第12話・はじめの一歩A


そして日曜日。たみちゃんは昨日はあまり眠れませんでした。

お布団の中でどうしようもない恐い気持ちと闘っていたからです。

そして今も・・・。

「・・・。たみ・・・。無理しなくていいのよ・・・。またしっしん出たら・・・」

玄関でたみちゃんのお母さんが、ズックの紐を結ぶたみちゃんの後ろで心配そうな顔をしています。

「大丈夫・・・。はなちゃんがいてくれるから・・・。一人じゃないから・・・」

たみちゃんは必死に怖い気持ちを抑えて言いました。

「こんにちはー!」

そのたみちゃんの気持ちを吹き飛ばす位にはなちゃんが元気にたみちゃんを迎えに来ました。

「お届け物係、小野はな、たみちゃん付き添いの任務に参りました!」

はなちゃん、また、水兵さんみたいに敬礼しています。

「たみちゃん、おはよう!今日はよろしくお願いします!」

「アイアイサー!」

元気いっぱいのたみちゃんとはなちゃん。

自分の中にある怖い気持ちを取り払うように二人は、

「行ってきます!」 と、玄関を後にしていきました。

たみちゃん、はなちゃん、頑張って・・・!

見慣れたはずの校舎がまるで大きな壁に見える。

たみちゃんの足はガクガクして体全体震え ています。

小学校入学式の時は、期待を胸に目の前にある校門を通ったのに・・・。

今はその校門の中に行く事がこんなに辛いなんて・・・。

たみちゃんは何だかからだが少しかゆくなってきました。

背中がちくちくします。

「たみちゃん」

すると、はなちゃんがそっと背中をさすってくれました。

優しく優しく・・・。

かゆいのが少し治まりました。

「大丈夫?」

「う・・・うん」

はなちゃんとたみちゃんは手をつなぎました。

「いちにのさん!!でいこう!ねッ。たみちゃん」

「・・・うん!」

二人は手をぎゅっとにぎります。

「いち、にの、さん!」

ジャンプ!!

たみちゃんは、半年ぶりに学校の土を踏みました。

「・・・。たみちゃん・・・」

「・・・」

一歩。一歩学校へ入ったたみちゃん。勇気を少しだけ出して・・・。

「はなちゃん。今度は・・・教室だね。私・・・頑張って教室までいくよ」

「うん!」

手を繋いだ二人は、早速教室へと向かいます。

あの、“ハンカチ事件”があった教室へ・・・。

ギュッと二人の手に力が入りました。

ガラガラッ・・・。

たみちゃんは半年ぶりに、自分の教室にやっ てきました。

誰もいない教室・・・。

静かです。

日曜日だから当然ですが、寂しいくらいに静かです。

たみちゃんは教室に入ると、教室をまるで初めて来たみたいにじっくり眺めました。

じっくりと・・・。

半年経った教室。

後ろの掲示板にはみんなが描いた絵や習字が貼ってあります。

当然、たみちゃんの描いた絵や習字はありません。

たみちゃんのロッカー。 “高野たみ” とシールが貼ってあるけど、誰も使ってないロッカー。

自分の教室なのに、この教室から自分がまるえいないみたいに感じる たみちゃんです。

「たみちゃんの席はここだよ」

はなちゃんはたみちゃんの机と椅子をたみちゃんに教えました。

「ここがあたしの席・・・?」

「そうだよ。すっごく陽当たりがいいの」

たみちゃんの席は、窓際の一番後ろの席でした。そしてその前の席がはなちゃんの席です。

「・・・」

この間、席替えをしました。くじ引きです。本当ははなちゃんの席は、一番前だったのですが、たみちゃんが田中先生にお願いしたのです。

たみちゃんと近くの席にと。

「あたしの席はたみちゃんの前だよ」

「うん」

たみちゃんは自分の机に座ってみました。

はなちゃんも座りました。

目の前にははなちゃん。うしろにたみちゃん。

振り向けば、大好きな顔がすぐ近くに見えます。

「うふふふ」

「えへへへ・・・」

何だかちょっと照れくさい二人。でも、ここなら二人仲良くおしゃべりもできます。

「・・・。何だか私の机・・・すごくきれい・・・」

たみちゃんの机はほこり一つ見えないくらいにきれいです。

「ひょっとしていつもはなちゃんがきれいにしてくれてるの?」

「・・・。うん。だってそうしないとみんなが登ったり座ったりするから・・・。だってたみちゃんの机、あたし守るって約束したから」

「・・・。はなちゃん・・・」

たみちゃんは心の中ではなちゃんにありがとうをいっぱい言いました。

その時、たみちゃんがふと後ろの掲示板を 見ました。 “植物係・小野はな”

係りのメンバー表が貼られていたのです。

「・・・。はなちゃん、一人植物係なの・・・?」

「うん。みんな、あたしと係一緒になるのいやなんだ。だからあたし、一人でやるって先生に言ったの」

「・・・」

はなちゃんはこの教室で一人でも頑張ってる・・・とたみちゃんが実感しました。

植物係の仕事は教室のお花の水やり等です。朝と夕方に水やりをしなければなりません。

「たみちゃん・・・。ごめんね・・・。あたしが学校に来てたらきっとお手伝いできたのに・・・」

「そんな、たみちゃんが気にすることないよ。あたし、お花大好きだし・・・」

「そうだ!はなちゃん。じょうろある?」

突然、何を思ったかたみちゃんはじょうろ を出してきておみずを入れてきました。

そして、窓辺の花に水をやり始めました。

「・・・。この位の事しかできないけど・・・。私も植物係になるね」

「たみちゃん・・・。うん!ありがとう!」

二人は一緒にお水をやります。植物係のたみちゃんとはなちゃんのふたりが。

「あら。二人とも・・・。ここにいたのね」

田中先生が二人を捜しに来ました。

「先生・・・。こんにちは」

「こんにちは。たみちゃん。今日はよく来てくれたね」

「はい」

「はなちゃんも」

「だって私ははなちゃんの護衛できました!先生!」

はなちゃんはまた、敬礼していいます。

「うふふ。それはご苦労様です。ではお二人さん、ここじゃ何だから保健室へ行きましょう。みちこ先生も待っているから」

「はい」

たみちゃんは久しぶりにみちこ先生に会えると聞いて、すごく嬉しくなりました。

「じゃ、小野はな、たみちゃんを保健室まで護衛いたします!」

「お願いします!はなちゃん」

「アイアイサー!」

ふたりは元気に保健室に向かいました。

そして、また、教室は誰もいなくなり、静かに・・・。

何も変わっていない教室。

ですが、一箇所だけ、変わったところがあります。

植物係・小野はな・高野たみ

植物係の表にたみちゃんの名前が増えました。

さっき、たみちゃんが書いたのです。

一人きりだった植物係が二人に。

はっきりとたみちゃんの名前が書かれています。

この教室にたみちゃんの名前が・・・。

たみちゃんもはなちゃんもまだ、あの『はんかち事件』の事はわすれていません。

まだ、思い出すと心が痛みます。

でも、二人は少しずつ、少しずつ、前に歩こうとしています。

はじめの一歩を・・・。

植物係の表が優しく揺れていました・・・。


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