第33話 カプチーノの香りに安らいで ”犬夜叉さん、貴方はこれからどうしますか・・・?” 樹に突きつけられた犬夜叉への問い。 ずっと心にひっかかってぐるぐるまわっている・・・。 新築の家。 木材を肩に担ぎ、細い柱の上を運んでいた犬夜叉・・・。 「お、おい、犬っころ、アブねぇぞッ!!」 「え・・・」 グラッと足下がふらついた。 。「う、わぁあああーー・・・ッ」
「畜生!はやしやがれ。俺は病院なんかいきたかねぇ〜!!」 。暴れる犬夜叉を乗せ強制的に病院へ直行。 レントゲンを取った結果、足首に少しヒビが入ったもの頭にもその他の場所はどこも以上はなかった。 「なんて頑丈な奴なんだ。二階から落ちたってのによ」 落ちた場所が植木だったのがよかったにしても、二階から落ちて重い木材の下敷きになったにしては軽傷だったと医者も驚いていたという・・・。 しかし当然、右足にはギブス着用。 入院を頑なに嫌がった犬夜叉は仕方がないので、手当が終わると同僚にアパートまで送ってもらった。 「よっこらしょっと・・・」 同僚の肩を借りながら二階の自分の部屋までなんとか連れて生きて貰った。 「犬っころ、ま、若いからすぐ治らぁな。お前最近休みとってなかっただろ。良い機会だ。ゆっくりやすみな。んじゃな」 同僚が帰ったすぐあとに・・・。
「かごめ・・・。お前どうして・・・」 「だって・・・。犬夜叉が屋根から落ちたって楓おばあちゃんからあたしの携帯に・・・」 「けっ。楓ババアの奴、大袈裟なこと・・・。大体おめー大学はどうし・・・」 犬夜叉、ギクリ。 かごめは思いっきり涙目・・・。 「大袈裟って何よ・・・!そんなおっきなギブスして・・・。強がらないでよ・・・」 かごめは顔を覆ってポロポロ涙が・・・。 「な、な、泣くことねぇだろ。何も・・・」 「泣いてないわよ・・・。ね、それより、もう足、痛くないの?大丈夫なの?」 「けっこんなもん、怪我の内にはいらねぇ」 涙を潤ませながら心配そうに犬夜叉のギブスをそっと触るかごめ。 優しく・・・。 優しく・・・。 「・・・」 犬夜叉、なんだか気持ちいいのか静かになる・・・。 「足にヒビが入ったんだってね・・・。痛くない?ちゃんと治るまで安静にしなきゃね・・・」 まるで猫が喉元を撫でられ気持ちよくなるように ギブスを撫でられて心地よさにおとなしくなる犬夜叉。 分厚いギプスなのに足首がくすぐったくて・・・。 「ん?どうしたの。急に静かになっちゃって」 「な、何でもねぇよッ・・・」 「変なの。ま、いいか。ねぇ。犬夜叉。御飯食べた?」 「御飯って俺は犬じゃねぇッ」 「夕食作るわね。ほら、材料も買ってきたの。あたしの台所のガス、何だか付が悪くて。お台所かしてね♪」 ピンクのエプロンをかけ、スーパーの袋から夕食の材料を取りだし、冷蔵庫にいれる。 そしてまな板で野菜を切り始める・・・。 トントントン・・・。 リズムの良い音が響く。 「おいコラ、勝手に台所・・・」 かごめが台所に立っている。 エプロン姿で・・・。 「・・・」 何だか・・・。 まるで新婚の様・・・。初々しさというか可愛さのオーラが漂って・・・。 「だ、誰が新婚だッ!」 「え?何か言った?」 包丁を片手に振り返るかごめ。 「な、何でもねぇっ」 「そ。鯖の味噌煮とひじき炒め物するからね。栄養つけなきゃ★」 かごめはご機嫌よく夕食づくりに励む。 犬夜叉は思わず『怪我の功名』ってこういうのか・・・とみそ汁の香りを嗅ぎながら思った。 その様子を。ドアの外で弥勒と珊瑚が聞いていた。 「くそう。犬夜叉の奴め。かごめ様が手取り足取り看病とは・・・!怪我したのは計画的だな?」 「手取り足取りって・・・。そんな訳ないでしょ。弥勒様、どうしてそうやらしー捉え方しかできないの?って何よ。あたしの顔に何かついてる?」 弥勒がじっと珊瑚を見る。何かを催促するように。 「そういえば、珊瑚の手料理を食した事はないですな。珊瑚。フェアンセならば一度ぐらい何か作ってくれてもいいのではないかな?」 「な・・・。いけしゃあしゃあと・・・。ま、いつか作ってあげるよ。いつかね・・・ってなによこの手は」 いつの間にか珊瑚の肩に手が。 「お前の手料理も良いけれど、お前自身を味わってみたいなぁ・・・」 ぶわっちん。 弥勒の爆弾発言に珊瑚の平手が飛んできた・・・。 「な、なんてこと急に言うのよッ。ふんッ」 真っ赤になった珊瑚は自分のお部屋に帰ってしまった様です。弥勒君。 「いつもながらビンタはあまり美味しくないですな・・・トホホ・・・」 というわけで、犬夜叉の身の回りのことをヘルプ仕始めたかごめ。 大学行く前に自分と犬夜叉の二人分の朝食を作り、休みの日には布団や洗濯物を干したり・・・。 犬夜叉は「よけーな事するな」といつもながらに文句を言いつつも、どことなく嬉しそうだ。 一番厄介なのが、立ち上がるとき。 ベットの上に立てかけられた松葉杖を支えに立ち上がるのだが、片足に全体重がかかる。そうするとバランスを崩して・・・。 「ワァッ」 「犬夜叉ッ!!」 ドッタターンッ!! かごめに覆い被さるように犬夜叉は倒れた・・・。 「イタタタ・・・。かごめ大丈夫・・・」 かごめの顔が真下に・・・。 更に犬夜叉は、かごめの体を両足で挟むような体勢で・・・。 「・・・」 「・・・」 一瞬二人ともちょっと危ない状況(?)に固まる。 「・・・は、早くま、松葉杖を・・・っ。犬夜叉」 「そ、そうだな・・・よっ・・・。うっ痛・・・ッ」 間違えて右足に力をいれてしまった。 「だ、大丈夫!?ゆ、ゆっくりね、ゆっくり・・・」 なんとか立ち上がろうとしているとき。 コンコン。 「今すごい音してけどどうし・・・」 床に二人重なって倒れ、足をもぞもぞ動かす光景が珊瑚の目に入り・・・。
珊瑚は慌ててドアを閉めた。 「さ、珊瑚ちゃん、ち、違うんだってば・・・。あの、犬夜叉起こすの手伝って〜」 しかしかごめの声も衝撃的現場(?)を目撃してしまった珊瑚には届かず。 顔を真っ赤にして興奮状態だった・・・。 「ふう・・・」 何とか犬夜叉をベットに寝かせ、大騒ぎも一段落。 「はぁ〜。犬夜叉ってばもうとにかくおとなしくしてなさい!」 「うるせー!俺がどこいこーが勝手だ!」 「ったく・・・。犬夜叉がもし入院してたらどうなっていたか・・・。ん?」 かごめがベットの下に何か落ちているのに気づく。 「あれ?犬夜叉、携帯落ちてるよけいた・・・」 液晶画面に・・・。
桔梗からのメールを見てしまった・・・。 かごめはそっと枕の横に携帯を置いた。
バタン・・・ッ。 エプロンを脱ぎ、かごめは逃げるように犬夜叉の部屋を出ていった・・・。 荒々しく閉められたドアの音が犬夜叉の心に痛く響いた・・・。
キィ・・・。コ・・・。キィ・・・。 誰もいない夕暮れの公園・・・。 俯いたかごめがブランコに座っている・・・。 「・・・。馬鹿・・・。犬夜叉の馬鹿・・・」 折ちていた木の棒で地面にそう呟きながら『犬夜叉』と書く・・・。 「・・・。なにやってんだろう。私・・・」 何も逃げてくることはなかったのに・・・。 『私、逃げない・・・。』
でも・・・。メール一つで動揺して・・・。 頭で割り切っても・・・。 わかってても・・・。
”私と逃げませんか。どこかへ・・・” 逃げても何も変わらない事は分かっている・・・。 「フゥ・・・」 重たいため息をつくかごめの背後から人影が・・・。 「かごめちゃん!お久しぶり!」 「水里(みさと)さん!」 ポニーテールで水色のスニーカー。手にはスケッチブックと絵筆を持っている若い女性。 この公園でよくスケッチをしている。 かごめが児童館の子供達と遊んでいる所を書かせてくれと頼まれたことがきっかけで知り合いになったのだ。 「なんだなんだぁ?そのため息は・・・?」 「えへへ・・・。ちょっと・・・」 「ふむ・・・。その顔は恋の悩みだね?切なげな美人ちゃんの顔は創作意欲を掻き立てるなぁ」 デッサン様のペンをかごめに向かって立てて言う水里。 「・・・」 「あらら・・・。かごめちゃん、ちょっと重症そうだね・・・。ねぇ。”あそこ”で一杯コーヒー飲んでいかない?」 「え、あ、はい・・・」 天真爛漫な水里の元気な声に引っ張られ、かごめは商店街のとある喫茶店に来た。 水色の外壁に白の屋根。 アメリカカントリーチックな建物だ。 カランカランッ。 中にはいると真っ白なテーブルのカウンター。 窓はステンドグラスで店の中には赤や青の光が入ってきていた。 そして蓄音機からは、ジャズっぽい曲が・・・。 「水里さん。いらっしゃい」 「マスターさん、こんにちは!また、新しいお客さん連れてきました。ほら、話していたかごめちゃんです」 スラッと背の高く、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気のこの喫茶店のマスター。 「ああ、貴方が・・・。本当だ。月島桔梗によく似ていらっしゃいますね」 「・・・」 ”桔梗”あまり今は聞きたくない名前に胸がズキンと鳴る。 「あれ・・・。ごめん。何か気にさわったかな?」 「う、ううん。そんなこと・・・。素敵なお店ですね」 カウンターの席に座ったかごめ。 「カプチーノでいいよね?かごめちゃん」 「うん」 「はい。少々お待ち下さい」 かごめは出された水を一口飲んだ。 かごめの目に一枚の水彩画が目に入った。 「あ・・・。あの絵・・・」 あの公園で、砂場で子供達と遊んでいるかごめが描かれていた・・・。 「かごめちゃんの絵をすごくマスターが気に入ってくれて・・・」 「他のお客さんにもすごく評判がいいんですよ。はい、カプチーノおまちどおさま」 チューリップ花の絵柄のコーヒーカップからいい香りが漂う。 「私の絵なんて落書きみたいなものなのにマスターが飾ってくれて・・・。ホントに感謝してます」 「水里さん、謙虚そうな事言っても、ツケは負けないよ。全く・・・」 「バレてました。えへへ・・・」 和み合う空気から二人の関係を察知するかごめ・・・。 他の客が来て、マスターがメニューをとりに行った。 優しげにマスターを見つめる水里。 「・・・。水里さん、マスターの事・・・好きなんですね」 「えッ・・・!?」 「水里さんの顔見ればわかりますよ」 「・・・。そ、そう・・・かな・・・。へへ・・・」 照れくさそうに鼻の頭をかく水里。 「でも私『永遠の片思い』なんだ・・・。へへ・・・」 「え?」 「このお店ね・・・。マスターの死んだ奥さん、そのものなんだ・・・。事故で死んだ・・・」 なんとも切なげに店を見回す水里・・・。 3年前。店の目の前の道路でマスターの妻が事故に遭った・・・。 近所で羨ましがられるほど仲がいい夫婦だった・・・。 「あたし・・・。自分の気持ち伝える前に引導わたされちゃって・・・。『妻の香りがするこの店が僕の命です・・・』って・・・口癖なんだ。マスターの・・・」 「水里さん・・・」 マスターが入れたコーヒーを眺めながら話す水里・・・。 「奥さんには勝てない・・・。だって私は・・・。”生きて”いるから・・・」 「・・・そんな・・・。そんなこと・・・」 「・・・マスターにとって奥さんは”永遠”なんだ。永遠に忘れられない人・・・。永遠に勝てる者なんてない・・・。でもね・・・。分かってるんだけど・・・。分かってるんだけど・・・。マスターの顔が見たくって。話がしたくて・・・。足が勝手にこっちに・・・。こっち・・・に・・・」
コーヒーに透明なものが一滴落ちた・・・。 ささっと袖口で涙を拭う水里。 「水里さん・・・」 「へへ・・・。ちょっとセンチになっちゃった・・・」 「・・・勝ち負けなんて関係ない・・・」 コーヒーカップを持つかごめの手にギュッと力が入る・・・。 「例え片思いでも・・・。自分の気持ちを捨てる事なんてできない・・・。側にいたい。いられるならずっといたい・・・。どんなに苦しくても辛くても自分の気持ちに嘘はつけない・・・」 「かごめちゃん・・・」 水里に言っている筈の言葉なのに・・・。 自分自身に言っている・・・。 「かごめちゃんの好きな人もそうなのか・・・。かごめちゃんのため息の元手が何となく分かった・・・」 「水里さん・・・あたし・・・」 「ありがとう・・・。なんか今の言葉、すごく元気出た・・・」 「水里さん・・・」 「まあったく・・・。どこの誰?こんな可愛いかごめちゃんを苦しめるのは・・・?ふふっ・・・。ね、乾杯しよう。お互い、片思いの自分に頑張るで賞〜!なんちゃって」
切ない恋を抱える二人のコーヒーカップが合わさる。 カプチーノを飲み干す二人。 少し苦めで・・・。
苦さも切なさも恋の醍醐味なんだと自分を元気づけて。 少し疲れていたかごめの心に安らぎを与えた・・・。
コト・・・。 透明のテーブルの上にラップのかけられた煮物と「食べてね」と書いたメモを置くかごめ・・・。 犬夜叉は眠っていた・・・。 犬夜叉に毛布をかけ部屋を出ようとした・・・。 「かごめ」 犬夜叉が呼び止める。 「あ、ごめん。起こしちゃった・・・?」 「俺・・・。ずっとあれから眠ってたのか?」 「うんそうみたいね・・・。きっと日頃の疲れが出てのよ・・・。まだ眠るなら私部屋に戻るけど・・・」 「いや・・・。いい・・・。それより話がある・・・。ちょっとここに座れ」 上半身を起こす犬夜叉。 かごめは静かに犬夜叉の側に座った。 「話って何?」 「・・・。お前・・・」
「もう。何よ。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」 「う、うるせえッ・・・」 ”貴方はどうしますか?” 樹の言葉がよぎる・・・。自分の気持ちすらかごめに言えない自分が腹立たしく・・・。 「犬夜叉。ごめんね。昼間、あたし変な態度とちゃって・・・・。逃げないなんて言っておきながら思いっきり逃げちゃったね・・・。えへへ」 「かごめ・・・」 「でも美味しいコーヒー飲んだら元気でたから大丈夫。足治ったら行こうね」 返す言葉がない。見つからない・・・。
昼間の事を気にしていると・・・。 「でもその時はあんたの”おごり”だからね」 「な、なんでだよッ」 「当たり前でしょー。何アンタ、女の子に割り勘なんて言うんじゃないでしょーね?いっとくけど、買い物した代金も後で返してね」 ピラッと買い物のレシートを犬夜叉に見せるかごめ。 「おめーが勝手に買ってきたんじゃねーか。何で俺が・・・」 レシートにを見ながらぶつぶつ言っているとかごめはコクリ・・・と座ったままベットを背もたれにして眠る・・・。 「・・・なんでい。ホントにどこでも寝る奴だな・・・」 すやすやと眠るかごめ・・・。 こうしてそばにいてくれるかごめに自分は何も応えてやれない。 ”あなたはどうしますか?” 樹の問いに何もできない・・・。
卑怯だと自分でも思うがそれが正直で・・・。 「ン・・・」 足下のかごめが寒そうに体を少しねじらせる。
「風邪ひくなよな・・・」
風邪を引かないように毛布を掛けてやることぐらいで・・・。
そう思いながら少し甘口のカレーを犬夜叉は口にしたのだった・・・。 |