第34話 ささやかに手を繋いで・・・

日曜日の駅前。

噴水の前は若いカップルの待合い場所として有名だ。

珊瑚も今日は弥勒と待ち合わせ。

今日はちょっとイメチェンしてスカート履いてきました珊瑚さん。

クリーム色のミニスカート。かごめに借りたのだ。

(足がスースーするなぁ・・・)

いつもパンツルックが多い珊瑚だが、『たまには珊瑚ちゃんもお洒落してみなよ』とかごめに勧められたのだ。

しかしお洒落より、珊瑚がうっとりしているのは。

薬指のリング。

小さな透明な石に見とれている珊瑚。

なくさないようにはずしてこようと思ったが・・・。

やっぱり肌身につけていたいものだ。

「ふう。それにしても遅いなぁ。ちょっと用事があるから先にここで待っててくれって言ってたのに・・・」

その時。珊瑚の『第六感』が働く。

噴水の向こうに見える男・・・。

しつこいナンパ男に困った顔をしている若い女。

あのジャケットの色・・・。

(・・・間違いない。弥勒様だ)

珊瑚の嫉妬は噴水の水をかけても消えないほどにメラメラと燃え上がり・・・。

「あの、どうです?お時間があるならば私とどこかでお話でも・・・」

ビク・・・。

今度は弥勒の『第六感』が働く。身の危険を感じ取るアンテナだ。

冷たい目をした珊瑚が背後に立っていて・・・。

「あ・・・。さ、珊瑚・・・」

「ふうん・・・。『用事』ってこういうことだったのか・・・」

「あ、い、いやこれはですね、なんといいますか・・・」

「問答無用・・・っ!」

パシッ!

弥勒の頬に問答無用の花が咲きました。

「ふんっ。勝手に用事でもなんでもしてればいいでしょ!」

お怒りの珊瑚さん。一人弥勒を残して歩き始めた。

「さ、珊瑚待ってくださいよー!」

ヒリヒリする頬を片手で抑えながら珊瑚の後を追う弥勒・・・。

弥勒にナンパされた女は一人、呆然と噴水の前でずっと立っていた・・・。



最近出来たショッピングモールを一人ムスッとしたかおで歩く珊瑚。

まだご機嫌斜めのようだ。

弥勒はなんとか機嫌を直そうと珊瑚にクレープを買ってきた。

「ほら珊瑚さーん。貴方の好きないちごクレープです」

「・・・」

クレープを受け取り、パクッと食べる珊瑚・・・。

「うん。美味しい・・・」

「よ、よかったぁ。珊瑚あの・・・」

クレープをパクパク食べる珊瑚。

「クレープ一つで許すとでも思ってるの!?甘い!!もう一発お見舞いされたいの」

珊瑚が拳を握って見せたとき・・・。

「さ、珊瑚お許しをーー。ん?」

弥勒のズボンの裾をくいくいと引っ張る4歳くらいの男の子・・・。

「ボク・・・。どうしたの?迷子かな?」

目にいっぱい涙をためて・・・。

一枚の紙切れを見せた。


『弥勒ちゃん、町中でいきなりで申し訳けないですが、2時間ほど預かって下さい。お願いしま〜す。あ、1時に駅前の噴水の前まで迎えに行きますのでv 留実』

メモを覗き込む珊瑚・・・。

「ねぇ。留実って誰・・・?」

珊瑚の目が早くも三角になっている・・・。

「いや・・・接待で行くスナックの子でして・・・。さ、珊瑚、決して深い関係では・・・」

「どーだかね!!弥勒様の子なんじゃないの!?全く・・・どーしてあっちでもこっちでも節操のない・・・」


喧嘩が始まるかと思いきやなにやら男の子が足をもじもじさせている・・・

「うう・・・。おしっこ・・・でちゃう・・・」

「え・・・」


半ズボンが濡れてきている・・・。

「わーー!!大変!!」

弥勒と珊瑚はあわてて少年を抱えてコンビニのトイレに駆け込む。

当然コンビニの店員に叱れ、そして濡れたズボンの替わりに子供服まで買わされるはめに・・・。

ショッピングモールの子供服売場。

乳母車や子供用の靴も売っている。

4歳児サイズのちっちゃなGパンを見定める二人。

「なんであたし達がこの子の服買わなくちゃいけないの・・・」

「仕方ない。濡れたままにしておくわけにもいかんだろう・・・。お、これなんかいいんじゃないか?」


弥勒はしゃがみ、男の子にズボンを当ててみる。

「ちょっとその色は地味じゃないの?黄色の方がいいよ。ほら」

珊瑚も同じく男の子の上着をあわせてみる。

(はっ・・・。何やってんるんだ。あたしまで。これじゃあホントの親子じゃないの・・・)

照れくささが込み上げてきた珊瑚。

「あ、いや、やっぱり青の方がいいかなぁ〜・・・」


真剣な顔で男の子の服を選ぶ弥勒・・・。

何だかとても新鮮で・・・。

(女癖の悪さは相変わらずだけど・・・。父親になったらきっとあんな感じなのかな・・・)


この人と『結婚』の約束をした。


今だにその実感は沸かないけど『結婚』して家庭を持つってこういうことなのか・・・。

何だかワクワクした気持ちになる珊瑚・・・。

「珊瑚ー。結局この組み合わせに落ち着いたんだが、どうだ?」

水色の帽子に黄色のパーカー。青のズボン。

「うん。いいんじゃない?似合ってる」

「そうか。じゃあこれにしよう!」

服を購入し、男の子を着替えさせた二人。

まだ5時まで1時間以上まだある。

二人は、男の子を連れショッピングモールを順番にまわってみることにした。

男の子を真ん中にして3人手を繋いで歩く・・・。

オモチャ屋のショーウィンドウ。

人気キャラクターが動く人形。

「あ、猫夜叉だ。猫夜叉。ボクネ、ボク、『ぼさつほうしさま』大好きなの」

「ほう〜。あのキャラは格好良いからなぁ〜。ふっ」

「ううん。女の人が大好きでいつも仲間の『真珠』ちゃんに怒られてるんだよ。それが面白いんだ〜v」

珊瑚、何故だかぷっと吹き出す・・・。

「もっと大きくなったとき、このとキャラの神髄を教えてやろう。うんうん・・・」

ガラス越しに男の子と楽しそうに話す弥勒。

本当の親子の様な二人を見つめているのがすごく心地いい珊瑚・・・。

見ず知らずの子供なのに、子供が間にいるだけですごく穏やかな空気ができる・・・。


”子供と一緒に居るとね・・・。自然と心が柔らかくなるの。素直になれる・・・。弥勒様のいつも台詞って案外、子供好き所から出てるのかもしれないね”


以前に聞いたかごめの言葉を思い出す珊瑚。

(・・・かごめちゃんの言うとおりかもしれないな・・・だとしてもナンパは許せないけど(笑))

珊瑚は弥勒と男の子の笑顔を見つめながらそう思った・・・。


そして日も暮れかけてきた夕方5時・・・。

駅前の花時計の前で男の子の母親を待つ珊瑚と弥勒。

男の子は弥勒の背中でぐっすりおやすみ・・・。

「ふふ・・・。弥勒様の背中って心地いいのかな」

「ふむ・・・できるなら珊瑚の寝息を耳元で聞きたいなぁ・・・」

「な、何いってんの。もう・・・。子供がいるのに・・・」

弥勒のズボンをつねる。

子供が居るので、黙って絶える弥勒だ・・・。

そんな弥勒に手を振りながら近づいてくる派手な出で立ちの女性一人・・・。

ヒョウ柄ミニスカートに、毛皮のコートを着て。

「あ、弥勒ちゃーん、ごっめんねー!街で若いのにナンパされちゃってさー。断りきれなくて。そんなとき弥勒ちゃん見かけて。子供預けちゃった」

真っ赤な口紅で大笑いする女。

その態度に珊瑚は腹立たしさを感じた。

「あんたね・・・」

珊瑚が一言言ってやろうとしたら、弥勒が男の子を珊瑚にだかせた。

その直後・・・。

「ふざけるなッ!!」


「な・・・。なに・・・!?弥勒ちゃんッ」

「子供は荷物じゃねぇんだぞッ!!!親の都合で他人に簡単に振り回してんじゃないッ!!!」


ドスの利いた弥勒の声が歩く人々を引き付ける・・・。

「手を挙げてしまってすまない・・・。でもいくら数時間とはいえ・・・。母親に置いて行かれたんだ・・・。大人にとっては数時間でも子供にとっては丸一日ひとりぼっちにされた気がするんだ・・・。子供の心の傷に留実ちゃんは責任がとれるかい?」

珊瑚は何だか弥勒が一瞬寂しい表情に見えた。

「・・・弥勒ちゃん・・・」

「子供も居ない私が言うのもなんですがね・・・。それから・・・。できるなら今の仕事・・・。昼間の仕事の方がいいですよ。留実ちゃん・・・。この位の年頃は・・・母親が絶対に必要なんです・・・」

(・・・弥勒様・・・また寂しい顔してる・・・)


弥勒は珊瑚から男の子を抱き上げると母親の元にかえした。

「う・・・。あ、ママ・・・!ママァ・・・!」


少年は母親の顔を見ると安心してぎゅっと母親の胸に顔を埋める・・・。

毛皮のコートを小さな手でギュッと掴んで・・・。

「ごめんね・・・。拓真・・・」


母親は少年に応えるように優しくだっこして抱きしめた・・・。


そんな母子を優しい眼差しで見つめる弥勒・・・。

弥勒の背中がとても広<、そして頼もしく見えた・・・。



辺りはすっかり暗くなり・・・。

アパートへの帰り道・・・。

夕食時の住宅街・・・。


温かな灯りが窓からこぼれて・・・。

「珊瑚・・・。今日はすまなかったな・・・。せっかくのお前との休日を私のせいで潰してしまって・・・」

「ううん・・・。楽しかったよ・・・。結構弥勒様って子煩悩なんだね・・・。ちょっと格好良く見えた・・・」


珊瑚はスッと弥勒と腕を組んだ・・・。

「お褒めの言葉ありがとうございます。もしや今、私は珊瑚に口説かれているのかな?」

「そんな訳ないでしょ・・・。もう・・・」


でも今ちょっと珊瑚は・・・。


口説かれたい気分・・・。

「あ・・・何かカレーの匂いしてきたね・・・」


竹の垣根から父親母親、姉と弟らしい家族がリビングで食事している光景が見えた。

楽しそうにカレーを食べている・・・。


珊瑚の脳裏に・・・。昔の光景が浮かぶ・・・。

幼い頃は家族4人でいつも笑っていた・・・。

今はバラバラに暮らしている・・・。

「みんなが笑いながら食事をする・・・。家族なら当たり前なのに今はそれが壊れてる家族が多いよな・・・。色々な事情はあるとしても・・・。寂しいな・・・。とても・・・」

「うん・・・」

「でも少なくとも俺達は・・・。笑うことを忘れない家族に・・・なろうな・・・」

「・・・うん・・・」


ありきたりでいい・・・。


月並みでいい・・・。


ささやかでいいから・・・。


一緒に笑いあえる居場所をつくりたい・・・。


そんな願いを込めて弥勒は珊瑚の手を握りしめた・・・。