巡る恋歌
3







美依の泣き声しか聞こえぬ時間は、いったい何時間続いたのだろうか。

ふと外を見れば、もう太陽は出ていた。



少し前から、泣きつかれて寝ていた美依が目をさました。

しばらく辺りを見回し、はっと我に返り、かごめに頭をさげて一歩引いた。

そしてすみませんと謝った後、改めてこう言った。



「私のような者の身の上話などを聞いていただき、ありがとうございました。」

この言葉に法師はあまり気を落とさずに・・・と呟き、下を向いた。

他の者は他に発する言葉もなく、沈黙が続いた。



「あの・・・もしよろしければ、私と一緒に私のお気に入りの場所に行きませんか。

あなた方にどうしても来てほしいもので・・・・・・。」

突然美依はこう言った。



良い話とは言えぬ話をし終わった美依のその言葉に、少々拍子抜けをしながらも一行は

そうすることにした。











美依のお気に入りの場所とは、山を抜けた所にある崖であった。そこには秋の草花が咲き、

崖の下にはこの上ない青い、青い、海。ごつごつとした岩場を忘れさせるほど美しい場所で

あった。



「私はここで、雅道さまに共に生きようと言われたのです・・・。」



崖の根元の方に打ち寄せる波だけが、音を発する。

犬夜叉の表情は普通で、どちらかと言えばつまんなそうであった。だが、かごめの顔は

まっすぐに美依に向かい、途轍【とてつ】もなく真剣であった。



「ここに来ると悲しかったことや、辛かったことも、全て忘れてしまうのです。

ここにいると私は・・・・・・。」

途中で言葉をとまらせて、次にこう言った。

「東国に行くことがあるのなら、そこで春姫というお方をお探し下さい。そしてそのお方に

これをお渡し下さい。」

と、かごめに海色の櫛【くし】を渡した。



「えっ・・・。」

美依の言葉に疑問を持つかごめ。







「・・・・・・さようなら。」

波の音にまぎれて、こんな声がした。





―次に一行が見たものは、崖から身を投げる美依の姿であった。



その顔に涙はあった。だが、笑顔があふれていた。







犬夜叉とかごめは走り、法師と珊瑚は叫んだ。

七宝はただびっくりした顔をして、目を丸くしている。



犬夜叉をかごめは崖の下を覗き込んだ。

しかしそこに見えるのは青い、青い、海だった・・・・・・。



―犬夜叉は悔しそうな表情で、ただ崖の下を見つめている。

―かごめは美依から渡された櫛【くし】を握り締め、震えている。



悔しいと言わんばかりの表情をとる二人に、法師はこう言った。

「美依どのは最初から死ぬおつもりだったのだろう。」



「美依さん・・・。」

今にも涙があふれそうな瞳を震わせながら言う。

辺りはまるで嵐の前触れのように静かだった。



犬夜叉たちにたくさんの言葉と疑問を残した美依の心は、青い、青い、海の中に・・・消えた。





法師が成仏の言葉を捧げ、犬夜叉たちもおがみ、一行はその場を後にした。











「これからどうするんだ?」

山を降りる途中の沈黙を破ったのは、犬夜叉だった。

「どうしましょうかね・・・。何やら思わぬ方向に行ってしまったことだ。」

と、法師も続けて言う。

またしばらくの沈黙の後【のち】、かごめがこう切り出した。



「行きましょう。東国へ。」

真剣さを含んだ声だった。

犬夜叉は少し嫌そうな顔をしたが、かごめの迫力に負けてとりあえず黙った。

「そうしようよ。美依さんが亡くなる前に言った、“春姫”って人も気になるし。」

「同感ですな。」

と、次々と言葉をこぼしては納得する。

半ば嫌そうな顔をする犬夜叉を残しながらも、一行のゆくては決まった。



いざ 東国へ






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                〜一言〜

「巡る恋歌」 今日で一週間目過ぎになりますが、もう三話までいってしまいました。

一行が北国の地で見つけた美依【みより】。早くも亡くなってしまいましたが、次からは

この美依を絡めながら雅道との真実、それから“春姫”の正体を明かしていきたいと思います。

           
                                      2004.10/26