ACT27 守るべきもの 「かごめ・・・?」 朝、なかなかかごめがおきてこない・・・。 歩が寝室に起こしに行く・・・。 「どうしたんだ・・・?」 「ん・・・。ちょっと気分が悪いだけ・・・」 「風邪か・・・?朝飯粥の方がいいか・・・?」 「ううん・・・」 歩はかごめの額をさわって熱があるか確認。 「・・・微熱っぽくねぇか?医者に・・・。そうだ。保険証・・・」 歩が引き出しをがさごそと探す。 「あった・・・。保険証。それから・・・ん?」 見慣れないピンク色の診察券。 (どこの病院だ・・・?) 診察券をじっくりみると・・・ (〇〇産婦人科・内科・・・。) 「・・・産婦人!???」 ポロ・・・っと歩の手から診察券が落ちた・・・ (産婦人って・・・??え?え・・・??えーーーー!???) 産婦人科=赤ちゃんを産む場所 歩の中でこの公式がやっと成立・・・ (ま、ままままままさか・・・) 「か、かごめ・・・。お、お前・・・」 「・・・。ごめん・・・。ホントかどうかはっきりしなかったから・・・」 「で・・・。ど、どどどどどうだったんだ・・」 ゴクっと歩は息を呑んだ。 「・・・うん・・・。歩・・・パパに・・・なるよ」 (・・・) 歩の思考、3秒止まる・・・。 「歩・・・?」 (・・・お、お、か、かごめの腹に・・・オレの子供が・・・) 落ち着かなくてベットの周りをぐるぐる回る歩む。 (・・・い、いつだ・・・。オレは割りと”気をつけて”いた のに・・・。あ、いや数回はかごめがあんまり可愛いから 夢中になって気をつけてなかった・・・って、何思い出してんだーーー!!) 「歩・・・?」 (オレがオヤジに・・・?かごめの腹にオレの子が・・・??) 右往左往する歩。 「歩・・・。ゲホッ・・・」 かごめの激しい咳き込みに歩、やっと覚醒。 「か、かごめ!だ、大丈夫か!?」 かごめの背中をさする歩。 「大丈夫・・・。歩・・・」 「・・・悪阻(つわり)ってやつだよな・・・?すごい辛そうだ・・・。 ごめん・・・。気がついてやれなくて・・・」 「ううん・・・」 一緒に暮らしているのにかごめの変化にも気づけなかった自分を 責める。 歩は枕の上に新聞をしいた洗面器を置いた。 「・・・とにかく寝てろ・・・。楽になったら粥、食べたらいい。オレ、今日 仕事休むから」 「うん・・・。ごめんね・・・」 静かにかごめに毛布を着せ、リビングに向かおうとする・・・。 「ねぇ。歩」 「ん?」 「・・・。嬉しい・・・?赤ちゃんでてきて・・・」 「・・・ああ。実感まだねぇけど・・・。なんか新しい 食いモン食べた時みてぇにドキドキするよ・・・!」 歩は興奮して 思わず拳を握り締める。 手が震えている。 「・・・ふふ。なあに。その例え・・・」 「変か?ふ。でもオレ・・・。本当に嬉しいよ。子供はほしいって 思ってたから・・・。ちょっと時期が早かったけどな・・・(照)」 鼻の頭をぽりぽり照れくさそうにかく。 「と、とにかく寝てろ・・・。あ、そうだ。午後から医者、行こうぜ。 オレ、付き添うから。じゃあな」 エプロンをつけ、歩はいそいそとキッチンへ・・・。 (ふふ・・・。歩ったら・・・) 子供が出来たとわかったとき、歩がどう反応するか、かごめは少し怖かった。 喜んでくれなかったらどうしよう・・・。 お互いが結ばれることは喜んでも、新しい命が出来ることに喜んでくれなかったら・・・。 (歩らしい・・・。リアクションだったな・・・) ”嬉しいよ・・・” の一言が聞けた。 (私は幸せな女かもしれないね・・・) 世の中には、子供が出来たからといって、女に金だけ渡して姿消すような 男は五万といる。 中には暴力で子供の命を奪う男も・・・。 自分のためにせっせと、粥をこしらえる歩の後姿。 (・・・貴方も幸せな命・・・。優しいパパの元に生まれてくるんだから・・・) 布団のなかでかごめは、自分のお腹をそっと撫でる・・・ 心地いい、ゆず粥の香りを感じながらかごめは 再び眠りについたのだった・・・。 稲葉歩 24歳。 生まれて初めて、今、産婦人科、という神聖な場所におります。 (テレビじゃよく見るけど・・・。ホンモンはやっぱ空気が違う) お腹の大きなお母さんに囲まれるかと思ったが案外・・・ 普通の女性が多い。 だが、やはり男の姿はほとんどなく・・・。 (この緊張感も親父になる第一歩って奴だよな。うし。頑張るぞ!) 心の中でちっちゃくガッツポーズ。 緊張気味の歩に対してかごめは至って自然。 「産婦人科って妊婦さんだけのお医者さんじゃないのよね。 女性の総合的な病気を扱ってるみたいね。今の産婦人科は・・・」 少し顔色が悪いかごめ。 待合室でも、歩はずっと背中をさすっていた。 「清澄かごめさん。診察室にとうぞ」 歩も一緒に入ろうとしたが、看護婦が止めた。 「旦那さんですか?」 「・・・の予定の男です。いや、子供の父親です!」 歩は堂々としていった。 「そうですか。なら・・・。どうぞ」 看護婦は歩の態度など関心などなさそうに淡々。 (・・・ま。こういう所で働いてれば、色々なパターン 見てきてるんだろうな・・・) 色んな男や女の現状を垣間見ているんだろうと歩は思った。 診察室に入ると歩は生々しいリアルな、医療道具に出会う。 腹部の画像を撮る、エコー、 内視するための診察台・・・。 歩はなんだかとっても貴重な”社会勉強”させてもらっている気分。 (・・・女って・・・。こんな思いして・・・子供を腹の中で育てて 生むんだな・・・。だから母は強しっていうのか・・・) 何度も、医者とはいえ、異性の人間に(女医さんの場合もあるが)、下着をぬいて 診察されたり、食べたくないものを無理に食べなくちゃいけなかったり・・・。 (男は知るべきだ。うん。子供を産むという大変さを) なんて、歩は哲学的になってみたり。 とにかく歩は、何事も勉強だ、という気持ちで医者に 妊婦に対して気をつけなければいけないこと聞いては、メモッたのだった・・・ 「かごめ・・・。咽かわいてねぇか?大丈夫か?」 悪阻が酷いので、かごめは1時間点滴することになった。 処置室でちょっと貫禄のある中年の看護婦が かごめの腕に針を刺す・・・ (うお・・・) 実は歩は大の注射恐怖症。 だが、かごめが痛い思いをしているのだからと歩も我慢。 「あんた、旦那かい?」 「え、えぇ。そうですが・・・」 「・・・奥さん、労わってやらなきゃ駄目だよ? 若くとも親になるんだからねぇ」 点滴の調節をしながら看護婦は歩に告げる。 「分かっております。看護婦さん!女房が気分悪いって言うならオレも粥、食うし、 診察されるの恥ずかしいってんなら、オレもハダカになったっていいって 思ってます!」 「・・・ぷ。ふくくくはははは!面白い旦那さんだねぇ。ふふ。 奥さん、いい旦那さんじゃないか」 かごめは頷いた。 「じゃ・・・。旦那さん、奥さんの点滴が終わるまで、手でも握ってあげなさいな」 「ええ。そのつもりです!絶対離しません!」 歩はかごめの点滴を刺していないほうの手をぎゅっと握った。 「お熱いお熱い。ふふふ・・・」 気風のいい看護婦は威勢のいい笑い声をあげて 処置室をでていく・・・。 「・・・なんかキャラの強い看護婦だな。でも悪い病院じゃなさそうだ」 歩もすでに妊婦の顔。 かごめはそれが可愛らしい。 「そうだ・・・。病院通うのに、車とかいるよな・・・。 中古で安いの買うか・・・」 腕組みをして考え込む歩。 「あ、そうだ。外で産気づいたらまずい。かごめ、常に保険証と診察券はバックの 中に入れておこう。それから携帯も」 すっかりお父さん気分の歩。 「・・・ふふ・・・」 「ん?どうかしたか?」 「ううん・・・。歩はきっといいパパになるだろうなって思って・・・」 「そ、そうか・・・?」 「うん。なるよ・・・。きっと・・・」 歩の手を握り返すかごめ・・・。 ”労わってやりなさいよ” さっきの看護婦の言葉が浮ぶ。 (なんで女にしか命が宿ること・・・できねぇんだろうな・・・) 辛そうにしていても代わってやる事などできない。 ならば、周囲の人間は寄り添って 労わることを惜しんではいけないと思う、歩。 「かごめ。安心していいからな。オレがずっといるから・・・」 「・・・」 微かに寝息が聞こえる・・・ (かごめ・・・) 安心しきった顔で眠る。 髪をそっと撫でる歩。 ずっと守っていかなければいけない。 (安心していいからな・・・) 歩はかごめが目覚めるまでずっと 手を握り続けた・・・。