レターズ
〜その一通に想いを託して〜
前編

静かな住宅街を颯爽と赤いバイクで駆け抜ける。

この閑散とした平日の昼下がりに、当たり前の様に町内の景観にマッチしている。その人物、そうそれは郵便配達員。

誰もが知っている日常の一つのパーツの様にその存在は、実に当たり前だ。

郵便配達員が運ぶ物、それは様々だ。

生活に密着したもの、例えば定期預金の満期の知らせの葉書やはたまた電話代の料金の葉書やら・・・。

最近では一方的なダイレクトメール、最近はかなり怪しげなものも見かける。

しかし、最近痛感することは、あまりにも機械的な活字が多いことだ。

上記のもののように、生活に密着した様な種類の郵便物ならば、パソコンなどで処理したのはわかるのだが、年賀状、一般の個人に向けた手紙等もパソコンで打ったものが殆ど。

そんな中から時々、手書きの宛名が書いてる手紙を見るとどこかホッとするものだ。

そう思いながら、人々に郵便物を運んでいるこの男。

名前は吉岡純平(23)

どこにでもいる派手な茶髪でもない真面目なの男だ。

特にこの仕事が好きだから選んだと言うわけでもないのだが、大学時代に年賀状配達のバイトをしたとき、なんとなく面白かった・・・というのが理由といえば理由なのかも知れない。

しかし、この仕事を選んで最近、よかったと思う出来事が純平に身におこった。

それは丁度半年ほど前の事・・・。

いつものように自分が割り当てられた区域を配達していた純平。

黄色の壁にブルーの屋根。

カントリー風の割と大きめな家。

その家のポストがなんとも可愛い。

手作りだと思われるが、子犬が口を開けている木製のポストだ。

レンガの門に欠けられている。

純平はいつもの様にその子犬の口にその家の郵便物をまとめてそっと入れた。

「・・・ん?」

2通いれたはずなのに、手の感触だと1通多く感じる。

純平はそっと手を引き抜いてみると、確かに一通多く紛れ込んでいた。

水色の封筒。

青空の封筒だ。

「他の家のものがまぎれたのかな」

しかし、その封筒には切手はってなくなんとその宛名は・・・。


『いつもうちに手紙を下さる茶髪の郵便配達員のお兄さんへ』

「お、俺!?」

郵便配達員の自分宛の手紙を手にするなんて・・・。洒落にならない・・・。

純平はどうしていいものやら分からなかったが、とりあえず、受け取ってしまった・・・。


自宅に帰り、自分の部屋で恐る恐る開けてみる純平。

(こ・・・。これって別に『罪』にはならないよな・・・!?だってこれは『俺』宛なんだし・・・)

でも何だか、仕事がらのせいか自分が配達していた家のポストから手紙を(自分宛)の持ってきてしまった時は妙にドキドキしてしまった・・・。

小心者の純平だった。

中から封筒と同じ色の便箋が一枚・・・。

水色が好きな純平は何だか新鮮な気持ちになる。

そしていよいよ本文を読む・・・。


出だしは、実にシンプルに始まった。

『初めまして。私はあの家に住んでいる高原るみって言います。突然のお手紙、すみません。郵便配達員の方にお手紙書くなんて何だか変な気分なのですが・・・』

実に丁寧で綺麗な文字。純平はなんとなく好感をもつ。

ベットに寝っ転がり続きを読む。

『うちで飼っている犬のジュリーの頭をちょいと撫でて、私と父が作ったジュリーのポストに手紙を入れていきますよね。うちの犬は結構人見知りする方なのに、不思議です』

はっきり言って、犬は苦手な方の純平。しかしそんなこと言っていたら郵便配達員なんてやってられない。

そう思った純平だが、次の行の文章で一気にボルテージがあがる。

『なんていうか・・・。その・・・。貴方の優しい瞳がずっと心に残って・・・。そのもしよかったら私と・・・』


「わ、わ、私と・・・!?」

最近、振られたばかりの純平。一瞬春が来たかと思ったら・・・。

『私と文通して下さい』


「ぶ、ぶ、文通だってーーー!?」


純平は一瞬自分が一昔前の少女漫画のキャラクターにでもなったかと思った。


このIT時代だとかメル友だとか世の中は、機械的文章で満ちあふれているというのに、い、今時文通だなんて・・・。


「・・・。中高生共の新手のいたずらか!?そうだよな、そうに決まってる・・・」

急に純平の心の現実が見えた。

どこかの暇な若い奴らが(自分も若いが)ふざけているんだ。

今や老いも若きも携帯を持ち歩いている時代に文通しませんか等という人間がいるのだろうか・・・?

いないことはないだろうが、この文章から察する若い年齢の層の人間達にはないだろう。

純平は、手紙をポイッと畳の上に投げた。

「・・・」

しかし、最後まで読んでいない。

気になってもう一度読み返してみた・・・。


『今時、文通だなんてきっとおかしな奴だって思われたかも知れません。確かにそうですよね。メールの時代にこんな・・・。でも私は携帯は持てないのです』


純平はこの文面で、もしかしたら、本当に自分を文通したいのではないかと少しだけ思った。

自分もメールでのやりとりはあまりすきではない。

しかし、今時、携帯を持っていないなんて、旧石器時代の化石だとでも言われそうだし、それに仕事の都合で持たなければならなかった。

そしてまだ、手紙は続く。


『私はずっと『誰か』と『手紙』で話がしたかったんです。ずっと・・・。そんな時、貴方を見つけました。いつも沢山の人達の色んな手紙を配達している貴方・・・。手紙の事を一番よく知っている人・・・。そんな貴方と色々な話がしてみたい・・・。そう思ったんです』


「・・・」


今時の子供らが書いた文章にしては・・・。大分落ち着いた感じがする。

もしかしたらやっぱりこの手紙は『本物』か・・・?


何より、『手紙をよく知っている貴方お話がしたい・・・』のフレーズにかなり惹かれた純平・・・。


気がつけば、机の引出しから白い便箋と封筒を取り出していた。

「もっと洒落た便箋の方がいいだろうか・・・。やっぱり・・・」

人に手紙を書くなんて年賀状以外はない

「ええい!ここは一つ妹の部屋から拝借してくるか」

妹の真希の部屋に風呂に入っている最中、無断で侵入。

「勝手にはいるなーーー!!不法侵入だ!!」

と閉め出されてしまった。

仕方がないのであのどこにでも売っている白い封筒と便箋を使うことにした・・・。

しかし、いざ、書こうとしても、何をかいていいのやら・・・。


まずは自己紹介から・・・。


『は、初めまして・・・。正直、突然の事で驚いております・・・。俺は吉岡純平といいます。ごく普通の 郵便配達員です・・・』

ここまでしか筆が進まない。

「はぁ〜・・・。ともかく今回は文通OKの返事を書くだけだ用件のみで・・・」

『俺でよかったらまた、お返事下さい。住所は・・・』

「・・・ 。俺は郵便配達員だ。何もわざわざ切手を貼ってポストに入れることはない・・・。届けた手紙と一緒に自分の手紙も届ければいいんじゃないか?」

しかし、小心者の純平。

それってもかして、職権乱用にならないかとふと考える。

「・・・。切手を貼って出そう・・・。うん・・・」

自分で小者だな・・・と思う純平・・・。


休みの日、大通りにあるポストの前に立つ純平。

毎日、自分が手紙を取りにくるポストに、今、自分で投函しようとしている。

「妙な気分だな・・・。何か・・・。ま、とにかく入れよう・・・」

コトン・・・。

水色の封筒がポストに消えた。

「・・・。返事が来るか、それとも・・・いたずらか・・・。まあ、待つとしよう」


でも・・・。もらった手紙に不思議に惹かれる純平。

不思議に心に入ってくる文章だった。

願わくば・・・。いたずらではなく“本物”であることを願うが・・・。


そして3日後・・・。

『吉岡純平様』

ピンクの無地の便箋が純平の机の上に置いてあった。

「お。おおおおおお!!本物だったんだ!!」

純平はなぜかガッツポーズ。

開いてみると、あの綺麗で達筆な字が・・・。

『吉岡純平さま。文通、OKしてくれてとても嬉しかったです。改めて始めましてデス。高原るみです。高3です』

「こっ高校生!年下か・・・」

純平、何故か興奮する。

『えっと・・・。私から文通してくださいって言っておきながら、いざとなると何を書いて良いのか思いつきませんね。あ、そうだ。うちの庭のベコニアが咲いたんです・・・。気がつかれていましたか?』

「ああ、そういえば・・・。赤い花がプランターに咲いていたな」

『去年、猫が花壇を荒らして、根っことひっこぬかれたのに、また、目を出してたくましく咲いていたんです。たくましいですよね・・・』

「・・・。花が好きらしいな。そう言えば、花をじっと見つめるなんて最近はないなぁ・・・。俺が花なんて柄でもないけど・・・」

純平はふと窓の外を見た。

「あ・・・。ばあちゃんが植えたあじさい・・・」

窓の外の庭。祖母が植えた紫色のあじさいがいっせいに満開。

「ばあちゃん、紫陽花好きだったなぁ・・・」

3年前に亡くなった祖母の事を思い出す。

「そうだ。ばあちゃんの事、返事に書くかな・・・。紫陽花が好きだった祖母がいます・・・っと」

そう、一行目に書く。

紫の紫陽花色の便箋に・・・。

いつも何気なく配っている手紙。

自分が手紙を書いていてわかった。

それには人の色々な思いが込められているだなと実感する。

・・・こうして。純平の文通が始まった・・・。

とても切ない文通が・・・。

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