いつのまにか文通した手紙の数は30通を超えていた。
『今日は雨が激しかったですね。でも、雨の日は嫌いじゃありません。だってその後虹が見られるから』
るみという少女は割と詩的な文章を書く。
文才のない純平は、ただ、今日あったことをありのまま書くしかできなかったが、それがるみにとってはいたく面白く、楽しいらしい。
その自分が出した手紙を自分が配達する純平。
勿論、一度、郵便局を通ってだが、今だに妙な気分だ。
『高橋るみ様』
レンガの門についているポストに入れる。
この家に文通相手が住んでいる。
『会ってみたい』
当然、そう思ってしまうが、それはルール違反だと思う純平。
文通相手をこっそりのぞき見などやっぱりルール違反。
そう思いながらも、いつもポストの前に行くと玄関から、誰かが出てきたらつい、みつめてしまう。
「いけないいけない。次、行こう・・・」
自制して、配達へと再び戻る。
向こうは自分の顔を知っているのだから、変に見栄をはることもない。
だから、まるで自分の日記代わりの様に手紙を書くのが純平も楽しかった。
「まただ・・・」
その純平が最近最も気になる事がある。
配達区域の古い家。
築30年以上は経っている木造の家。
午後3時頃に純平はその家に配達するのだが最近、その木造の家から子供の泣き声が頻繁に聞こえてくる。
泣き声を気にしつつ引き戸を開け、玄関のポストへ手紙を運ぶ純平。
すると玄関先に、少女が体育座りをして俯いていた。
ここの少女とは顔見知りだ。1ヶ月前までは元気に学校から帰ってくる少女をよく見かけていたのだが・・・。
よくみると、少女の手には少しあざがあって・・・。
「・・・。あの、どうしたの?」
「郵便屋さん・・・」
「具合が悪いの?大丈夫?」
少女は首を横に振ってすたすたと家の中に入っていった。
「・・・」
少女の手のあざが気になった純平。
しかし気になったところで、単なる郵便配達員の自分が「お宅のお子さん、どうしたんですか?」
なとど聴く筋合いも権利もない。
コトン・・・。
ポストに配達物を入れ、純平は仕事に戻った・・・。
家に帰っても、少女の事が気になっていた純平。
手紙の中でも、少女の事を書いてみた。
『俺が口出すことじゃないのはわかってるんだけど・・・。その女の子のあざが気になって・・・。君はどう思う?俺に何かできること・・・ないものだろうか?・・・やっぱりないよな。俺は只の郵便屋だし・・・』
純平の問いにるみからの手紙にはこうあった。
『確かにあなたは只の郵便屋さん。でも郵便屋だからできること・・・。あると思う。あなたの仕事は、人から人へのメッセージを配達する仕事でしょ?あなたにしかできないことってあると思うの。その女の子の気持ち、配達することだと思う』
「・・・。どういう意味だろうか。俺にしかできないこと・・・」
るみの返事を考えながら、純平はいつもどおり、少女の家に配達しにやってきた。
「あ・・・。また・・・」
少女が玄関先で小さく足を包んで座っている。
外は雨が降っているというのに・・・。
「どうしたの?また、ここで一人座っているね?」
「郵便屋さん・・・」
「ママは?お母さんはどうしたの?」
「・・・」
少女は母親は?ときいたとたん、黙りこくってしまった。
少女の手にあざがまた増えていた。
「・・・」
この少女がどういう状況にいるか、大体想像はつくが、かといって、自分がさしでがましい事はできない。
でもほっておけない・・・。
「ママはおうちにいるの?」
少女はコクンと頷いた。
「そうか・・・」
「どうしておうちに入らないの?」
純平の言葉に少女はじわっと涙を浮かべた。
「ママが・・・入れてくれないから・・・」
「・・・」
玄関のドアは鍵がかかり開かない。
何とかして、この少女を温かな家の中に入れてやりたい純平。
「僕がママにお願いしてあげようか?おうちに入れてあげてって・・・」
「ママは誰とも口を聞きたくないって・・・。だから無理だと思う・・・」
その時、るみの言葉が純平の脳裏に浮かぶ。
『郵便屋のあなたしかできないことってあると思う・・・』
手紙を運ぶ、自分にしかできない事・・・。
純平は何を思ったか突然、ポケットのメモ帳とボールペンを取り出した。
「ママが口を聞いてくれないなら・・・。お手紙をかいてごらん。ママに言いたいことを・・・。僕が代わりに配達してあげるから・・・。ね?」
「ホント?」
「まかせなさい。僕は“郵便屋さん”だからね」
少女を勇気づけるように笑って、ボールペンとメモ帳の紙を渡す純平。
少女は、何か黙々と地面にうつぶせになって書き始めた。
「・・・。はい。郵便屋さん。ママ・・・。読んでくれるかな?」
「大丈夫さ。僕はちゃんと届けるからね」
ポンと少女の頭を撫でて、純平はチャイムを押した。
何度か押したが、誰も出てこない。
「速達でーす。印鑑お願いします!」
大声で純平が言うと、やっとガチャっと玄関のドアが少し開いた。
「あの・・・。速達です。印鑑お願いしたんですが・・・」
家の中から出てきたのは、疲れた表情をした母親だった。
「わかりました・・・。いま取ってきます・・・」
覇気のない声で、母親は家の中からハンコを取ってきた。
「ここに、お願いします」
速達印の所にハンコを押し、純平は配達物を母親に手渡す。
「どうも。ご苦労様でした」
用が済むとすたすたと家の中に入っていこうとする母親。
「あのっ」
「何ですか」
「これもお届けします・・・」
純平はメモを母親に手渡す。
「確かにお届けしました。では失礼します」
純平はそう言うと、玄関を跡にした。
「ママは・・・?あたしのお手紙、受け取ってくれた?」
「ああ。確かに渡したよ。きっと今、おうちの中で読んでいるさ。もうすぐきっとママは玄関を開けてくれるから・・・。もうしばらく待っていてね」
「うん・・・。ありがとう 。郵便屋さん」
純平は少女を気にしつつも、自分の仕事に戻った。
一方、家の中では、母親がメモをじっと読んでいた・・・。
『ママへ。ママにお手紙書くなんてはじめてだね。ママ。
ごめんなさい。ゆりはママを困らせてばっかり。
ママは、パパとりこんして、とてもつらいきもちなのはわかってた。でもママの頭の中にはパパのことばっかりだった。ゆりはそれが何だかとてもくやしくて・・・。
だから、ママに反抗ばかりした。ママの怒られるようなことばかり・・・。
それがママをもっとつらい気持ちにしてたんだよね。ごめんなさい。ホントはもっと早く『ごめんなさい』ってい言いたかったんだけど、ママの顔みると、どうしても言えなかった・・・。
だからお手紙にしたの。ゆうびんやさんが届けてあげるっていったから・・・。お手紙って不思議だね。言えなかった気持ちがすらすら言える。
ママ、ごめんなさい。何度でもごめんなさいを言うから、
だからお願い、おうちに入れてください。
ママの顔が見たいです。お願いします。おうちにいれてください・・・。
ガラガラッ!!
「ゆり!!」
母親が飛び出し、少女を抱きしめた。
「ま、ママ!?」
「ゆり・・・。ごめんね・・・。ママの方こそ、ごめんね・・・」
「ママ・・・。あたし・・。おうちの中、入ってもいいの・・・?」
少女は恐る恐る尋ねた。
「当たり前でしょう・・・。ここはママとゆりのおうち何だから・・・。二人のおうちなんだから・・・。」
「ママ・・・」
少女はやっと家に入れる安心感と、久しぶりの母の温もりに体中の力が抜け、母の胸になだれこんだ。
「ママ・・・」
「ゆりのきもち、ちゃんととどいたからね・・・。さあ、おうちに入ろう・・・」
「うん・・・」
少女は赤子の様に母にしっかりとしがみつき、母も生まれたての赤子を抱くように両手で目一杯だっこしたまま、家に入っていった・・・。
その3日後。
純平が配達にやってくるとポストに折り紙に書いてある手紙がポストに入っていた。
『ゆうびんやさんへ。
ゆうびんやさんのおかげで、ママとなかなおりできました。
本当にありがとうございました
ゆうびんやさん、お手紙をとどけるおしごと、とってもすてきだね!
あたし、大きくなったらゆうびんやさんになりたいです!
「ふふっ・・・。よかったね・・・
。ゆりちゃん・・・」
コトン!
軽快にポストに手紙を入れる。
純平はその日一日とてもすがすがしい気分だった・・・。
「彼女のおかげだもんな。お礼を言わなくては」
この一件を、手紙に書く純平。
『君のおかげだ。君のアドバイスがあったから、俺はゆりちゃんから嬉しい手紙をもらえた。
ありがとう。
今日ほど、自分の仕事が好きだと思ったことはなかった。
自信が持てたんだ。本当にありがとう』
特にこれがしたいという気持ちで始めたこの仕事。地味で、やりがいを感じたことはなかった。
でも・・・。
少女の折り紙の裏に書いた手紙で、とても充実した気持ちになれた純平。
るみにお礼をたくさん言いたいと思った。
その思いを込めて、手紙を出した純平。しかし・・・。
「来ない・・・」
何故だか、急にるみからの手紙は途絶えてしまう。
『るみさん。どうしたのかな・・・。もしかして、文通が嫌になったのかな?もしそうならば、ちゃんと言って欲しい・・・』
そう書いても、返事はいつまでたってもこなかった。
「・・・」
純平はるみの家の前に居た。
ポストに配達物を入れる。この家に、るみは住んでいる。
(どうしたんだ・・・。一体・・・。るみさん・・・)
思いきって、インターホンを押して、尋ねてみようと思ったが、できなかった。
困惑する日々。
いつのまにかるみから手紙が途絶えて2ヶ月がたったころ・・・。
久しぶりにるみから手紙が来た。
『拝啓。吉岡純平様。お返事をずっと出さず、ごめんなさい。
色々事情があって・・・。
突然ですが、お会いできませんか?』
「えっ・・・。会いたい?」
『理由はきかないでください。とにかく、会ってお話したいことがあるんです・・・。ずっと話せずにいたこと・・・。10月9日(日)に総合病院まで来てください。お願いします。』
「病院・・・?一体どういうことなんだ・・・」
手紙にはそれ以上のことは書いてなかった。
訳が分からなまま純平。
それに今回の手紙はいつもるみの筆跡と、どことなく違うようなきがした。
「日曜日・・・。ともかく、行ってみるしかないな・・・」
純平は何だか、不安げな気持ちなった。
理由はわからないが・・・。
そして日曜日。
純平は、少し緊張した面もちで病院へと入っていった・・・。