第38話・乾いた雨

雨が降ってきた・・・。

夕方から強風と激しい雨になると天気予報では言っていたが・・・。

誰もいない雑草が生い茂った河原・・・。

サク・・・サク・・・。

草の中を白いハイヒールで歩く桔梗・・・。

バイオリンケースを静かに置き、バイオリンを取り出し、弾こうとかかえてみる・・・。

「・・・」

微かに右手がまだ痛む・・・。

弾こうと思えば弾けるのに・・・。


『この場所』で弾くのが何故か辛い・・・。

しばらくその場所を複雑な表情で眺めその場を離れた・・・。

雨の中を彷徨う・・・。

どこへ行くのか。行くべき場所もわからなずに・・・。


(・・・犬夜叉・・・)





一方その頃・・・。

犬夜叉達は弥勒の部屋で久しぶりのしゃぶしゃぶパーティー。

こたつを囲んで弥勒と犬夜叉が肉の争奪戦を繰り広げていた。

「てめぇ!それは俺がいま喰おうと思ったやつじゃねぇか!」

「3秒遅かったな。お、これも煮えてきた」

「あっ、それも俺のだッ!」

箸で鉄鍋の中を掻き回す犬夜叉。

その横で呆れ顔のおなご衆は豆腐やしらたきを食べている。

「ったくどうして食い意地だけは人一倍なの」

「弥勒様もそうだよ。案外大人げないんだから」

そう言いながら・・・。

「ほら、犬夜叉。しらたきも食べなくちゃ。お肉だけじゃ栄養偏るわよ」

「ほら、弥勒様も。こんにゃくも食べて」


男衆の小皿に野菜類を入れるかごめと珊瑚。

まるで二組の新婚カップルのようだ。

おなご衆に言われるまま野菜を頬張る男達。早くも尻にひかれているらしい・・・。

PPPPPP!

「もしもし・・・。ああ・・・樹か」

『樹』の名前で和やかな雰囲気を一瞬止まる。
「何・・・!?桔梗がいなくなっただと!?」

「・・・!」

犬夜叉の一言で一気に部屋に緊張感が漂った。

「ああ・・・。わかった・・・。こっちでも探してみる・・・。なんかあったらすぐ連絡くれ!」

P!

携帯を切った犬夜叉。

「今朝、桔梗が消えちまった・・・」

「犬夜叉・・・」

犬夜叉は動揺する気持ちをかごめに見せまいと思うが、やはりその表情は深刻そうで・・・。

「・・・」

「・・・」

気まずすぎる・・・。


珊瑚も弥勒も俯いて・・・。

「犬夜叉。行こう。探しに」

「えっ・・・行くって・・・」

「・・・一人で探すより手分けした方がいいでしょ・・・。早く見つけなきゃ・・・。騒ぎになる前に・・・」

「かごめ・・・」


かごめは箸を置き、立ち上がった。

「かごめ・・・。俺・・・」

何も言えない犬夜叉・・・。

「・・・暗くなる前に。行こう・・・」

傘を犬夜叉に手渡すかごめ・・・。

「・・・」

キィ・・・パタン。

口数も少なく・・・

出ていった二人・・・。

重苦しい空気はまだ部屋の中に残り・・・。

「・・・弥勒様・・・。あたし達に何かできないのかな・・・」

「珊瑚・・・。悔しいがこればっかりは私達は見守ることしかできない・・・」

グツグツ・・・。


誰の箸もつけらない肉や野菜達が鍋の中で寂しげに煮えていた・・・。



かごめと犬夜叉は駅前や公園、到るところを探し回った。

激しい雨。誰一人歩いていない。

「クシュンッ」

体が冷えてきたかごめに犬夜叉は自分の革ジャンを着せた。

「着てろ・・・」

「・・・ありがとう・・・」

アパートから出て桔梗を探し初めてから、初めて言葉を交わした。

ずっと二人とも黙ったままだ・・・。

犬夜叉の革ジャン・・・。

温かいけど・・・。


胸の奥の奥の切なさが震える・・・。

かごめはそんな気持ちを顔に出ないように心がけた・・・。


思いつく場所、全部探した。

アパートのメモを持って出たということは、きっと桔梗もアパートに向かったはず・・・。

「かごめ、お前は先帰ってろ・・・」

「でも・・・」

「・・・すまなかったな・・・。色々・・・」

「・・・犬夜叉・・・」


謝られたって・・・。切ないだけなのに・・・。

他人行儀なことを言わないで・・・。


PPPPP!

犬夜叉の携帯が激しく鳴った。

かごめは犬夜叉のその音にビクッとする。

只でさえ、心には張りつめた糸の様にピリピリしているのに・・・。

「もしもし・・・」

犬夜叉が出る。

「・・・は・・・?かごめの知り合いの山野水里?てめぇだれだ?」

「!」
犬夜叉携帯の相手はあのかごめの知り合いの絵描き・水里だった。かごめの行きつけの喫茶店の常連でもある・・・。

「ちょ、ちょっと犬夜叉貸して!」

強引に犬夜叉の携帯を取り、かごめが話す・・・。

「え・・・!?桔梗が・・・!?」


商店街の一番端にある小さな画材店。

入り口にメモが貼ってあった。

『裏の階段から二階へ上がってね』と・・・。

店の脇に入ると、細い階段が。

上がって、ドアを開けると・・・。

そこはキャンバスが沢山あり、絵の具の匂いがするアトリエだった。

絵の道具しかない、キャンバス、ペンキ類・・・。

風景画の絵が沢山・・・。

フローリングの床に何枚も重ねて置かれている。

「あ・・・。いらっしゃい。かごめちゃん。それから・・・えっと・・・犬・・・なんとか君。」

更に奥の部屋から絵の具だらけのエプロンをした水里が出てきた。

「水里さん!あの・・・!」

犬夜叉は水里に訊ねようとしたかごめをさしおいて犬夜叉は水里のエプロンの肩紐をグッとつかんで詰め寄った。

「おい、桔梗はどこだ!!てめぇ、まさか誰かサツになんか知らせてねぇだろうな・・・!?」

水里は涼しい顔でグッと犬夜叉の手を襟から離す。

「まぁまぁ落ち着いて。犬・・・なんとか君」

「犬夜叉だ!」

「ああ、犬夜叉・・・君。そうか。君がかごめちゃんの・・・”いい人”かい。色々お噂は聞いてますよ。へぇ〜・・・。君がねぇ〜」

犬夜叉を下から上とじろじろ見る水里。

「な、なんだよ・・・!どうでもいいから、桔梗はどこだ!!」

「・・・ごめんごめん。彼女なら奥の部屋のソファに休ませてあるよ」

バタン!


荒々しくドアを開け、奥の部屋へ走る犬夜叉。

その犬夜叉の後ろ姿に切なげな視線を送るかごめをチラッと水里は見逃さなかった。

「桔梗・・・!」

奥の部屋はベットルーム。水色の壁紙に水色のパイプベット、青いストライプ柄ベットで桔梗は静かに眠っていた・・・。


「つい1時間ほど前かな・・・。うちの店の裏口、ちょうどかごめちゃん達が上がってきた階段にぐったり座り込んでたんだ。びしょ濡れで・・・あ、一応、あたしのパジャマ着せてあるから。服はあそこに乾かしてあるから」

カーテンのレーンに白いワンピースがハンガーに掛かっていた。

「見つけたとき、手にね犬夜叉君の携帯と住所が書かれたメモを握ってたんだ。だから・・・」

犬夜叉は桔梗の額に触れた。

熱もなく、眠っている・・・。

「コーヒー、入れたから飲んで。かごめちゃん達も温まった方がいいよ」

雲の形をしたテーブルにマグカップ4つ分置く水里。

「・・・ありがとう。水里さん。あの・・・。それでこの事は誰にも・・・」

「・・・。私がこの世で一番嫌いなのははた迷惑なうわさ話だよ。それに私が助けたのは『かごめちゃんによく似たかごめちゃんの友達』・・・でしょ?」

水里は頼もしくウィンクして言った。

「水里さん・・・。ありがとう・・・」

「あたし、ちょっと買い物に出るからかごめちゃん、それから犬夜叉君達、ゆっくりどうぞ。じゃあね」

エプロンを脱いでコートを着て水里は出ていった・・・。

出際にかごめに軽く拳を握ってみせて・・・。


”・・・カッツでね!”

そう言うように・・・。


(・・・水里さん・・・)

「かごめ・・・。あの女・・・。信用していいのか?」

「うん。あたしが保証する。むしろ助けたのが水里さんで幸運だったと思う。他の誰かだったら絶対に警察か病院にすぐ連絡いってたと思う・・・」

「そうか・・・。かごめがそう言うなら・・・」


コチコチコチ・・・。


目覚まし時計の秒針の音だけが聞こえる・・・。


「・・・」


「・・・」


6畳程の部屋の中にいるのは3人だけ・・・。


犬夜叉とかごめと・・・。


そして桔梗・・・。


「・・・あ、あたしッ、コーヒーのおかわり貰ってくる・・・っ」


バタンッ・・・っ。

自分の飲んだコーヒーカップを持ってかごめは緊張感から逃れるようにアトリエに・・・。


「ハァー・・・」


肩が張る・・・。


言いようのない疲れと虚無感が襲う・・・。



(かごめ・・・)


ドアの向こうのかごめを思うと心が申し訳なさで掻きむしられる・・・。


「・・・犬・・・夜叉・・・」


桔梗が目を覚ました・・・。


直接会うのは久しぶりだった・・・。

少し痩せた桔梗・・・。


「ここは・・・」

「心配すんな・・・。安心できる場所だ・・・。それよりこれ飲んで・・・」

犬夜叉は桔梗にコーヒーを飲ませる。

少し落ち着いたのか

「桔梗・・・。何があったんだ・・・?」

「・・・。私は・・・。もう・・・出る・・・。樹の家・・・」

「出るって・・・」

桔梗は起きあがり犬夜叉を見つめた。

「行ってきた・・・。あの場所に・・・」

「あの場所?」

「お前にバイオリンを弾いて聞かせた場所だ・・・。あの場所で弾いてきた・・・」

一番聴かせたいメロディを・・・。


「バイオリンを弾きたい・・・。私にはこれしかない。やっとそう心の底から思えた・・・」

「桔梗・・・」
「・・・バイオリンが弾きたい。夢中になって、バイオリンが弾きたい・・・!バイオリンが・・・!」

少し興奮する桔梗をコーヒーを飲ませて落ち着かせる犬夜叉・・・。


”バイオリンが弾きたい”

それは、

”生きたい、生きているのに死んでいるなんて嫌だ。生きたい・・・!”

そう言っていること・・・。


生きることに、本当の自分に何もかも諦めていた桔梗が・・・。


犬夜叉も、そして樹もそれをずっと望んできた・・・。支えてきた。


望ましいことだが・・・。

「お前の気持ちは分かった・・・。でもそう簡単にはいかねぇだろう・・・。樹と相談しねぇと・・・」

「・・・。お前には迷惑はかけない・・・。自分の力でなんとかする・・。犬夜叉・・・。お前は変わった・・・。私の知らない2年という時間が流れたのだ・・・。だから・・・。私も変わらなければ・・・」

「桔梗・・・」


桔梗は犬夜叉のTシャツの袖をグッと掴み、身を寄せた・・・。


「お前と同じ位置にいたい・・・」


落ち着いているが甘い声・・・。


その声は全て・・・。


薄いガラス戸一枚筒抜けてかごめに聞こえて・・・。


耳を塞いでも、俯いても感じる・・・。


感じる・・・。

ドアの向こうの空気が・・・。


締め付ける・・・。

心を・・・。


瞳孔がじわっと濡れそうになるのを瞳の奥で我慢して飲み込むかごめ・・・。


ガチャ・・・。


濡れた黒い革靴が顔を出した・・・。

「樹さん・・・」

「。かごめさん・・・」

かごめが樹に桔梗が見つかったとメールを送ったのだ・・・。

「メール有り難うございました・・・。よかった。それで桔梗は・・・」

樹が奥の部屋へ行こうとしたがかごめが遮って止めた。

「あの・・・。今は・・・」

目線を逸らすかごめ・・・。


樹もドアの向こうの空気を察知する・・・。


「・・・」


樹とかごめは何もそれ以上言葉を交わさず、犬夜叉達が出てくるのを待った・・・。


「樹・・・。来ていたのか・・・」

まだ、自分が着ていたワンピースが乾ききっていなかったのか桔梗は水里から借りた服を着ている。

その桔梗を負ぶって犬夜叉は出てきた。

「桔梗・・・!お前・・・どうして黙って・・・っ」

「また寝ちまったんだ。それに桔梗を責めないでくれ。樹、俺から頼む・・・。桔梗は本気だ。心底バイオリンを弾きたいって思ってるんだ・・・。それに、生きるのに死んでままなんて状態、もう限界だと俺も思う・・・」

「・・・。分かってます。桔梗の気持ちは・・・。でも焦ったらだめだ・・・。色々段階を踏まないとそれこそ犬夜叉さん達に迷惑をかけることになるし、桔梗復帰はまだ少し時間が居るんです。でもなんとかします・・・」

樹の説得に桔梗は納得した表情を浮かべ、静かに頷く・・・。


桔梗を犬夜叉の背中から樹がかわっておぶる。


「桔梗復帰についてはまた折り入って犬夜叉さんにも相談しますから・・・。じゃあ・・・失礼します」

出際に樹はかごめを一瞬ジッと見つめた。


「ではかごめさん・・・。また・・・」


なんとも・・・。


意味深な視線を・・・。


パタン・・・。


荒らしが去った静けさ・・・。


犬夜叉もかごめも言葉は交わさない。

「・・・」


「・・・」


何を話して良いのか分からない・・・。

かごめは窓の外を覗く。

「雨やんだね・・・。帰ろう・・・」

「ああ・・・」


水里から借りた部屋の鍵を店のポストに入れ、二人は誰もいない商店街を歩き出す・・・。


外はすっかり暗い。

ピタリと立ち止まるかごめ。

「・・・?かごめ・・・?」

「犬夜叉。先戻ってて・・・。あたしちょっと一人で歩いて帰りたい」

「え・・・?でも、一人でってもう暗いぞこんなに・・・」


「・・・お願い。一人にして・・・」


絞り出す様な声・・・。


スットプ・・・。


かごめの背中がそう言ってる・・・。


「じゃあね」

告げるかごめ・・・。


犬夜叉とかごめ背を向けて反対方向に歩き出す・・・。

まだ濡れている赤と白のレンガの道を・・・。


30メートル・・・40メートル・・・。

距離がひらく。


そして50メートル・・・。


二人の距離は完全にお互いが見えなくなる位に離れ別々の道を・・・。


別れて帰る・・・。


それぞれ、一人鳴って何を考えたのか・・・。


かごめは切なさを堪えて・・・。


犬夜叉はかごめの心内を思って・・・。


だけど・・・。

別の道を通っても・・・。


還るところは・・・。


「・・・犬夜叉」


「かごめ・・・」


同じ・・・。


ほぼ同時にアパートに到着した二人。

気まずいけど・・・。


お互いの顔を見たら何だか安心した・・・。

「・・・。部屋行くね・・・」


かごめが先に階段をあがる・・・。

それぞれ自分の部屋に入った・・・。


犬夜叉は重苦しい気分のままベットに大の字になった。

(かごめ・・・)

コンコン。


ぼんやり天井を眺めていたら、かごめがノックして訊ねてきた。


「かごめ・・・?」


「一つ多めに買っちゃった・・・」


甘い粒あんの香り・・・。

紙袋から白くて丸いあんまんをチラッと見せるかごめ。

「かごめ・・・」

「考えてみたら夕飯の途中だったよね。お腹へってるでしょ・・・」

グウ〜・・・。


犬夜叉のお腹は即答した。

「ふふ・・・。一緒に食べよう」


「お、おう・・・」


犬夜叉はかごめの笑みにホッとした表情を浮かべた。


美味しそうにあんまんを食べるかごめはただ、笑った・・・。

それしかできないから・・・。


(いつまでも暗くなってちゃ駄目・・・。しょうがないの・・・。この切なさは・・・。しょうがないの・・・)


『犬夜叉が好きだからー・・・』




一方、その頃弥勒はパソコンでインターネットを見ていた。


とあるサイトの掲示板に、マウスに乗せていた手が止まる・・・。

「こ、これは・・・」


『私、月島桔梗を今晩みたんだ!嘘じゃないよ!S町見たの!!間違いないよ!』


そんな内容が幾つも書き込まれいた・・・

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