなかったよ。車、持ってたんだね」

「あ・・・。ああ、これは友人の車です。もう使わないからと只同然でもらったんですよ。友人が『乗ってみませんカー(CAR)』なんて言って・・・」


シーン・・・。

弥勒のお寒いギャグでさらに車内は静まる・・・。

「弥勒様のバカ・・・。余計空気が重くなったじゃない」

「す、すまん・・・」

珊瑚は弥勒をひじでついて小声で言った。

そんな二人の気遣いを察したかごめ・・・。

「ね、ねぇ。犬夜叉。工務店の方は慣れてきたの?」

「え・・・。あ、ああ。それなりに・・・」

「そ、そっか・・・。よかったね」

「お、おう・・・」

ぎこちない会話。だけど、誰かが何かをしゃべらないと息が詰まりそうで・・・。

続けてかごめが話す。

「ね、ねぇ。珊瑚ちゃん、しりとりでもしよっか」

「そ、そうだね。みんなでしりとりしよう!じゃあ、あたしからね・・・。キツツキ。ハイ弥勒様」

「き、ですね。えーとうーんと・・・。キキョウ!ハイ次犬夜叉です。犬・・・」

弥勒、今一番皆が敏感になる言葉を言ってしまった。

更に更に車内に重たい空気が流れる・・・。

「あ、お、音楽でも聴きましょうね・・・」

カチッ・・・。

弥勒はサイドボードから、CDを取りだし、曲をかける。


車内にクラッシックの行進曲だけが軽快に響いていた・・・。


緩やかな流れの川沿い。

四方には山に囲まれ鳥のさえずりが聞こえる。

上流から流れ、角が研がれ丸くなった小石がたくさんある河原で犬夜叉達はバーベキューをしていた。

パチパチ・・・。

炭で火をおこし、バーベキュー用の網で焼く。

網の上には櫛にささったトウモロコシや野菜などが言い頃合いに焼けている。

「犬夜叉、何がいい?お肉?それとも野菜?」

「えっ・・・。あ、ああ、何でもいい」

「そっ。じゃあお肉と、とうもろこしと・・・。はい。どうぞ♪」

にっこり笑って犬夜叉に渡すかごめ。

車の中とは一転して明るいかごめに犬夜叉も弥勒も珊瑚も驚いている。

「みんな、ごめんね。あたしが暗い顔してるからみんな、気まずくさせちゃってるね」

「かごめちゃん・・・」

「でも大丈夫だから。今日、いっぱい美味しい物食べて元気になるよ!だからミンナも食べて?ね?」

一人明るく振る舞うかごめ・・・。

「あれ?みんな何?あたしの顔に何かついてる?」

「い、いや別に・・・」

「ほら、珊瑚ちゃんも弥勒様も早く食べないとこげちゃうよ。じゃあたし、トウモロコシもらお♪いただきまーす!」

美味しそうにトウモロコシをほおばるかごめ。

そのかごめに合わせるように弥勒も珊瑚も場を盛り上げようとする。

反対にかごめが自分達を気遣っているのがわかるから・・・。

「あ、俺の肉!!」

「二股男に肉なんか贅沢よ。ねー。かごめちゃん」

「犬夜叉は野菜でいいの!只でさえ食生活偏ってるんだから」

「うるせー!!俺がなに喰おうと勝手だ!」

始まりました。肉争奪戦。

弥勒と犬夜叉が焼ける肉を狙っている。

「あっ。弥勒てめー!!」

「二股男は野菜を食ってろと言われただろう。お前はほれ、茄子でも食ってろ」

「あ、弥勒てめー!!これ生じゃねーか!」

「犬夜叉、早く食べないと野菜もなくなっちゃうよ。うふふ・・・」


いつも通りに笑う。


食後も犬夜叉達は・・・。


「キャー・・・。冷たいくて気持ちいい・・・」

冷たい川の水に足をつけ、涼しさを満喫するかごめ達。

「あ、そこに魚いる・・・!犬夜叉!とって!」


「え、どこだ?」

「そこよ。えいっ!」

バシャンッ!!

犬夜叉のふいをついて突き倒したかごめ。

「何すんでいっ。」

「やーい。ひっかかった。犬夜叉。ふふふ・・・」

「やりやがったな・・・。かごめっ」

バシャンッ!

かごめのかけた筈の水が珊瑚に・・・。

「犬夜叉・・・。もう・・・。やったねッ!?えいッ!!」

バシャンッ!

弥勒に命中。

「ふっ・・・。水も滴るいい男・弥勒・・・。このまま濡れっぱなしなわけ じゃ参りませんなッ。はッ!!」

バシャッン!!

「きゃー・・・。冷たいッ!!」


子供の様にはしゃいで水を掛け合うかごめ達・・・。


落ち込んでいた気分も少し軽くなる・・・。


いつまでもくよくよしてはいられない・・・。


この夏の日差しみたいに元気いっぱいにならなくちゃ・・・。

何より・・・。犬夜叉に心配かけちゃいけない・・・。


きっと犬夜叉も・・・。


心が揺れてる・・・。


元気ださなくちゃ・・・。あたしは・・・。



きらめく水のしぶきの中に、かごめが笑ってる・・・。


きらきらきら・・・。


かごめが笑ってる・・・。


光る水面に映るかごめの笑顔が・・・。

少し犬夜叉には痛かった・・・。


街の中では絶対に見られないような星空。

黒い画用紙に金箔をまぶしたように、一粒一粒が繊細に光って輝いている。


辺りは真っ暗で川の流れる音と、槙が火に焼かれる音しか聞こえない。


暗闇に舞い上がって消えていく火の粉を見つめるのは弥勒と珊瑚・・・。


「ねぇ弥勒様・・・。逆効果だったのかな・・・。かごめちゃん達誘ったの・・・」


「そんな事はない・・・。お前はかごめ様と犬夜叉の事を心配したのだろう・・・。二人のためを思ってやったこと・・・。気持ちは二人に伝わっているさ・・・」

弥勒は新しい槙を一本火にいれる。

「でも・・・。かえってかごめちゃんに気を使わせちゃったよね・・・。だからあんなにはしゃいで・・・」

「・・・。かごめ様はそういうお人だ・・・。いつも優先順位が自分より相手だからな・・・」

「うん・・・。それも本人はそれを“意識”せず、かごめちゃんの中では“当たり前”なの・・・」

珊瑚が空手の大会で惨敗した時も・・・。

“今日、なんか風邪気味で学校やすんじゃった”

そう言って珊瑚と一緒にいてくれた・・・。

その日はかごめの試験の日だったのに・・・。

「かごめちゃん・・・。辛いだろうね・・・」

「・・・。犬夜叉も・・・な・・・」


「・・・」


珊瑚は空を見上げ、つぶやいた・・・。


「切ない夏・・・だな・・・」


暗闇の中・・・。小さな池の畔にかごめが一人座って見つめている。


雪の様な・・・。


カサ・・・。

草が動く音にかごめが振り向くと犬夜叉が・・・。


「かごめ・・・。一人でどこ行ったかと思ったぞ・・・」

「・・・ごめん・・・。これ見たてたの・・・」

「これ・・・?」


池の水面をポッ、ポッ、ポッ・・・。


小さな光が舞っている。


白い光だ・・・。


雪のように・・・。


「これ・・・。一体・・・」


「“白雪蛍”」


「シラユキボタル?」


「うん・・・。珍しいでしょ?白い光の蛍なんて・・・。綺麗な水が有るところにしかいなくて・・・。こんな晴れて静かな空の時しかみられないんだって・・・」

「へえ・・・」


名前の通り白く発光する白雪蛍。

夏の熱い夜、一定の湿度と時間の条件が揃ったとき、白雪蛍は繁殖活動を活発にする。

だから幻の蛍ともよばれている。

ふたりはしばらくその幻想的な光景に見とれていた・・・。


「かごめ・・・俺・・・」


「犬夜叉」

かごめは犬夜叉の言葉を遮る。

「あのね・・・。この蛍、別名『恋蛍』っていうの。なんでだかわかる・・・?」

「さ、さあ・・・。わからねぇけど・・・」

「白雪蛍はメスしか光らないの・・・。オスを引き寄せるために必死に光る・・・。オスに見初められなかったメスは・・・。そのまま息絶えてしまう・・・」

「・・・」

そのどこか儚く切ない蛍が・・・『誰か』に似ている・・・。

二人はそう思った。すべてを無くし、闇を彷徨っている魂に・・・。


「犬夜叉は・・・。その『光』をちゃんと見つけてね・・・」


「・・・」


犬夜叉の心には二つの光が有る。


すべてを失い、闇を彷徨っている光。ほおって置いたら消えてしまいそうな・・・。

そしてもう一つの光は・・・。

自分のすぐ横に・・・。

「あ・・・」


白い光がゆらゆらとかごめの手の中に落ちた。

相当に弱っているらしく・・・。足をパタパタさせて・・・。フッと光が消えて蛍は動かなくなった・・・。

「・・・。人は・・・。オスが来なくて死んでいった白雪蛍の事を切なくて儚くて哀しい蛍だって言うけど・・・。あたしはそうは思わない。だってメスは・・・。一生懸命に光ったんだもん。輝いたんだもん。その光で人を和ませたりしたかもしれない。だから・・・幸せだって思ってるよ・・・。そう思いたい・・・」


かごめはポケットからハンカチを取り出し、蛍をそっと包んだ・・・。


いつも一生懸命で、輝いて、人を和ませて・・・。


それこそ、犬夜叉の前にあるもうひとつの光。


温かく心地よく・・・。自分のすべてを委ねられる程に優しい光・・・。


本当はその光の元へ飛んでいきたい・・・。でも・・・。


できない・・・。


「かごめ・・・。俺は・・・。あいつを・・・。ほおっておくわけにはいかないんだ・・・。俺のせいで・・・あいつは・・・。すべてを失った・・・。誰かが支えになんなきゃ・・・」



「わかってる・・・。だから・・・。犬夜叉は・・・。犬夜叉の心のままに・・・。動いて・・・。心が示すままに・・・」


人の心は誰にもどうにもならない。


あたしが望むことは・・・。犬夜叉が・・・。


犬夜叉らしく動くこと・・・。


心のままに・・・。


例えそれが自分にとって辛いことでも、犬夜叉は自分で決めた事を一番に尊重してほしい・・・。


「犬夜叉。最後に・・・聞いていい・・・?」


「え・・・」


(最後って・・・)

かごめはスッと立ち上がり、犬夜叉に振り向いた。


向かい合う二人・・・。


「・・・。あたしは・・・。白雪蛍の様に・・・犬夜叉のそばにいたい・・・。・・。ありのままのあたしで・・・。いいかな・・・。犬夜叉・・・」

「・・・いいのか・・・?」


「うん・・・だから・・・」


かごめは犬夜叉にスッと右手を差し出した・・・。



「?」


「これからも・・・。よろしくね・・・。犬夜叉・・・」


「かごめ・・・」


今まで見た中で一番優しくて・・・。綺麗な笑顔で・・・。



かごめの笑顔が犬夜叉に

染みて

染みて

染みこんで・・・。


震える手で握ったかごめの手の温もりが体中に駆けめぐった・・・。


かごめが側にいてくれる・・・。


後ろめたい気持ちさえ、乗り越えて、嬉しさがこみあげてくる・・・。


ずるいかも知れない。わかっている。でも・・・。でも・・・。


離したくない。


この手を。


このぬくもりを・・・。



犬夜叉は強く、強く、かごめの手を握りしめる・・・。


その時・・・。分散して飛んでいた蛍達が池の水面すれすれに集まり初め・・・。


「わあ・・・」


長方形の光の柱を創って乱舞した・・・。


しっかりと手を繋いだまま、蛍達を見つめる二人・・・。

かごめは犬夜叉の横顔をチラリと見た。


犬夜叉が・・・。心の示すままに動くように、あたしも・・・。


自分の心のままに動く。


『犬夜叉と一緒にいたい』


決して誰かのためではなく・・・。


自分の確固たる意志で・・・。



そして。


自分に何ができるかはわからない。けど・・・。


笑っていよう・・・。


大切な人が笑ってくれるように・・・。


かごめのポケットからふわっと白い光が一粒出てきた。


かごめがさっきハンカチに包んだ。蛍。


かごめの頭上をくるくるまわる・・・。


消えたはずの光が灯って・・・。



池の水面を乱舞する白い光の柱の中に帰っていった・・・。

あたしはあたし・・・。


今のままのあたしで・・・。


あたしの色で光っていたい・・・。


大切な人の側で・・・。


白雪蛍の様に・・・。


『私はここにいるよ・・・』って・・・。