第22話・真冬の太陽 A
一週間前の夜。夜中の12時をまわった頃・・・。
「うるさいッ!!」
「きゃあッ!!」
バタン・・・ッ!!
茶の間で、頬をひっぱたく様な音がした。
「情けなさそうな目で俺をみやがって・・・!!!こんな家、もういらるかッ・・・!」
「待って・・・!行かないで!!お願い・・・ッ」
夫を追いかける佳奈子。
バタンッ!!!
しかし、荒々しく出ていってしまった・・・。
玄関で立ちつくす佳奈子・・・。
夫は行ってしまった。
あの女のところに。
自分の何がいけなかったのか、どうしてこうなってしまったのか・・・。
昔の夫は優しかった。自分を愛してくれた。
なのに・・・。
深い絶望感が佳奈子を襲う・・・。
フラフラと引き寄せられるように・・・台所へ行く・・・。
「・・・」
流しを開け・・・
無意識に・・・
ステンレスの包丁を手にする佳奈子・・・。
その頃・・・。
(かごめ・・・草太・・・。ごめんね・・・)
「!!」
母の声が聞こえた様な気がして、布団から飛び起きるかごめ・・・。
コチ、コチ、コチ・・・。
時計の音だけが響いて、部屋は静かだ・・・。
変わりはない・・・。
しかし・・・。
「・・・お母さんがいない・・・」
子供にも第六感、というものがあるのだろうか。
かごめは生まれて初めて、恐ろしい不安感を感じる・・・。
(なんでだろう・・・。こころが、怖くてどきどきしてる・・・。怖いよ・・・)
それでもかごめは佳奈子を捜し、布団を出た。
ふすまをそっと開ける・・・。
長い、長い廊下・・・。
その奥は台所に繋がっているが・・・。
暗闇に続くトンネルのように、かごめには見えて・・・。
(廊下ってこんなに暗かったっけ・・・)
ミシッ・・・。
「わッ・・・」
廊下を歩く音にビクッとするかごめ・・・。
冷たくひんやりする床を一歩一歩歩くかごめ・・・。
「お母さん・・・」
台所ののれんを潜ると、ポチャン、ポチャン、水が落ちる音がして・・・。
辺りは、真っ暗・・・。窓から少し月明かりがさしているだけ・・・。
かごめは、真っ暗な台所をかき分ける様に歩く・・・。
「きゃッ!!」
何かに足を引っかけ転ぶかごめ・・・。
(いたた・・・。何だろ・・・これ・・・)
何か・・・手がぬるっとした。
じいいっと自分の手を見つめるかごめ・・・。
(真っ赤っかだ・・・。紅い絵の具かな・・・)
しかし、すぐにそれが絵の具ではないことに気づくかごめ・・・。
(ち、違う・・・。これ・・・。これ・・・)
かごめの全身に寒気が走った。
ゆっくり辺りを見回すとかごめ・・・。
「!!!!!!!」
足がすくんだ。
ガクガクガク・・・。
かごめの小さな心臓が急に早くうって、息ができない。
震えがとまらない、動けない・・・。
「お・・・お・お・・・」
”お母さん!!”と叫びたいのに言えない。
ただ・・・。
真っ赤な血の色だけが強烈にかごめに迫ってくる・・・。
オギャアアアアアッ!!!
「ヒャアッ!!」
草太の鳴き声に激しく動揺し、かごめはハッとした。
「あ・・・。お、おかあさん、お母さんッ!!!!!!!」
佳奈子に駆け寄るかごめ。
佳奈子の手首から、血が少し流れている・・・。
「あ・・・。どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしようッ どうしようぉッ・・・」
オギャアアアッ!!
草太の鳴き声がかごめをさらにパニック状態にする。
「草太、泣かないでよぉ・・・ッ。どうしようぉおお・・・っ。どうしようぉッツ・・・」
混乱のあまり、自分の頭を掻きむしるかごめ。
かごめのふわふわの髪がぐしゃぐしゃになる。
「どうしよう、どうしよう、お母さんがお母さんがぁああッ・・・。うっ、うっ・・・」
半泣き状態のかごめ。
それでも7歳の心は必死に目の前の状況を把握しようと、落ち着けと言い聞かせる。
かごめのは椅子にかけてあった手拭きタオルで佳奈子の手首にぎゅっと当てた。
「血がとまんない・・・。お母さんが・・・死んじゃう・・・どうしようぉおおッ」
タオルにしみこむ血がかごめを焦らせる。
「そ、そうだ・・・。きゅ、救急車・・・。救急車ッ・・・」
かごめはすぐに茶の間に行き、黒電話を震える手でダイヤルを回そうとした。
「あ・・・救急車って何番だっけ・・・?ああ、わかんないよぉおッ!」
混乱するかごめ。電話は日暮神社に一度いたずらでかけたことしかない・・・。
「そ、そうだ。奈津子おばちゃんに・・・」
小さな指が、震えてダイヤルを回す・・・。
そして・・・。
「はい、もしもし、日暮ですが・・・」
奈津子が出た瞬間に。
「うわぁああん・・・ッ。お母さんが、お母さんがぁああッ・・・」
ぶわっとかごめの目から涙がこぼれ、大声で泣いた。
「お医者さん、お願いです早く来てくださいっ・・・うっ。お母さんを助けて、お願い・・・ッ」
そう何度も言った・・・。
お願いです・・・。
お母さんを助けて・・・。
※
かごめの願いが通じたのか・・・。
佳奈子の傷はさほど深くなく、命に別状はなかった。
すぐに治療され、一週間後、退院・・・。
警察から事情を聞かれたり、佳奈子は発作的とはいえ、自分がしてしまった事の大きさに驚いていた・・・。
それよりも・・・。
自分を救ったのが幼い我が子だということに・・・。
病院にいる時、奈津子から、叱咤された。
『かごめちゃんがどんな思いでうちに電話してきたか、考えなさい!』
自分を責めた。本当に・・・。
そして退院して今日・・・。久しぶりに親子3人で散歩に来た・・・。
かごめが言った。
『お母さん、今日はお日様がすごくきれい・・・!笑ってる、草太にも見せてあげたいね・・・!』
「奈津子さん、本当に有り難うございました・・・。私は入院している間・・・子供達こと・・・」
「いえいえこちらこそ。もううち、子供いないから一変に家の中、明るくなって楽しかったです。かごめちゃん、いい子ですね。ホントに・・・。『お母さんがいない間、あたしが草太のお世話しなくちゃいけないの』そういってミルク作ったり、おしめ取り替えたり・・・。”子はかすがい”本当ですね・・・。奈津子さん、もう二度と、馬鹿なことしちゃ、だめですよ・・・」
「はい・・・」
鳩に楽しそうに餌をやるかごめ・・・。
6歳の娘が、どんな思いで小さな指で、電話のダイヤルを回したのか。どんな思いで、ずっと自分の手を握りしめていたのか・・・。
娘の笑顔が痛く、まぶしい・・・。
佳奈子は自分の手首の包帯を見つめて、自分のしたことに心底後悔した。そして・・・。
この笑顔を守らなくてはと思った・・・。
「かごめ。今日は何が食べたい?」
「えっとねぇ・・・。カレーライス♪」
夕方、商店街を手を繋いで帰ったかごめ達・・・。
かごめは嬉しかった。お母さんの久しぶりにご飯が食べられる、作ってくれる・・・。何より優しい顔の佳奈子に戻って・・・。
家に帰り、早速食事の支度をする佳奈子。
じゃがいもを切ろうとするが・・・。
「・・・あら・・・?」
ある物がない。
包丁だ。
「どこにしまったかしら・・・」
流し台の下など探すが見あたらない。
包丁どころか、果物ナイフすら消えてしまっている。
(おかしいわね・・・一体どこに・・・)
その様子を・・・ドアの影から見ていたかごめ。
(・・・いっけない!)
なぜだか、かごめはサンダルを履いてすたすたと庭に出た・・・。
そして、台所で困った顔をしていた佳奈子にかごめはあるものを渡した・・・。
「かごめ・・・。これ・・」」
かごめが佳奈子に渡したのは・・・。
泥がついた包丁だった。
「ごめんなさい・・・。お母さん。あの・・・」
うつむくかごめ・・・。
佳奈子はかごめが後ろに何か持っているのに気づく。
やっぱり泥だらけのスコップだった。
「かごめ・・・あなた・・・」
かごめは佳奈子を庭に連れてきた・・・。
するとそこには・・・。
花壇に掘られた穴に、包丁、果物ナイフ、カッターナイフ、はさみ・・・。
家中の刃物類がまるで隠すように埋められていた・・・。
「かごめ、これは・・・」
「お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。あたし怖くて・・・。お母さんがまた、痛い痛い事、しないかって怖くて・・・。包丁とかなかったらあんしんするかと思って・・・。ごめんなさい、ごめんなさい・・・。お母さん、ご飯作るの困るのに・・・。ごめんなさい・・・」
泥だらけの両手で顔をこするかごめ・・・。顔も泥がついて・・・。
佳奈子は肌で感じた・・・。
かごめの心に、自分の手首の傷以上の深い傷が切り刻まれていることを・・・。
「かごめ・・・。ごめん・・・。ごめんね・・・」
佳奈子は何も言わず、だた、我が子を抱きしめた・・・。
自分がしてしまった事の大きさと、我が子に自分が守られたのだと改めて感じた・・・。
「え?え?どうして?悪いことしたのはあたしなのに・・・」
かごめは訳が分からない・・・。
でも・・・。
おかあさんに抱きしめてもらってる・・・。
うれしいな・・・。
あったかいな・・・。
あったかいな・・・。
あったかいな・・・。
かごめは本当に嬉しかった・・・。
母の温もりが・・・。しかし・・・。その抱擁が・・・。最後になる・・・。
それからしばらくして・・・。
初雪が降った頃・・・。
かごめの父親は佳奈子に離婚届を送りつけてきた・・・。
自分と愛がと写った写真と一緒に・・・。
雪が降っている・・・。
佳奈子はかごめを連れて日暮神社に来ていた・・・。
暗い部屋・・・。
コチコチと柱時計の音が不気味に響く・・・。
コタツの上に離婚届には判が押されてある。
その横には愛人と夫の写真が・・・。
「・・・」
佳奈子はライターを持って庭に出た。
外は雪が降っているのに何も羽織らず・・・。
そしてしゃがみ、ライターで写真を燃やし始めた・・・。
無表情の佳奈子。
ただ、燃え上がる写真を見つめて・・・。
黒い灰が、ポタッと白い雪の絨毯に堕ちる・・・。
黒い燃えかす・・・。
真っ白な雪を黒く焦がす・・・。
焦がす・・・。
グシャッ。グシャッ・・・。
サンダルで燃えかすを思い切り踏む佳奈子。
何かが取り憑いたように、燃えかすを踏みつけ、蹴り上げる。
尋常じゃない・・・。
「燃えろ燃えろ燃えろ、消えろ消えろ消えろ・・・」
呪文のように唱える・・・。不気味すぎる程に・・・。
写真がもう跡形もなくなくなっても、まだ踏み続ける佳奈子・・・。
目がもう据わっている・・・。
寒さも感じていないように佳奈子は雪の上を踏んで踏み続ける・・・。
まるで憎しみを叩きつけるように・・・。
そして・・・。その様子を・・・。
幼いかごめはカーテンの間から・・・。
見つめていた・・・。
(なんか今のお母さん怖い・・・。怖い・・・)
カーテンを持つ小さなかごめの手が震えた。
かごめはすぐに布団に潜り込み、何も見てない、何も見てないと自分に言い聞かせたのだった・・・。
そして次の日の夜・・・。
昨晩の母の顔が焼き付いて離れないかごめ。
しかし、佳奈子が外にご飯を食べに行こうと言って、久しぶりに外食した親子三人。
かごめは昨日のお母さんはきっと夢だったのだと思った。
「ねぇお母さん。寄り道していくの?」
「・・・。雪が・・・見たいの・・・」
>舞い散る粉雪を遠い目で見つめている・・・。
生気のない、とろんとした瞳・・・。
「ねぇかごめ・・・」
「なあに?お母さん」
「かごめは・・・奈津子おばちゃんすき?」
「うん!大好き!!おばちゃんの作るハンバーグとってもおいしいもの!」
「そう・・・」
何故だかホッとしたような表情を浮かべる佳奈子・・・。
「かごめ・・・」
「?」
佳奈子はしゃがみ、かごめの両手をギュッと握った。
「かごめ・・・。お母さんね・・・。ちょっと、近くのスーパーまでお買い物してくるわ」
「え?じゃあ、あたしも行く!」
「かごめは・・・。ホラ・・・草太の事みてて・・・。おいしいお菓子、買ってくるから。ね?」
「うん・・・。わかった。じゃあお母さん、早く帰ってきてね」
かごめのその言葉に、何故だか涙を滲ませる佳奈子。
「じゃあ、かごめ・・・。行って来るね。」
「うん、いってらっしゃい!」
草太をだっこして、無邪気に見送るかごめ。
「・・・かごめ・・・。ごめんね・・・」
そう呟いて・・・。
佳奈子は・・・。雪の中に消えていった・・・。
深々・・・。雪が降り続ける・・・。
「クシュンッ」
境内の階段に草太をだっこして座り、佳奈子を待つかごめ・・・。
しかし、佳奈子はまだ来ない・・・。
「遅いなぁ・・・。お母さん」
ピンクの手袋で手をこするかごめ・・・。
「・・・。なんで遅いんだろう。お母さん・・・」
少し、不安になるかごめ・・・。
「・・・」
『かごめ・・・ごめんね・・・』
さっき、呟いた佳奈子の言葉を思いだし、ハッとするかごめ・・・。
お母さんがごめんなさいって言った・・・。
お母さん・・・もしかして・・・!!!
「あら?かごめちゃん?一体どうしたの?こんな夜に一人で・・・」
丁度、境内に来た奈津子にかごめは草太を預けた。
「お母さんが、お母さんがたいへんなのッ!!!いなくなっちゃったの!!おばちゃん、草太の事、お願いします!」
「えっ?あ、かごめちゃん!!」
かごめは、一人、雪の中を走って佳奈子を捜した。
「おかあさん!!おかあさん、どこッ!?」
走って
「お母さん!!どこにいるの!!」
走って
「おかあさーーーんッ!!!!!」
深い雪の中を小さな長靴を履いたかごめが走って、捜した。
目の前が真っ暗・・・。
「きゃあッ!!」
ドサッ。
雪の上に転ぶかごめ・・・。
冷たい、冷たい雪の上・・・。
手も足も冷えすぎて痛い・・・。
”かごめ、ごめんね・・・”
佳奈子のそのつぶやきがかごめの心にこだまする・・・。
「お母さん・・・!!お母さん・・・ッ」
かごめの母を呼ぶ声は、舞い散る雪にかき消された・・・。
その後・・・。佳奈子の行方は全く途絶えてしまう。
近くの川から佳奈子が巻いていたマフラーが浮かんでいるのが発見される。
転落した可能性があるとして、川を捜索されたが、佳奈子の靴とハンドバックと空の財布が見つかっただけであとはなんの手がかりもなかった。
事件のに巻き込まれた可能性があると新聞にもテレビでも報じられた・・・。
『ミステリー!!子供残し、消えた母!!川に転落か!?それとも失踪か!?』
そんな見出しが踊り、かごめたちの家に記者が取材に訪れ、かごめ達の周りはしばらく騒がしかった。
その間、かごめ達の世話は奈津子がしていたが・・・。
かごめはきっと母は帰ってくると信じて毎日、橋の上から川の中見つめていた。
学校の帰り、朝、日曜日もずっと・・・。
ランドセルを背負ったかごめはつま先を立てて下をのぞく。
穏やかに揺れる水面。
しかし、高さ30メートル以上。
川にすいこまれそうだ。
かごめは足がすくむが、川の中に母がいるのではと思うとのぞかずにはいられない。
(お母さん、ここにおっこちたのかな。痛かったかな・・・。寒かったかな・・・)
「おい!お嬢ちゃん、何してるんだ!」
川をのぞき込むかごめを通りがかった奈津子がかごめを抱える。
「何してるの!かごめちゃん。」
「テレビでお母さんがここのおっこったって言ってたから・・・。いるかと思って・・・」
「だからってこんな高い橋からのぞいちゃ危ないでしょ!落ちたらどうするの!!」
奈津子の声にビクッとするかごめ・・・。
「ごめんなさい・・・。奈津子おばちゃんごめんなさい・・・」
うつむくかごめを見て、奈津子はかごめをもうほおっておけないと強く思った・・・。
そしてとうとう佳奈子は帰ってこなかった。
その後、奈津子は、周囲の騒ぎからかごめと草太を護りたくて引き取った。
必死に懸命に育てた。
子供がいなかった奈津子夫婦。
かごめと草太は温かなぬくもりと笑顔の中で大きくなった。
それから13年。
しかし、何不自由なく育ったかごめと草太。
しかし、かごめの心の中にはまだ響いている・・・。
母の声が・・・。”かごめ・・・。ごめんね・・・。
悔しさと哀しさを共に・・・。
※
紅葉した銀杏の葉が、ベンチに座る犬夜叉達の足下に一枚落ちた・・・。
落ちた木の葉が風に吹かれて舞う・・・。
「・・・小さな町ですから、新聞なんかにも当時は大きく扱われて・・・。小さい頃は随分その事件の事がついて回りました。でもかごめはいつも元気で・・・。母親が失踪したのに笑いながら「お母さん帰ってくるまで変わりに草太のおむつとミルクはあたしがしなくちゃ」って・・・」
かごめの過去に、珊瑚も犬夜叉もただ、黙し、奈津子の話を聞いていた・・・。
「草太の事をいつも心配していました。大きくなったとき、どう説明していいか・・・。ショックを受けないように・・・。でも何故だか、草太が気づいてしまって・・・。かごめはあわてたでしょうね・・・。草太にはすべて話しました・・・」
「・・・それで・・・草太君は・・・」
「・・・。一晩部屋から出てきませんでした・・・。只でさえ、本当の親子じゃないと分かってからなんとなくギクシャクしていたのに追い打ちをかけてしまって・・・。」
珊瑚はやりきれなさに深くため息をつく・・・。
「でもやっぱりかごめの弟ですね・・・。”かごめねぇちゃんの方が辛かったんだよな”って何事もない顔で言っていました・・・。それが返って痛々しくて・・・」
「・・・」
奈津子の話を聞いていて、犬夜叉の胸に改めて椿への怒りが激しく沸いた。
まだ、完治もしていない生傷のかさぶたを無理矢理剥がす様なまねをしやがって・・・。
しかし、その引き金は、自分と関わってしまった事だと思うと、猛烈に申し訳なさが犬夜叉をおそう・・・。
「でも・・・。かごめちゃんのお母さん、どうして私と犬夜叉にそのことを話して下さったのですか・・・?」
珊瑚の問いに、奈津子はハンドバックの中から一通の手紙を取り出しせたた。
見ると、そこには『波田野佳奈子』とある。
「こ・・・これ・・・。かごめちゃんと草太君の・・・。」
奈津子は頷いた。
「・・・。3年ほど前から届いていたんですが・・・。かごめには知らせてなかったんです・・・。勝手なことしていました・・・。今更なにをって・・・。でも、今回の事があって渡すべきだと思い、今日、来ました。そして、この手紙を・・・。あなた方からかごめに手渡して下さいませんか・・・?」
「え・・・」
「私から渡すと・・・。あの子、きっと遠慮して読まないと思うんです・・・。こんな事をお願いするなんて筋違いなのはわかっているのですが・・・」
「・・・」
犬夜叉は迷った。かごめのこんな大切な手紙を自分が預かっていいものか・・・。
「わかりました。私たちでよければお預かりします」
珊瑚が犬夜叉を差し置いて受け取った。
「本当にすみません。個人的な事をお願いして・・・。でも、かごめからの手紙で、今のアパートに住んでいる皆さんが大好きだと書いてありました。とても信頼できると・・・。特に犬夜叉さんの事は便せんにぎっしりと」
犬夜叉、ちょっとうつむいて照れる。
「じゃあ私はこれで失礼します」
「え?あの、かごめちゃんに会っていかれないのですか?」
「無事がわかりましたし。今、かごめと私、喧嘩の休戦中なんです。今会ったら、喧嘩再開してしまいます。うふふ・・・」
奈津子は深々と犬夜叉と珊瑚に頭を下げ、帰っていった・・・。
「・・・。かごめちゃんのお母さん・・・。きっと遠慮してるんだね・・・。この手紙の事で・・・。かごめちゃんの家族ってみんな強いね・・・」
「ああ・・・。そうだな・・・」
珊瑚は犬夜叉に手紙を渡す。
「あんたから渡して。一番、かごめちゃんが信頼してるあんたが・・・」
そう珊瑚に言われ・・・犬夜叉が病室に戻ってみると・・・。
「か、かごめがいねぇ!?」
ベットはものけのから。
「あいつ、どこいったんだ。ったく・・・」
犬夜叉が廊下をキョロキョロ探していると、かごめが何かをじっと見つめている・・・。
「かごめ・・・!何してんだお前・・・!」
「シーッ・・・」
かごめは人差し指を口にあてて、犬夜叉に静かにするように言った。
そしてかごめが指さす方向を見ると・・・。
ガラスの向こうに、生まれたばかりの赤ちゃんが、透明のケースに入って眠っている。
そうここは新生児室だ。
「・・・小さいね・・・。本当に小さい手・・・。足・・・」
真っ白な産着がもそもそ動く・・・。
楓の様な手。
可愛い。
本当に可愛い。
「赤ちゃんてね・・・。暗くて狭い狭い産道を通って、苦しみながら一生懸命に産まれてくるの・・・。やっと産まれた先にはきっと自分の誕生を喜んでくれる誰かがいるって・・・。草太が産まれたときのこと、思い出しちゃった・・・」
「かごめ・・・」
犬夜叉はポケットの手紙をどう渡そうか戸惑う。
昨夜あんなことがあったばかりで、その上、産みの親からの手紙を見せるなんて・・・。
「ね!屋上いこう!何だか青空みたくなっちゃった。ね!」
「へ?あ、ちょ、ちょっとおいっ・・・」
かごめは犬夜叉の手を引っ張って屋上へ・・・。
屋上にはハタハタと物干しに洗濯物。
白いシーツが波のようにはためいている・・・。
「はーっ・・・。風がおいしいーー・・・!!」
かごめは思い切り両手をあげて、深呼吸。
さわやかな風をたくさん吸い込んだ。
「お前、大丈夫なのか?体・・・」
「うん、もう大丈夫。ごめんね。心配かけて・・・」
かごめは少し微笑むが・・・。
体は元気でも・・・。
心の方はどうだろうか・・・。
「犬夜叉。お母さん帰ったのね・・・」
「!お前・・・さっき、起きてたのか?」
「あんたの地声、大きいんだもの・・・。全部・・・聞いたんだね・・・。あたしの産みの親のこと・・・」
「・・・」
犬夜叉は何も言えない。
「草太に、謝らなくちゃ」
「え?」
「だって・・・。草太は本当の事黙ってた・・・。産みの親が生きているか死んでるかも分からないなんてどうしても言えなかったの。混乱させたくなかった。でも、ちゃんと言わなくちゃね・・・。本当のことを・・・」
本当のことを言わなくちゃ・・・。
犬夜叉は一瞬、手紙を渡すのをやめようかと思ったが、かごめの言葉に、
静かにGジャンの内ポケットから、手紙を出す・・・。
「犬夜叉・・・これは・・・?」
「・・・。お前のその『産みの親』って奴からの手紙だ」
「!!」
”かごめ、ごめんね・・・”
あの雪の日・・・。そう呟いて消えていった母・・・。
生死すらわからなかった母・・・。
生きていた・・・。
「・・・佳奈子お母さんが・・・。生きていた・・・」
驚きととまどいでかごめは混乱する・・・。
そんなかごめに犬夜叉は何も言えず・・・。
カサ・・・。
かごめは緊張して封を切った・・・。
「・・・。犬夜叉。読んで」
「い、いいのか?」
「お願い・・・。犬夜叉にも読んで欲しいの・・・」
犬夜叉はかごめから手紙を受け取り、読んでみると・・・。
『拝啓、日暮奈津子様。何度目かの手紙ですね。私は横山です。覚えてらっしゃいますか?佳奈子、波田野佳奈子の夫です。』
無地の真っ白な便せん・・・。筆ペンで達筆な字だ・・・。
衝撃の一行目から後は、佳奈子を助けようとしたのが横山で、佳奈子が今、入院していると記されていた。
『私たちは細々と暮らしてきました。佳奈子の事件が世間から消えることを望んで・・・。しかし佳奈子が病に倒れました。佳奈子は、一生、子供達には会えないと言っています。しかし、ほんとうは会いたいのは分かっております。私としては、手術を前に控え、元気づけてやりたいのです。とはいえ、佳奈子に子供達をを無理に会わせる訳にもいかず、せめて、成長した子供達の姿だけでも、見せたいと思い、勝手な申し出とは思いますが、写真を何枚か送ってくださいませんでしょうか・・・。すみません。でも、難しい手術なのです。少しでも気力をつけてやりたいのです。よろしくお願いします・・・』
「・・・随分、勝手な言いぐさだな・・・。かごめと草太がどんだけ苦しんだか知りもしねぇで・・・。何が細々暮らしてます・・・だ!!」
犬夜叉は激しい口調で言った。
「あ・・・。すまねぇ・・・。つい・・・」
「ううん。いいの・・・。大丈夫だから・・・」
「かごめ・・・」
しかし、明らかにかごめの瞳は混乱している・・・。犬夜叉、言葉が見つからない・・・。
穏やかなかごめが険しい表情を浮かべた。
「でも・・・。腹立つ気持ちより・・・。そっちの方が強いなんて不思議だね・・・。生きててよかったって思うなんて・・・。ごめん。なんか、突然で混乱してる・・・」
かごめは落ち着こうと再び深呼吸・・・。
死んだと自分に言い聞かせてきた13年間。突然。
あまりにも突然で・・・。
かごめは溜まらず、その場に蹲ってしまう・・・。
「かごめ・・・!」
駆け寄る犬夜叉。
頭の整理がつかない。
母が生きていた。
生きていた・・・。
母が・・・。
「・・・犬夜叉・・・あたし・・・」
「え?」
「あたし・・・。行く」
「え?」
「母が住んでいる町に・・・。行ってみる」
「かごめ・・・?」
「本当は会いたくない、でも母が生きてるのをこの目で確認したい・・・。頭の中ごちゃごちゃ・・・。そんなのはもう耐えられないの・・・。だから行ってみる・・・。母の住んでいる街に・・・」
行ってなにをするのか。
行って母に会えるのか。
会ったら何を言うのか。
恨み言かもしれない。自分たちを去ってしまった事を責めるかもしれない。
本当は会う必要などないのかもしれない。でも・・・。
もう、置いていかれるのは嫌だ・・・。
「へっ・・・。病み上がりのお前を一人で行かせるわけにはいかねぇ。写真を送ってくれだぁ?へっ。本物のお前を見せに行こうぜ。そんで文句の一つも言わなきゃやってられねぇ!」
「犬夜叉・・・」
かごめの笑顔が見たい。
自分ができることがあるならば、何かしたい・・・。
柄ではないけれど、素直にそう思う犬夜叉・・・。
かごめが自分にしてくれた様に・・・。
それから、病院を退院したかごめは・・・。
犬夜叉と共に、手紙にあった住所の街へ行く・・・。
自分の心を見つめるために。