人魚姫 第3話   歌姫の心 

人魚姫 第3話   歌姫の心   作:露乃

 
人が流す涙は時には他の者に何かを与える。悲しみ、苦しみ、 ・・・・・・・・温かさ。 かごめの涙もまた犬夜叉に何かを与えた。 『あんたは独りじゃないじゃないっ。』 そんな言葉と涙は犬夜叉の何かを変えた。かごめの声は確かに届いた。 「昨日は・・・・・あんな言い方して悪かったな。」 かごめは目を覚ました時に犬夜叉にそう言われた。 かごめは看病してる間にいつのまにか眠ってしまい、 起きた時には何故か犬夜叉が眠っていたはずのベッドにいた。 たぶん犬夜叉のほうが先に起きてベッドに運んでくれたのだろう。 「犬夜叉・・・毒はもう大丈夫なの?」 「けっ。俺はやわな人間とは体の作りが違うんでい。」 あまり変わらない犬夜叉の言い方にかごめは少し笑う。 これなら心配無用だろう。 「・・・・・朝だね。犬夜叉、朝日ってすごく綺麗なんだよ。見に行こっ。」 かごめは起き上がり、外へと飛び出す。 「は?って待ちやがれ、かごめっ。」 それが長い月のない闇夜が晴れた日だった。 「犬夜叉っ。」 広場で珊瑚達と話していたかごめは犬夜叉の姿を見つけた。 「ん?おめえらまたここで群れてんのか?」 「な、何よ〜。もう少し別の言い方できないのっ。 あんた相変わらず口が悪い・・・。」 「けっ、これは元々だ。第1、そんなことすぐ転ぶお前に言われたかねえよっ。」 「な、ひっどーいっ。人が気にしてることをーーっ。」 犬夜叉とかごめのケンカが始まる。 今に始まったことではないし、2人が仲が良いことも知っているので、 珊瑚達はそれを面白そうに見ている。 「犬夜叉、こっちに来る回数が増えたと思わない?弥勒。」 「ですな。」 「前は広場に来るなんぞ、ほとんどなかったのにのう。」 珊瑚達は犬夜叉が少しずつ変わり始めていることにうれしさを隠せなかった。 犬夜叉はかごめを送り届けた日から、少しずつ町に来るようになった。 3週間以上経っている今ではかごめや珊瑚達が 広場にいる時犬夜叉も来て一緒に話すようになった。 口ではいろいろ言っていたが、かごめと犬夜叉はかなり仲良くなっていた。 かごめは犬夜叉が町に来るようになってよく話しかけたし、 犬夜叉もそれに嫌な顔せず、受け入れていた。 犬夜叉は短気で口は悪かったが、お人好しな面もあった。 かごめは未だ時々転びそうになるのだが、その度に手を貸してくれた。 ぶっきらぼうにではあったけど手を差し出してくれる 犬夜叉の優しさがかごめにはうれしかった。 珊瑚達は犬夜叉がどうして変わり始めたか、そのきっかけはよく知らない。 けれど、いい方向にこのまま進んでいけばいいと願わずにはいられなかった。 「かごめちゃん、ありがとね。」 「え?」 かごめは首を傾げた。隣に座る珊瑚はただ続けて言う。 「犬夜叉のこと。あいつ、最近いい感じに変わってきてるからさ。」 珊瑚の視線の先には向こうで話をしてる犬夜叉達の姿があった。 「あ、あたしは何も・・・・・。」 あの時は言いたいことを言っただけで、特別に何かしたわけじゃない。 それに珊瑚達がいなかったら、きっと今の犬夜叉はいなかっただろう。 かごめの言葉に珊瑚は首を横に振る。 「ううん。たぶんかごめちゃんのおかげだよ。 あの日かごめちゃんが犬夜叉に何を言ったのかは知らないけど、 かごめちゃんが犬夜叉を変えるきっかけを作ったんだ。本当にありがとう。」 かごめは顔を俯かせる。 (ホントにたいしたこと言ってないのに・・・・・。) ただ、ほっとけなかった。それだけだ。 あのままにしてはいられなかった。 犬夜叉は態度が悪い所はあるけれど、優しい所もあると思ったから。 優しさがないのなら、歩けなかった自分をおぶって送ってくれたりはしない。 少し犬夜叉に言っただけで、珊瑚に礼を言われてしまうと何だか申し訳ない。 (・・・・あの時、思いっきりバカとも言っちゃたしな。) 今思えばかなり言いたい放題言った。 自分にあんなことを言う資格などありはしないのに・・・・・・・・・・・。 「かごめちゃん?」 かごめが俯かせた顔を上げると心配そうに自分を見る珊瑚の姿があった。 「ううん、何でもないのっ。気にしないで。」 かごめは空を見上げる。 (心を開いてないのは・・・・・・・・ 犬夜叉じゃなくて、あたしかもしれない。) 夢にまで見た陸の世界。 本当の故郷、人魚達が、大切な仲間達が住まう海とは全く異なる場所。 全く違う世界だけれど、 海と変わらない優しさ、楽しさ、辛さ、悲しみが存在している。 ここに来たことを後悔はしていない。 むしろ来てよかったと思う。 自分が知らない世界を知ることができたのだから。 けれど、何も真実を言わずにいることに罪悪感は消えず、広がっていく。 かごめの心は日が経つにつれて、少しずつ変わっていった。 それに珊瑚達は気付かない。たった1人を除いては・・・・・。 「・・・・・・・・・・。」 (またか・・・・。) 弥勒達と話しながらも、ベンチに座るかごめに犬夜叉は目を向けた。 最近気付いたことだけれど・・・・・こんなことが前にもあった。 毎年この町では祭りがある。 大きな市が開かれ、旅芸人や商人が集まり、 祭りの最後には5人の舞姫が舞を踊り、 その中心で1人の歌姫が歌を歌う。 その後はみなパートナーを選んで踊ったりするのだ。 今年の祭りは一週間後に迫っていた。 去年の歌姫は珊瑚だった。 そして今年の歌姫は・・・・・・・・・。 「かごめさーーん。」 「かごめお姉さん、また人魚の歌を歌ってーー。」 かごめの周りに子供達が集まる。 歌姫に選ばれた時、かごめは先程のように遠くを見ていた。 その時から時々、あんな風に空を見ている。 何を思い、かごめがあんな顔をしているのか、犬夜叉には分からない。 けれど、とても気がかりなのは・・・・・確かだった。       ゆるやかな心地よさ  何もかも包み込むような海の中で   人魚は歌を響かせる     紡いでかれる旋律  口ずさむその瞳に何を想う? 響き始めるかごめの歌声。 あれ以来子供達にねだられて時々歌っている。 子供達のお気に入りの歌は人魚の歌だった。 かごめが歌姫に選ばれた時、子供の1人が『人魚姫』の物語をかごめに教えた。 その時からこれを歌うようになった。 悲しい悲恋物語。 かごめは綺麗な歌声をもっていると 言われている人魚のようだと誰かが言っていた。       今を生きる命  生まれいずる命  その全てに伝えたい      言葉にできぬものを伝えたくて  とどまることを知らぬように   どこまでも歌声を響かせるよ     どんなに深い闇夜もいつか明ける  その瞬間を忘れないで     長い生の旅路の中でそれはいつか  苦しみや悲しみを 癒す希望となる      「やっぱりすっごく上手!祭りが楽しみだよね、七宝っ。」 歌を聞いていた女の子が七宝に微笑みかける。 「おうっ。じゃから言ったじゃろう、サツキ。 今年の歌姫はかごめで決まりじゃって。珊瑚も舞姫をやるし楽しみじゃ!」 そんな無邪気な子供達の会話に入る弥勒。 「ですな。珊瑚の舞姫とかごめさんの歌姫。 きっと美しい舞台になります。どちらも待ち遠しいですな♪」 「な、何言ってんのさっ。去年と似たようなものだろ///」 弥勒の言葉に少し顔を赤くする珊瑚。 「いえいえ、お前が綺麗な舞を踊るのです。 これは目に焼き付けておかねばなりません。 これを見ずに何を見ろと言うのです!」 「弥勒・・・・・・・・。」 2人の間にいつもとは違う、良い雰囲気が流れる。 「なんか、弥勒君と珊瑚ちゃん、いい感じじゃない?」 黙って歌を聞いていた犬夜叉の側でかごめが呟く。 先程と違い、かごめはいつもと変わらない様子に戻っていた。 それを少し気にかけながらも、犬夜叉は言った。 「・・・・・・そう長くは続かねえと思うぜ。」 犬夜叉の言葉は予言のように見事に当たった。 「それしか、できないのかいあんたはー!」 バッチ―ン! 珊瑚のお尻に弥勒の手が触れたようだ。 弥勒の顔にはそれは見事に赤い手形が残った。 「つれないですな〜〜珊瑚。」 頬を押さえる弥勒に七宝が呆れ顔で呟く。 「アホじゃ。」 ミュウー。 雲母もそれに同意するように鳴き、サツキも頷いていた。 そしてかごめも呆れ顔で弥勒を見ていた。 「弥勒さま・・・・・・・。」 「ほらな。」 かごめは思わずため息をつく。 (せっかくいい感じだったのに ・・・・・・・弥勒さまは乙女心の勉強が必要みたいね。) いつも同じことを繰り返す2人の姿も、今では日常の出来事だ。 そんな風にしみじみと考えるかごめだったが、それと同時に国のことを思い出す。 海でも歌姫と呼ばれていた。あの時、 そのことを思い出して少しずつ考えるようになった。 海にいる大切な家族、仲間達。 みんなは今どうしているのか、 そして自分が戻らなければいけない日はそう遠くない、と・・・・・・。 (その時が来たら、あたしは・・・・・。) もうこんな光景を見るのも後少しかもしれない。 そう思うとかごめはどうしても、気持ちが塞ぎこんでしまう。 帰りたくないわけではない。 あそこが自分の本来の居場所なのだから。 でも・・・・・・・・・・。 「おい。」 コツン。頭に何かが当たった。 「・・・・え?犬夜叉?」 犬夜叉のが軽くかごめの頭をつついたようだ。 「何、辛気くせえ顔してんだよ。」 「え?あたしそんな顔してた?別に何でもないから大丈夫よ。」 いつもと変わらない態度ではあったが、 少しかごめは無理をしているようにも見えた。 (こいつって説得力ねえよな・・・・・・。) 横でなにやらため息をつく犬夜叉。 かごめは手鏡を取り出し、首を傾げる。 「って、何見てんだよ。」 「う〜ん。そんなに変だったのかなと思ってちょっと・・・・。」 かごめは手鏡に映る自分の姿を見るがいつもと変わってるとは思えない。 真剣に自分の顔を見るかごめに犬夜叉は面白がって言う。 「そんなに見たって変わんねえぜ。その顔はな。」 「なっ、あのねえっ。あんたが辛気くさい顔してるとか 言ったから見てただけなんだからね!もうっ・・・。」 犬夜叉から目線をそらし、かごめは顔を膨らます。 「その様子なら平気だな。」 「え?ってちょっと!」 犬夜叉はかごめの頭に手を置き、ぐしゃぐしゃと掻き回した。 「犬夜叉っ。何すんのよ!髪の毛くしゃくしゃじゃないのっ。」 「けっ。」 かごめは髪を整えながら犬夜叉に抗議した。 「あ〜〜〜!犬夜叉、かごめをいじめたらおらが許さんぞっ。」 「へっ、どう許さねえんだよ。」 七宝が来て犬夜叉に突進して来るが、犬夜叉は簡単にそれを避ける。 かごめはそんな犬夜叉の様子を見て、ふと思う。 (ひょっとして・・・・・あたしを元気付けようとしてくれたの?) そう思ったとたんかごめはうれしくなり、犬夜叉に笑顔で言った。 「犬夜叉っ。ありがとね。」 「は?」 「ううん、なんでもなーい。」 「・・・・・なんか気になる。教えやがれっ。」 「えーと、面倒だから自分で考えて?」 かごめはいつのまにか犬夜叉や珊瑚達が側にいることが日常になっていて、 この居場所が好きだった。 その後もしばらくは広場にかごめ達の楽しげな声が響いていた。 その光景を見る者達に気付かずに・・・・・・。 「あいつから連絡が来てもしかしたらと思ったら ・・・ホントに来ていたとは驚きだぜ。」 「・・・・・・・・・・・連絡・・・するの?・・・・・向こうに・・・・・。」 背の低い影と高い影は広場の犬夜叉達を見ていた。 サザ―ン。 波の音が響き、潮の香りがなびく砂浜にかごめは1人座っていた 「んーーー気持ちいい風。やっぱりここは落ち着くわねー。」 ――いよいよ祭りまで後2日だ。 「せっかく練習してきたんだし、みんなとの楽しい祭りだもの。 がんばらなきゃっ。」 歌姫に選ばれてからかごめは度々町の長に呼ばれて練習をしてきた。 もちろん5人の舞姫の1人の珊瑚も一緒だ。 いつもの服装とは違う衣装を着て、歌姫は歌い、舞姫は舞いを踊る。 選ばれた時は、町の者でもない自分が参加してもいいのかと 思ったりもしたがやる限りはいいものにしたい。 少しでもその歌と舞姫達の踊りを他の人達に楽しめるように・・・・。 (いい歌姫になれるようにしなきゃ。それに祭りも楽しみたいな。) 元々祭りとかみんなで集まるイベントは好きなのでわくわくする。 そんな風に考えるかごめはふと犬夜叉を思い出した。 (そういえば・・・・・犬夜叉も祭りに来るよね?) ・・・・・・・・・もし彼が来ないと言ったら自分が迎えに行こう。 たぶん犬夜叉も来る。 いつもと違う衣装を着た自分に彼は何て言うだろう? (って、あれ?何でそこで犬夜叉が出てくんのよ。) 突然犬夜叉のことを思い出したことにかごめは自分で驚く。 別に彼が自分の衣装を見たところで、 何かあるわけじゃないのに・・・・・・・・。 「何で気になるのかな・・・・。」 海は先程と変わらずにある。 ただ、空の太陽に照らされている。 でも、何かいつもと違う風にも見えるのは・・・・・・何故? 「そういえば、みんなは・・・・桔梗達は今頃何してるかな・・・・・・。」 ――これはあまり考えないようにしていた。 けれど、どうしても考えてしまう。 「・・・・・もう、帰るべきかもしれない・・・・・・・。」 ひとり言のように呟いたかごめの言葉は風にかき消される。 砂浜にはかごめ以外にはいない。 いない筈だった。 けれど、たった1人それを聞いている者がいた。 「そうだな。お前はもう帰るべきだ。」 「え!?なっ・・・・・・・・・・。」 突然聞こえた声に驚き、立ち上がったかごめの側にいたのは・・・・・・・・・。 「・・・・・蒼・・・・・龍・・・・・・。」 ――自分が幼い時から、遊んだり、いろんなことを教えてくれた。 いつも何かと気にかけてくれ、そして見守ってきてくれた存在。 海にいる筈のその者は今、かごめの目の前にいた。  
〜続く〜
Next
 あとがき 第3話はスランプになり、かなり苦労しました。 他にもいれたいエピソードがあったのですが無理でした。 犬かご風味のエピソード、どんなのでもいいからいれたかったなー(遠い目)。 1番始めの出だしの部分はかなり悩みました。 う〜ん、やっぱり文才が欲しい今日この頃です。 妹はいいと言ってくれたのですが、自分では1、2話に比べると微妙です。 第1話に続き、新たな歌がありますがこれも私が考えました。 この小説を書き始める前から考えていたのです。 投稿すると決める前からこの話を考えていて、それと一緒に考えたものです。 やっぱり長引きそうなのですが、どうか見捨てずに温かい目で次も見てください。