第12話マモルリタイココロ
A

土曜日。PM6時。センゴクホテル 最上階のレストラン『アムール』。

フランス料理専門の店だけ合って、高級な雰囲気が漂っている。

街全体が見渡せる夜景の綺麗な窓際の席に白のワンピース、髪は後ろで纏めてアップしたかごめが一人席についている。

腕時計を見る。

富樫が落ち合う時間と場所を指定してきたのだが、肝心の富樫はまだ来ていない。

『写真をどうするかは貴方次第だ・・・』

明らかに金銭を要求しているとわかっていたが、かごめは一銭もそんなお金が持ってきてはいない。

もとからそんなつもりはない。

代わりに持ってきたのは、あの写真集だった。

「・・・」

犬夜叉に、この事を伝えた方がいいかとも思った。しかし、当事者でもある犬夜叉が出てくれば、尚のこと騒ぎが大きくなり、週刊誌にでもなんでも載せられてしまうかもしれない。

かごめはそれだけは避けたかったのだ。

「・・・」

かごめは携帯を取り出し、メールを打つ。

相手は珊瑚に・・・。

「誰にメールしてるんです?」

「!!」

いきなり背後からかごめの携帯を覗く髭面の富樫。

かごめはあわてて送信ボタンを押し、携帯の電源を切った。

「な、何ですか!驚くじゃないですか!」

「すいませんねぇ。でも貴方のうなじがあんまり色っぽいんで見とれてたんですよ。フフッ・・・」

「・・・」

気味の悪い富樫の笑みに不安を感じるかごめ。だが、引き下がれない。

自分がなんとかするという覚悟で今日はここに来たのだから・・・。

「もう日暮さんは二十歳でしたねぇ。ならワイン飲めますね」

富樫は慣れた調子でワインを1本頼み、グラスに注ぐ・・・。

「私はお酒苦手なんで遠慮します」

「まぁま。ご心配なく。酔った貴方をどうこうしようなどと思ってませんから。フフフ・・・」

ニヤニヤしながらワインを含む富樫。

爬虫類の様なねっとりとした視線をかごめに送る。

「あの・・・。単刀直入に言います。あの写真もネガも全部私に譲ってください」

「ほほう・・・。で?」

「・・・。今・・・。騒ぎになると傷つく人達が沢山居ます・・・。だからお願いです。あの写真とネガを渡してください!お願いします!」

かごめは深々と頭をさげた。

こんな奴などに頭を下げたくはない。でも・・・。

今、写真が出回ることだけはくい止めたいかごめ・・・。

「・・・。」

富樫は内ポケットから煙草を取り出し火を付けた。

「『犬夜叉・・・』でしたか?確か月島桔梗の男ってのは・・・。月のような神秘的な月島桔梗。貴方は太陽の様に燦々としている・・・。うらやましい限りだなぁ。両手に花じゃないですか。どうやって貴方をモノにしたんでしょうね」

フウッと吐いた富樫の煙がかごめにかかる。

「彼を侮辱しないでください!貴方なんかとは違うわ!」

「ほー。惚れてるんだねぇ。その男に・・・。健気な話だ。二股かけられているのにその男と相手の女のために・・・。俺、そういう娘さん、大好きだねぇ・・・ククク・・・」

嘲笑うかの様な口振りの富樫。

(・・・完全にあたしなめられてる・・・。負けないわ・・・!!)

テーブルの下のかごめは手をギュッと握って気合いを入れた。

「・・・あの。貴方に今日、見せたいものがあるんです」

「ほう。何でしょうかね?福沢諭吉が何人も入った封筒なら大歓迎ですけどねぇ・・・。ははは・・・」

「お金なんて持ってきてません!貴方にとって、お金じゃ買えないものをもってきました・・・」

かごめはバックの中から富樫の写真集を取りだした。

「・・・それは・・・」

「5年前に出版された貴方の写真集です。私はこの写真集をずっと探していました・・・」

写真集が出た途端、富樫の顔は一変に曇った。

「そんな昔のものを出して、何を言う気ですか。お嬢さん」

「私、中学生の時、貴方の写真集を学校の図書室で見つけました。すっごく言い写真だなって思いました・・・。街の何気ない風景の中に色んな物語や歴史を感じさせるような素晴らしい写真集だった・・・」

「・・・」

かごめは窓の外の遠く眺める。

夜景は綺麗だが、高いビルが建ち並び星空を隠すほどに高い・・・。

「特に私はこの写真が好きです。この土手を杖一本で歩くこのお婆さんの写真が・・・」


オレンジ色に染まった土手を腰が曲がったおばあさんが杖一本で歩いている写真。

その写真の説明が何行か書かれている。

かごめは声に出して読み始めた。

『よたよた・・・。その足取りは石にでも躓いて今にも転倒しそうで、ハラハラする・・・。

一見、その老婆は単に河原に散歩しにきた様に見える。

しかし、短い土手を何往復も行ったり来たり。
そして手には一枚の写真が。旦那の写真らしい。老人が一人映っていた。

その後で聞いた話だが、その老婆は去年なくなった夫とよくこの土手を散歩したという。だからか夫が亡くなった今でも、夫の写真を胸に夕方になるとこうして散歩しているという。
その散歩している土手は今やコンクリートで舗装され、草一つ生えていない。

この老婆が若く新婚だった頃は、近所の子供達が虫を採りに来るような緑深い場所だった。

しかし、風景やそこにあるものの形がどれだけ変わっても、この老婆記憶の中の楽しい思い出は変わらない。

街の風景が変わっても、夕陽の色は変わらない様に・・・』


かごめは読み終えると写真集を静かに閉じた・・・。


「あたし・・・。この写真の中の杖をついてお婆さんの背中がとっても小さくて・・・。何だか切なくて・・・すごく打たれたんです・・・。だから、この写真集、どうしても欲しくて本屋中駆け回りました・・・。この前、私の友人が偶然見つけてくれてすごく嬉しかった・・・」

「・・・」

富樫は無表情で2本目の煙草に火を付ける。

「・・・。こんな言い方失礼かも知れないけど・・・。どうして富樫さん、もうこういう写真撮らなくなったんですか?有名人のスキャンダルとか撮ってるんですか?生意気かもしれないけど、私は もう一度、富樫さんの本当の写真を見てみてたいんです・・・!」

「・・・」

灰皿に煙草の火をこすって消す富樫。

「・・・。ク・・・。ハハハハ・・・!」

「な、何が可笑しいんですか!?」

「こりゃ参った参った・・・。まさか俺が説教されるとは思わなかったな・・・。しかもそんなものまで取り出して・・・。いやいや、参った参った・・・」

「あ、あたしは真剣に言って・・・」

ドン!!

富樫は拳でテーブルを激しく叩いた。

「俺を説得しようと思ってるみたいですがね。お嬢サン。話はそんな簡単じゃないんですよ。お嬢サンの感傷的な企みに乗せられるほど俺は子供じゃぁないんだなぁー・・・。もう回りくどい事は辞めましょうよ。ねぇ・・・」

富樫はワインを一口含む。

「企みだなんてそんな・・・!あたしは本当に・・・」

「あーはいはい。分かりましたよ。お嬢サン 。お嬢さんの熱意に免じてネガと写真はお返ししましょう」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ。でも“タダ”ってのはちょっと譲れませんねぇ・・・」

チャリ・・・。

富樫はこれ見よがしにポケットからホテルの部屋のキーをかごめに見せつけた・・・。

「もっと静かな所で話しませんか・・・?言ったでしょう・・・?貴方次第だと・・・。。クックック・・・」

「・・・」

チャリ・・・。

やらしく笑う富樫・・・。

チャリ・・・。

かごめの目の前でキーをブラブラさせる・・・。


キーに・・・。

かごめの戸惑いに満ちた顔が映っていた・・・。


楓荘・庭の風呂場。

『今、入浴中』という白のプラスチックのプレートがかかってある。

それを『空室』と裏返す珊瑚。

「あー。さっぱりしたー!やっぱり一番風呂は気持ちいいな」

楓荘の庭にあるお風呂場から、髪を拭きながら珊瑚が出てきた。

行きつけの銭湯が潰れ、新しくアパートに風呂場を作ってからは、一人のびのび入浴している。

部屋に戻り、、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、飲む。

そして机の上の携帯をとり、メールをチェックした・・・。

「あ、かごめちゃんから来てる・・・。何々・・・。“私は今、センゴクホテルにいます・・・”へぇ。あんな高級なホテルにかごめちゃん何の用で・・・」


カラン・・・ッ・・・。


ペットボトルが床にコロコロと転がり中身がこぼれ流れる・・・。


メールを見て愕然とする珊瑚・・・。

「か、かごめちゃんが・・・。た、大変ッ・・・!!」

バタン!

珊瑚は慌てて犬夜叉の部屋へと向かった。

ドンドン!!

「犬夜叉!!犬夜叉!!」

ドンドンドン!!

「犬夜叉ってば!!いるんでしょ!!開けなさいよ!!」

空手部の珊瑚が夢中でドアを叩く。かなりの音だ・・・。

「うっせーな!何騒いでやがる!!」

寝癖のついた犬夜叉が出てきた。

「かごめちゃんが・・・。かごめちゃんが大変なのよ!!」

「かごめが?どうしたってんだよ」

「これ見てよ!!」

珊瑚は携帯のメールを犬夜叉に見せた。

「・・・な・・・何だって・・・」

かごめからのメールを目にした犬夜叉は表情を一変させる。

かごめからのメール・・・。

そこには富樫というカメラマンから犬夜叉と桔梗の写った写真の事で話があるとホテルに呼び出されたという内容だった・・・。

「・・・。まさか、かごめちゃんにそんなことが起きてたなんて・・・。かごめちゃん、犬夜叉達に騒ぎが及ばないようにって一人でケリつけに行ったんだ・・・」

「かごめ・・・ッ。珊瑚、センゴクホテルってどこにあんだ!!」

「駅前だけど・・・」

ガタン!!

「あ、犬夜叉ッ・・・!」

犬夜叉はそのまま、部屋を飛び出しアパートの階段を駆け下りる!

「待って!!犬夜叉!!」

珊瑚は犬夜叉を呼び止め、バイクのキーを2階から放り投げた。受け取る犬夜叉。

「あたしの雲母なら5分でいけるよ!!乗っていきな!」

「珊瑚・・・。すまねぇッ!!」

ブロロ・・・!

犬夜叉は素早くヘルメットをかぶり、エンジンを吹かせ、アパートを飛び出していった・・・。


「・・・。犬夜叉・・・。頼んだよ・・・。かごめちゃんが妙なことになるまえに・・・」


ブゥウウウン!

ラッシュ時の道路を車と車の間を素早く通り抜け抜け、ものすごいスピードで走る。


一刻も早く!

一刻も早く!


かごめの元へ!かごめの元へ・・・!
アクセルを踏み、さらにスピードを上げる。

自分の知らないところで、自分と桔梗のトラブルに巻き込まれていたなんて・・・。

(・・・チキショウ。かごめの奴・・・。何て何も言わなかったんだよ!!畜生ッ!!!)


犬夜叉は自分のうかつさに腹が立った。

“あたしはあたしのままであんたのそばにいる・・・いいよね?”


そのかごめの言葉にいつの間にか甘えていた自分。

かごめがトラブルに巻き込まれた事すら感知できなかった自分に・・・。

(・・・。かごめ、待ってろ・・・。今すぐ行くからな・・・!どうか無事でいてくれ!!)

信号が赤になった。犬夜叉の前に何台もの車が止まる・・・


「クソオオオオーーー!!うざってぇーー!」

犬夜叉はアクセルを踏み、横の狭い路地に入り、大通りに出ようとした。

(・・・かごめ・・・!待ってろ!今すぐ行く!!)

ビルとビルの間を走り抜け、犬夜叉は無我夢中でかごめの元へ向かった・・・。