第39話・蘇った月光 インターネットという世界。一瞬のうちに『噂』というものは広がっていく。 質の悪いウィルスのように。 『月島桔梗は生きていた!』 ネット界ではその噂でもちきりだ。 挙げ句には桔梗によく似た女性の(勿論別人)携帯電話で撮った画像まで・・・。 当然の事ながらマスコミは飛びつき連日連夜この話題で持ちきりだ。 そして桔梗と以前つき合っているのでは記事にかかれた樹事務所にはマスコミ連中が沸くように訪ねていた。 事務所の職員が何十人もの記者達をビルに入れまいと押さえガード。 誰が記者なのかわからないほどもみくちゃ状態だ・・・。
樹に一気にフラッシュとカメラ、そしてマイクが向けられる。 「坂上さん、貴方はどう思われますか?月島桔梗は生きているという噂がありますが」 「知りまん。僕は何も」 「一部の報道には貴方が生きている月島桔梗をずっとかくまっているのではという噂もありますが!!」 「・・・。そんなことは・・・」 「否定なさらないんですね!?ではやはり・・・」 「とにかく!!僕は逃げたり隠れたりもしません。ちゃんと記者会見を致します。ですからマスコミ皆さん、節度を守った取材をしましょう。歩道を歩く方々の邪魔になります!ほらそこッどきなさいッ!!」 樹は一人の記者達指さし、記者達にもみくちゃにされていた一人の老婆を助け起こした。 「すみません。僕達のためにこの歩道を大騒ぎにしてしまって・・・」 「いいんですよぉ。あたしゃあんたのFANでね。怪我の功名じゃよ」 「ありがとうございます。そこまでお送りします・・・」 樹は老婆をエスコートするように手をやさしくひく。 そしてマスコミ達に一言言い放った。
ドスの利いた樹の声はまるで『十戒』のモーゼが海を二つにわけたように、マスコミをどけた。 そして、その一部始終はワイドショーで生中継され犬夜叉達も楓の部屋で見ていた・・・。 「樹さん大変そう・・・」 心配そうにテレビの見つめるかごめ。 「・・・。それにしても坂上樹は記者会見でどういうつもりなのでしょう」 『弥勒茶碗』と書いたmy湯飲みでずいっと茶を飲む弥勒。 「月島桔梗が生きていてずっと隠していました・・・。なんて堂々というわけにもいかないよね。でもここまで噂が広がったんじゃダンマリはできないだろうし・・・。ね、犬夜叉・・・」 「・・・」 腕組みをして神妙な面もちで画面を見つめる犬夜叉。 (・・・桔梗を心配してるって顔じゃないか。全くこの男は・・・) 犬夜叉の心境を察知した珊瑚は少し呆れた様に犬夜叉に視線を送った。 「とにかく。今は坂上樹の出方を見守るしかないですな。われわれは何も・・・って犬夜叉。立ち上がって何処へ行く気です」 「・・・ちょっとその辺走ってくる。珊瑚単車借りるぞ」 「え?あ、うん・・・」 犬夜叉は珊瑚からバイクのキーを借りるともの凄いエンジン音を鳴らしてどこかへ走っていった・・・。 「かごめちゃん・・・犬夜叉の奴・・・。かごめちゃんの気持ちも知らないで・・・!」 握り拳に力が入る珊瑚。 「いいのよ。珊瑚ちゃん」 「でも・・・」 「何もできない自分が歯がゆいのよきっと・・・。だからじっとしていられないのよ・・・」 「かごめちゃん・・・」 限りなくかごめの優しい笑顔・・・。 でも今はその笑顔が返って切なくて痛い・・・。 弥勒も珊瑚もそう感じていた・・・。
いよいよ樹の記者会見の日・・・。 報道番組でも取り上げられるほどに注目されていた。 白いシーツがかけられ、長いテーブルには何本のマイクが。そして後ろには金屏風・・・。 お決まりのセッティング。 狭い会議室に200人以上の記者達がカメラを構え樹の登場を待った。 「お・・・!はいってきぞ!」 樹の登場に一気にフラッシュとカメラが向けられる。 クリーム色のジャケットを着た樹が静かにマイクの前に座った。 そして記者達に深く会釈・・・。 緊張した面もちで樹は口を開いた。 「・・・この度は・・・。私共の楽団員・バイオリン奏者の月島桔梗の事でみなさまをお騒がせし、申し訳なく思っております」 「坂上さん、前置きはいいですから、核心部分をはっきり言って下さいよ!」 「そうそう!月島桔梗が生存してるか否かってことを!」 記者達は荒々しく樹に質問をぶつける。 「・・・。わかりました・・・。月島桔梗は・・・」 樹は一口コップの水を飲み自分を落ち着かせた・・・。そして・・・。 「・・・。月島桔梗は・・・。・・・確かに生きています・・・」 ザワッ・・・!!
「2年間仮死状態だったそうですが要するに貴方が惚れた女を独り占めしたかった・・・。そんな歪んだ愛だったと一部の報道にありますが?」 「生きた人間をずっと死んだことにしておいた・・・どんな理由にせよ世間に対して道義的にまずいと思われませんか!?」 まるで機関銃のように飛び交う質問。中にはこんな悪意に満ちた質問も・・・ 「それにしてもどうして『今』こんな記者会見を?坂上ミュージック(樹の事務所の名前)の経営が落ち込んでいるからここへ来て客寄せパンダ的に月島桔梗の生死の真相を明らかにしたって見方もできますよね?」 ドン! 冷静沈着な樹もその質問にはカッと来たのか思い切りテーブルを打ち付けた。 その表情、待ってましたと言わんばかりにテレビカメラは樹をアップにする。 まんまとの記者にのせられてしまった樹・・・。 まだまだ質問は飛ぶ。 「ところでその月島桔梗はどこに居るんですか?本人を目の前にしないと信用できないなぁ・・・。やっぱりただの宣伝だったりして」 「おう、そうだ、そうだ。月島桔梗を出せ!出せ!」 ”月島桔梗を出せ、ここに出せ!” 汚い低い声のヤジが飛ぶ。 流石に樹は何も言えず、困惑した表情を浮かべる。
出せ!出せ!出せ!!
バアンッ・・・! 突然、会議室の扉が開いた。 記者達は一斉に扉に注目。 しかし誰もいない・・・。 ・・・ポロン・・・。
この音色は・・・。
ハイヒールの靴音が・・・近づいてくる・・・。
記者達は息を呑む・・・。
がそこに居た・・・。 まさか本人が出てくるとは・・・。 樹を挑発していただけの記者達は衝撃の表情をを隠せない。
「樹。お前に、もうこれ以上迷惑はかけられない」 「だが・・・」 「・・・。自分のけじめは自分でつけたいのだ・・・。私はもう・・・逃げない」
しかしそんなことは気にしない、淡々と桔梗をは話す。
美しい口元が語る・・・。
桔梗はスッと立ち上がり、真剣な眼差しでカメラを見つめた。
シーン・・・。 桔梗の真摯な態度に記者達は圧倒・・・。
樹も一緒に頭を下げた・・・。 そして桔梗はもう一度バイオリンを手にして・・・。 奏でる・・・。
2年のブランクなど感じさせない・・・。 いや、かえって深みを増している・・・。
※ CDショップ店内。アルバム売り上げランキングの張り紙に、一位 月島桔梗ベストアルバムとなっていた。 「すみません。月島桔梗のアルバムってありますか?」 「もうしわけありません。ただいま品切れで・・・」 店のレジでは桔梗のアルバムを求める若い世代があとをたたない。 あの衝撃的な記者会見から2週間たった。 ワイドショーや週刊誌は勿論、それ以上に『月島桔梗旋風』が吹き荒れている。 全国に桔梗の姿とそしてバイオリンの音が全国に伝わって今はどこのCDショップに行っても売り切れ状態。 更に、神秘性が女子高生達の支持を受けたらしく、ネット上では『桔梗お姉さまFANの会』と行ったホームページが幾つも出来るほど・・・。 そして・・・。 その旋風はかごめの元にも・・・。 「あのっ。月島桔梗さん、サインくださいッ!」
女子高生が突然、メモ帳をペンを渡されるかごめ。 「あの・・・。私月島桔梗じゃありません」 女子高生はかごめの顔をじろじろと見る。 「ほんとだ・・・。よく似てるけど違う・・・。あーあ。残念残念・・・」 「なっ・・・。なんだこのガキ!かごめちゃんに失礼な事を言うんじゃないよッ!」 女子高生を睨む珊瑚。 「何このおばさん、こっわーい!」 ブリブリの女子高生は珊瑚にアッカンべーをして走って逃げていった・・・。 「ったくなんてガキだ!礼儀しらずというかなんというか・・・」 「まぁまぁ・・・」 かごめ本人より怒っている珊瑚。 「それにしても今日で何回目だろうね!大学でも『月島桔梗ですか、』の連発で・・・。間違われるの」 「別に初めてじゃないし、珊瑚ちゃんあたし大丈夫だから」 「だけどさ・・・。何かいい気分じゃないじゃん・・・。なんか比べられてるみたいでさ・・・。あ、ごめんかごめちゃん・・・」 「ううん。いいの。ありがとうね。心配してくれて・・・。でも心配なのはあたしより犬夜叉の達方・・・。何かまた、トラブルに巻き込まれたりしないかなって・・・すごく・・・。すごく気になって・・・」
そんなかごめを見て珊瑚はやっぱり思う・・・。 今、犬夜叉が一番気になっているのは桔梗の事・・・。それなのに桔梗の心配をして・・・。 (かごめちゃんって本当に・・・) 「何?珊瑚ちゃん?あたしの顔に何かついてる?」 「う、ううん何でもない・・・ね、コンビニ寄って行きたいからつき合ってくれる?」 「うん、いいよ」 珊瑚はやっぱり思う・・・。
いつもと変わらないかごめの笑顔が・・・。 より一層そう思わせた・・・。 電柱の影から・・・。
カシャッ。
ベットで眠っていた犬夜叉の携帯が震えた。 「・・・桔梗からのメールだ」 『犬夜叉。ずっと連絡できなくてすまない・・・。樹の別荘にも記者達に嗅ぎつけられて今は、今は別の場所にいる・・・』 「・・・別の場所ってどこだよ」 『正直言って・・・。迷った。あの記者会見上であんな形で・・・。でももう逃げたくなかったのだ・・・。そう思ったらバイオリンを持ってあの場に行っていた・・・。だが結局騒ぎになってしまった・・・。すまない。犬夜叉・・・』 「お前が謝る事じゃない・・・」 「届いたか?私のバイオリンはお前にも・・・』
”甦る月光”犬夜叉にいつも聞かせていた曲だ・・・。 今も色あせていない・・・。 『お前に会いたい・・・。逢いたい。犬夜叉』 「桔梗・・・」 メールの文字一つ一つから伝わってくる・・・。 『でも今は・・・騒ぎが落ち着くまではまだ・・・。お前の方も気をつけてくれ・・・。記者達には・・・』 桔梗のメールはそこで終わっていた・・・。 桔梗は今、きっと大変な状態なのだろう。 行くところ行くところFANや記者に追い回され、『復活』とは名ばかりの状態・・・。 自分が側にいて助けてやりたい・・・。 携帯という小さな機械越しからしか励ますことしかできない・・・。 犬夜叉はもどかしい気持ちで桔梗にすぐ返事のメールを打った・・・。
「ふぅ・・・」 風呂からあがり、ドレッサーに座ってドライヤーで髪を乾かしていた。 「・・・」 ドライヤーのスイッチを止め、犬夜叉の部屋側の壁をじっと見つめるかごめ・・・。 (・・・きっと今も・・・。桔梗の事心配してるんだろうな・・・)
自分が桔梗に間違われて世間の騒ぎの大きさを肌で感じると、渦中の桔梗や樹はもっと大変な状況なのだろうと実感する・・・。 自然と自分の小さな嫉妬心は薄くなる・・・。
夜は・・・世間のざわめきから離れて・・・。
そう祈りつつかごめはベットに入った・・・。
(・・・!?何の音?) 玄関の物音に気づいて目覚めるかごめ。 ゴソッ。ゴソソ・・・ッ。 (ど・・・泥棒・・・!?) かごめは思わず台所にあったおたまを手に持ち静かにドアを勢い良く開けた・・・。
「!!」 ドアを開けると、帽子をかぶった男が一人しゃがんでいた・・・! 「あなたそこで何してるの!?」 「ちっ。みつかっちまったか」 男は突然持っていたカメラをかごめにむけ、パシャッとフラッシュをたいた。 「きゃッ・・・!!」 フラッシュのまぶしさに驚いたかごめ。 「どうしたかごめ・・・わッ!???」 パシャッ!! 騒ぎに気づいて出てきた犬夜叉にもフラッシュがたかれた。 カシャッ、カシャッ。
「てんめぇ・・・ッ。マスコミの野郎だな!??撮るんじゃねぇよッ!!」 犬夜叉はかごめを写させまいとかごめの前にたってかばう。 「撮るなつってんのがわかんねぇのか!!」 男の襟をつかみ一発頬を打ち付けた。 カメラを男からとりあげた犬夜叉。 「おい・・・。てめぇ、どこの記者だ?あ?ハイエナみてぇな真似しやがって・・・。ふざけんじぇねぇぞッ!!」 「ふははは・・・。こりゃいい記事になるぜ・・・。おい、高橋!ここを撮れ!!」 「!?」 犬夜叉の背後からもう一つ、フラッシュが光った! なんともう一人、カメラマンがいた! 「月島桔梗の元恋人・記者に暴力を!!いい見出しになるぜ、ふふ・・・ッ」 「てめぇ・・・ッ!!!!ふざけんじゃねぇええッ!!」 カッとなった犬夜叉は思い切り拳をふりあげた。 かごめは犬夜叉の腕を両手で掴んで止めた。 「犬夜叉、やめて!!それ以上なぐったらそれこそ思うつぼだよッ!!冷静になって・・・!」 かごめの言葉に拳を降ろす犬夜叉・・・。 「ふっ・・・。日暮かごめ・・・。あんたの過去も知ってるぜ・・・。あんた達、調べれば調べるほどうまいネタがあがってきてよぉ・・・。おいしくってたまんねぇぜ・・・。ふっ」 男は嫌らしく笑い、まるで蛇の様に舌をなめ回しながら言う・・・。
かごめは男の頬に一発犬夜叉の代わりに打たせた。
記者達はそう捨てぜりふを吐いて走って逃げていく・・・。 「あ、まちやがれッ!!」 「犬夜叉ッ!」 あとを追うとした犬夜叉を止めるかごめ。 「かごめ、いいのかッ。あいつらお前のことも記事に・・・」 「なったらなった時よ」 「なった時ってかごめ、お前・・・」 「犬夜叉。あたしね。小さいとき・・・お母さん(産みの)の事件の事でマスコミに騒がれたとき・・・。町の中を歩くのが怖かったの。でも今の母がこういった・・・。『かごめはかごめ。世間なんて関係ない。自分らしく二本足で胸はって歩きなさい。でないとお日様が逃げて言っちゃうよ』って・・・」 「かごめ・・・」
満月が出ている・・・。
「え?」 「明日晴れたらお布団干すわよ。犬夜叉。朝、あんたも手伝ってね」 「な、なんで俺が・・・」 「いいからいいから!元気だけがあんたの取り柄でしょ!ふふ」 「どーゆーいみだ。けっ・・・」 晴れた日の洗濯物の様にカラッとしたかごめの明るさ。 そして、屈託のない笑顔が犬夜叉の心に深い安堵感をもたらす・・・。 かごめの笑顔に何度助けられたか・・・。
いつも変わらない元気なかごめ・・・。
今まで散々桔梗や自分の事でかごめを巻き込んできた・・・。
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