ゴットン ガッタン ゴットン・・・。田園風景に線路が一本。
2車両の電車が走る。
幾つの駅を停まっただろうか。
鈍行列車に鈍行を乗り継ぎ4時間半・・・。
窓から見える景色は穏やかな海・・・。
「きれい・・・」
かごめが景色に感激しているが犬夜叉は・・・。
「ぐおー・・・」
すっかり電車の揺れが子守歌で、爆水中。
「もう・・・。犬夜叉ったら・・・」
街の中の電車とは違い、車内は静か。
休みの日なのか、かごめと犬夜叉以外、あと数人の乗客しか乗っていない。
コロコロコロ・・・。
かごめの足下に柿が転がってきた。
「?」
かごめが拾うと、大きな風呂敷を背中に背負ったおばあさんが近づいてきた。
行商のおばあさんのようだ。
「あ・・・。これ、どうぞ」
かごめが渡そうとするがおばあさんは顔を横に振った。
「ワシたべきれんので。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
おばあさんは何事もなかったような顔で自分の席に戻り、ぼんやりと景色をながめる・・・。
(・・・なんか、いいな・・・。こんな雰囲気・・・)
各駅停車の様なのんびり、ゆったりとした空気・・・。
景色を楽しむ余裕ができるこの鈍行列車がかごめは好きなった・・・。
そんなかごめをよそに、犬夜叉はひたすら、寝ていた・・・。
犬夜叉が夢の中の間に、二人が降りる駅に到着。
「ほら!犬夜叉、降りるよ!」
あわてて降りるかごめと犬夜叉。
そこは無人駅で、駅舎もないホームだった。切符を入れる小さな箱だけだ。
「すげぇ・・・。駅に誰もいないぜ」
「今はこういう駅、田舎にはいっぱいあるんだろうね・・・。寂しいけど、でもそれはそれで趣があるじゃない」
街に住む人々は、田舎に来ると『癒される』と言うが、そこの住む人達にとってはあくまで自分たちが生活する場所であり・・・。
「おおっ。猿だ!」
「犬夜叉!もうっ。遊びにきたんじゃないんだから・・・。あ、でも猿の親子だ。可愛い・・・!」
のどかな風景にかごめも犬夜叉も心が和む・・・。
しかし、かごめは、緊張していた。
産みの母・佳奈子の夫から来た手紙の住所に近づいてくにつれて・・・。
石畳の坂を上っていく・・・。
段々畑が綺麗に連なって。
「ふう・・・。ついたな・・・。ここ・・・か・・・?」
戦前戦後を思わせる、茅葺きの屋根。その屋根から、干し柿が縄でつるしてある。
どっしりとした家屋。
広い庭には、鶏が放し飼いになって、飛び回っている。
「すごい家だな・・・。でけぇ・・・」
ワンワン・・・ッ。
柴犬が見知らぬ客の犬夜叉とかごめに激しくほえる。
「わっ。なんだこの犬ッ!!」
同じ”犬”同士だが、犬夜叉に特に吠える。しかしかごめには・・・。
「犬夜叉が暴れるからよ。ほら、いい子ね・・・」
かごめが頭を撫でると、犬は黙り、しっぽをふって懐いた。
「なんでかごめには懐くんだよ。ったく・・・」
ふてくされる犬夜叉。
そんな二人に篭を担いだ中年の男が近づく。
「佳奈子・・・?」
かごめが振り向く。
「あの・・・」
「あ・・・。も、もしかして、日暮・・・かごめさん・・・ですか?」
「はい・・・。すみません。突然お伺いして・・・」
佳奈子の夫は篭を置き、かごめの両手をギュッと握った。
「ずっと・・・。お会いしたかったです。ずっと・・・」
その熱い出迎えにとまどうかごめと犬夜叉・・・。
佳奈子の夫は、丁寧に二人を家にあげた。
居間に通された二人。
中の造りに驚く。
高い梁で支えられた天井。
居間の真ん中には囲炉裏が。
「すみません。お茶しかなくて・・・」
佳奈子の夫は二人にお茶を差し出す。
「いえ・・・。お構いなく・・・」
「・・・でも本当、最初見たとき、佳奈子かと思いました・・・。後ろ姿がそっくりで・・・」
複雑だ・・・。
そんな事を言われても・・・。
でも・・・。
かごめは一口、お茶を含む。
「・・・けっ・・・。何がそっくりだ・・・。写真よこせとか勝手なことばっかりいいやがって・・・。どうだ。かごめは立派に育っただろう?自分のガキをおいていく様な母親に育てられなくても、かごめはでかくなっただろう!」
「犬夜叉!」
興奮した犬夜叉を静めるかごめ。
犬夜叉はまだ文句言いたげだ。
「・・・いえ。その方の言うとおりです。こちらの都合ばかり言って・・・。でも・・・。どうしても成長したかごめさん達の姿を佳奈子に見せてやりたかったんです・・・。病で気落ちしている佳奈子に・・・」
「・・・」
病だから・・・。しかし、だからといって、会うことはできない、写真だけくれという言い分が犬夜叉はどうしても許せなかった。
「あの・・・。佳奈子さ・・・。母の病気というのはそんなに悪いのですか・・・?」
「手術をすれば完治しますが、かなり難しい手術で・・・。元々体の強い方ではなかったし・・・。かごめさん、これを見て下さい」
佳奈子の夫はポケットから預金通帳を取り出した。
かごめと草太名義の二つの預金通帳を・・・。
「今まで働いてきたお金、すべて佳奈子は積み立てしていました」
通帳を見ると、毎月きまった単位できちんと振り込まれている。
「会えない、絶対に会えないと言っておきながら、いつか・・・きっと送りたいと思っていたのでしょうね。これ、受け取ってもらえますか・・・?」
「けッ!!金で済まそうってか!生きてるか死んでるかもわかんねぇ、蛇の生殺しみてぇなかごめの13年を金で済まそうってのか!!ふざけんじゃねぇよッ!!」
ドンッ!
犬夜叉は感情のまま、畳に拳をぶつけた・・・。
「よして。犬夜叉・・・」
「でも・・・」
「あたしは平気だから・・・。ね?」
「・・・」
犬夜叉は、腕組みをしてまだ、何か言いたげだが我慢・・・。
(勝手すぎるぜ・・・。どいつもこいつも・・・)
自分も幼い頃に母親を亡くした。
しかし、自分には母がいつも側にいてくれた。
抱きしめてくれた・・・。
だから、犬夜叉は佳奈子のしたことが許せない。子供には、絶対に母のぬくもりが、
温い体温が必要だから・・・。
かごめは通帳を佳奈子の夫に返す。
「横山さん。お気持ちだけで結構です・・・。このお金は・・・。私と草太のお金じゃありません」
「でも・・・」
「入院費とか結構するでしょう・・・。それに・・・。受け取れない・・・。これだけは・・・」
「かごめさん・・・」
犬夜叉はきっとかごめならそう言うと思った。
例え、何百万積まれても、かごめはいらないと言うだろう。いや、それより、お金で済まそうとした事でかごめが傷ついていないか犬夜叉は心配だった。
「それから写真ですがこれを・・・」
かごめがハンドバックから、草太の写真を何枚か出した。
「小学校・・・中学の入学式の時・・・。草太の成長がわかる写真を選んできました・・・」
「ありがとうございます。でもかごめさん・・・せっかくここまで来られたのでしたら、是非、会って下さい。会って・・・」
「・・・」
かごめは黙ってしまう・・・。
会って・・・。何を言うのか。何を言ってしまうのか・・・。
「かごめ。お前が会いたくないなら会わないでもいい。でも腹にたまってるもんがあるなら我慢することねぇ・・・」
「・・・。お願いします。縁起でもないですが・・・。手術が失敗したら・・・これが最後のチャンスかもしれなんですよ・・・」
「!」
”ごめんね・・・。かごめ・・・”
雪の日に消えていった母の声が、耳に響く・・・。
寂しく響く・・・。
死んでいるとずっと思っていた母。
いや、自分にそう思いこませていた。
会いたくないはずなのに・・・。
でも・・・。
でも・・・。
そしてかごめと犬夜叉は母・佳奈子が入院している病院に向かった・・・。
※
病室の前で、立ち止まるかごめ。犬夜叉は廊下で待っている。(ここにお母さんが・・・)
大学受験の時より緊張する。母と会った時、自分は何を言うのか。
13年分恨み事をぶつけるのか・・・。
わからない。でもただ・・・。自分の目で確かめたかった。
生きている母の姿を・・・。
そして静かに病室に入っていくかごめ・・・。
部屋は4人部屋。その窓際の一番奥・・・。
『波田野佳奈子』
プレートがベットの上に貼られていて・・・。
そして目の前に眠っているのは・・・。
白髪混じりの痛んだ長い髪・・・。
顔色は青白く、頬は痩せている・・・。
鎖骨は骨がくっきり分かるほどに痩せていて・・・。
弱々しい寝息をたて、眠る母・・・。
かごめの中の佳奈子は、髪が艶やかでもっとふっくらしていた・・・。
一瞬、別人かと思った・・・。
しかし間違いはない。この人が自分を産んだ母なのだ・・・。
「・・・佳奈子は最近眠れなくて昼間眠ることが多いんです・・・。夢をみるから・・・」
「夢・・・?」
「子供達の夢を・・・。譫言で『ごめんね・・・かごめ・・・と』」
「!」
自分と同じ夢を母が・・・。
でも同じ夢は夢でも、かごめの夢は自分が置いていかれる夢。
寂しくて、切なくて・・・。
「佳奈子、起きなさい」
佳奈子の夫が佳奈子の耳元で声をかけた
「いいです。起こさなくて・・・」
「え・・・。でも・・・」
「しばらく・・・。寝顔を見させて下さい・・・」
髪の生え際に目立つ白髪。
明らかに年をとった自分の母の姿に、ショックと戸惑いだけが心に残る・・・。
当たり前のことだが、自分が大人になった分、親は年をとる。
13年という月日の感じる・・・。
「13年前のあの雪の日・・・。裸足で道路を歩いている佳奈子に出会いました・・・。虚ろな瞳で・・・」
『全部捨ててきた・・・。全部・・・。もう全部・・・』
「私はその時、妻を亡くしたばかりで、佳奈子・・・。いや、お母さんの孤独にさいなまれた心が痛いほどわかった・・・。私にもお母さんにも誰かに側にいてほしくてたまらなかったんです・・・。すみませんでした・・・。まさか佳奈子に子供がいるなんて知らすに・・・。お母さんにすぐに戻れと言いましたが佳奈子はどうしても行かなかった。『もう、絶対にあえない。子供達には絶対に・・・。会う資格がない』と・・・」
恨みや憎しみ・・・。
普通ならば捨てられたと思えば、憎いだろう。恨んでもいた。
でも・・・。それと同じくらいに
母に生きていて欲しいと思っている自分がいた。
”かごめの笑顔は太陽みたいね・・・”
笑っていれば、迎えにきてくれる気がしていた・・・。
無邪気に・・・。
横たわる弱々しい母の姿。
恨みも母に会えるという期待感も・・・薄れていく・・・。
ただ・・・。言えることは・・・。
『母が生きていて良かった・・・』
目が覚めたとき、何を言い出すか分からない。何を言えばいいか分からない。
母と呼べるかもわからない。
妙な脱力感がかごめを支配する・・・。
「横山さん、もうあたしは・・・。帰ります・・・」
「あ・・・。おい!かごめ!!」
足早に病院をでるかごめ・・・。
追いかける犬夜叉。
「おい、かごめ!!待てよ!!」
かごめは立ち止まる・・・。
「かごめ・・・」
声をかけられない犬夜叉。
犬夜叉が近づくと、かごめはハッと何かを感じて振り向き、病院を見上げた・・・。
沢山の病室の窓・・・。
かごめはすぐに自分を見つめる女性の姿に気がつく・・・。
長い髪・・・。
(お母・・・さん・・・)
母が、見ている。
じっと見ている・・・。
”ごめんね・・・。かごめ・・・。ごめんね・・・”
あの時と同じ顔・・・。
悲しみに満ちた・・・。
もういい。謝るくらいなら、笑って欲しい。
もういい・・・。もういい。
哀しいはもういい・・・。
そしてかごめは・・・。
深く ゆっくりとおじぎをした・・・。
とびきりの笑顔で・・・。
そんなかごめを窓から見つめていた佳奈子の頬にあたたかい日光があたる・・・。
”かごめの笑顔は太陽みたいね”
佳奈子の言葉。それを今、かごめの笑顔が証明した。
(かごめ・・・。ごめんね・・・。それから・・・ありがとう・・・。)
そう思いながら、佳奈子もかごめに深く深くおじぎした・・・。
13年前の雪がやっと少し止み始めた気がしたかごめ・・・。
まだ、完全に止んではいないけど・・・。
曇っていた空が優しい光が山々を照らす・・・。
病院の花壇の秋桜が静かに病院を後にするかごめと犬夜叉を見送っていた・・・。
※
ゴットン・・・。ガッタン・・・。
帰りの電車・・・。
窓の外は真っ暗闇・・・。
終電で、乗客はかごめたちしかいない・・・。
「・・・」
「・・・」
二人とも黙ったまま・・・。
静かすぎて何を話したらいいかわからない。
先に口を開いたのは犬夜叉。
「かごめ・・・。本当にお前・・・。本当に良かったのかこれで・・・」
かごめは深く頷いた。
「・・・。犬夜叉。あたしね。今度母に・・・手紙を書いてみようと思うの」
「手紙?」
「正直まだ・・・。わだかまりがなくなった訳じゃないけど・・・。でも・・・。手紙から始めてみようと思って・・・。だめ・・・かな?」
何を話していいか分からなかった。
感動的な再会シーンにもならなかった。
でも・・・。
あの雪は止んだ・・・。
一歩・・・。いや、半歩でもいい。
進まなくちゃ・・・。前に・・・。
「・・・けっ・・・。好きにしやがれ。いちいち俺に聞くな」
犬夜叉はめんどくさそうな顔で言った。
でもそれが犬夜叉らしくてかごめは好きだ。
犬夜叉の本当優しさを知っているから。
「犬夜叉。ありがとう」
「な、なんでいッ。急に・・・」
「犬夜叉がそばにいてくれてすごく心強かった・・・。助かった・・・ホントよ。」
「・・・なっ、なにいってんだ。ったく・・・」
犬夜叉は照れくさくて照れくさくて
プイッと横を向いた。
「だから、ハイ。お礼v」
かごめはバックから、昼間電車の中でおばあさんにもらった柿を出した。
「美味しそうでしょ。ハイ。食べて」
「いらねーよ。お前食えよ。腹ってるだろ」
「いいから。犬夜叉にあげるってば」
「いらねーって!」
「あげるったら!」
言い争う二人の目の前に、突然、もう一個柿が登場。
「ハイ。これで夫婦喧嘩終了じゃ」
昼間の大きな緑色の風呂敷を背負ったおばあさん。犬夜叉の手に柿を置いて、長靴の音をキュッキュと鳴らして涼しい顔で隣の車両へ消えていった・・・。
「・・・な・・・なんだあのばばあは・・・(どこにいたんだ)」
「・・・。夫婦喧嘩だって・・・。ふふっ・・・」
犬夜叉とかごめ、『夫婦』という言葉に反応して照れる。
「・・・。だっ。誰が夫婦だ。だれが・・・。わッ!?」
犬夜叉の肩にもたれたかごめ・・・。
スースーと寝息が漏れる・・・。
「・・・」。
(・・・。さっきのばばあいねぇだろうな)
犬夜叉は首を伸ばして辺りに人が居ないのを確認。
そしてそのまま、かごめに肩を貸してやる・・・。
「けっ・・・。病み上がりなのに無理しやがって・・・」
この何日かでいろんな事がかごめに起こった。
疲れただろう。
辛かっただろう。
かごめのために何ができるだろうとずっと考えてきた。
『ありがとう。犬夜叉・・・』
自分の方がかごめに言いたかった。いつも・・・。
でもかごめに「ありがとう」を言われる自分は嫌いではない・・・。
照れくさいけど、そんな自分が好きだと思った・・・。
自分もかごめにとって心強い存在でありたい・・・。
「いぬ・・・やしゃ・・・。ありが・・・と・・・」
かごめの寝言・・・。
「へん・・・。何度も言うんじゃねぇよ・・・(照)」
かごめのフワッとした髪が犬夜叉の鼻にかかった・・・。
いい匂いがする・・・。
あたたかくて・・・。
仄かに甘くて・・・。
これはまるで・・・。
「やっぱりお前・・・日向の匂いが・・・する・・・」
犬夜叉はかごめの肩をグッと引き寄せ、犬夜叉もいつしか・・・。
眠ってしまった・・・。
そんな二人の様子を隣の車両のドア越しにさっきのおばあさんがにこにこしながら見ていた。
「夫婦円満は柿が一番じゃ。ふぉほっほ」
と言って長靴を脱ぎ、座席に正座し、柿を豪快にかぶりついた。
ガッタン・・・。
ゴットン・・・。
ガッタン・・・。
ゴットン・・・。
暗闇の中、線路を鈍行列車はゆっくり進む。
ゆっくりと・・・。
ゆっくりと・・・。
還るべき場所に・・・。