シャイン
〜それでも男、それでも女〜



「えっと・・・」

パソコンに向かって光が入力しているのは、今月の日程表。


依頼の日時と内容を入力していく。



「光、大分パソコン上手くなったなぁ」



インスタント珈琲が入ったマグカップを机に置く。



「うん。まぁ・・・。出来ることが増えるって楽しいね・・・」



「そうだな」



「うん・・・!何か・・・。大袈裟だけど、活き活き出来る・・・」



光の笑顔は晃のエネルギー源。



なんにでも挑戦してみようという気持ちがあふれ出している光に

晃はある提案をしてみた。




「光・・・」



「ん?」



「・・・光・・・。これ見てくれないか?」



晃が取り出したのは、美容専門学校のパンフレット。




「え・・・?これ・・・」



「・・・光・・・。すごく丁寧だし、細かい仕事得意だろ?だから
光ももしかしたら向いてるんじゃないかって思って・・・。あ、いや、
ただ、参考にって意味だから。光の意思の問題だし・・・」





「・・・。私が美容師・・・。なんかイメージ沸かないな・・・」



晃はやっぱり押し付けがましい申し出をしたと、後悔した。


光がいくらやる気になっているといっても、自分の夢に無理やり引きずり込むような
ことはおこがましいかと・・・。





「・・・。もし・・・。私が資格をとったら・・・。晃はもっと楽になるのか・・・?」



「いや、そういう意味で言ったんじゃ・・・。ごめん。やっぱり忘れてくれ。
今言ったこと」



「ううん。晃のことだけなくて・・・。私の”手”で誰かを綺麗にすることが
できるならそれって・・・なんかすごいことだ」



「光・・・」




「・・・子供っぽい例えだけど、人に綺麗になる”魔法”をかけてあげられる・・・。
なんか・・・なんかちょっとワクワクする・・・」





(・・・光・・・は本当に不思議だな・・・)




引っ込み思案な反応を示したかと思ったら




突然、目を輝かせる・・・。




「・・・でも急には決められないから・・・。考えてみるよ」



「ああ・・・。光が・・・光の望むとおりでいいから・・・」



「うん。ありがとう」



光から”ありがとう”の台詞を聞ける日があるなんて


晃は以前なら考えられなかった。



恨みつらみなら、罵られることなら当然あるだろうけれど・・・。




「・・・晃」



「ん?」



「私はもう大丈夫だよ・・・。ってまだ人の視線も気になるけど・・・。
私は自分を信じられるようになったよ」



「光・・・」






「・・・自分の弱さを・・・”強さ”に変えることができるから・・・。ね!」




ポン!と光は晃の肩を叩いた。



晃の心の重みを取り払うように・・・




「・・・だからさ。これからは、もーっとこの仕事をおっきく
することを考えようよ!儲けは後回しになるけど、とにかく
いろんな人に出会いたいんだ・・・!」





「光・・・」




「・・・だから・・・。そういう湿っぽい顔はなーし!ほら、いつか
晃が載ってた雑誌のキャプションみたいにさ、”クールなカリスマ美容師”
って顔してくれよ!ハサミ持ってポーズしちゃったりなんかして」




「オレがクール・・・?やめてくれよ。オレは
至って普通の男だよ」




「ふふ。まぁそっか。ふふ・・・」



光と冗談を言い合うこの和やかな空気。




晃は夢をみてしまいそうになる・・・





(二人で・・・ずっと二人でいられたら・・・)





これは恋なのか、愛なのか・・・?



いやそんな甘いものじゃない。



言葉にならない・・・




沢山の想い・・・。




「・・・晃。やめてくれ」




「え・・・」


光は晃からし線を逸らした。



「その・・・。顔をじっと長く見られるのは・・・。やっぱりまだキツイ・・・」




無意識に



光を見つめてしまう。





「ご、ごめん・・・。光が楽しそうにしてたから・・・」




「いや・・・。でも慣れなきゃね。お客さん相手の商売なんだから」



「そ、そうだな・・・」





今、一瞬垣間見た夢がパチンと消えた。





”私は恋はしない・・・誰もすきになることはない・・・”





光の宣言。



この深い想いを閉じ込めよ・・・と・・・。




(実らない想いでもいいんだ・・・。光がそばにいるなら・・・。
それ以上を望んだらいけない・・・)




「・・・さ!そろそろ時間だ、行こうか!」


「うん!」



共に同じ仕事をし、同じ目標を持ち・・・。



互いに最適なパートナーになれたら


それでいい。



”恋”や”愛”はいらない・・・。



それで・・・。




深い想い。




晃はただ・・・押し殺した・・・




「あー。降ってきたな。家の前まで送るよ」 仕事の帰り。 激しく雨が降ってきた。 空は重く灰色に染まり、雷が唸っている。 ワイパーが早く強く動く。 「あー・・・。通行止めだな・・・」 光の家へ行く道が雨による通行止め。 「仕方ない、バックして引き返すか・・・」 晃はを踏み、車をUターンさせる ガッタン!! 「うわぁあ!!」 後輪のタイヤが溝にはまり、車体が斜めに傾く・・・ 「・・・イタタタ・・・。大丈夫か!?光」 「うんなんとか・・・。そ、それよりタイヤの方が・・・」 二人は車から降りて後輪のタイヤの状態を確認した。 後輪のタイヤ、一つだけ、細い溝にひっかかるようにして はまっていた。 「・・・これならなんとかあげられそうじゃない?」 「え?でも光大丈夫か?」 「うん!腕力には自信があるから。さ、ヘッドライトの辺りもって・・・。 せーの・・・っ!!」 二人はヘッドライトの角を一緒に持ち上げる 「よいしょ!!!」 タイヤはふっともちあがり、道路に戻った。 「はー。よかった。早く車内に戻ろう!」 二人ともびしょ濡れ・・・ 「ふー。酷かったねー・・・」 「ああそうだなー・・・。あ、光。これ使えよ」 晃はリュックからハンカチを取り出して光に手渡す。 「・・・」 だが晃は何故か頬を染めて視線を逸らした 「ありがと。・・・ん?晃、どした?」 光ははっと気がついた。 ずぶ濡れの上着に下着が少し透き通って・・・ 胸の谷間が薄っすら見える・・・ (!!) 光は晃に背を向けた。 (・・・) (・・・) パサッ 晃は自分のジャケットを光にかけた。 「・・・着てろ・・・」 「・・・」 (・・・) (・・・) 重たい沈黙・・・ 意識したくないのに 静けさが 何かを意識させる・・・ 何か・・・ 自分が・・・”女”ということ・・・ (・・・) 晃は無言で車のエンジンをかけ、アクセルを踏んだ・・・ 「・・・」 「・・・」 ワイパーが動く音だけが響く・・・ 光の家の前まで二人は一言も発さなかった・・・ 「・・・。あ、ありがと・・・」 光はジャケットを脱いで返した。 「じゃ・・・じゃあまた・・・」 光は晃からし線を逸らしてドアを開けた。 「・・・光・・・っ」 思わず呼び止めて・・・ 「・・・光・・・」 なにを言いたいのか 何がいいたいのか・・・ 自分でも分からない・・・ ただ・・・奥にしまった想いが・・・ 「・・・晃は・・・。とても頼りなる・・・私の・・・上司で・・・。 パートナーだと思ってる・・・。それ以上は・・・ない」 (仕事の・・・パートナー・・・) 蓋をされた、 奥の想いに 「ごめん・・・」 「ど・・・どうして光が謝るんだ?光が言うように俺達は仕事上の大切な・・・。 パートナーだ」 「うん・・・。だから・・・。風邪引かないように・・・。お互い、 体調管理しっかりしよう。じゃあ・・・おやすみ・・・」 バタン・・・ 家に入っていく光を・・・ 晃は最後まで見送る・・・ ”仕事のパートナーだ” 光の言葉が・・・ 晃から深いため息を漏らさせる・・・ (・・・そうだ・・・。ああ・・・。それを越えちゃ・・・いけないんだ・・・) 知っている。 光の痛み。 光の周囲の男たち ”化け物” ”気持ち悪い” 罵声を浴びせ、罵って見下して嘲笑ってきた。 そんな光が・・・ 男という生き物を受け入れるはずもない それの原因をつくったのは ・・・自分。 ”私は恋なんてしない。誰かを好きになることなんてできるはずもない・・・” (・・・恋愛じゃなくていいから・・・。男とか女とかじゃなくていいから・・・) ”男の人じゃない・・・” 光の言葉が痛い・・・ (風邪・・・ひくなよ・・・光) 光の部屋の窓を見上げて晃は思った・・・ 雨は止んできたけれど・・・ 晃の心はまだ激しい雨が 降って 降って 瞳から流れ出ていた・・・ シャイン目次