シャイン
〜絵の中の私〜
晃の熱も下がって三日後。 光は病院の待合室にいた。 薬をもらいにきた晃に付き添ってきたのだ。 「・・・悪い。待たせて」 「ううん。それより、調子はどうだ?」 「おう。もう完全復活!ま、念のため薬だけは飲んどくけどな」 晃は元気そうにポーズをとるが 光はまだ心配だ。 (・・・私の知らないところで・・・。晃は色々頑張ってるんだ) 仕事の予約は増えてきつつあるというものの 収入につながるほどではまだまだない。 晃は空いた時間にバイトをしていることを光は知っていた。 「さて。すぐ帰って明日の準備するかな」 ハンドルを握る晃の横顔。 (まだ少し・・・顔色よくないな・・・) 芳しくない顔色に光は自分に何ができるかとふと考える。 (・・・美味しい空気吸えば・・・よくなるかな) 「なぁ晃。少し寄り道して帰らないか?」 「え?」 「行きたい場所があるんだ」 光がむかった場所。 そこは・・・ 「うわ・・・。すげぇ・・・」 晃が驚く。 一台の水色の滑り台と、砂場。赤と黄色のペンキのブランコ。 ちっちゃなどこにでもある公園だ。 だが、香りが違う。 遊具を囲むように置かれている花壇。 一面、ラベンダー一色だ。 「大きな公園も嫌いじゃないけど・・・。人が多くて。 新聞配達してて見つけた穴場なんだ、ここ」 光はしゃがんでラベンダーの花に触れながら話す。 「このラベンダーはね、公園の近所のおばさんが植えたんだ。 それが自生して・・・」 「すごいな・・・」 「うん。すごい生命力・・・。」 まだ蕾のラベンダー・・・ けど優しい香りが公園中を包んでいる・・・ 「晃。座ろうよ」 「そうだな」 ブランコの隣。 ラベンダー色のベンチに二人座った。 「はー・・・」 ベンチに座って・・・ ただ、ぼうっと・・・ 深呼吸・・・ 公園の景色を眺めて・・・ 「晃・・・。色々・・・ご苦労様」 「・・・どうしたんだ?急に・・・」 「晃には・・・。なんか色々大切なこと、貰ったなぁって思って・・・」 (光・・・) ラベンダーの香りは 少しだけ心を素直にする。 照れくさいことも 言葉に出来る・・・ 「それは・・・オレの方だ」 「え・・・?」 「・・・光と一緒だから・・・。こんな素敵な場所にも来られて・・・。 すごく嬉しい」 「・・・」 晃の優しい眼差し・・・。 光はやはり 静かに目を逸らしてしまう・・・ 瞳は逸らしても 胸の奥の高鳴る鼓動を否定しまう 自分がいて・・・ 「ん?なんだこれ」 二人の足元に、一枚のスケッチが吹かれてきた。 拾う晃。 (・・・これ・・・) 「あー・・・すんませんっ」 スケッチブックとペンを抱えた小柄な女性が 近寄ってきて・・・ 「ぼうっとしてたら風に飛ばされて・・・。どーもすみません」 「あ、いえ・・・。あ、あの・・・この絵の中のこの二人って・・・」 晃が女性に尋ねたその絵は。 晃と光が並んで座る横顔・・・ 「さらにすみません。勝手に描かせてもらっちゃって・・・」 (勝手にそんな・・・) 光はちょっと不快感を感じた。 光はその描かれた絵を見て (え・・・) 一瞬誰かと思った。 光の右横顔。 光が一番嫌うアングルだが・・・ ふわっと前髪が風に靡いて その髪にはラベンダーが・・・ 「・・・ごめんなさい。勝手に描いた上に勝手に演出しちゃって・・・」 「・・・あの・・・。これ・・・。本当に私ですか?」 光は不安そうに聞く・・・ 「でも私・・・。こんなに優しい顔・・・してますか?何だか・・・」 「・・・いや・・・。なんだか彼氏さんを見つめる顔がとっても 柔らかくて・・・。まるでラベンダーの香りみたいだなって思って・・・」 (か、彼氏さん・・・) 「オレにもそう見えました」 (え・・・?) 晃はラベンダーに視線を送った。 「彼女の笑顔と・・・ラベンダーの香りで俺はとても 疲れが癒えましたから・・・。本当に本当に・・・」 (晃・・・) 晃の言葉に 光の心が温かなくすぐったさがぽっと沸いた。 「あの・・・。もしこの絵、頂いたらいけないでしょうか・・・? 大切な人と自分が描かれる絵・・・。オレ、凄く気に入って・・・」 「構いません。私も光栄です・・・!」 「ありがとうございます!」 晃は本当に嬉しそうに絵を受け取り・・・ ”大切な人” 光の心では晃のそのフレーズが (・・・晃・・・) 何度もリピートしていた・・・ 晃が気に入ったその絵は 事務所の壁に綺麗な透明の額縁に飾られて・・・。 「・・・そんなにその絵が気に入ったのか・・・?晃」 「ああ」 (・・・) 自分と晃が描かれた絵・・・ 写真嫌いな光だけど (この絵なら・・・。私も嫌いじゃない・・・) この絵の中の 自分は ”彼氏を優しく見つめる女の子” (・・・”恋”をしてる女の子の顔に見える・・・) 「・・・絵の中だけなら・・・。私も誰かに恋できるのかな」 「えっ」 ふと漏らした光の一言・・・ アンテナのように光の言葉に反応して晃は 想いが瞳から溢れだして・・・ 見つめあう・・・ (・・・) (・・・) 「・・・。見ないでくれ・・・。じっと見られるの・・・苦手って言ってるだろ・・・」 光は動揺して 背を向け・・・ 「・・・ごめん。でも絵の中だけじゃない・・・。光だってきっと ”誰か”に恋できる・・・誰かに・・・」 「・・・」 ”誰か”その誰かが、自分ならば。 自分なら・・・ そんな望みが消えない。 「光だって・・・。女の子なんだから・・・」 光の細い背中が 晃の言葉を明らかに戸惑って・・・ 偉そうなことを言ってしまったと 後悔の念が晃を襲う。 「・・・。そうだな・・・。いつか・・・誰かと・・・ ドキドキして・・・見つめ合えるような・・・。そんな恋に出会えたら・・・いいな・・・」 (え・・・) 蓋を閉めた想いは 光が発する言葉一つ一つの中に、蓋を開けてくれる”鍵” をいつも探してる・・・ いつも・・・ 「・・・光・・・っ。オレは・・・!」 光を腕をつかんで振り向かせる晃・・・。 「オレは・・・っ」 今にも出そうな 形にしてでそうな・・・ 想い・・・ 「光。オレは・・・」 PPPPP〜!! 「・・・!」 携帯の音に 二人はビクッとした。 「で、出なよ。晃」 「あ、そ、そうだな・・・」 晃はポケットから携帯を取り出して、話す。 「あ、いつもお世話になっております・・・」 動揺する心を必死に抑える光。 携帯が鳴ってくれてほっとして・・・。 (・・・私は何も感じない・・何も・・・) ドキドキする気持ちを 重たい石で蓋をする。 光は絵の中の自分に呟く・・・ (・・・絵の中の私・・・。どうしてそんなに・・・優しい顔を・・・してるんだ・・・?) ラベンダーの薄紫・・・ 光には・・・ 切なく・・・ 少し痛く・・・ 映っていたのだった・・・
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