第37話 遠い日の子守歌 早朝6時。楓荘にラジオ体操の歌が響く。 楓が手足を伸ばして大層に励んでいた。 その時。 ジャンプした途端、足に激痛が! そして転倒し、地面に頭を打ってしまった。 「うう・・・」 頭から血を出し、郵便受けの前で蹲る楓・・・。 そこへ、外の様子に気づいたかごめが階段を慌てて下りてきた。 「楓おばあちゃん!どうしたの!?」 「うう・・・」 痛みで言葉もでない。 「犬夜叉!!犬夜叉!!珊瑚ちゃん、弥勒様大変!!楓おばあちゃんが、楓おばあちゃんが!!」 かごめの叫ぶ声・・・。 それから救急車のサイレン。 救急車の担架の上。 犬夜叉達が自分を心配そうに見つめる姿が段々ぼやけて、楓はいつしか意識を失ってしまった・・・。
心配そうに自分を見つめるかごめの姿が目に入った。 「楓おばあちゃん、気がついた?よかった・・・!」 「かごめ・・・?」 「おばあちゃんね、救急車で運ばれたの。ラジオ体操してて転んで・・・」 「・・・そうか。ワシは・・・」 自分が担架に運ばれるところまでは覚えているがあとは激しい痛みに耐えきれずいつのまにか気を失っていた。 「しばらくは絶対安静らしいです。楓様。今のところは痛みはどうですか?」 弥勒が花瓶に花をいけながら訊ねた。 「いや・・・今は大丈夫だ・・・」 「そうですか。よかった。今、珊瑚が入院の手続きしていますから細かいことは心配なさらないで下さい」 ガチャ。 犬夜叉がスーパーの袋を抱えて入ってきた。 「おう。かごめ。頼んだモン、一通り買ってきたぞ」 買ってきた物をかごめに手渡す犬夜叉。 「ありがとう。犬夜叉。楓おばあちゃんね、目が覚めたのよ」 「けっ・・・。楓ばああがこれしきでくだばる訳ねぇからな」 「犬夜叉ッ。何てこと言うの!!」 「うるせー!楓ばばあがめぇ覚めたんなら俺はもう仕事に戻る!じゃあな!」 すねた顔して犬夜叉はさっさと職場へ・・・。 「全く・・・。素直じゃいんだから。犬夜叉だって本当はすっごく心配してたのよ。楓おばあちゃんのこと」 「ですな。病院で暴れるアイツを押さえるのに苦労しました・・・」 医者がちょっと偉そうな態度だったのもあって、「楓ばばあが目ぇ覚まさなかったら、おいやぶ医者覚悟しやがれ」と言って詰め寄り、犬夜叉を押さえるのに大変だったかごめ達だった。 「二人とも・・・。色々有り難いのじゃが、お前達は仕事や大学はよいのか?」 「私は銀行の方は午後からの出勤なのでご心配なく」 「あたしも珊瑚ちゃんも、殆ど春休みに入ってるの。だから気にしないで。楓おばあちゃん」 自分を労ろうとする若者二人の言葉が、楓の胸に染みた・・・。 「それじゃあ私と弥勒様も一端アパートに戻るね。荷物とかとってくるから。すぐ戻るから・・・」 「そうです。今はとにかく安静に・・・。楓様。じゃあ・・・」 パタン・・・ッ。 そして病室に一人になった楓・・・。
静かになった部屋・・・。 カーテンが靡く。一人部屋だ。 気持ちが落ち着くと色々考える。 今年で70・・・(正確にはあと3ヶ月程まだありますが)。 健康には自信があったのだが、こうして今、自分は病院のベットの上・・・。 足腰にはいつの間にか衰えが訪れていた・・・。 身よりもない楓。 もし・・・。自分に何かあったら・・・という事は考えなかった訳ではない。 ちゃんと老後のための貯金もしていたし、公的施設の手続きの詳細も調べたりしていた。 楓は弥勒がいけた花をちらっと見る。 「弥勒殿の買いそうな花じゃの。派手な花じゃ。ふふ・・・」 気になっているのはあのアパートのこと・・・。 管理人がいなくなった時どうするのか。 管理は不動産屋に任せるとしても。 あのアパート自体はどうするのか・・・。 犬夜叉達はあそこを自分たちのもう一つの『家』だと言ってくれた。 出来る限り続けたいが・・・。 自分は老い先短い年寄り・・・。 「・・・」 色々な事が頭を頭に浮かべながら楓は眠った・・・。
かごめや珊瑚達おなご衆の場合は何かと気遣いが細やかで助かるのだが、弥勒の場合は。 「いやぁ。看護婦さん。お美しい・・・」 往診に来る看護婦にちょっかいを出すので困りものである。 更に犬夜叉の場合は。 「なんだとー!!ばばあ!せっかく来てやったのに!!」 「病院でデカイ声だすんじゃないわい。誰が来てくれと頼んだんじゃ。それよりお前、ちゃんと今月の家賃は振り込んだんじゃろうな」 「うるせぇばばあ!ちったぁ病人らしくおとなしぐしやがれ!」 ついついケンカになってしまい、大声を出すなと注意されてしまう。 しかしまぁ・・・。 退屈することはなく、楓にとっては何より心強かった。 騒がしい楓荘にいるみたいで・・・。 夜。寝付けなかった楓・・・。 「・・・」 上半身をゆっくりと起こし、枕元に置いてあった便せんとペンを手に取った。
快晴。 病院の中庭の梅の木がつぼみをつけた。 まさしく小春日和。 何人もの患者が美味しい空気を吸おうと中庭を散歩している。 その中にかごめと犬夜叉に付き添われて車椅子に乗って梅の木を眺めている楓。 「アパートの庭に植えた梅はどうなってた?かごめ?」 「うん。大分膨らんできてたよ。もうすぐ春だね・・・」 季節を肌で感じている横で。 「ふぁ〜あ・・・」 眠気を感じている男。犬夜叉。 「本当にお前は情緒というものはない奴だな」 「うるせー。怪我人はおとなしくしてやがれ」 「つい最近までお前も怪我人だったんだろうが。かごめに散々ワガママ言って」 「んだとーー!!誰がワガママだってんだ・・・」 親子喧嘩?に割ってはいるかごめ。 「はいストップ!ケンカはそこまで。犬夜叉。私何か飲み物かってくるからおばあちゃんの事頼んだわよ」 財布を手にかごめは病院の売店まで走っていった。 楓には分かる。かごめが気を利かせたことが。犬夜叉もまた。 「・・・。いい子じゃの。本当にかごめは・・・。なのにお前と来たらかごめに甘えてばっかりで。甘え下手の様に見えてお前は人からの愛情を注がれておる。なのに当の本人はその自覚がないのだから困ったものだ」 「なんでい。さっきから説教ばっかりたれやがって」 「ワシの他に誰がお前なんぞに説教するか。死ぬまでワシは容赦はせんぞ」 「けっ・・・」 ”死ぬまで”という言葉に犬夜叉はドキリとした。 昔は、ケンカばかりしてきたら必ずビンタを一発食らっていた。 反発すればするほど。産みの母はあんなに優しい母だったのに。キツイ楓が怖かった。 でも。自分が押している車椅子の楓は酷く小さい・・・。 梅の木のアーチの中を犬夜叉はゆっくりと車椅子を押して歩く・・・。 「おう。楓ばばあ」 「何じゃい」 「・・・。こんなもん書くなよ」 「あ?」 車椅子を止め、ポケットからくしゃっと取り出したのは一通の封筒。 「そ、それは・・・!」 封筒には犬夜叉名が。それは達筆な楓の字だった。 そして手紙の最初の一行には・・・。
そこには、自分が亡くなった後アパート土地や建物は全て、犬夜叉に相続させると書いてあった・・・。 「お前、どうしてそれを・・・」 「さっきかごめが見つけた。病室で・・・」 犬夜叉は突然、その遺言状と封筒をビリビリ破いた。 「何をするんじゃ!」 「けっ。何が遺言状だ。ふざけんな。いっとくがな、あんなボロアパートオレはいらねぇし、あんなもん押しつけられる位ならオレがすっげえモン建ててやるぜ!」 「誰がオンボロアパートじゃ!年期の入った歴史在るアパートじゃぞ」 「だったらもっとボロアパート並に長生きしやがれ!けっ・・・」 相変わらずの口の悪さ・・・。 だけどその裏に隠された優しさを楓はちゃんと知っている・・・。 「ほほう。犬夜叉。いうたな。なら、ワシがいきている間にいっちょまえのアパート建ててみろ。見届けてやるわい」 「言われるまでもねぇッ」 強気の二人。 その横を年老いた母をおぶる若者が通り過ぎた。 「母さん、梅が綺麗だね」 「ありがとうね・・・」 そんな会話が耳に入ってきて・・・。 「・・・。言っておくがワシはお前なんぞにおぶられたくないぞ」 「だっ。だれがばああなんか背負うか!」 「当たり前じゃわい!お前が子供の頃はワシがおぶってやったがな」 温かい背中だった。 病気がちだった母には一度も抱っこすらしてもらえなかっから本当は嬉しかった犬夜叉・・・。 「・・・!?なにすんじゃいっ」 犬夜叉ひょいっと楓を軽々と背負った。 「うっせえッ。そんなにおぶってほしけりゃしてやるってんだ!おりゃーー!!」 犬夜叉はそのまま庭中を走り回る。 「こらやめんかーー!!ワシは病人じゃぞーーーッ」 「こんな元気な病人がいるか、ばばあッ!!」 庭中になんとも元気な親子喧嘩の声が響く・・・。 「ふふっ。犬夜叉ったら・・・」 缶ジュースを買って来たかごめ。 梅の木の影から優しく見守っていたのだった・・・。
実はこの病院には樹の知り合いで医師が桔梗を密かに診ている医者が勤めているのだ。 (・・・かごめさん・・・) 犬夜叉を見つめるかごめの限りなく優しさに溢れた瞳・・・。 明らかに他の人間には見せないことを実感する・・・。 桔梗もかごめも・・・。皆・・・犬夜叉、只一人。 今更ながら行き場のない嫉妬心に只耐える樹・・・。
その時。樹の携帯のバイブが震えた。 見ると着信メールが一通・・・。 樹の別荘の執事からだった。 「・・・何!?桔梗がいなくなっただって・・・!?」 桔梗が姿を消した・・・。 忽然と・・・。 『すまない。樹』と書いたメモだけを残して・・・。 |