一体、どれが本当の私・・・?
私らしいって何?
思春期の少年少女が悩むようなこと。
幾つになっても答えはみつからない。
結婚して子供ができても。
仕事を張り合いにしていても。
真っ白のキャンバスに、いつになったら見つかるのだろう・・・。
自分色が・・・。
コトン。
水色の小さな四角の郵便受けに一通の葉書が投函された。
「〜♪」
ビートルズを口ずさみながらスーパーから帰ってきた水里。牛肉の特売で上機嫌。
買い物袋を両手にさげた水里がポストの中を見る。
相変わらず、投げ込み広告や見に覚えのない化粧品会社や布団会社からのDMチラシ。
「全く資源の無駄ですな・・・。全く・・・ん?」
一枚の葉書が足元に落ちた。
「これは・・・」
『景勝高校同窓会の案内』と葉書の裏にあった。
「・・・。同窓会・・・か」
高校時代の面々が集まる。 場所は隣町のホテルのレストラン。 パソコンで 作ったと見られる地図が書いてあった。 (なんか・・・。あんまり行く気がしないなぁ・・・) 次の休みの日には店の在庫整理や帳簿つけなどしようと思っているし それに高校時代にこれといった思い出もない。 なんとなく。 教室で一人だったし・・・。 「ふう・・・」 買ってきたものを冷蔵庫にいれる。 一人分。中はかなり空洞に近い。 太陽がくればかなり冷蔵庫もりんごやみかん果物類でにぎやかになるのだが。 「きんぴらでもしますか」 和食党の水里。 パスタとかは好きだけど、やはり”朝は納豆とお味噌汁”派だ。 ごぼうと人参を包丁の背でサキガケし、ごま油で炒める。 ガス代のレンジで買ってきた鯖(さば)の切り身を塩を振って焼く。 特別料理ができるわけではないが、煮る、炊く、焼く、 簡単なものなら大体つくれる。 ・・・本当に手間のかからない料理だけだけど(笑) 「いっただきまーす!」 ピンクの丸いテーブルにおしんこ、鯖の塩焼き、金平、味噌汁がならぶ。 水里はほかほかと湯気をたてる白米にきんぴらをのせ、うまそうにほおばる。 「うーん。おいしい。ごま油って食欲そそるよね」 本当にうまそうににこにこしながら食べる。 考えてみたらば、24の女が一人金平ご飯をほおばっているなんて なんとも寂しい光景とも思われる。 世間様の価値観からみれば。 「・・・。ふんッ。世間は世間だもんね。おいしいものは美味しく食べる! それが何がわるいのだー!」 一人そう叫ぶ水里。 それもまた実に寂しい叫びかもしれないが(汗) しかし、おいしいものを美味しく食べられる、 これは本当に幸せなことだと水里は思う。 『○○の戦闘地域では食料、水、電気、すべてストップしており・・・』 テレビニュースの画面には、瓦礫の山、爆弾が爆発する瞬間が繰り返し放送される。 「・・・」 水里は思わず正座になり、お茶碗に残ったご飯粒2粒をきちっと食べて小さな声で 「ごちそうさまでした・・・」 と謙虚に言った。 ”幸せ”なことは自分のすぐ近くにあるし、自分が今、こうして 好きな料理を食べられる事がすでに”幸せ”なのかもしれない。 幸せは、常に自分の心の中に・・・ ある。 「ふう。いい湯だった。実にいい湯じゃった」 パジャマは太陽が大好きな”ピカチュウ”と同じ黄色の星模様。 子供っぽいといわれようが、水里はかまはない。 太陽がこれを選んでくれたから。 きっと今頃、太陽もお風呂に入ってシャンプーの泡でソフトクリームを つくっている違いない。 「あ・・・」 水里の足元に、同窓会の葉書が落ちていた。 拾い、ベットにごろんと寝転がる水里。 「同窓会かぁ・・・」 高校時代。 特に楽しかった思い出もなく・・・。 一人、教室の窓から空を眺めたり、授業中はノートもとらず、 教師の少し疲れた顔を教科書に書いてみたり・・・。 休憩時間はほとんど机で眠っていた。 まぁ当然・・・クラスメートは『付き合いにくい、暗い奴』なんて 思っていたに違いない。 それでも別にいい思った。 好きなアイドルの話、好きなアクセサリーの話・・・。 どれも水里は特になかった。 好きな歌手はいたけれど。 ビートルズ好きのクラスメートはいなかったし。 何回かカラオケに誘われ、ビートルズをつい、熱唱してしまった水里。 ”や・・・。山野さんて渋い趣味なんだね・・・” と苦笑い。 クラスとメート達はかなり”引いていた” でもやっぱり”一人”は寂しいものだ。 放課後、教室に一人。 夕焼け雲をぼんやり見つめていた。 その頃の水里の夢中だったものはビートルズと産まれたばかりの 太陽だった。 そんな水里に声をかけてきたクラスメートがいた。 ”ねぇ。山野さん、筆で一緒に話、しない?” サラサラの長いストレートの髪。 このガッコウできっと一番の美少女だと男子達の視線は熱かった。 名前は杉田めぐみ。所属は美術部。 食べ物に例えたなら自分は近所の駄菓子屋の10円のふ菓子で、彼女は高級洋菓子店の 甘くておいしそうなショウウィンドウのケーキだ、水里はそう思った。 ”筆でならきっといろんな話ができるわよ” 彼女のその言葉になんとなく惹かれ、美術部に入った水里。 しかし水里は絵はほとんど描かなかった。というか描きたいものがなかった。 裸婦像とか色々題材はあったけれど・・・。 その”なんとなく入った美術部”で、水里はたった一枚だけ描いた絵がある。 『私の親友・ふ菓子少女』 というタイトル。 そう。甘い高級なケーキのような美少女のめぐみが10円のふがしをほおばって いる絵だ。 「それ、おいしそう」といって大きな口をあけて食べた時の めぐみの顔がとっても幸せそうに見えたから描きたくなった・・・。 おかしな事にその絵は県展で入選した。 しかし、水里は賞状とメダルは受け取らなかった。 『これはめぐみの笑顔がとった賞状とメダルだから』 と、めぐみに渡してしまっていた。 めぐみは”預かっておくわね。今度会うときまで” とクールで凛々しい笑顔で卒業式でかわした・・・。 あれから7年。 「まだもってるかな。賞状とメダル・・・」 めぐみは来るだろうか・・・。 (ふがし、同窓会に持って行くわけにはいかないか。場所は”高級ホテルレストラン”だし・・・) でもやっぱり水里は買っていった。 駄菓子屋の10円のフ菓子を・・・。 二十階建の高級ホテル。 ホテルの天辺にはパタパタとホテルの赤い星の旗と星条旗が風になびいて。 「・・・。太陽をここに連れてきたらきっといきなり”かくれんぼしよう”って と張り切りそうですな・・・」 中に入る。 大理石でできた床や柱。 ふかふかきれいな白のソファが沢山。 鮮やかな花瓶に華やかな花。 フロントには外国の宿泊客がいたり・・・。 「・・・高島政弘がいそうな”HOTEL”だな・・。こりゃ・・・」 なんだか別世界にきたような感覚・・・。 とりあえず水里は、葉書に書いてある3階の同窓会が行われている広間にエレベーターで向かった。 エレベーターがガラス張り。 本当にテレビドラマの『HOTEL』顔負けだ・・・。 三階につくと、早速、 『高校3年同窓会会場』 と度派手な垂れ幕が・・・。 入り口では受付が・・・。 「同窓会の方ですか?」 「え・・・。あ、は、はい・・・」 あわててバックから葉書を取り出す。 「確かに。ここに名前を書いて中へどうぞ。丁度、先生方もいらしたんですよ」 受付のちょっと香水がきつい女性。この人もきっと同級生だったに違いないが まるで知らない顔だ。 中に恐る恐る入ってみると・・・。 さすがは高級ホテルのレストラン。 外国の家具調の椅子やテーブル。 そのテーブルにはフランス料理だか何料理か分からないものがいっぱい 銀色のトレイに入っていて。 「きゃー!ゆかちん、元気だったー!?」 あちらこちらでそんな声が。 同窓会に来ている面々。 きちっとしたスーツの男子、いや男性達。 綺麗な色のスカーフにスカート、ワンピース、真珠のネックレスなんか してきている女性のクラスメートもいる・・・。 「・・・」 水里は思わず空になった銀色のトレイに映る自分の姿に目がいく。 白いジャケットに黒のストレートパンツ・・・。 それに一応、お化粧も普段はあまりつけない色の口紅やファンデーションを塗ってはきたが・・・。 (一応これでも余所行きのつもりですが・・・(汗)) ある意味、ここは『仮装会場』みたいに水里には見えた。 「あ・・・。もしかして、山野さん!?変わらないねー!」 親しげに声をかけてくる者もいたが、全く水里は覚えていなかった。 そんな会場の人込みの中で水里はめぐみの姿を探す・・・。 その時。 突然赤ん坊の泣き声が会場の真ん中から聞こえた。 いっせいに皆はそこに注目。 「めぐみ、ママ、ごめんなさい・・・ッ」 (めぐみ・・・!?) 水里は人を掻き分け赤ん坊の泣き声を探すと・・・。 「ちょ・・・。た、たかし・・・ッこ、こんなところで・・・ッ」 「だって我慢できなかったんだもん・・・」 背中に赤ん坊を背負い、焦った顔で4歳ぐらいの男の子のズボンを拭く若い母親・・・。 一応、正装はしてきているが髪は後ろで一つに束ね、少し耳の横から髪が乱れて・・・。 いかにも主婦・・・のような雰囲気・・・。 しかしその主婦はめぐみに間違いはなかった。 「怒らないで。めぐみママ。ごめんなさい」 「・・・」 周囲の視線を気にしながら粗相をしてしまった息子の半ズボンをハンカチで拭く。 「え・・・あれがあの『杉田さん!?』」 「どっから見ても『生活に疲れた主婦』じゃねーかよ・・・」 周囲の好奇な視線がめぐみの背中に刺される・・・。 めぐみはそれを感じて堪らなくなったのか、息子の手をひいて 会場を出ようとした。 「・・・待って!”筆でお話しよう”よ!」 水里はめぐみを呼び止めふりむく。 「・・・水里・・・?」 「お久しぶりッス!10円フ菓子大好き女の山野水里参上!」 水里は敬礼して、 7年前と変わらない笑顔で敬礼したのだった・・・